「なぁ……ホントにココに泊まるのか……?」
「他にどこがあるってのよ」
「……いや、でもやっぱ」
「うるさいわねこのヘタレ犬!あんたも男だったら覚悟決めなさい!ホラ、行くわよ」
「あ、おい!……わーったよ……」

二人の前には『HOTEL Heart Arta』というネオンが煌々と光っていた



時間を遡ろう。

「りゅーじ!」
「た……大河!」

ことの発端は今朝のこと。久しぶりに大河がウチに遊びに来た。何の連絡も無しに、突然だ。
しかし大河は今、ここからは随分遠いところで生活しているはずだ。ウチに来て、日帰りできる距離ではない。
ご家族の方はいいのかと聞くと、なんでも『友達』の家に泊まりに行くと大河のご家族には伝えてあるそうで。
聞いたか?あの手乗りタイガがー友達の家にお泊りだってよ!――大橋高校の人間なら誰しもそう思ったんじゃないだろうか。
それはともかく、じゃあ今日はトコトン遊んでみるか、という話になり……結論を言うとだな、遊びすぎたんだ……。
何をしていたかって?俺に大したお金は無いからな。
電車で近くの繁華街に出て、ウインドウショッピングしたり道すがらにあった神社覗いたり……
晩飯にファミレスで飯を食ったときはまだ8時ぐらいだったはずなんだ。
……だがファミレスを出たときにはもう12時手前になっていた……俺にも何が起きたのかさっぱり分からねぇ。
だが俺達も久しぶりに会ったんだ。積もる話もあるんだよ……。



「おい……大河……」
「……遺憾だわ」

そして二人はただ呆然と、発車する最終電車の背中を眺めていた。

「……なぁ、大河」
「ちょっとは自分の頭で考えなさいこのバカ犬」
「うっ……とは言ってもなぁ……」
「仕方ないわね……竜児、行くわよ」
「行くって……何処へだよ!?」
「繁華街の方よ。ココに居たって何にも変わんないでしょ?それもともなに?あんたまさかホームで寝たいの?」
「いやそれは……」
「わかったらちゃっちゃと動く!行くわよ!」

そこから色々探して回った。ネットカフェはタバコ臭いから嫌だと大河が言い、
じゃあ24時間営業の何処かに行くかというとあんな固い椅子に何時間も座ってたらお尻が破けると大河が言い、
いっそ歩いて帰るかと聞くと無言の大河ーアッパーカットを喰らい……

気づけばここに居たと。そういうわけだ。

しかし竜児も大河もまだ高校を卒業したばかり。ラブホテルなんて知っている訳も無い。

――今ここに、未知との遭遇が、始まろうとしていた。



「……行くわよ」
「……おう」

ウィーン
♪ピンポンパンポーン いらっしゃいませ!明かりのついているお部屋のボタンを押してください!

「……誰もいねぇぞ」
「……フロントとか、そういうの無いの?」
「えっと……どうすれば良いんだ……」

などと右往左往していると

「あれー?たかっちゃんにたいがーじゃん。こーんなところでなにしてるのー??」

「!!はっ……春田!?!?」
「あああああんたここここんなっとこっろで!?!?」

訳が分からない。どうしてお前がここにいる。目的はなんだ。望みは?金なら無いぞ……。

「だーってここおれのおじさんがやーってるんだもーん。あるばいと、ってやつー?ホラ、店の名前みてみなよー」

店の名前……Heart Arta…ハートアルタ…はるた

「「春田!!??」」
「ご明答〜!けっこー給料いーんだぜぇ〜??」
「なんてこと……こんなとこ……見られた……こっ……殺……」
「おっおい落ち着け大河!!春田。実はだな……」
「フムフム……そっかーたいがーいまはこっちじゃないんだもんねー……そうだ!たかっちゃんちょっとまっててよー」
「ん?おっおう」

そういって春田は奥の方へと消えていった。
……しかし、偉いことになってしまった。横で大河は余りのことに心神喪失だ。
……あとこうしてる間にも何組かのカップルが俺らの横を通っていったんだが……
その、何て言うか……年齢差がおかしいというか、なんというか……
いや、何も言うまい。おそらく異分子は俺達の方なんだろう。



「おまたせーたかっちゃんにたいがー!いまおじさんに聞いてきたんだけど、あんまりおっきい部屋じゃなくていーならタダで使っていいよってさー」
「……なに!?TADA!?……それは本当か!?」
「ほんとだよー。えーっと……ぽちっとなー。ほいこれ部屋のレシート。ここに書いてある部屋に行っておくれよーあとでなんか飲み物とか持ってくからさー。ほいじゃあね!ごゆっくりー」
「お……おう……おい!大河!春田が気を聞かせてTADAで一部屋空けてくれたぞ」
「殺す……木刀……果物ナイフ……ハッ!えっ!なに!?」
「……お前って奴は……ホラ、行こうぜ」
「えっちょっまってりゅーじ!」

こうして俺達は初のラブホテルとやらを経験することになった。









「……部屋は何号室なの?」
「んーと……606号室だってよ。このエレベーターに乗るんだろ」
「そうみたいね……あ」
「ん?どうし……おう」

二人がエレベーターの前で待っていると、きっと俺達のあとから入ってきた客なんだろう。見知らぬカップルと出くわしてしまった。
……しかしこの二人ともいったい何歳なんだろう……きっと泰子より年上だよな……いや、何も触れるまい。
気まずい空気が辺りを包んでいた。

チーン

「あ、エレベーター来たみたい」
「お、おう……また随分と小さいエレベーターなんだな。二人でギリギリじゃねぇか」
「その方が良いわよ」
「……確かに」

さっきの人らと同じエレベーターに乗る気まずさを想像してすぐに合点が行く。



「ねぇ、竜児……」
「ん?なんだ大河?」
「やっぱりここって……そういうとこなんだよね」
「!!っっ……」

そう言った大河の表情は分からないが、美しいふわふわの髪の毛から除くかわいらしい耳は赤く染まっている。
……そうだよな。ここ、ラブホテルだもんな。いちゃいちゃするだけじゃこんなとこ来ないよな。
なるべく考え無いようにしていたことが頭を駆け巡りはじめる。竜児の脳内では妄想電波が無料ストリーミングライブ中だ。
いや!でも俺達はまだそんな……まてよ、今日?今日なのか??据え膳食わぬは男の……いやいや何を言っている高須竜児!落ち着け、そうだ、素数を数えよう……。4、6、8、9……ん?
そこに『コスプレ衣装無料貸出キャンペーン実施中!』とかかれたチラシが目に飛び込んで来る。
……なんだって?バニー?制服?ち、チャイナドレス……だと……
その一枚一枚が頭に妄想の像を結ぶ。俺はどうしたら良いんだ。しかもTADAだって?いやいや、ただでさえ泊まるのまでTADAなんだ。これ以上……

ガッッ

「いてぇぇ!!」
「あんたすごい顔になってるわよこのエロ犬!いったい何見て……」
「すっすまねぇ大河って……おい!しっかりしろ!大河!大河ーーー!!」

様々な服装に見を包んだ綺麗なおねえさん達を目にした大河の意識が戻ったのは、部屋に入ってからのことだった。





ガチャ

「よいしょっと……ふう……さっきは危うく……」

♪ピンポンパンポーン いらっしゃいませ!当ホテルでは、自動会計システムを導入しております。メンバーズカードをお持ちの……

なんだ?壁がしゃべっているぞ……この怪しげな箱に金を入れるのか?さっき春田はTADAだと言っていたが……

トゥルルルルルルトゥルルルルルル

何やら奥で電話が鳴り始めた。春田か?とりあえず急ごう。
そう思って奥へと続くドアを開けると……

なんだ。案外普通じゃねぇか!俺はもっとこう……全面鏡張りだとか、丸い形のグルグル回るベッドだとか、さ、三角形のお馬さんだとか……そこで大河と……大河と……!!
いやいや待つんだ高須竜児!これじゃさっきと同じじゃねぇか!進歩するんだ!……進歩……進歩……ちん……ちがーう!!

「はいもしもし。あーアホロン毛?うん……うん。わかった。はーい」ガチャ
「ハッ……お前、気がついたのか?」
「あんたが入口でなんかブツブツ言ってる間に電話の音で目が覚めたわ。玄関の機械が言ってることはべつに無視してていいんだってさ。あと、なんか持ってきてくれるそうよ」
「お……おう……すまん」
「それにしても思ってたより綺麗ね。なんかもっと、鏡張りとか、回転ベッドとかそういう……」
「俺も同じこと考えてたよ。そんな部屋だったら俺達は……」
「……私達は……?」

何を言ってるんだ俺は!大河も言いながら顔が真っ赤だ。えっと……こういうときはどうしたら……



「あ、あら、なななにかしらこのボタン。照明?音響?」
「おおおう。押してみたらわ、分かるんじゃないかな……」
「そそそうね……」

ピッ

その瞬間、さっきまで白々と俺達を照らしていた蛍光灯は消え、ベッド周りだけが赤く照らし出された。

「ひっ」

ベッドの上にはいわゆる女の子座りでパネルを眺める大河。顔は半笑いだ。可愛い。
赤く照らされたその横顔は、その顎のラインは、その腰のくびれは……

「わわわわざとじゃ無いんだからね!ホントよ竜児!」
「……綺麗だ。大河。」
「竜児……?」

こんな色っぽい大河を見たのは始めてだ。素直な言葉が口をついて出る。
俺は気づけば大河に向かって歩きだしていた。

「ホントに綺麗だ。……大河」
「ちょっと竜児……りゅう……」

俺は大河の肩に手をかけ、そっとピンポーン「たかっちゃーん!たいがー!飲み物もってきたよー!」

「あ、はーい!りゅうじ、はは早くいきましょ」
「お……おぅ……」

春田。あいつには何かがついている。絶対に。






春田が持ってきてくれたのはオレンジジュースとコーヒー、それにサンドイッチだった。……なんで全部にラップがかかっているんだ?MOTTAINAIじゃないか!

「どしたのりゅうじ?食べないの?」
「お、おう。……けっこううまいな」
「……わたしは竜児が作ってくれるサンドイッチの方が好きだけど!」
「大河……」

……嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。思わず抱きしめたくなるがさっきの余韻がまだ覚めていない。いまそんなことしたら今度こそOUTだ。いや、INか?……何を言っているんだ俺は。

そしてもう一点。今俺は重大な懸案事項を抱えていた。
実はさっき、春田が色々と持ってきてくれた時、最後にある紙袋を渡されていたのだ。



「たかっちゃーんちょっとー」
「ん?まだあるのか?すまんなぁ……なんだニヤニヤして?」
「んふー。実はびっぐぷれぜんとがあるのだ〜!」
「……なんだ?」
「ぱんぱかぱーんっ!ちゃいなどれす〜!これしかたいがーに合いそうなサイズの奴なくってさ〜。でもでも!似合いそうじゃーん??」
「春田……お前って奴は……」
「なんだよたかっちゃーん泣くことねーじゃーん!せっかく来たんだから楽しんでおいでよー。ほいじゃあねー」

……春田。心の友よ。いつかお前とは上手い酒を飲みに行きたいぜ。

赤いシルクの様な生地に金で見事な虎の詩集が腰本から胸にかけて見事な刺繍が施されている。
丈は当然ロング。足首までだ。しかしスリットは腰骨のところまで伸びている。肩はシンプルにノースリーブだ。
考えてみてほしい。それを大河が着ているんだ。髪型はそうだな……水泳の時のボンボンなんてどうだ?……Perfect。素晴らしい。

問題はこれをどうやって着てもらうか、だ。普通に頼んだら死ぬ。普通じゃなくても死ぬ。このウルトラCを乗り切らねばなるまい。

俺の懸案事項は分かってもらえただろうか。この足元にある紙袋の中身は簡単に大河「そういやその紙袋なんなの?ちょっと見せなさいよ」わけにはいかないのだ。

……いま、なんて?



「しっかしあのアホロン毛もけっこー気が利くのね。これはなんなのかしら?」
「あっっちょっっ大河それは!」
「ん〜?どうしたのよいきなりなんかビックリ箱でもはいって……」

……THE END。好きなようにするが良いさ。もはや申し開きをするつもりなんてねぇよ。

「あ……あんた……これ、さっきの……」
「……そうだ。春田がさっき気を効かせて持ってきてくれたんだ」
「……そう」

気まずい沈黙。いっそ暴れるなりなんなりしてくれたらどれだけ俺は幸福なんだろう。

「……しいの?」
「え……なんて?」
「竜児はその……着て……欲しいの?」
「大河……?」
「……竜児がどーしても見たいっていうなら……着てあげても……いいわよ」
「大河……」



「大河、俺はだな、その……」
「……」
「別に、なんだ、あの……」
「……」
「特別な、あれだ、えっと……」
「だああっっ!YesならYes!NoならNo!はっきり言いやがれってんだ!」
「!!……Yes……です」

……これがラブホテルの力なのか……。ありがとう。神様。ありがとう。春田。

「でででも、こんな綺麗なドレス、今すぐ着たら汚れちゃうから、……お風呂入ってからね?」
「……いま、なんて?」
「お風呂入りたいって言ったの!」

……忘れていた。そのことを完全に忘れていた。いつかは来るだろうこの時間が、目前にまで迫ってきていた。

「ど、どどどっちから先に入る?」
「えっと、わたしは別にどっちでも良いけど……竜児は?」
「おお俺か?俺はだな……」

ここで「一緒に入りたい」なんて死んでも言えない。体が発火する。閻魔相手に国盗りをするのはまだ早い。
ならば……ある閃きが頭を過ぎる。
高須竜児妄想ノート 第四分冊 宿泊編 32頁にそれは記されている。今こそ使い時!勇気を振り絞ってこの言葉を口にする。

「さっ……先にシャワー浴びて来いよ……」

言えた!どうだ大河!これならお前も文句無いだろう??

「プッ……アハハハハッッ!!なによそれー」
「ちょ……笑うとこじゃねぇよ」
「だって三流ドラマみたい。あー可笑しい」
「じゃ、じゃあ一緒にはは入るか?」
「あら。別にいいわよー?飼い犬を洗ってあげるのは飼い主の務めだわ」
「……お、お前、本気で言って」
「冗談よ。そんなことしたら恥ずかしくて死んじゃうわ。先に入ってくるね。竜児」
「お、おう……」

……なぜだろう。今、川嶋にからかわれてるみたいな気がしたんだが……。
ひょっとして、ちょっとノッてきてるのか?大河?

「えっと、お風呂は……あ、この扉かな?わー広ーい!ひょっとしてウチより……」

美しい髪から時折覗く真っ赤になった耳が、何とも可愛らしかった。









シャアアアアアア……キュ

シャワーの音が止まる。続いてわしゃわしゃと何かを擦る音。
そう。この壁一枚隔てた向こうでは、今、まさに、大河が入浴中だ。

竜児の耳はこれまでにないほど研ぎ澄まされていた。理性なんて言葉は遠く幻のように揺らめくのみ。
竜児の脳内では、「見たら殺すわよ、このエロ犬!」という悪魔の恰好をした小さな大河と、「一緒に入ってあげてもいいのよ?このエロ犬ぅ」という天使の恰好をした小さな大河がグルグルと飛び回っている。……どっちも可愛いな。
しかし今ここで軽率な動きを見せてはならぬ。二兎を追うものは一兎をも得ず、というではないか。まずは目先のターゲットに狙いを絞るのだ。すなわち、チャイナドレスに。

今日を逃せばチャイナドレスを着た大河を見ることはもはや叶わないだろう。
それに対して、こう言っちゃなんだが、大河の裸はいつの日にか見ることが出来るはず。
竜児の計算はすでに出来上がっていた。




カチャ ガチャン ワサワサ……

来た!いよいよだ。オーケー心の準備は出来ている。大河、いつでも出てきて「りゅうじーお風呂空いたわよ」

……なにか、今、肌色のモノが見え「ふう〜。あーすっきりした!竜児も早く入んなよ?」

……バスローブ……だと……?

何という予想GUY!しかしこれはこれで……
ゆったりとしたバスローブは大河にはかなり大きいのだろうう。袖を持て余し、裾は床を引きずっている。それを無理矢理帯で留めている。
髪はあとで乾かすのだろう。適当に束ねられ、まとめてちょうちょ型の髪留めではさんである。
湯上がりの上気した肌が何とも言えない艶っぽさを醸し出している。


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