気が付けば、大河はいつのまに見つけたのか備え付けの冷蔵庫から牛乳を取り出して風呂上がりの一杯をやりながら、不思議そうにこちらを見ていた。

「どしたの?竜児?」
「おう!?あぁ……いや……なんでもない」
「??へんなの。早くお風呂いっといで」
「お、おう」

……いかんいかん。少々妄想が過ぎたな。こんなことじゃ今日一晩乗り切れねぇぜ……。

だが、大河のバスローブ姿は深く心に刻み込んでおこう。





「……ふぅ。あーすっきりした」

しかしここのホテルは見た目とは裏腹に非常に掃除が行き届いている。さっきまで大河に夢中でよく見ることは無かったが、細かなところに至るまで、しっかりと掃除がなされていた。
別に掃除しに来たわけじゃ無いけど、何故か悔しい気分に襲われた。

「さて、早く戻らないと大河に怒られちまうぜ」

ガチャ

「わっきゃっっちょっ待っっっ」

……神様。俺はどうしたら善いのでしょうか。
子犬が自分の尻尾を追い掛けてクルクル回るのを想像してほしい。

目の前には背中のチャック全開で同じくクルクル回っているチャイナドレス姿の大河があった。



「……だって届かなかったんだもん」
「……」
「髪乾かすのにも時間かかったし」
「……」
「おだんご一人で作るのも大変だったし」
「……」
「竜児は出てくるの早いし」
「……」
「……なんとか言いなさいよ」
「……お、おう」

ベットのど真ん中でちょこんと正座しながら大河は恥ずかしそうにしている。

その後竜児は半パニックの大河を落ち着かせ、なるべく直視しないように背中のチャックを上げてあげた。
しかし直視しないとはいうものの全く見ないわけにはいかなかった。透き通るような肌と、背中を中心を横切るブラジャーのホックが真っ赤な布地の間から覗いていた。
それが竜児の頭の中でこびりついて離れない。

今日は刺激が多すぎるぜ……。




まあ、それはそれとして、だ。改めて大河の方に目をやる。
サイズはこれ以上ないくらいピッタリだ。体のラインに沿うように赤い布が大河を覆っている。
大河らしいささやかな胸もチャイナドレスが持つ独特の風合いの中で見事にマッチしている。下手に大きいよりこのくらいの方が良い。絶対良い。

そしてなにより……だめだ、眩しすぎる。腰本まで伸びるスリットの隙間から僅かに覗く大河の太ももは白く美しく、なのにブラックホールのように見るものを吸い寄せる。
大河が僅かに動く度、その妖艶な輝きは角度を変え、こちらへおいでと引き寄せる。紅いシルクの布は絶妙なコントラストを産み、金の刺繍はスポットライトの如くスリットの間を引き立てている。
なぜ神はこのようなものを私の目の前に与え給うたのか。よもや春田は神の使いなのか。すべてがこの小さな少女を中心に動いているのではないか……

気がつけば、竜児は大河を抱き寄せていた。

「ちょ、ちょっと竜児」
「ハッ!……す、すまん!」
「ううん。良いんだけど……びっくりしちゃって」
「そのかっこ……凄く似合ってる。何て言うか……綺麗だ」
「!!」

大河の顔がみるみる赤く染まる。その色はチャイナドレスの鮮やかな赤とは異なり、優しく、ほんのりと、美しい桃色だ。そのうちその表情は栗色の髪の影に隠れて見えなくなる。
本当に綺麗だと思う。

「大河」
ピクッと大河の小さな体が動く
「好きだ」
ビクッ……もっと大きな反応が返ってくる
「大河の大きな目も、ふわふわの髪も、体型も。それだけじゃない。凶暴なとこも、そのくせ寂しがりなとこも……全部だ」
今度は大河の反応が無い。
「……大河?」



「りゅうじぃ……」

しばらくの間をおいて大河が顔を上げる。

その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「わたし……幸せだぁ……」

……なんと美しいのだろう。他の誰にも見せない、竜児のためだけの笑顔だった。

「……俺もだ。大河」





「アハ……こんなかっこで話すことじゃないよね」
「そうか?」
「そうだよ」

「ね、りゅうじ」
「ん?」

「……どんなかっこだったらこういう話できるかな」
「そうだな……」


虎と竜は並び立つ存在だ。
虎が右を向けば竜は左を向き、虎の見えない世界を伝える。
虎が下を向けば竜は上を向き、透き通る青空の美しさを伝える。
そして、虎が竜を向けば竜もまた虎を向き、互いの体を慈しみ合うのだ。
今、虎は竜の方を向いた。ならば、竜はそれに応えなければならない。


「何も、要らないんじゃないか?」


翌朝ホテルを後にする二人のシルエットは、昨日よりもほんの少し、近くなっていた。




後日談。

「あ、みのりんからメールだ」
「おー櫛枝か!久しぶりだなぁ……。どんな内容だ?」
「んっとねー……ひっ」

大河の顔が青ざめていく。目が携帯の画面から離れない。

「……どうしたんだ?」
「なんでみのりんが私たちがラブホテルに泊まったこと知ってるの……?」
「……なんだって?」
「はは……『大河のチャイナドレス姿!オイラも見たかったぜぇ〜』……だって」

もはや言葉が出ない。もちろん俺がバラす訳もない。とすれば……

「さてはあのアホロン毛……殺す」
「おっおい大河!木刀なんか持ってどうすんだ!」
「止めないで!あのハゲロン毛……今日という今日は地獄のモルグにたたき落としてくれる……!」
「言ってることが目茶苦茶だ!まぁまずは落ち着いて……」


……春田。俺はお前に感謝している。だからお前がもし皆にあの日のことを言い触らしていても俺は何も言うまい。

だがな……しばらくは日本から離れた方が良いと思うぞ。




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