「なんで俺の言ってる事が判んねぇんだよ!」
「あんただってそうじゃない!」
鋭い拳が竜児の腹に食い込む。
「っつ!気に喰わなかったら直ぐそれか!ガキのままじゃねぇか!」
「なんですって!」
大河がさらに拳を握ったところで、呆然とする大衆の中から二つの影が動き、素
早く二人の動きを止める
「落ち着くんだ高須。お前らしくないぞ」
一人は北村。
「まぁまぁまぁ、ここは抑えるぞなもしよ」
もう一人は櫛枝だ。
「ってか、なんで喧嘩してんの?もしかして、高須君の浮気?」
二人を止める影とはならず、火に注がれる油と化した川嶋が憎らしい笑みを浮か
べる。
「はぁ?竜児が浮気なんかするわけないじゃん」
「じゃぁ、なんで喧嘩してんのよ?あっ、もしかしてあんたが浮気?」
「大河は浮気なんかしねぇ!」
北村が抑えていなかったら、間違いなく川嶋の喉元に喰らいついていただろう。
そんな風に思える顔で竜児が叫ぶ。
というか、喧嘩の真っ最中なのにこの妙に固い信頼はなんなのか。
「じゃぁ、なにがあったって言うのよ」
川嶋がどっと上がってきた疲れを隠す事なく表情に出し、淡々と追求する。
「大河が、俺の方が愛してるって言ってんのに聞かねぇんだよ!」
「当たり前よ!あんたなんかより、私の方が愛してるに決まってるじゃない!」
言ってから再び激しく睨み合う二人。だが、それを見て恐ろしいと感じる者はも
う一人もいなかった。
それどころか、めらめらと燃え上がってゆく怒りを感じていた。
「お前等は」
「好い加減に〜」
「「しろーい!!」」
「「ぎゃっ!」」
ソフトボール部の男女それぞれのキャプテンにジャーマンスープレックス(良い子
はかけちゃ駄目だぞ)を喰らい、教室というリングに沈む二人。
そんな二人に冷酷な視線を浴びせながら、教室から去る生徒たち。
「阿呆くさっ」
誰かがぽつりと漏らしたその声に正鵠を射てる也との気が漂った。
***
20分後。或る人物が、一騒ぎ起きた後の教室のドアに手をかけて大きなため息
をついた。
彼女は此処の担任で、朝のHRに来たのであって、騒ぎの連絡を聞いて駆け付けた
訳ではない。
では、何故溜息をつくのか。
答えは、一目も憚らずいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃい……するカップ
ルがいるからだ。
男運無き彼女にとって、これ程許せぬ事はないのに、立場と彼等の性格上強く言
って禁止させる事が出来ないのが憂いの素なのだ。
何時までもぐちぐちしてられぬと意を決し、ドアを左へスライドさせる。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁあ!」
教室には件のカップルが二人仲良く気絶しており、他には誰もいない。
若干、机や椅子は乱れているが、大きな乱れではない。
静かな暗殺者の襲来と静かな神隠しにあったようなそんな非日常的光景である。
いくら、人生経験多き彼女でも何か叫ばずにはいられなかった。そして、現実逃
避もせずにはいられなかった。
「夢…。そう!これは夢よ!はははははは」
声を一切変えぬ笑いを発しながら、ぐりんと白目を剥いて床に倒れ込んだ。
こうして、めでたく気絶者三命となった教室は、遠方から聞こえる人の喧騒と鳥
の調べを響かせながら、新たな発見者の訪れまで悠々と時を刻んでいった。
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