悪評だけが本体を置いて先走り、誤解を解くことに明け暮れた1年。
数人を残し、また誤解を解くところから始めるか、憂鬱な一年の始まりだ。

ドン!
「うっ!」・「キャッ!」

「大丈夫か」

「うぅぅ……大丈夫です、たかすくん」

経験で分かる、無駄に怖がられるんだろうな。周りの眼が痛い。

「ヨイショ!っと、ごめんなさい高須君。私、ボ〜っとしてた」

意外だった、怖がるどころか俺に柔らかく微笑んでくれた。
俺を見上げた一見幼さを残した顔は、将来を約束された美しさが片鱗を見せていた。
光に透かしたカラーストーンの様にキラキラ輝いて見える。
カラーはイエローオレンジ、とても優しい色だ。

宝石みたいな美少女って実在するんだな。

幻想の世界に導かれていた俺の意識は、周りの視線に因って戻された。
惚けてる場合じゃない。
「俺も前見て歩いてなかった、スマン」

寝ているペットの仕草を見て、笑いを堪えるみたいに優しい笑顔でクスクスとまた笑った、何だろうか。
「……やっぱりだ」
「何でもないです。私、教室に行くので」

「あぁ、本当にすまなかった」

立ち去る後ろ姿を自然に目が追う。あの子の魔法、魅力だろう。
それ以上に初めての疑問も残る。
『あの子、俺を怖がってなかったな』


「高須、また同じクラスだな」
「宜しくな、能登、北村」
「見てたぜ高須。女子の後ろ姿なんか見つめて、惚れたか」
「高須にしては珍しいな」

「違う、そんなんじゃない。」

強く否定した。不用意に距離を縮めるのは危険、これも経験が思考より先に口を動かす。
好意で接しても怖がられ拒否される、今まで何度も見てきた光景だ。

でもあの子だったら、淡い期待が胸を走った。

無理か。
でも、会話くらい出来る関係になりたい。あの子は俺を怖がらない貴重な存在だから。


  +×+×+×+


痛っ、まだお尻が痛いな。

高須君は噂と違ったな、やっぱり。
私のことは知らないみたいで残念だったけど。
でも今年は同じクラスだし、少しは仲良くなりたいな。

「おっはよう、大河」
「おはよう、みのりん。また一緒だね」

これで学校は楽しくやれそうだな、ちょっと楽しみ。


  +×+×+×+


「ただいま」
返事は聞こえない。
当然、私は一人暮らし。
でも挨拶をする、毎日する、声を出して誰も居ない廊下に向かって。
これは確認、私にも習慣が残っている事に安堵できるから、だから返事がなくても構わない。

さて、着替えて夕食でも買いに行くか。

自室を目指し歩きながら周りを見る、広い家。
こんな所に一人で住んで、勿体ないな。
あと二人くらい居たら、この無機質な空間にも暖かみが出るのに。

自室に入ったらまずカーテンを閉じたまま窓を開ける。
これはある日を境にできた、毎日の日課。

「泰子、洗濯物はこれで全部か」

そんな時間か。

高須君が洗濯を開始するのは19時前、もう少しすると

「行ってきまーす」
「気をつけてな」
「はーい、リュウちゃんもね」

お母さんが出勤、いつもの通りだ。

何度が見たけど高須君のお母さんって若い、最初はお姉さんと思った。
聞こえる声も、言ってる事もそれを想像させたし。
昨日は『美味しいよ、これ。ほら、リュウちゃんも』って、賑やかな光景を想像させること言ってたし。
今日の夕食は何だったんだろ。


何だか金魚鉢を眺める子供みたい。

キラキラと変化する金魚鉢を無心に眺めて、僅かな事象で笑顔になる子供。

実際、金魚鉢の中に飼われてるのは私か。


  +×+×+×+


「お願いしますね、逢坂さん」

「はい、失礼します」

頼まれてしまった、高須君への用事。
自然と身体は軽くなり足早になる。

何かお話し出来るかな。

家のこと聞いてみようかな、でも私からこの話題も不自然だし。
考え過ぎ、ただのクラスメートなんだから自然に普段の生活について。

ダメだ、家の事ばかりしか思いつかない。

今日は流れに身を任せよ。

「高須君」
「はい」

「何それ」
「えっ、何か変だったか」

「変だよ、男子が女子に呼ばれて『はい』って。それにクラスメートなんだし」

可笑しい、高須君。
マジメと言うか可愛いと言うか、面白い人ね。
これは予想以上だ。

「これ、先生が高須君に渡して下さいって」

「何だ。書類か、付箋に何か書いてあるな」

『ここに印鑑を押して再提出をお願いします。  恋ヶ窪 』

何であの先生は大切な提出物を人手に。
でも、逢坂に持たせてくれた事は感謝できる。

しかし職員室に行った時も明らかに怖がってたしな。教師にまで恐れられたか、泣けてくる。

「顔色、悪いよ。何かあったの」

「いや、何でもない。ただ泰子が印鑑を押し忘れたみたいで」

お母さんだ。
これを聞けば自然に家の話しが聞ける筈。
そしたら私の知らない高須君がもっと出てくるかも。
私、もっと高須君のこと知りたい。

「泰子って」

「あぁ、母親のこと。つい癖で」

「へぇ、高須君お母さんのこと泰子って呼んでるんだ」

「変だよな。家は二人だからさ、つい呼んでしまうんだ」

「ううん、仲良さそうで良いよ。」



家の話し聞くとテンションが上がる。
あれかな、自分の好きな作家さんの話題が授業中に出る嬉しくなるのと一緒かな。
ちょっと意地悪してやろ。

「高須くんは何て呼ばれてるの」

「俺か、俺はその、竜児だ」

やっぱり言わないか。
私、お母さんが『リュウちゃん』って呼んでるのが好きなのにな。

でも、さっきから私の心にムクムクと湧いてくるこの気持ちは何。
やっぱり、高須君の口から聞くまで諦められない。

「へぇ、他には。ほら、家族だけの呼び方とかあるじゃない」

「いや、他には。偶に、偶にな、リュウちゃんって。似合わないだろ」

「ううん、良いと思うよ。やっぱり仲良しなんだね、お母さんと」

「まあ、親子二人だけの家だしな。あとクラスのヤツには言わないでくれよ」

「うん、言わない。高須君と私の秘密にする」

「逢坂の家は」
「家は普通」

「兄弟とかは」
「私一人っ子だから。じゃあ、用事あるから」

「あぁ、ありがとうな書類」

あぁ、楽しかった。
『リュウちゃん』だって、知ってる筈なのに本人から聞くとまた新鮮だわ。
もし、私が家族だったらあのお母さんなんて呼んでくれるだろ。
『たーちゃん』『たいちゃん』やっぱり『大河ちゃん』かな。

あれを聞かれた時は少し動揺したけど、もう大丈夫みたい。
昔みたいにこの話題で萎縮することはない。

今度は高須君に私のこと少しでも知ってもらおう。


  +×+×+×+


知り合いでもない女子に怖がられない、そして会話まで。
こんな事は初めてだ。

逢坂大河。
不思議な子だ。もっとあの子を知りたい。

「何やっての、高須。難しい顔して」

「能登。あのさ、逢坂ってどんな奴なんだ」

「珍しいな女子の話しなんて、やっぱり惚れたか」

「だから違うって。あいつ、俺を怖がってないみたいなんだ。」

「へぇ、珍しいな。でも逢坂なら何となく理由も解るな」

「何故だ」

「あいつはみんなに平等だからな」

「へえ」

「良い言えばな。悪く言えば他人に興味がないと言うか、自分から関わろうとしない」



「クラスメートの悪口は好くないな。」

「北村、判ってるさ。あいつは話し掛けたら愛想は良いからな」

「では、何故あんな事を言うんだ」

「何となく上辺だけと言うか、社交辞令的な感じがな」

「それは能登が受けた印象だろ、だったら何も知らない高須に悪い印象を持たすな。
逢坂も単に人見知りなだけかもしれない」

「悪かったよ。俺だって逢坂の事は嫌いじゃないから」

「なら良い。新しいクラスで日も浅い、要らぬ悪評など発てず仲良くやろうではないか」

「解ったよ。でも俺は高須と逢坂って似てる気がするな。」

「どんな所が」

「相手に対して当たり障りのない態度とか」

「俺はこの顔で誤解を受るんだ。自然にそんな態度にもなる、それは逢坂に失礼だ」

「確かに逢坂は見た目、可愛いしな。俺もあんな彼女が欲しいよ」

「解ったから能登。要はお前も逢坂と仲良くなりたいんだろ」

「『お前も』って、高須は逢坂と仲良くなりたいのか」

「そりゃなりたいさ」

「これは珍しい。何人たりとも寄せ付けない硬派高須が」

「茶化すな。逢坂は俺を怖がらない貴重な女子なんだ。俺だって女子と話してみたい」

「惚れたか」

「だから、違う。あっち行け、授業が始まる」

「悪かったよ、高須。なぁ高須」

「ほら能登、本当に授業が始まる。高須は怒ってなどないから、なあ高須」

「あぁ」

怒ってなどない、お前も俺を怖がらない貴重な男子だ。

逢坂と話した時、能登が言ったような印象は受けなかった。
逆に優しい雰囲気を出し、笑顔で話してくれた。
麗らかな太陽の下で昼寝しているような心地良い時間だった。

俺も仲良くなって、もっと逢坂のこと知りたいな。


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