「はぁ……」
「おや大河、溜息なんて珍しいじゃん。何かあった?」
「あんたが元気無いと気持ち悪いし、なんだったら話ぐらい聞くわよ?」
「みのりん、ばかちー……あのね、実は……」






「ただい……ま……」
 大河が居た。
 メイドが居た。
「お、お帰りなさいませ、ご、ごしゅ、ごひゅっ!」
 あ、舌かんだ。




 正確には『メイド姿の大河が居た』
「おい大河、お前確か今日は櫛枝と用事があるって……」
 だから俺も久しぶりの能登と春田の誘いに乗って、帰りに少々遊んできたわけだが。
「こっちに来て」
 大河は俺の問いに答えず、腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。
 何があったかは知らないが、相当テンパってるな、これは……
「座って」
 言われるままに座った目の前、卓袱台にあるのは皿に乗せられた黄色い紡錘形。その上には真っ赤な『りゅーじ』の文字が。
 有体に言えば、それはオムライスであった。
「ど、どうぞ、召し上がれ」
 汚れ物が残っている台所を確認するまでもなく、大河が作ったもの、なのだろう。
「おう……いただきます」
 真剣な表情で俺の手元を見つめる大河。こちらもつられて緊張してくる。
 スプーンで端の方から一掬い。覚悟を決めて口へと運び、初めての婚約者の手料理の味をしっかりと確かめる。
「……うん、美味い」
「……ホントに?」
 いやまあ、確かにこの状況で『不味い』とか言える男はそういないとは思うが。
「おう、本当だ。お世辞や贔屓目無しに美味いぜ」
 言いながら二口三口と食べ進めると、ようやく大河はほっとした表情になる。
「よかった……」
「で、その格好はどうしたんだ?」
 う、と大河が固まる。
「……あのね、私、ここしばらくお料理の勉強してたの」
「……料理なら俺が教えてやるのに」
「だってそれだと竜児をびっくりさせられないし……」
 髪の毛をいじりながらもじもじとする大河。思わず頭を撫でてやりたくなるのをぐっと我慢。
「でも結局、きちんと作れるようになったのはオムライスと、あとはもっと簡単なのぐらいで……
 それで悩んでたら、みのりんが『後は愛情で補えばいい!』って……」
「……それで、メイドか」
「うん。ばかちーが、絶対竜児が喜ぶからって」
 落ち着いてよく見ると大河の服装はメイド服ではなく、既存の服の組み合わせとカチューシャでそれっぽく仕立てられているだけである。
 確かに川嶋ならこのぐらいの芸当はやってのけそうだ。
「……変?」
「いや、なんというか……可愛い」
 正直俺にはメイド属性なんてものは無いんだが……
 そんなもの関係無しに、大河の場合は似合ってるんだから仕方がない。
「ホントに?」
「ああ、最初はびっくりしたけどな。
 というか、大河が俺の為にそこまでしてくれたってことが嬉しい」
「えへへ〜……」
 赤くなる大河を抱き寄せて軽くキス。
「……ケチャップの味がする」
「そりゃまあ、な。
 そういやこのオムライス一つしかないけど、大河は食べなくていいのか?」
「え、え〜と……」
 なぜか視線を逸らす大河。
「実は、文字書くの失敗したのは自分で食べちゃったんでお腹いっぱいなの。
 で、それが最後の一つ」
 俺は苦笑しながら再びスプーンを手に。
「おう、それじゃこいつはしっかり味わって食べないとな」
 また一掬いを口に運ぶ。うん、美味い。
「……また作るわよ?」
「それはそれ、これはこれだ」
 ぱくぱくもぐもぐ。今日は俺的にオムライス祭だ。




 オムライスは程なく完食し、洗い物も済ませ、大河が淹れてくれたお茶を飲みつつ食後のまったりタイム。
「あ、あのね竜児。ばかちーが竜児が喜ぶって方法もう一つ教えてくれたんだけど……」
 言いながらなぜか真っ赤になる大河。
「おう? 今日はもう十分満足したから、無理しなくていいぞ?」
「そ、そう? それじゃ、裸エプロンってのはまた今度ね?」
  ぶほっ!
 おもいっきりむせた。
「りゅ、竜児、大丈夫!?」
「げほ、ごほ、げほ……!」
 川嶋……また、なんという事を。
 …………ちょっと期待してもいいですか?







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