以前から目を左右に動かすたびに鋭い痛みが走っていた。別に三白眼が進化しようとしている
わけではないのだが、すぐ治るだろうと考えていた自分は甘かった。
数日後の朝、タイマーをセットしておいた目覚ましが狭い部屋中に鳴り響く。
しかし、いつもならこの時間帯は薄くとも日差しが差し込んでいたはずなのだが、今日視界が真っ暗だ。
タイマーは朝の6時にセットしてあるはずなのだが、何かの衝撃でズレて真夜中に鳴ったのだろうと
思い込み、二度目のために布団に潜り込んだ、が…、隣で寝ていたはずの大河が
「りゅーじ!今日はデートするから早く起きろって言ったでしょ!?」
「まだ夜じゃねぇか。国外に行くわけでもあるまい、さっさと寝ろよ」
「はぁ?清清しい…とまではいかないけど、一応明るいじゃない」

今、なんて言った?明るいってどこがだ?
「わりぃ、携帯取ってくれ」
「…すぐ傍にある物をこのあたしに取らせるなんていい度胸してるじゃない」
「…なんだかよく見えないんだ、なんでだ?」
「知らないわよ、ったく…はい、ケータイ」

すぐ傍……?まぁいい、とりあえず掌に落とされた携帯を確認しよう。
フリップを開けるが、いつもなら大河のニッコリ待ち受けが映るはず…なのだが。
「…携帯の充電切れてる…」
「…切れてないけど。竜児、ちょっとこっち向きなさい」

ドスの利いた声で呼ばれるが、ベッドの右側にいるという事が分かるだけで顔の位置はわからない。
「…はぁ!」
ぶわっと顔に物凄い風が来た。何が起きて、なぜ俺は一瞬殺気を覚えた?全身の鳥肌がぶわぁぁってこんな感じか?
「…あんたやっぱりおかしい。目、見えてないんじゃないの…?」
「んなわけあるか。で、今何したんだ?」
「全身全霊を込めたタイガーパンチ寸止めパージョンよ、普通これされたら誰でも目を閉じるくらいは
するはずなんだけど…あんたやっぱ変。三白眼営業してないんじゃないの?」
「……なんかマジで怖くなってきた。おい大河、一発ビンタをくれ」

喝を入れて貰って目を覚ましたい所だが、大河はフィアンセを殴るなんて嫌よ嫌嫌の嵐。
出会った頃なら言われなくても電気アンマや手刀、頼んでもいない事までして来たのに、今更遠慮してどうする。
「頼む殴ってくれ。目が見えないってなんだよ、ふざけんな…」

一生このままなのか、昔はカラーコンタクトやなんやらで自前の三白眼を封印しようとしたが
金がMOTTAINAIし、一応親から頂いたこの身に手を加えるのはいい気分じゃない。
封印されし三白眼よ…あんな事言って悪かった、あんな非道な事口走ってすまなかった。
謝罪する、頼む目を覚ましてくれ…。
「ダメ!殴るなんて絶対イヤだからね。とにかく病院行こう。デートは仕方ないけど治ってから
 行く事にしましょう、ね?」
「おう…すまん大河…。飯は昨日の残りのカレーで済ませるとしてとりあえず泰子をって…
確か慰安旅行の最中だったか」

確か泰子は昨日発の夜行バスで温泉旅行に行ってるはず。4日間という結構な間出かけるらしい。
「やっちゃんには私が連絡しとく。朝ご飯の用意も着替えも何でもしてあげる。
 だから…おとなしくしててね」




おぉ大河…今のお前は天使にしか見えないぞ。いや、見えてないけど瞼の裏に見えるよ。母?知らね。
「うおぉ…大河、俺は今猛烈に感動しているぞ…それと申し訳なさで涙が出そうだ」
「大げさよ。竜児は私がドジしてもどんなにいじけても傍に居て、愛してくれた。そのお礼」
「ありがとな…あ、そうだ大河。泰子には電話はしないで欲しいんだ。あいつ前々からこの旅行を楽しみ
 にしててな…俺なんかのせいでその旅行の空気をぶち壊しかねないし、下手したら帰ってきちまう」
「それもそうね…分かったわ。じゃあ帰ってきてから伝えましょ」
脳裏に大河が顎に手をあてて考える姿が様子が見えるぞ。何だ、見えなくてもちゃんと分かるんじゃないか。
大河が用意してくれた自分の軽い余所行きの服に着替え、手探りで座布団に座る。
しかし、目が見えないというのはここまで不安になるものなのか。
近くに置いてあったインコちゃんのエサをカゴにある空のエサ籠へ入れておとなしく大河を待つ。
トテトテと忙しく駆け回る大河の足音。しばらくするとお盆にカレーを乗せたのだろう、カチャカチャと
お皿がぶつかりあう音を立てながらこちらへやって来た。自分の前に置かれたのだろうカレーの匂いが鼻につく。
「はい、あーん」
「いや自分で食えるぞ?そこまで迷惑は掛けられなむごぉ!」
「つべこべ言わず食べなさい。はいあーん」

次々とカレーが口の中へ押し込まれて行く。傍から見ればバカップルだが、大河なりの労わりだ。
バカップルと言ったやつは北村だろうと誰だろうとタダじゃおかねぇ。
自分の食事を済ませると物凄い勢いで大河ががっつき始め、鍋をすっからかんにするのは見なくても分かる。
服を着て、保険証、身分証明書にサイフ。意味ないけど携帯。
その他大河のための7つ道具を揃え、大河も着替えを済ませる。
今日は平日。人も多くて恥ずかしいが大河に目となり足となって貰うしかない。
電柱が近づいたらステイ。自転車が来てもステイ。交差点でももちろんステイ。
電車に乗り、その中でもずっと大河は手を繋いでてくれた。改めて惚れ直すのは言うまでもない。
途中でなんやかんやあったが、共に隣街にある病院で検査を受けた。。
しかし、そこにはちゃんとした設備が備わっておらず、医者からの紹介で医科大学付属病院を紹介された。
それは大橋高校の近くにある総合病院と同じ区にある。
受付を済ませ、検診票を右手で持ち、左腕には大河が右腕を見せ付けるかのように絡ませている。
周囲の視線が身体に突き刺さるように痛いが、離せと言ったら泣き喚くので言えるはずもない。
エレベータで2階へ。窓口に検診票と紹介状を出す。目は相変わらずほんの少しの光をも伝えられないので
受付などが殆ど大河任せだ。申し訳ない、治ったらうんと甘えさせてやるから、覚悟しとけよな。

受付のお姉さんは愛らしい大河にはニッコリと微笑んだが、自分を見た瞬間にひっと静かに声をあげられた。
あんた一応眼科の受付嬢だろ?三白眼くらいでビビるなよ…。閉じているのは大河に不自然と言われたから、
仕方なく働く事を放棄した三白眼を見た目だけ起動させてあるのだが、その結果がこれだよ!
結構混んでいるのだろうか、周りはガヤガヤとうるさい。少女を誘拐しようとしている犯罪者と陰口を
叩かれているのは言うまでもない。別に耳を凝らさなくとも何を言ってるのか分かるのだから。
受付の前に供えられたソファに腰掛けて、自分の呼び出しを待つ事20分。目が見えないので暇を潰す事も
できない竜児を気遣い、ずっと大河は話しかけてくれた。感謝の言葉もない…。
「高須様ですね。どうぞこちらへ」

多分看護士さんだろう、女性の声が聞こえた。はい、と答えると手を握られて案内…と行きたい所だが。
「ちょっとあんた。竜児は私のなんだから、勝手に触らないでくれる?」
明らかに理不尽なドスの利きまくりな声で虎が吼え、咄嗟に嫉妬している大河の表情が脳裏に浮かぶ。





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