本当に、こいつは何を言い始めたんだろう……?
「だから、こういう、抱き合ったりするの、とかだよ」
「嫌じゃないよ。嫌なわけないじゃない……そんな事、思った事もない……」
「本当か? 本当は嫌だけど、なんか色々と我慢してんじゃねえか?」
フッ、と目の前が霞む。焦点が合わなくなる。
星がすれ違う。竜児が離れていく。そんなイメージが頭の中をグルグル回る。
こんなに近いのに、手を伸ばすまでもなく届く距離なのに、本当に竜児は近くにいるんだろうか?
「そっ! そんなことない!……なんで? 何でそんなこと言うの? ねぇ竜児っ!?」
「………………」
竜児は返事をせずに視線を外してしまう。私とは全然違う方を凝視してる。
何で、ここで、このタイミングで私が嫌がってるなんて思うんだろう?……分からない。分からない。
「ねぇ竜児、こっち向いてよ。教えてよ、何でそう思うの?」
「それは……ほら、やっぱり襲われるのは嫌だろうなって、思うから。
だから、冗談だとしても、そういう言葉が出てくるんじゃねえかなって……思って」
「そんなのちょっとからかっただけじゃない! いつもの……いつもと変わらないじゃない……」
驚いた。
冗談でも何でもなく、こいつは本当に心の片隅にでもこんな事を思っていたんだ。
それよりも……こんな、こんないつも通りの軽口でからかっただけなのに。
竜児はいつもこんなに迷ってしまうんだろうか?
私という星を見失ってしまうのだろうか……私の気持ちは伝わっていないんだろうか?
そう考えて悲しくなる。呆然と竜児を見つめてしまう。
「それに、今日はおまえのこと色々といじめちまった。……ひどいことしちまった」
「べっ、べべ、別に本当に嫌なわけじゃないよ? ちょっと頭がカーッとなっちゃって、色々したけど、
でも嫌なんかじゃない! だって……だって、あんたずっと優しかったじゃないのよ!?」
あんなに、あんなに私を気持ちよくしてくれて、あったかくしてくれて、
それで私が何を不満に思うっていうんだろう? 何を嫌だなんて思うんだろう……
私が素直になれないせいで、こいつはそんな不安をずっと抱えていたんだろうか?
「優しい……かな? なんか我を忘れてってのもあったし、夢中になってってのも……あったし、
おまえも怒って俺は反撃されたりして……それでも俺は優しいって事になるのか?……分からねえよ……」
「あ、あああ、あれは私も悪かったわよ。
私だってあの時は夢中になっちゃってて、ふと気付いたら寂しくなってて、それで……噛み付いちゃった。
でも……だ、だからそれはお互い様じゃない? どっちが悪いとか……そんなの関係ないじゃない」
「……おまえは途中で言ってくれたのに、俺はちゃんとそれに応えられたとは……思えないんだ」
「そんなこと…………ないって…………」
「また、おまえを悲しませちゃったんじゃないかなって、思っちまうんだ。
だからこういうの嫌になったのかな、とか。我慢して気を使ってくれてるのかな、とか。
……何か、どうしても自信が持てなくなっちまうんだ、俺は……」
「竜児…………」
悲しそうに呟いて更に俯いてしまう。すごく思い詰めた暗い顔をしている。
竜児は私の言葉を聞いてくれない……自分の殻に閉じこもったみたいに……
――もしかしたら、こいつは、未だに引きずってるのだろうか……?
自分は他の誰のためにもならないと、今もまだ思ってるのだろうか……?
それに思い当たって、頭を殴られたような衝撃が走る。
これは……未だにそんな悩みを抱えている竜児を、今の今まで気付けなかった自分へのショックだろうか。
思いが通じ合ったその後も、私の何でもない一言に思い詰めてしまう事があったのかもしれない……
私は竜児に近付いてる。そう思っていたのに、やっぱりまだ竜児の星は遥か遠いんだろうか?
「あ、あんた、あんたは……竜児はっ! 本当に……本当にそう思うの?」
「それは……」
手を伸ばして肩を掴む。……それでも、こっちを見ない。
見てくれない竜児の顔を無理やりこっちに向ける。
「私は、嫌じゃない。……ちっとも嫌なんかじゃないの!!
……分かれ…………分かってよ! あんた何度も私を抱いてるでしょ!?
あんたはその時、私が悲しそうに見えた? 不幸そうに見えた? 一度でも泣いた事はある?」
「俺は……おまえをたくさん泣かせちまった……」
「あれは幸せだから泣いてんのよおおぉぉっ!!!!!!!」
涙が溢れる。喉の奥が焼けるよう。
竜児の顔にぶつかりそうに迫りながら、私は叫んだ。
「た……たい…………が?」
「私はあんたに抱かれてる時、ずっと幸せだったの! 何も足りないものなんて無いの!
他に何もいらないって思えるの! だからあんたはもっと自信を持ちなさいよ!」
「大河……でも…………」
こいつが……こいつが、どこかで迷ってるなら私が手を引いてやる。
私が、どれだけこいつを必要としてるか分からせてやる。
かつて、こいつが私の手を引いてくれたように。
何が何でも、どうであっても、絶対に引き寄せてやる。
そんな気持ちを言葉に乗せてぶつける。届いて欲しいと願いながら――
「…………じゃないと、
私が、あんたにあげられてないものがあるかもしれないって、不安になるじゃない。
何か私に足りないものがあるんじゃないかって悲しくなるじゃない。
あんたを幸せにしてあげられてないんじゃ、ないかって、怖くなるじゃない。……怖い。怖いよぉ……」
それでも分かってくれなかったら……そんな恐怖に身がすくむ。声が震える。
ここで見失いたくない。こんなことで竜児の星から遠ざかるわけにはいかない。
「……大河……泣くな……大河……」
俯いた私は竜児の腕に包まれる。
ぐちゃぐちゃになった頭で、その体温に思わず身震いする。
「そう、なのか? 俺はちゃんとおまえを幸せにしてやれてるのか?」
「…………そうよ」
「……おまえはこんな俺でも、いいって言ってくれるのか?」
「そうよっ! 何度も言わせんなっ!」
「……おまえは俺に付いて来てくれたけど……おまえの事、信じてるけど、
おまえが時々何を考えてるか分かんなくなっちまって、俺は……俺も怖かった……」
「………………怖い?」
「俺は……きっと、おまえを探してるんだ。こうしてこの腕の中におまえがいても、
本当のおまえがどこにいるのか見失っちまいそうになる。それが……怖い」
「…………」
「だから迷っちまった。本当にこうしてていいのかって、今日のおまえの反応を見て、
変な風に考えちまって、それで……さっきはあんなことも言っちまった……」
私も竜児も、おんなじような事を考えているのかな?
こんな……生まれたまんまの格好でくっついているのに、
まるで怯える子供が身を寄せ合って震えてるみたいだね……
「でも、俺は今、大河を見つけた。おまえを見つけられたんだ」
「……ずっと、目の前にいるじゃない……」
「いるけど、よく見えなかったのかもしんねえ。いや、途中までは見えてたんだけど、
どこかで見えなくなっちまった、ような気がして……それで……」
「今は…………見える?」
「見える。おまえはこうして来てくれた。大河がいる。俺の腕の中にいる。ちゃんと、ここに……」
強く、強く抱きしめられた。竜児の胸の中に顔をうずめながら思う。
届いたのかな、私が伸ばした腕は……私の心は……? 竜児に届いたのかな?
「すまねえ、大河。また、おまえを悲しませちまった……」
「ううん……」
「俺はおまえの心を……ちゃんと抱けてるのか?…………くそ……くせぇな、これ」
顔を上げる。視線を合わせる。もう竜児は目を逸らさない。
届いたんだって分かる。叫んだら届いた。今はこんなに近い、こんなに近くに竜児がいる。
「……くさい、ね……今時そんな事言うやつがいたんだって思ったわ」
「う……うるせぇな……」
膝立ちになって竜児の頭を両手で掴む。ハラリと落ちたタオルケットなんかどうでもいい。
頭を丸ごと抱きしめるように私の腕の中で竜児を捕まえる。
まだ髪の毛が湿ってる……その頭の上に頬を乗せて、髪の毛を撫でて、
「大丈夫…………だいじょうぶだよ……竜児……」
今はこんなに近いから、叫ばなくても届く。だから静かな声で囁く。
心臓に竜児の耳を押し当てるようにして、こいつがしてくれたみたいに優しく抱き締める。
「……大河?」
「ほら、これは竜児の真似をしてるの。いつも竜児はこんな風に優しく抱きしめてくれるんだよ?」
「…………そう、か?」
「ううん。もっともっと優しいの。だから、私は幸せで……それで泣いちゃうんだ……」
「………………大河……」
竜児の腕がおずおずと私の腰にまわって、
それで……泣きたくなるくらいの優しさで私を抱いてくれる。
なんだってこいつは…………今は私の番なのに、な…………
「この腕の中に、竜児の星はあるんだね……」
「竜児の……星?……あぁ、オリオン座の事か。確か、見た目が近くても本当の距離は……ってやつ」
「……うん」
「俺とおまえも、どのくらい離れてるんだろうな……」
「そう……だね。近付いたり、遠ざかったりフラフラしてるみたい、私もあんたも……」
竜児を抱えたままゆらゆらと微かに揺れる。
これじゃ子供を寝かしつけるみたいじゃないの。なんて思う。
「でも、それは星だから、だ。動いてるんだ。進んでるんだよ、その星は。
永遠に止まっている星ならピッタリくっついたままでいられるかもしれないけど、
俺たちは動いてる、前に進んでるんだよ。そうだろ?」
「そう……なのかもね」
「だから……そう、引力に引かれるみたいに、近づいたり、遠ざかったりしながら、
それでも、遥か遠くに離れて行ったりはしない。……絶対に。
……だから、ずっと傍らにいる。くっついてるんじゃなくて、傍らにいるんだ、俺は」
「…………うん」
上を見上げると竜児の部屋の豆電球。
どこにでもある当たり前の色、でもすごく暖かいオレンジ。
私はいつか、この豆電球を思い出すんだろうか?
どんな気持ちで思い出すんだろうか?
私は……竜児の星を周回する衛星のように、永遠に傍らにいられるんだろうか……
いや、こいつがせせこましく動き回るに違いないから、周るのはこいつかな、なんて。
私はきっと自分が思ってるよりも寂しがりやだから、その軌道はすごく近いのかもしれない。
すごく近いなら、大気圏の熱できっとすごく熱いんだろうな……痛いのかな……
竜児が熱いって言って押しのけられないかな……地上に激突して弾かれちゃったら戻れないのかな……
…………ふふ、分からないよね、そんなこと。
そう。今は、まだ、分からない――――――
視線を戻して斜め下。竜児のつむじが見える。
……あんたは今、何を考えてるの?
何度目になるか分からない問いを投げかけるけど、もちろん答えは無い。
けれど、竜児の頭から、手の平から流れ込んでくる色みたいなものが見える……あたたかい……色。
何だろうね、これ……?
あんたが汗だくで見つめてくれた時も、両手で頬を包んでくれた時も、見えた気がするよ……竜児。
……なんだか、ずっとおとなしくしてる竜児がくすぐったくなってきて、
髪の毛をわしゃわしゃする。……あんた寝てんじゃないでしょうね?
「おう!? ……なんだよいきなり」
「あんたが私の胸の感触に陶酔してるのがいけないのよ」
「してねえよ!?」
「ねぇ、竜児」
「ん?」
「分かったの、あんた……?」
膝を曲げて竜児の真ん前。周囲の布団も私たちの顔も全部オレンジ。
あぁ、この色も好きなのかな、私は……竜児の部屋の欠かせないパーツっていうか……
「おう。もう自信がねえとか言ってらんねえよ。俺はもう大丈夫だ」
「全くだわ、しょうがないやつ」
「す、すまねえな……大河」
「私も……しょうがないやつね……」
「ん?」
「……あんたが、この先、二度と自信を失くさないように、
私の気持ちってやつをしっかり伝えてやるから、心に刻み込んでおきなさいよ?」
「おう?……いや、俺はいい」
「何よ、いらないっての?」
「いや……もっと、その……強烈なものをもらったから……」
「あっ………」
何もかもぶちまけてしまった自分に気付く。
「そうだね」
そりゃそうだ。私の心はずっと前からこいつに預けてあるもの。
「言っちゃった……ね」
だから、笑う。私の想いを全て乗せて笑う。
――――どんな笑顔をしてるんだろう、私は?
あんたの笑顔はね…………んふふふ。教えてあげない!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ね、寒いし、お布団入ろ?」
「おっ、おう……」
枕をボフボフ叩いて竜児を呼ぶ。
だけど何か躊躇ってる感じ……もう、寒いんだから早く来なさいよね……
「なぁ大河。このまま……その、寝るのか? この前みたく風呂に入るか?」
「こんな時間に入れるわけないじゃないのよ……時計見てみなさいよ」
「おおう!? こんな時間なのか……確かに大家さんに怒られちまうな……」
「ね、竜児。寒い」
ほれほれ、と顎でしゃくると、ようやく寝そべってくる。
だけど、頭は枕の端と端。そんなに照れてるとこっちも照れるじゃないのよ……
「……遠い」
「おっ!?……おう……」
おずおずと身体を寄せてくる。けれど決して触れないようにしてる竜児。
ふん。とっとと抱きしめなさいよね……何やってんだか……
「足も寒いの。冷たいの」
そう言って竜児の脚の間に私の脚を絡ませていく。
「く」の字になった太ももが、ふくらはぎが触れ合う。
「ちょおっ!? おおお、おま、おまえ、それは……っ!」
「何キョドってんのよキモイわね……大した事してないじゃない」
下から竜児の脚、私の脚、竜児、私……って……やってみると恥ずかしいわね。
「おう。……おまえの脚、冷たいな」
「女の子は冷えるのよ、覚えておきなさい?」
「……おう」
「だから……ほら、分かったの?」
「おうっ! 冷えるんだな。分かった」
「分かってない!!!」
「ぬおう!?」
あ、唾が飛んだかも。目の前だし……まぁいいか。
絡めた足の爪で竜児のすねをカリカリとこする。
ほんっと、じれったいわね、こいつは……
「私は寒いの! 凍えそうなのよ! あぁ、なんてかわいそうな私!」
「……お、おう」
「何なのよあんたはっ!? おうおうおうおうおうおうそればっっかり!!」
「い、いや……緊張するだろ……これは……」
「こんなこと何度もしてるじゃない? それに、さっきまでずっとくっついてたし、今更……」
「それとこれとは別だし……ほら、裸で寝るのって初めてじゃないか?」
……あれ?
「……そうだっけ?」
「…………そうだよ。つか、覚えてろよ……いつもは風呂入ってパジャマだろう?」
「まぁいいわ。それは分かったから……ねぇ、竜児? 私は寒いの、分かる?」
「おう?」
「あーもう! さっさと抱き寄せなさいよこの鈍感!!」
「お……おう……分かった……」
おずおずと手を伸ばしてくる。私は待ちきれなくって……
「ふん!」
「おふっ!?……い、いたい……」
「待ってらんないのよっ!」
……その胸の中に飛び込んだ。いや、うそ、頭突きした。
あんたはまずその致命的な鈍さを何とかしないとね、先が思いやられるわね。
私はこの口の悪さを何とかすればいいのかしら?……なんてことを、少しだけ思ったり。
竜児に包まれて身体がポカポカあったかくなってくる。眠気がゆっくりやって来て、
「ふぁ……ああ”あ”ああぁぁ……」
あくびが出る。バンザイするように布団から腕を出して上半身を逸らして大あくび。
「おい……目の前ででっけえ口開けてんじゃねえよ……はしたない……」
「う、る、さいわね…んっ……ふああぁあああぁ………………っ!?!?!?」
「おうっ!?!?!?」
大あくびのまま、口をあんぐり開けたまま竜児の目の前で固まる。
……なんか当たった。太ももの付け根に、何ていうか……こう……
「……ふ……ふ、に……ふに、だ………」
「ばっ――――!?!?!?」
カーっと顔が熱くなる。こっこここれこれは……これは……
でも、竜児の顔もまっかっかで面白い。ひどい極悪面で引きそうだけど……
「な、何かしら……この不思議な感触は……始めての感触ね……これは……」
「言わんこっちゃない……だから俺はいやだったんだ……」
「べっべべっべっつに、これくらい……大した事じゃ……ないわよ……」
「なら、何で固まってるんだよ?」
「…………」
それは……太ももに神経を集中させてるから、なんて言ったら竜児は引くかな?
「おい、大河。離れようぜ?」
「ねねね、竜児? これ触ってもいい?」
「はあ!? だっ、ダメだ! 臨戦態勢じゃないそこを触るのは男子のプライドに関わ……」
「…………ぷに……ぷに、ぷに…………」
「聞けよ!?」
つんつんしてみた。
これは……謎の感触だわね……なんか癖になるわね……
「何でよ? いいじゃない。っていうか、もう触っちゃったし……」
「おい! あんまいじくんなって! コラ! おい!」
「うふふふ……なんか楽しいわね、コレ。……ふふふ…………うり……あは、何だろうこの感触は……」
「ちょ! 待て! 少しは遠慮ってものを……おい、大河ああぁああ!?」
「あはははは! なんだこれ!? おもしろいおもしろいよりゅうじぃ! あはっ! ちっこぉ!」
「おまえ!?……それは禁句だろう?! しょうがないんだって、普段はちっこいんだよ!!!」
これは…………これは、夢中になっちゃうわね……ふにふにだけど……適度に弾力もあって……
しかも縦横無尽に動くわ! なんてフリーダムなのかしら!!
「うわああああ! そんなに動かさないでくれえぇぇぇえ!」
「あぁ……もうだめ、止まんないわ、竜児。……うりうり、うりうりうりうりうり!! フヒヒ!!」
ハッ!……いけない、いけない。
ロンゲ状の生物に脳みそを乗っ取られたみたいだったわ……
「あら………………」
「おい………………」
「…………」
「どうしてくれんだよ、これ?」
「お……っき……っき?」
「おっきっきじゃねええええええ! 可愛く言ってもだめだ! おう、これどうやって責任取るんだよ!?」
「…………ひゅ〜♪ ひゅ〜ひゅ〜♪ ぴゅるる〜♪」
「いや、吹けてないから……」
「チッ……早く小さくしなさいよ。大っきいのに今は興味ないわ」
「んなっ!?……元はと言えばおまえが……」
「あっ、いっけなーい。私寝るんだったわ、忘れてた。ってことでおやすみ。あんたも寝るんだよ?」
「……寝れねぇよ……どうすんだよ、コレ……」
「どうもこうもしないわよ? ほんと遺憾な事故だわね、ご愁傷様。ふぁ……ああぁぁあぁぁぁ……ねむ……」
「おい大河ぁ!?」
「んあー! うっさいなぁ! 寝れないじゃないのよ!
分かった、分かったわよ、あんたそこで私を見ながら一人で寂しく慰めてなさい」
「…………おまえ…………なんていうことを…………」
「何よ、特別に許可してやってんのよ? もっと喜びなさいよ……っあ……あふ……」
「そんな……人間として終わってるような事しねえよ……」
「じゃー寝るわよ。ほら、もっとこっち寄りなさいよっ」
ぐいっと、竜児を引き寄せる。身体もさっきより近くて暖かい。
あそこの事は、取りあえず意識の外へ……
「うおう!? 色々当たりすぎてる……何だ、この生き地獄は……なんで俺はこんなところにいるんだ……」
「何でって……決まってるじゃない。私の傍にずっといるんでしょ?」
「今はそういう話じゃねえよ……」
「ったく。終わったばっかりだってのに、すぐさま反応するなんておかしいんじゃないの!?」
――次はちゃんと聞こえるように言ってあげるかな……なんて思う。
でも今は思うだけにしておこうっと……もう眠いし。
「おまえも、その口の悪さと手の早さが無くなればなぁ…………」
む……さっき私が思ってた事を言われた。
しかも手の早さがプラスされてるし……何か腹立つわね……
「なーに言ってるんだか。私はずっと私だったじゃないのよ? なんか不満あるわけ?」
「いや、そんなことは、ねぇけど……こういう時くらい、女の子らしくっていうかさ……」
「りゅうじっ」
「おう!?」
「あんたさ、アンアン言ってる私の顔をしたお人形さんを抱きたいわけ? うっわ、さむ!!」
「だっ、誰もそんなこと言ってねえだろ、大河……」
しょぼしょぼしてきた目を何とか開けたまま竜児の顔に近付く。
身体ももっと近付いちゃって、もっと暖かくなって、ふわふわしてきた。
竜児は何か、もじもじと身体を動かしてるけど……そんなのは知らない。
おでこ同士をぶつけるように顔を寄せて竜児のにおいを嗅ぐ……
「あんたバカだから教えてあげるわ。
私はありのまんまで竜二に抱かれてるのよ、それで、ありのまんまで反応してるの。
だから、私の口が悪かったり、暴れちゃったり、悲しくなっちゃうのは全部あんたのせい。
甘えちゃうのも、優しい気分になるのも……気持ちよくなるのも……全部あんたのせい」
「口が悪いのは元からだろう……」
「悪くない時だってあるわよ……あんたもう忘れたの?」
まぶたがゆるゆると落ちていく。抵抗できない。
「…………そうだったな」
竜児の体温が波のように伝わってくる。とてもとても心地よい。
「……でも私達ってずっとそうだったじゃないのよ。ありのまんまで、こうして傍にいるんじゃない。
これからも、ずっと変わらない……じゃない……?」
「…………おう」
微かな風に誘われるように打ち寄せてくる。その波はとても静か。
「だから、あんたがおとなしくて素直な私が見たいなら……あんたがそうすればいいのよ。
……もっとふにゃふにゃでとろっとろな私が見たいなら、もっと頑張ればいいのよ……」
けれど浜辺から砂を運ぶように、ゆっくりと私の意識も運んでいく。
「それは……結構、見た……かもな」
「ばか…………」
大きな波にさらわれるように意識が途切れそうになる。
「……ね……りゅう、じ…………」
おでこを離して、あごを近付ける。竜児の唇のすぐ近く。
「おう?」
「なによ……お休みのキスくらい……ちゃんと……きめなさいよね、りゅう……じ……」
もう、まぶたも動かせない。唇からも力が抜けて声も出せない。……その必要もないけど。
「ああ……」
布団も枕も竜児のにおい。肌に感じるのは竜児の体温。
そんな風に竜児に包まれて、意識は今にも消え入りそう。
「おやすみ、大河」
ふっ――と微かに唇の先端が触れた。
と思ったら、ゆっくりと包むように押し付けられる。
それは優しくて――とても甘い――――
竜児の唇が離れる頃には、私はきっと夢の中だろう。
おやすみ、竜児…………
私はそれを言えたんだろうか?
夢うつつの中で私は思う。
体はこうやって溶け合える。
私と竜児の体はこうやって一つになれる。
じゃあ、心はどうやって溶け合ったらいいんだろう?
どうやったら竜児の心の中身を知れるのだろう?
どうやったら私の心の中身を知ってもらえるだろう?
私はそれを探してるんだ。ずっと探してるんだ。
ううん。私は見つけた。きっと見つけた。
あの凍える橋の上で。やっちゃんの家で。
全力でぶつかりあって見つけた。心で心に触れたんだ。
そして今ここでも見つけた。
お互いの体は全部溶けて、そうして今も触れられたんだ。
別々の心に生まれて、それでも一つになりたいと願う。
触れる事はできても、重なる事はできても、
でも、それでも、どうやっても一つにはなれない。
けれど、触れた時に見えたあの色をもっと知りたい。
何度も何度も触れ合って、竜児の色を知っていこう。
お互いの色に近づいていこう。
そうすれば、いつかきっと同じ色になれる。
ひとつに、なれるよ、竜児。
どこまでが現だろう?
どこからが夢だろう?
今は、まだ、分からない――――――
【 - midnight - end - 】
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