とびきり強い磁石が、ある時、重力すら飛び越えてくっつくように

「んんっ!………ちゅ、ぷ……じゅるっ――」

唇が重なり合う。唇なんて飛び越えてお互いの口の中を荒らしまわる。
もう、何も我慢することはない。何も遠慮することはない。
そんなケモノじみた勢いで求め合う。貪りあう唇と舌がとろけそう。
全力で舌を絡め、唇を押し付けあって、吸いついて離れない……

「はっ!―――っ!―――ちゅるっ!――っ!――あぁっ!」

酸素が足りない。どこもかしこも竜児に食われちゃう……
侵入してきた竜児の舌を思い切り吸って唾液を求める。
ゴク、ゴクって喉が鳴る。飲み込むための筋肉の動きすらもどかしいくらい。

別に味なんかしないのに、竜児のだって思うとそれだけで喉が熱くて焼けそう。
こぷ。と、お腹の奥からとろとろなのが溢れてくるのが分かる。

「んっ――んんっ――」

動いてくれない竜児を急かす。きゅ、きゅってお腹の奥で優しく刺激してやる。
…………ね、これ気持ちいいんでしょ、竜児? ほら、もう我慢しなくたっていいの……
と私の一番深いところで竜児に囁きかける。

「ぷあっ……はぁ…はぁ…ちゅ…じゅっ――――」

少しだけ浅くなったキスの隙間から空気を吸いながら、焦がされてる自分の身体を自覚する。
あぁ……腰が勝手に動いちゃう……だめだっての、これじゃ私の方が我慢できないみたいじゃない。






そこで動いてくれれば、まだかわいいのに……竜児の手は乳首を撫でてくる。

「ひゃああっ!?……んっ……あっ!……んぷっ!――」

久しぶりに触れられた刺激にビクっと大きく身体が跳ねる。
竜児は慣れた手つきで乳首を転がして、押しつぶして、いじめてくる。
先端から電気がビリビリ走って脳まで突き抜けるみたい。
それから、親指とどっかの指できゅってつまんで強く引っ張られる。

「んっ”!? んんん”!! んんんんんんんんんっ!―――――――」

でも、声を上げたくても、こんな時ばかり唇をしっかり塞いでくる。
声を上げようとする私の舌を素早く絡め取って表面をねぶられる。
喘ぎ声と唾液が逆流して、意思とは関係なく喉の奥に流れ込んでくる。
荒い吐息の行き場も無くて、酸素も足りなくって、なんか頭が白くなってきた。

きゅっきゅっと何度も乳首を引っ張られて、その度に身体がビクビク震える。
唇を離そうとしても首に回った手で抑えられて、口の中を好き放題に荒らしまわられる。

それで、それで……それでもあそこは動かしてくんないの! もう! もう!!!

身体をよじって逃れようとするけど、腰にはしっかり体重が乗ってて動けない。
お腹の奥を締め付けて精一杯の抵抗をしても、竜児は知らん振りしてる。

「ん”―――っ! ん”――――っ! んん”!!」

だめ、だめだよ、こんなの……私だけどんどん気持ちよくされちゃう。
じりじりとした熱でずっとずっと身体を焦がされてるみたい。
熱いよ熱いよって跳ね回って逃げようとしてるのに……
でも、その熱い鉄板からは絶対に降ろしてくれない竜児。

……どんだけ意地悪なのよ!? どんだけドSの変態野郎なのよ、あんたは!?
たくさん動いて欲しいのに! もう我慢出来ないのに! 
竜児っ! りゅうじいい! 動いて! 動いてよぉおおぉ!!!
力の入らない腕で竜児の胸を叩く……もどかしさで胸が張り裂けそうで……




スッと、竜児の塊が引き抜かれそうになった。

――――え? と思った瞬間、

「ん”ん”ん”んんん!……っぷぁああああああああああああああああ!!!」

一番、深いところまで貫かれた。
爆発したような快感で意識が飛びかける。

「あああああんっ!……うああああっ!……やあああああぁ!……」

そのまま一気にトップギア。ずん!ずん!と重たい一突きが繰り返される。
その度に真っ白いフラッシュが頭の中で炸裂する。頭をばかみたいに振っちゃう。
身体を溶かすようなとびきり甘い猛毒がお腹の奥から全身に広がるみたい。






「ばっ、ばかあああああぁ!きらい!あああん!きらいだあああぁ!」

悔しい…………悔しすぎる!
ほんっっっっっっっとにいいようにされちゃってる!!
もどかしさが一突きごとに晴れていくようで、ものすごく、ものすごく嬉しくて、

「ああんっ!きらい!竜児っ!ふああっ!きらいぃっ!やあぁぁ!」

身体は思いっきり反応しちゃってて、どこもかしこも震えっぱなしで、
それでも、それでも、これだけいじめ抜いた竜児がどうしようもなく欲しくて
いとおしくって、もっと突いてほしくって、それが…………それが悔しいの!!!

そんな気持ちがほとばしるままに、私は快感の叫び声を上げる。

「きらい!あん!このっ!ああっ!ばかっ!ばかぁああ!」

溢れてきた悔し涙を唇ですくい取ってくれる。
それでもギアは落とさずに激しく動かしていく竜児。

「あっ……!ああんっ……!き、らいっ……ああん、りゅうじっ……!」
「大河っ……たい、が……ごめん……なっ……」
「やだぁっ!……きらいぃ!……いじめっ……ちゃっ!…いやあぁ!…ああっ……」

――とっくに、きらいじゃないのに。きらいって言ってる。とぼんやり思う。
ごめんな、でも俺は……おまえがどうしようもなくいとおしくって……そんな声が聞こえてくる。
すごく、たくさん、感じて欲しくて……って聞こえてくる。



「りゅうっ!……じっ!……あっ!……竜児っ!……竜児っ!」

そうやって触れた竜児の心と、竜児の身体と、繋がってるところしか考えられない。
竜児に突かれる度に何かが身体の中で膨らんでいくみたい。
まるで自転車の空気入れみたいに、ゆっくりと、でも確実に何かが注ぎ込まれていってる。

目に浮かぶ……竜児を包み込んでる私の体の一番柔らかいところみたいな色。
でもそれはとても薄くて、表面はそれと同じように滴るほどに潤っている。
透き通るようなピンク色の風船が私のお腹の奥底にあるようなイメージ。
それは弾力があって、竜児の指先や唇から受ける刺激を受け止めて震える。

この風船がつまり、女としての私が竜児を受け止めるための入れ物……なのかな?
だって……今こうして髪の毛を撫でられてても、唇を舌先でなぞられてても、
余すところなくこの風船へ伝わってくる。快感が全てこの風船に集まってくるみたい……

「竜児っ!……やっ!……竜児っ!……あっ!……竜児っ!」

ゆっくりと膨らんでいくにつれて、その風船は張り詰めてくる。
弾力が減っていって神経が剥き出しになるみたいにどんどん敏感になっていく。
時間の感覚なんかとっくに無くて、ただ竜児に揺らされるまま声を上げている。
もう頭の中は竜児でいっぱい。竜児が私の中で走り回ってておかしくなりそう。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




たまに目に入る光は豆電球のあたたかなオレンジ。お互いの吐息と私の高い声が響いてる。

……その時、ふっ――――と世界が止まった気がした。
あれだけ視界を揺らしていた竜児も、あれだけ暴れまわっていた竜児も、今は静か。

はあはあ、と荒く肩で息をしている。よく見ると歯を食いしばってすごく苦しそう。
こんなに汗をかいて……こんなに必死で……手の平に感じる心臓の鼓動は破裂しそうなほど。
……なに? どうしたの、竜児?……いつから? いつからこんなに……


でも、そんなボロボロなのに、こちらを見る眼差しが…………なんだろう?
――――何度も感じた事がある。
竜児と一緒の時に。いつも、いつもいつも!!!

この、日向ぼっこのような暖かさは何だろう?
この、子供の頃の大切な思い出みたいな切なさは何だろう?
この……怖さは何だろう?――失いたくない。失えない――そう感じるこれは何?

暖かくて、嬉しくて、なんかそれだけで泣きそうになる。
胸がきゅって締め付けられるよう……息苦しい……鼻の奥がツンとしてきた。
何でこんなに苦しそうなのに、何でそんなに優しく見つめてくれるんだろう?

「……竜児……?」
「大河……わりぃ、そろそろ終わっちまう」
「……ううん……悪くなんかない。すごく……すごく気持ちいいよ?」
「おう。……だけど、な……俺はお前と一緒にって……約束したから」
「…………うん」

あんな、ちょっとした一言で、こいつはこんなに一生懸命にしてくれるんだ。
あぁ……そうだね。……いつも竜児は一生懸命にさ、色んな事をしてくれたよね?

「だからって…………そんなになるまで頑張らなくたって…………」
「こんなの全然平気だぞ? そんなことより、俺はおまえにもっと感じて欲しいんだ」
「……そういうのは思ってたって、普通は言わないわよ? 恥ずかしいやつ……」
「おう?そうか? 恥ずかしくたって、おまえが喜んでくれたら、それでいいじゃねえか」
「……っ!」

なんて言って無邪気に笑いかけてくる。

そんな――――そんなお日様みたいな笑顔は反則だよ、竜児。

ああ、やばい。やばい泣いちゃう。じわりと涙が溢れそうになる。
それでも、目を離したくなくて、もっとそれを見ていたくて、限界まで目を開いてしまう。
竜児はふっと息を付いて、優しく目を細めて、そんな私の目元を指先で拭ってくれる。

「なぁ、大河」
「……?」

「好きだ――――」
「んぷっ!?……ひょっ!……んっ!――ぁぁっ!――」

瞳で何?と問いかける間もなく唇を塞がれた。そのまま激しく動き始める。
瞬時に燃え上がる私の唇は溶けてなくなっちゃったみたい。

…………ほんと、単純。
好きって言われただけて、それでもう降参。だってこんなに心が暖かいんだもん。
他の事なんかもうどうでもいいの。竜児がここにいるだけでいいって思っちゃう。
でも、いい逃げなんてずるい……私はまだ一回も言ってないのに。私だって、伝えたいのに――




「りゅうじぃ!……ああっ!……りゅうじっ……んっ!……ああんっ!……」

でも、それでも、欲しかった言葉をもらっても、まだ足りない。もっと欲しいと叫んでる。

こんなに近いのに。これ以上ないくらい身体は一つにとけあってるのに。
それでも、これ以上が欲しい。竜児の心が欲しい。竜児の心を知りたい。
こうして触れ合っていても、まだ見えないその奥深くまで欲しい。

「ぅぁっ!……ぁぁ………ぁ!……ぁぁ!……」

自分で叫んでいる声さえ遠くに聞こえてる。
快感の波に壊されかかって、それでも、それでも、欲しいと願う。

――――本当に、なんて貪欲なんだろう、私は。

こうして目の前にある竜児の胸の中にとけてしまいたい。一つになってしまいたい。
それが無理だって言うのなら肋骨をこじ開けてでもそれに触れたい。
私のお腹を突き破ってでもいいから、私はどうなってもいいから、それに触れて欲しい。

でも、それでも、どうやっても一つにはなれないから……
心は一つになれないって分かるから……
それ以外のものが全て欲しいんだ…………私は!!!



快感に麻痺した脳みそが勝手に命令を出す。
焦点の定まらない視界の中から竜児の唇を探す。
動いてるのにも構わずに腕を伸ばして、引き寄せて乱暴に唇を奪う。

「……うぷっ!?…おっ、おい……もごっ――んんっ!?――」

食らいつくような勢いで竜児の唇を塞いで貪る。……息ができなくて苦しそう。
そんなの知らない……知らない知らない! もう私は止まらないの!!!

「――ああっ!―ちゅ―じゅるっ!……はぁ……りゅうじっ!……」

繰り返される大きな揺れに耐え切れなくなって唇が離れてしまう。
それでも、目の前にある竜児の肌に吸い付き、汗を舐め取る。

もっと竜児をよこせ! よこせ! 竜児の言葉も、声も、体も、全部!
こいつから生まれるものを全部よこせ!!
激しい感情がどこからか湧き出してきて止まらない……全然止まらない。

「あっ……竜児っ!……ちょうだい……ああっ!……ちょうだいっ!」
「……っ!……大河?……っ……もっとか?……っ!……」
「ちっ、ちがっ!……ここっ!……竜児の……飲むのっ!……ちょうだぁい!」
「……っ……おう!?……大丈夫か?……いやじゃ……ないか?……」

……竜児のは全部欲しい…………欲しいの!! その思いを瞳に込める。

普段からは考えられないような高い声を上げている。
恥ずかしいくらい甘えた声でおねだりするように竜児を求めている。
快感に歪んだ口元もだらしなく開きっぱなしで嬌声を上げている。
だけど……だけど目を逸らさない。目を閉じない。その光の強さで竜児を離しはしない。

――それに応えるように竜児のギアが上がった。





「あああっ!?…竜児っ!…竜児っ!…ああんりゅうじいぃっ!!……」

そんな……そんなに速いのだめっ…………壊れちゃう、よ、竜児――――

あの風船が、身体の内側いっぱいに膨らみきって張り裂けそうに緊張してる。
それを、まるで、私の身長ほどもある竜児の手の平が握り潰そうとしているみたい。
針のように尖った感じじゃなく、本物の竜児の指先のように優しく力を込めてくる。
注ぎ込まれる快感はどんどん膨らんで竜児の指の間からはみ出てくる。

…………この先に待ち受ける破裂はどれだけすごいんだろう?
パァン!と思いっきり割れたら、きっと粉々の破片しか残らない。
私の身体も、わずかに残る理性も、全てバラバラに砕け散ってしまう――――

「りゅうじっ!…竜児っ…だめっ!…割れちゃうっ…竜児っ!」

お腹の奥はヒクヒクとした痙攣を通り越えちゃってる。
とろけそうな肉がまるで筋肉が引きつったみたいに硬く硬く緊張してる。
そんな中を容赦のない動きで貫かれて、その度に濃縮された快感のうねりが全身を走り回る。
それを少しも逃すまいと貪欲に飲み込もうとしてる……離したくないって必死で叫んでる。

「……っ……はぁっ!……はっ……っ!」
「ああぁ…だめっ!…すごいよぉ!…やあっ!…竜児っ…んああっ!」

突き上げてくる度に脳を直撃する重たい快感で意識が砕け散りそうになる。
繋がってる下半身はドロドロとした液体になって溶け出しちゃったみたい。
その液体の部分も竜児の塊で摩擦されて沸騰しちゃいそうに熱い……

ねぇ、竜児。もうだめかも……なんかもう……どうにかなっちゃうよ……わたし。
連続して起こる快感のフラッシュが、色を失くすみたいに意識を真っ白に染めていく。

「……あっ!――あっ!―りゅっ!――っ!――ぁあっ!――」

ああぁ、りゅうじ、なんか怖い、怖いよ。
私がどっかいっちゃいそうで怖い。消えちゃいそうで怖い。
ねぇ、竜児。ねぇ……ねぇ、りゅうじ……りゅうじ……りゅう じ…………




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




―――――大河!―――――



強い……強い一声で呼ばれた。竜児に。竜児の声に。
残った意識を必死でかき集めるようにして目を開ける。
竜児がこっちを見てる。すごくすごく近い。
さっきと同じ眼差しに射抜かれたみたいに目が離せない。
また、さっきの、あの感情が心を激しく揺さぶる。
涙が次から次から流れ出してきて止まらない。止まらない。



そっと、両の頬に竜児の手の平が重ねられる。


「……りゅっ……


上半身と下半身が別々の世界にあるみたいだった。

狂おしく走り回る快感から逃れてそこだけは静か。

その手の平はまるで大事な宝物を守るみたいに優しくて。


 ………りゅう…じっ………


その手の平は今まで私に向けられたどんなものよりも暖かくて。

心が熱くなって零れ落ちた感情をどうしていいか分からなくて。

私は泣きじゃくる子供みたいに竜児にしがみ付いた。


 …………りゅうじいいいぃぃ!!!!」







――そして、竜児はあるはずの無いギアを入れた。


煙を出しそうなくらい、骨が軋みそうなくらい回転が上がっていく。
竜児の両手が私を全部包み込んで、きつくきつく抱きしめてくれる。

「!?や…あああああっ!…だめっ…それだめぇ!…んあああぁぁ!」

ううん。こんなに、こんなに優しく握りつぶしてくれるなら、いいよ――――
このままりゅうじに壊されちゃっても、いいよ――――

ねぇ竜児。ああぁ、りゅうじぃ!熱い、熱いよ!竜児りゅうじりゅうじいぃ!
もっとつよく強くぎゅってして、離さないで!ぎゅって握り締めて!ぎゅって抱きしめて!
あああぁ!りゅうじっ、もうすぐ、もうすぐ割れそうなの。だめ、だめ!あああ割れちゃうよ、りゅうじいいぃ!

「――っ!――はっ!――はあっ!――大河っ!!!」
「りゅうじっ!…あ!…あ!…あ!…りゅうじいいいいぃ!…あ!あ!あっ!

 あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





破裂した私のどこかの部分で竜児が動いてるのを感じる。
それは遥か遠くにも感じるし、自分の身体の奥底のようにも感じる。
全ての細胞が快感に震えて白いもやの中にいるみたい。

「くっ……ぐっ!!…………だめだっ!!!」

どこかで竜児の声が聞こえる。どこか分からない。
でも手を伸ばせば……そう思った時、竜児が…………消えた。



一瞬での消失。



いきなり真っ暗な海の底に突き落とされたかのよう。
一つの体は二つの体に分かれて、そして、私は一人になった――――

さまよう両手は竜児を掴めない。竜児の熱をどこにも感じない。
激しく燃え落ちていく身体とは裏腹に、喪失感で心が壊れてしまいそう。

「りゅうううううじぃぃいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!!」

あらん限りの声で叫んだ。――――少なくとも、私の頭の中では。





「――っ――――大河っ!」

その時、どさっと何かが落ちたような音。

――――いた――見つけた!――竜児を見つけた!

頭が混乱して何がなんだか分からない。けれど、剥き出しの心で竜児を求める。
だから、顔の間近に感じる竜児の気配に、熱に、匂いに……飛び掛かった。
溺れる者の必死さでその熱い塊をぎゅうっと握り締める。

「う……ああっ!」






破裂してバラバラになった神経を無理やりくっつける。
ケモノみたいな本能で無理やり頭を上げる。唇にそれが触れた瞬間、

「んあっ……ぐっ!……じゅるっ!……ん…んんっ!…………ぐっ」

命を賭けるくらいの勢いでそれを口の中に吸い込む。

じゅるじゅるとみっともない音を出しながら私の中に取り込む。
竜児の熱い塊が溢れんばかりに口の中いっぱいに広がる。

――そう、これは酸素。
溺れかかっている私が生きるためにどうしても必要なもの。
竜児!竜児!と声が出せない喉の奥から叫び声が飛び出しそう。



唇から、舌から、竜児の体温が私に伝わってくる。

「―――っ!――――――っ!!」

音も出ないくらい口の中全部を竜児に密着させて吸う。吸う。強く。強く。深く。深く。

「く……あぁっ!……たいが? お、おい、っ!?……つよ!……あああぁ!」

竜児のてっぺんが口腔の奥に当たる。それでも吸い上げるのを止めない。
舌の一番奥の盛り上がってるところと、口腔の上側で挟んで更にすぼめる。
竜児の鼓動を感じる。匂いを感じる。すぐ傍で竜児の声も聞こえる。

「く、食われる……って……ああ……ああぁぁああぁ!!!」

もっと竜児の声を聞かせて! もっと言って、もっと! もっと!
震える腕が上がって、竜児の腰を力いっぱい引き寄せる。

「ぐぐっ!!!……んっ!!!」

自分の手で、更に竜児をねじ込む。喉の奥まで竜児が突き刺さる。
もっと竜児を感じたいの! と叫ぶ心に任せて竜児の感触を確かめるように顔を動かす。
そして、舌の表面がざら、ざらと音を立てるくらいに激しくこすり上げた瞬間、

「―――――――っ!!!」

どくっ!!!!!


「!?……ぐっ!………ぅ……ぇっ!ごほっ!……げほっ!」

爆発した。

喉の奥に、ものすごい衝撃と圧力。そのせいでむせてしまう。
その爆発の勢いに押されるかのように口から飛び出して更に弾ける。

「ひゃあっ!?」

「うあ……ああ!たい、がっ!……」






白く爆発したものは私の頬に当たり、他にも大きな白い塊がどっか飛んでった。

――そんなのどうでもいい。次の瞬間、目の前に見えるそれを

「ちゅぷっ…………ぐぷっ……んあっ……じゅるっ………」

もう一度飲み込んだ。まだ出てるし、誰にもあげない。これは私のだ!!
……やっと見つけたの! もう消えちゃ嫌なの! だから離さないの! 

朦朧とした頭で何を考えてたのだろう?
ただ、目の前のこれを、どうしようもなく求めた。
咥え込んで呑み込んだそれに舌を這わす。もう片方の手も使って竜児にしがみ付く。

まだ起き上がれないから腕だけの力で必死に竜児にしがみ付く。
竜児の手が頭の上にポンと置かれた。……なんかふるふると震えてて、かわいい……
そう思って安心したのか、ゆっくりと意識がはっきりしてくる。

でもだめ、これは離さない!

「おうっ!?……あぁっ……そんな…に……っく!」

口腔の上と舌の表面で先っぽを包み込む。細かく顔を前後に揺らす。
そうすると、とくっ。とくっ。と流れ出てきて口の中に溜まっていく。

その熱さには愛しさも感じるけど、甘い。なんてとても言えない。
けど、竜児のだから、欲しい。竜児のものは……全部欲しい。

「んぐっ……コクン……」
「たっ、たいが? 大丈夫か? む、無理して飲まなくっても良かったのに……」

その声を聞いてだんだんと心が落ち着いてくる。
失ったはずの竜児の存在が、体温が、匂いが、今はこんなに感じられるから……
ゆっくりと唇をすぼめながら、音を立てながら竜児を引き抜く。



腰にしがみ付いてた腕の力が抜けて、私はまた枕に落ちた。

うつろな視線で真上を見上げると竜児の顔。すごい心配そうな表情でこちらを見てる。

「大丈夫か? 大河?……大河?」

そう言いながら頬に、肩に、竜児の手が触れる。
手の平の温かさに、あっという間に涙が瞳を満たした。

「……りゅう、じ…………ぎゅって、して…………」

全身を包む体温。
そして、瞳からこぼれ落ちるのは嬉し涙――――





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





――それから、どのくらい経ったんだろう?

ずっとずっと暖かい竜児の身体に包まれている。さっきと同じような体勢で。
片肘を付いて、胸もお腹も竜児が身体をぴったりくっつけてくれてる。
汗が引いて冷えてるところがないか、空いてる手で探して撫でてくれてる。

身体がくっついてない腕とか脇とか太ももとか、お、お尻はどうかと思うけど……
いやらしい手付きだったら殴ってやると思ったけど、そんなことは全然なくて。
そんなことしてたらまた大っきくなっちゃうんじゃないかと思っても、そんなこともなくて。

優しくて穏やかな手付きで撫でてくれる。……だから私はポカポカ。

「ん。…………もう、大丈夫だよ、竜児……」
「おう。寒いところないか?」
「…………」

ふるふると頭を横に振る。


「……ね」

ほっぺたをつねって、優しく引き寄せる。軽く唇を合わせ手を回す。
それで、案の定というか、こいつの背中はすっごく冷たい。

「あんた…………」
「おう?」
「布団でもタオルケットでもかぶりなさいよね?」
「ああ、そうだったな」
「ったく。……ああ、いいわ。あんたはそこで横になってて」

よっこいしょー! と上半身を起こす。何か頭がグラグラする。……正直辛い。
……ああ、なんか遠くに飛んでっちゃってるわね、これは……
四つん這いで取りにいく。……おいしょ、おいしょ、っと。――――――ん?





…………いま、ぐわっと振り返って竜児が顔を逸らしたら、その顔を蹴ろう。



そう心に決めて振り返る!…………顔は逸らさないわね、でも…………

「あんた、今ビクってしなかった?」
「おおおおおう!? そんなことは無いぞ? 見間違いだろう? ほ、ほら暗いし……」
「はぁ…………あんたを信じた私が馬鹿だったわ。そこで動くんじゃないよ?」
「…………はい」
「そのままじゃ見えるでしょ! 伏せ! 伏せよ、竜児!」
「伏せ? そ、それは新しいな……」
「両手を頭の後ろで組むのよ。それでうつぶせ……そう、土下寝よ!」
「土下寝って……つーか、これじゃ捕虜みたいじゃねえか」
「あんたバカね。捕虜っていうのは人権が保障された人質のことを言うのよ?」
「おう!?……俺には……無いのか?……」

うつぶせになったのを確認して振り返る。
布団とタオルケットを重ねて、後ろ手にマントのように羽織る。
それて、膝立ちでずりずりと竜児のところにすり寄る。……準備は……OKね!

「竜児、言い残す事は無い?」
「えっ!? おっ、おい大河? 何するつもりだ?」
「あんたに人権はっ! なあああぁぁい!!!」


そう叫んで、布団を持ったまま竜児の背中にダイブ!

「おっ!……う”っっっっっっ!」

ボフっと竜児の背中に布団と一緒に着地、無事ど真ん中。
ちょっと痛そうだけど知るか……というか、ほとんど飛んで無いじゃん。






「ぐっ! いっ……痛い……大河、おまえ……」
「自業自得ね。そのまま動くんじゃないよ? 今、そっち行くから」
「行く? っておい、俺の背中を這ってくるんじゃねえよ!?」
「思うように手が使えないんだからしょうがないでしょ」

布団を掴んだまま竜児の肩口まで上がっていって、もう一回布団を広げて。
バサっと。うん、これでいいわ。

「ふー 疲れたわ……」
「まさか、布団を掛けてくれるだけでこれほど痛いとはな……」
「いいから。……動かないでよ、そのままね」

さっきまで竜児がしてくれたみたいに、私の身体をピッタリくっつける。
竜児の背中はまだ全然冷たくて、それがひんやりして鳥肌が立っちゃう。
竜児の首の真後ろには私の顔。お尻の上にちょうど私の太ももが乗る。
その下は……まぁいいか。これ以上私の身体は伸ばせないもんね。


「おう?……なんだ。その、あったけえじゃねえか、大河……」
「…………少し、黙りなさいよ……」

そう言って、両手を竜児の脇の下から差し入れて抱きしめる。
さっきみたいにピッタリとくっついて、それで、竜児の心臓の音を聞く。
トクントクンって、竜児の心臓の鼓動が感じられる……

「…………」
「…………」
「……なんか、泰子んちを思い出すな……」
「あの時は……服着てたじゃない」
「……おう」
「それに、布団の上からだった」
「……おう」
「あんたは……あんたは今よりちょっとだけ遠かった」
「そう……だな」
「今は近いのかな?……あの時より……」
「もちろんじゃないか。あれからだって色々あった。あの時よりずっと近いさ」
「そうね…………」
「…………」





それは……竜児という星は、どのくらい近いんだろう?
ねぇ、あんたはどう思う? と、心の中で問いかける。

竜児の心臓のすぐ上に、私の心臓が重なってる。
互いの皮膚以外、何も邪魔するものはない。
抱きしめる力を僅かに強めて、自分の胸を更に押し付ける。


……ねぇ竜児……これ以上、近くに行けないよ……
これ以上、竜児に近付ける方法を私は知らないよ……
もし、身体がとけちゃったら、あんたの心臓に辿り着けるのかな?
このまま、身体が沈み込むみたいに、一つになれちゃったりしないのかな? なんて思う。


――――――沈み込んでいけるわけなどないのに。


分かってても、そう思ってしまう。求めてしまう。目には見えない竜児の心を。
どうしたらいいんだろう。どうすればもっと近くにいけるんだろう。一つになれるんだろう……
こうして身体を重ねても、心に触れたと思っても、ただそれだけ。その先にはどうしたら……?

でも、こうして目を閉じて、竜児の鼓動と重ね合わせていれば、
何となくでも一つになった気がする。これ以上ないくらい近くにいる気がする。
トクントクンいってる竜児の心臓に合わせるように呼吸を……する……? する??

あれ? なんかずれるわね。
なんか速くなってる、竜児の心臓が……どんどん速く……

「って、ちょっとあんた?」
「おう!? どっ、どうした?」
「どうした、はこっちの台詞よ。なに静かに発情してんのよ?」
「しょっ、しょうがないだろう? 暖かいし、柔らかいし、そりゃ少しはドキドキするって……」
「おぉ怖い。このままここにいたら、まーた襲われちゃうわ」
「……襲わねえよ」






拗ねたような声を聞き流しながら、竜児の背中から肘を立てて起き上がる。
ずりずりと更によじ登る。竜児の顔の近くまで移動して、おんぶみたいに首に手をまわして、
その顔をのぞき込むと髪の毛が竜児の頬のあたりに落ちた。

「ほんとう?」

と、耳元でもう一度聞いてやる。


「本当だよ。当たり前だろ?」
「…………ぉ…っ………ぃ…ょ…………」

微かな、声で――――


「は? いま何て言った?」
「知らない」
「何だよそれ? ちゃんと言えよ大河」

そう。聞こえないように囁いたんだから、聞こえないよ、竜児?

「うるさいハゲ」
「おう!? ばっ!……おまえ、耳は止めろよ! くっ、くすぐったっ!」
「聞こえない耳なんか食ってやるわ! あぁ……んっ!」
「おおう!? うおうおうおう?! 舐めるな、大河っ! おおいっ!」

……聞こえなくたって……言わなくたって分かるでしょ?
分かれよこのばかっ! くすくすと笑い声が止まらない。


いつにない必死さで身をよじる竜児。
こいつ、耳が弱いのかな?なんて考えてると、振り落とされて、布団にもつれて落ちちゃった。

「ったいなぁ、もう……」

…………あ、何か座ってこっちを睨んでる……ぷぷ、ちょっとからかいすぎたかな?

「なぁ、大河……」
「何よ? 今度はもうちょっと優しく下ろしてよね」
「そんなこと言うってことは……もしかして、俺とこういうことするのは、嫌なのか?」







「は?…………あんた何…………なに言ってんの?」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


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