【習字】
習字は精神安定に効果があるという話を聞いた。
お前のドジ改善に少しは効果があるかもな、と大河に勧めたらグーで殴られた。
だが、ドジを自覚している大河は結局、習字を始めることにしたらしい。
「でも、どんな字を書けばいいのかな?」
「別に何でもいいんじゃねーか?…自分の好きな言葉とか」
「好きな言葉……肉?」
「…せめて頭に牛とか豚とかつけろ」
* * * *
いつものように大河の部屋の掃除をしようと訪ねたら、本人はいなかった。
コンビニにでも出かけたのだろう、と気にせず掃除を始める。
もはや遠慮する間柄でもなし。勝手知ったる大河の部屋だ。
…しかし習字を始めたせいで、やたらと半紙が散乱してるな。
この書き損じの量…この分だけ森林が伐採され…MOTTAINAI!
と。これは習作か?どれどれ……
『婚約者』
えーと。…これ、もしかして好きな言葉?
『入籍』
…うん。籍だけでも早く入れたいな。プロポーズしたんだし。
『結婚』『結婚式』『新婚』
そうだよな。がんばらないと。早く大河に花嫁衣裳着せて…嫁にしてぇ。
『竜児』
え。
『竜児』『竜児』『竜児』『竜児』『竜児』『竜児』『竜児』『りゅーじ』
た、大河……。
幸せにする。絶対お前、幸せにしてやる。幸せになろうな。
どれ次は……
『妊娠』
ぶはっ!!?
『妊娠』『妊娠』『子宝』『中田氏』『受精』『危険日』『孕』
…………。
なんだろう。なんなんだろう。この寒気というか怖気は?
「りゅーじ?」
「ひぃ!?」
振り返った先の扉から、大河がじっとこちらを覗きこんでいた。
「……見ちゃったんだ?」
「え、いや、あの。…ご、ごめん」
…………沈黙。
この沈黙が逆に恐ろしい。
即座に罵詈雑言とかバイオレンスな展開に突入しないことが、すごい不気味。
だが、わかる。この静寂は見かけだけのもの。
眼に見えないだけで、事態は確実に破局へと向かっている。
ふっ、と大河が微笑んだ。その手からヒラリと紙が落ちる。
なんだあれ…『竜河』?
「りゅーう、じぃ〜〜〜〜〜〜♪」
「ルパンダイブ――――――!?」
ギシギシアンアン
ちょ…ま「またない!」
いまゴム「いらね!」
せ、せめてそとに…
「大丈夫!わたし今日安全な日だから!」
「絶対ウソだあああああああああああ!!?」
ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアン!
* * * *
「――というわけでお母さんは竜河を授かったのよ」
「ああ。そんなこともあったなあ」
「なに二人ともちょっといい話みたいに語ってるの!?」
「え、だってこれはお前のルーツなんだぞ?」
「そうそう。ちょっと若気の劣情がもよおした結果だけど」
「聞きたくなかったよそんなルーツ!っていうか年頃の娘相手に劣情とか言うなぁぁ!」
いっそグレてやろうか。具体的には金髪とか。
のしかかる疲労感に耐えながら、そんなことを考えてみたりする竜河であった。
考えるだけで終わってしまうことは自覚しつつ。
――そんなわけで、高須家は今日も微妙に平和です。
<了>
作品一覧ページに戻る TOPにもどる