目を覚ますと、目の前には竜児の寝顔があった。いかつい視線を振りまく三白眼はすっかり瞼によって封印されている。
目を瞑ると意外と顔立ちのいい竜児の口元から、スウスウと寝息が零れている。
なんだか面白くないな。そう思い、起こそうと思ったが、やめた。もう少しこの安らかに眠る竜児の寝顔を眺めていたいから。
小さな机の上で組んでいる腕を組みなおそうと顔をあげると、小さな揺れで机がグラグラと揺れた。こんなに脆かっただろうか。
その小さな振動で、眠っていた竜児の瞼がパチリと開いた。まだ寝足りないのだろう、覇気のない声で

「…おう、おはよう大河」
「おはよ。…ん」

その距離わずか10cm。おはようのキスをするには最適な距離だ。朝起こされると、当然のように唇を重ねる二人は
なんのためらいもなく目を瞑り唇をせがむ大河の唇にそれを押し当てる。もちろんこちらも目を瞑る。
時間にするとわずか6秒。そろそろ離そうかと頭を動かすと、大河の手によりそれを阻止される。
頬を両手で覆うように被せ、このまま溶かして一つにしようとするかのような甘いマウストゥーマウス。
不意に大河の舌が自分の唇をなぞり、上唇をトントンとノックする。ヘビの舌ような小さいそれは、さらに快感を得ようともがく。
それに答えようとするが、唇を少し開けて舌を唇ではさむ。一瞬自分の顔を覆う手がビクッと震えるが、すぐにおとなしくなる。
竜児の舌を捕まえようとする舌が上下のしめった唇をこじあけようと暴れる。敢えてそれには答えず、唇で小さな舌を弄ぶ。
すると、小さい手がするすると耳を通り過ぎ、力をこめると折れてしまいそうに頼りない腕が首をひったくる。
さらに快感を。さらに幸福を。腕の動きでそれが全て手に取るようにわかるくらい優しい抱擁。
その動作で焦らすのをやめ、唇をかき回す舌に自分のそれを押し当てる。
長年会ってなかったように互いを求め合い、絡まりあう。互いの唾液を舌を通じて混ざり合い、甘い唾液が口内を巡る。
もう離さない。私だって。言葉を発することもできないのに、互いを求め合う姿を見ると聞こえないものまで聞こえてくる。
決して離れようとしない舌は、どちらかが遠のくと追いかけ、縮めると追いかけてくる。
ひときしり竜児の口内で暴れまわったそれは不意に離れ、竜児の舌をクイクイと自分の中へとご招待。
大河の中へ自分の一部が進入する。ずっと舌を伸ばしっぱなしで疲れたのか、先ほどよりは幾分動きが少ない。
大河の歯並びを確認するかのように口内を駆け巡り、下で縮まっている舌を掬い上げる。
ここまでの動作でざっと10分。永久に続くかと思われた至福の時間もタイムオーバー。一気に現実を叩きつけられる。
そういえばここはどこだろう。腕を解き、絡まりあった舌を離す。唾液の糸をだらしなく滴らせながら閉じていた目を開け、辺りを確認する。
周りには信じられないような光景が広がっていた。いやだ、考えたくない。ありえない。




数秒の時間をかけて状況を確認し、大河の方を見ると、羞恥で顔を真っ赤にしたまま金魚のように口をパクパクさせている。
それもそうだろう、周りには見知った面々があるのだから。隣のクラスから遊びに来ていた櫛枝と北村に加え、春田に能登。
遠くでニヤニヤしながらこちらを眺める川嶋の姿もある。その他に、噂を嗅ぎつけた別クラスの面々。
つまり、1クラス分の生徒が自分達を眺めていたというわけだ。途中でいやらしいうめき声を上げ、好きなどと呟いたのは
キスを始めて後半部分。全員が聞いていた事になる。

「…へ」
「……皆さん、いつからこちらへ?」
「恥ずかしがる事ないぜお二人さん!ちなみに私は大河が起きる所から見ていたのだ!」
「櫛枝、鼻血が出てるぞ。まぁそれはおいといてだ、とりあえず二人とも。学校で少しばかりイチャつくのは構わんが、
 百歩譲ってそんな大人のキスはダメだぞ?スキンシップで抱っこくらいにしておいて貰わんとこっちが持たん」
「てゆうか二人とも、写真撮ったり動画撮影したのに全然気づかないとはどういう事だい?キスをすると耳が塞がるなんて
 習った覚えはないし、それにここはあんたらのサンクチュアリがないのだよ、学問の場という事をわきまえて貰いたい!」

二人の話す事は何も頭に入ってこない。こういう時はやけに冷静になれるもんだ。これから起こるであろう惨劇が映画をみるより
鮮明に映像として脳内で再生された。虎の咆哮をあげ、人を投げこの教室を一瞬で地獄絵図に変えるその瞬間を。
ひそひそと笑いあう生徒、ニヤニヤしている生徒、撮影をした動画を確認する生徒、頭がショートして茶色の髪が一瞬で
某無免許医よろしく白髪に生え変わった独神。それら全てが少なくとも一箇所は打撲する大事件の映像が。
この世の終わりに絶望した者のように暴れ狂う猛虎を取り押さえようとするが、狩野先輩を捕まえた時振りほどこうともがいた
力とは比べ物にならないほどに強く、あっけなく他の生徒と同じように投げ飛ばされた。その惨劇は、
蘇りし写真部の部長の手によってニュータイプ並みの鋭さで眠る二人の所から暴れて取り押さえられるまでの映像を撮影されていた。
もちろんそれは大河の手によってディスクが原型を留めていないくらいにまで砕いた。しかしそれは大量のコピーが出回っていた。
その事を知らなかった二人は、結婚式でのサプライズとして亜美の手で映像を60人の観客の前で公開された。

余談だが、蘇りし写真部は大河が哀れ乳事件のように撮られてはいまいかという理由で再び廃部となった。

おしまい





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