「大河!……なんで、止めるんだよ!これは北村のための、」
「……北村くん、泣いてた。ねえ、一緒にいてあげて、竜児、お願い、北村くんのそばに、今はいてあげて」
「……た、」
「私じゃだめなの。――私では、そばにいてあげられないの」

 こんなことは間違っているだろうか。間違っているのかも。わからない。
 わかるのはただ、歩き出した足は止まらないということだけ。
 もう止まらない。

「みのりん!ばかちー!」
「おうともさ!」
「……今回だけだかんね、チビトラ」


 * * * *


『あなたが好きだ』

 その言葉は不器用だけど真っ直ぐで、とてつもなく全力で、そして…北村くんの正直な気持ちに溢れていた。
 全校生徒の眼前での、堂々過ぎるほどの愛の告白。
 バカだと思う。
 ガキだと思う。
 短絡していて、青臭くて、恥ずかしくて、決して格好よくなんかない。
 なんだって、よりにもよってそんな方法をとらなくてはいけない理由があるのかと。

 それがどうした。

 理由?そんなもの必要か?
 格好悪い?そうかもしれない。
 でもそれが北村祐作という人間だから。
 いつだって、何にだって、北村くんは真面目で、全力で、
 ひたすらに……ただひたすらに、一途に、純粋で。
 彼を笑う奴がいるのなら、私は問いたい。
 そんな風に誰かを好きなったことがあるのか。
 北村くん以上に、唯一人を深く激しく想ったことがあるのかと。





 狩野すみれ。
 あの女は北村くんを虚仮にした。
 北村くんの気持ちから逃げて、弄んで、想いを踏みにじった。
 世界中の誰にも、どんな理由があったとしても、そんなことは許されない。
 たとえ拒絶でも、その恋は実らないのだとしても。
 ちゃんと正面から応えてくれたなら、北村くんだって悔いは無かった。
 今にして思えば、あの告白を応援演説にすり替えた後に、
『北村!後でちゃんと話そう』
 ――そんな一言を付け加えてくれたなら。
 そんな一言すら、なぜ言えない!
 今。
 こうして項垂れて、溢れる涙を止めることができない北村くんに、なぜ向き合えない!?
 どうしてここまで酷く、深く、人の心を傷つけることができる!?
 ――ああそうか、お前は傷ついたことなどないんだろう。
 大好きな人に、大切な人に、嫌われて、裏切られたことなんてないんだろう。
 だからその痛みがわからない。

 いい。もういい。
 狩野すみれ、お前なんかいらない。
 北村くんの心の傷は、私たちで癒してみせる。

 私の経験から言えば!
 精神的外傷は、より大きな精神的外傷で打ち消すことができる!はず!
 具体的にはやっちゃんの巨乳!



「と、ゆーわけで北村くん!このナマモノを見て!」
「は〜〜い、ご開帳〜〜〜♪」
「オラオラオラオラ、な〜にカマトトぶってんだー!」
「おうっ…!」

 みのりんに背中を突き飛ばされてたたらを踏んだソイツは、北村くんの目の前で危うく踏み止まった。
 赤いブレザーに紐タイ、青のプリーツスカートという女子の制服。
 ややミニなスカートから覗く太腿には黒のニーソックスが装着されて、みのりん曰く『白く輝く絶対領域!イイネ!』な感じ。
 女子としては長身のバカチーの制服でもやや寸足らずで、あちこちパッツンパッツンだけど…まあ贅沢は言うまい!
 さあ!このツッコミどころ満載の凶悪危険物体を前にすれば、如何に傷心の北村くんと言えど…!

「………た……たかす…!?」
「お……おう」

 セミロングなウィッグを付け、バカチーに軽くメイクまでされた竜児は、引き攣った声を何とか搾り出した。
 ふははははははははははははははははは!
 ただでさえ目つきの悪さだけは極悪非道・凶悪無残な竜児、プラス女装!
 このグロテスクさの前ではクラウザーさんだってビックリよ!

「いやー、さすがに高須くんのスネ毛をガムテ脱毛する時は、
『私…こんなことするために17年間生きてきたのかな…』
 って人生の意味とか色々考えちゃったぜよ!」
「ケッ…まあこの亜美ちゃん様の制服を着られるんだから、ありがたく思いなさいな?
 え、でもこれもしかしてブルセラ?とか?」

 みのりん!ばかちー!
 協力ありがとう!あれこれ言いつつ妙にノリノリだった気はするけれど!

「さあ北村くん!そこの竜児を…いや高須竜子ちゃんを見て!
 グロいでしょ?キモいでしょ?
 なんかも〜見るだけで眼球が汚染されちゃいそうでしょ!?
 自分で企画しておいてなんだけど、思わず逝ってしまえド変態!とかケリ入れそうになっちゃうでしょ!?」
「ひでぇよ大河!?」
「黙れ駄犬!
 さあ北村くん!竜子を見て!
 心の底からこみ上げてくるものがあるでしょう?
 なにやってんじゃボケとか死んでしまえカスとかキモイんじゃあっち逝けとか!
 我慢しなくていいの!さあ北村くん、思うがままに自分を解き放って!」
「爽やかに腐ったこと言ってんじゃねぇ!
 ――っていうか…こんな格好させられて…何のバツゲームだよこりゃ…」
 
 羞恥で顔を真赤にし、情けなさでその凶悪な三白眼をうっすら涙ぐませて、竜児は唇を噛む。
 薄いピンクのリップを塗られたその唇は、妙に色が冴えていた。
 …あれ?

「…た、たかす…本当に高須なのか…?」
「み、見るな…あんまり見ないでくれ北村…!」

 北村くんは茫然として、居心地悪そうにもじもじしている竜児を見ている。
 ほら目論見どおり。北村くんは泣くのも忘れて思考停止。
 確かにグロくてキモいけど、こんな竜児は私だって初めて見る。
 もの凄く新鮮。



「フェフェフェ…フェ…フェ…フェフェ…ヒ…!」
「なんだろ……なんか私…変な気分…」
「う、うわ、俺を見るな!櫛枝!川嶋!そんな変な目で俺を見るな!」

 自分の腕で自らを抱きしめ、竜児は視線を避けるように身体全体でイヤイヤと身をよじる。
 あ、スカートが揺れて…微妙な…

「大河…もう勘弁してくれよ…」
「な、なに早々に泣き言なんかいっちゃってくれてるのよ!」

 あ…弱い。竜児がなんか弱い。
 いつもどこか飄々として落ち着いてるように見える竜児が、今は頼りない。
 でもそれが決して情けないとかじゃなくて…なんだこの気持ち!?

「大河……俺…」

 口元を右手で被い、耳朶まで朱に染めた竜児は、そうっ…と。
 今にも零れそうな涙をこらえた三白眼を私に向けかけて、微妙に視線をそらした。

 きゅん

「え……」

 乳首の先に、痺れたような感覚が流れた。

 ぶばああああああああああああっ!!!

「ぐほおおおおおおおおおおおっ!た…たかす、きゅん…!それ反則…!」
「みのりちゃん!?そんな瞬間失血死しそうな鼻血…ってなにぃ!
 この亜美ちゃん様の愛らしい小鼻から…赤いヌルッとした体液がぁ!!」

 やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
 どうしよう。なんだコレ。
 わかんない。理解不能。なんだコレ。どうしよう。
 竜児がヘンだ。
 私がヘンだ。
 なんなの?なんなのいったい?

「たっ…高須!」
「おう!?」

 ゆらりと、北村くんが立ち上がる。
 何か…遠く、長い旅を続けてきた流離人のような目をして。



「……ずっと前から思っていた。
 高須、お前くらい良い奴はいないって。
 もし俺が女だったら、俺は絶対にお前と付き合うだろうって思っていた」
「お…おう。もしかして褒めてくれてるのか?」
「当たり前だ!お前は自分を過小評価しすぎだ!
 お前くらい恋人として優良物件な男はいない!俺が保証する!
 高須、俺はお前と逢坂がつきあってるって噂が流れた時に、それは当然だと思った。
 逢坂がお前のことを嫌うわけがないし、お前が傍にいるなら、逢坂は幸せになれるから」
「…おう」
「だが……だが!
 高須、俺はこうも思っていた。
 ――お前が女だったなら、俺は迷わずお前に告白していただろうと!」
「……………はい?」

 竜児は何故か、一歩ひいた。

「高須…俺のために、俺を慰めるためにそんな格好までしてくれたお前のその優しさだけで、俺は救われたよ。
 そして高須…いや竜子さん!
 君はなんて……なんて素敵なひとなんだ…!」
「えーと。おい。北村?ひょっとして、お前、失恋のショックで錯乱してる?」
「錯乱などしていない!
 いやむしろハッキリと目が覚めた思いだ!
 俺は今、自分の本当の気持ちがわかった!
 会長が好きだと思ったその心にウソは無い。俺は本当に会長が好きだった!
 だが!俺は!
 俺の心にはもうずうっと前から……心の一番深い奥に、その気持ちが存在していたんだ」
「まて!いいから待て!落ち着け!まずは深呼吸だ!
 いいかお前は今、普通じゃない!それを自覚しろ!」
「ナニをいう高須!俺は今、人生の中でこれ以上ないくらい頭がスッキリした気分だ!
 最高にHIGH!ってヤツだな!」
「とにかく待て!速やかに待て!たちどころに待て!
 だから何故、服を脱ぐ!!?」
「お約束だっ!」

 身も蓋もねぇ!とクラス全員がつっこんだ。
 だかつっこまれた方は気にしちゃいねぇ。



「竜子…竜子…
 りゅうこりゅうこりゅうこりゅうこりゅうこりゅうこりゅうこりゅうこりゅうこお〜〜ん!」
「やめんかバカタレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 どごっ!

「たたたたいがっ!?」
「はっ!?思わず北村くんの肋骨の隙間から貫手いれて肺を強打しちゃったわ!?」
「ひでぇなソレ!」
「ううううっさい!助けてやったんだ礼くらい…ひい!?」

 むっくりと起き上がる新・生徒会長。
 ゆっくりとシャツを脱ぎ去り、上半身は既に裸(ら)だ!

「き、きたむらくんっ!?」
「不死身かお前!?」
「そんなことはないぞ!さっきの逢坂の攻撃で、実は呼吸すらつらい…
 だが!俺は引かぬ!媚びぬ!退かぬ!
 やっと見つけた真実の愛を貫きとおすまで!」
「いやそれ歪んでるから!見誤ってるから!」
「ひいいいいぃぃ!北村くんがベルトに手を!」

 爽やかな、迷いなど一点もない曇りなき瞳を向けて。
 盛大に間違った方向へと、今、北村祐作はその大いなる一歩を

「させねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 横から唐突に飛来した飛び蹴りが、“みしっ”と響いてはいけない音を立てて北村の即頭部で爆発した。

「こ・の・バ・カ・がっ!
 一体、何を、血迷っておるか―――!!!」

 顔を真赤にしてブルブル震える拳を顔の前に翳して仁王立ち。
 それはついさっき退任した旧・生徒会長。
 狩野姉妹の兄貴の方こと狩野すみれ、ここに見参。



「前からバカだバカだとは思っていたが…そこまでのMAXバカだったとは!
 本気で一度ブッ殺してやろうか!」
「先輩、あの、既に死にかけてますので。更にグリグリ踏んでるし。
 それ以上は洒落になりませんから」
「洒落にならんのはお前の方だこの公衆猥褻物陳列罪現行犯。真面目に警察へ通報するぞ」

 そう竜児の言葉を切って落とす兄貴の瞳はダイヤモンドダスト。

「…流石にあれはやりすぎだったよねとか、でも突然あんなところで告白されたら
パニクるのも仕方ないでしょとかああでも一言謝っておくべきかとかグチグチ
悩んでああもうとにかく仕切り直そう何か言おう私の気持ちはちゃんと伝えなきゃ
フェアじゃねぇとかもう留学決めた時だってこんなには悩まなかったぞ
コンチクショウ!ああもうムカツク!
 そう思ってきてみれば…きぃたむらぁああああ!
 貴様、この目つき悪いオカマの方が私より好みだとでも言うのか!?ああぁん!?
 傷ついた!わたし、めっさ傷ついたぞ北村!
 フフフフフ……ならば私の魅力というものを、思い切り貴様の身体に刻み込んでくれる…」
「「……こわい」」

 思わず手を取り合って異口同音な竜虎である。
 だから、まるで昔話の鬼婆が獲物の旅人を引きずっていくように連れていかれる北村を止められる者など誰もいなくて。
 というより、こんな揉め事は結局、当事者同士に任せておく方が良いだろうし。
 多分。

  * * * * *

 その後、すみれは予定通り夢を追うためアメリカへ旅立った。
 新旧生徒会長の間に何があったかは定かではないが、北村は正気を取り戻し、生徒会長として精力的に活動を開始している。
 亜美は『アレは行くところまで行き過ぎちゃって一周ループして戻ってきただけ』と評しているが。
 ただ、時折、生徒会にエアメールが届いているという事実はある。
 ともあれ、大橋高校は年末を迎え、忙しいながらも平穏な日々を取り戻しつつある。

「…………こういうのも、キモカワイイっていうのかしらね」
「何の話だ」
「別に。……ただやっぱアンタの顔は洒落になんないってこと」
「……誰のせいだと思ってるんだよアレは」
「なによあたしのせいだとでも言うわけ?」
「キッパリとそうだろ!」
「そもそもアンタの顔がひどいから弄られる原因になるのよ!つまりアンタが悪い!」
「そ、そんなこと思っていても言うか普通!?だいたい俺被害者だろ!?」
「まあ…遺憾よね」
「お前それだけで何でも済むと思うなよ!?」
「黙れ。そして腐れ」

 そして、相変わらずの竜虎の関係。
 でも、ふと気づくと竜児を見つめていることが多くなっている大河と、
 最近、大河が自分を見る目が微妙に変わってきたような気がする竜児がいて、
 そして互いに相手にそれを言い出せぬまま、変わらぬ日々を演じている。





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