昔、何かの本で読んだことがある。
人間は恐怖を感じると血液が筋肉に集中し、素早く動作を起こせるらしい。
あれは嘘だな。
走り去る逢坂を見て俺は動けなかった。

逢坂が俺を見て逃げ出した、いつも笑顔で話し掛けてくれる逢坂が…
オレ避けられてるのだろうか
考えるのも嫌だ、そんな現実は見たくない。
それなら見なかった事にしよう、気づかなかった事しよう、俺は何も知らない。

だから昼に逢坂が尋ねても嘘をつき、そして今も逃げ出した。

逢坂が走り去るのを見たあの日、泰子を送り出してレシピ本を見ていたら自然と涙が落ちた。
拒まれるのが怖くて、悲しくて涙が出た。

『話せるだけで十分だ』言い聞かせるように何度も繰り返す、不用意に近づいて拒絶されるより遥かにマシだ。
逢坂がそう望むなら、涙はまだ止まってくれない。


 +×+×+×+


「櫛枝。逢坂が早退したって、本当か」

「大河は大丈夫って言ってたけど、朝からあんまり元気じゃなかったから」
「そうなのか」

逢坂が早退したと聞いたのは昼休み。
今朝も逢坂はいつもの笑顔で挨拶をくれた、まるで昨日は何もなかったみたいに。
嬉しくもあり、悲しくもあった。でもこれが俺が選んだ日常だから。
今は何も考えたくない。

「昨日は帰るまで凄く元気だったんだけどね」
「単なる寝不足だから大丈夫って言うんだけど、顔色が悪かったから私が帰るように言ったの」

昨日、逢坂は俺に声を掛けてくれるつもりだったんだろうか、俺が無言で立ち去ったのが寝不足の原因なのか。
…無駄な期待は止めよう。

それに逢坂のおかげで櫛枝とも話せるようになった、今はこれで十分だ。
あとは逢坂の体調が回復するのを願うだけ。


「あのさ、高須君は何となく信用出来そうだからさ、少し私の話しを聞いてくれない」

櫛枝はいつもの陽気な雰囲気を消して表情は少し悲しげだ。

「私からは詳しく言えないけど、大河は1年の時に凄く辛いことがあってずっと落ち込んでたの」

「でも最近は少し元気を取り戻したんだよ。」
「私ね、昔から大河の笑顔が好きなんだぁ。だから最近は嬉しかったの、少しでも元気になってくれて」

「…だけど今日は昔の大河に戻った感じでさ、わたし心配なんだ」

いつも笑顔の逢坂が辛い事って、あの笑顔の裏で今も心を痛めているんだろうか。
それなのに今朝も笑顔で挨拶してくれたのか、逃げ出す事しか出来ない俺に。

「なぁ、櫛枝。俺にも逢坂の為に出来る事ってあるか」

自ら人と関わる事を避けて来た俺だが、無理みたいだ。
あの笑顔は失いたくない、もう少し深く関わっても良いな逢坂。

「ある」
櫛枝の気迫の隠った眼が返事と共に返って来た。


「私は高須君と話す大河は、昔の様に心から楽しくて笑ってる気がするの」

嬉しさが込み上げると同時に後悔がそれを消す、あの笑顔を曇らせる原因が俺かもしれない。
昨日、声を掛けていたら逢坂は今日も笑顔でいてくれたかもしれない。

「別に愛だ恋だの、そんなこと言ってるんじゃないの」

「大河は信頼をできる人と思ってるじゃないかな高須君のこと、だから高須君の前では
安心して無邪気に笑ってられると思うの」

認めてくれてるのか、逢坂は俺のこと。
櫛枝も俺を認めてくれるから話すんだ、嘘を言ってるとは思えない。

逢坂が俺を信頼してくれるならそれに答えるだけ、後悔なんかしてる場合じゃない。
今は逢坂に元気になってもらうのが先だ。

「だから大河にはその…… 私も何て言ったら良いのか解らないけど」

「ありがとう櫛枝。俺、明日は逢坂と話してみるよ」

「頼むよ。でも私はお礼を言われるようなことは」

お前に言われなかったら、俺はいつまでも殻の中でビビってたさ。
俺はお前の真っ直ぐなところに憧れる。

「櫛枝、いつまでもビビってたら駄目だな」

「オゥよ!時には当たって砕けるのもアリだぜ」

櫛枝は笑顔でグッとサムアップを返した、その笑顔は俺の背中を力強く押してくれる。


  +×+×+×+


今日はみのりんに心配かけたからちゃんと寝ないと。

やっぱり高須君はあの時気づいてたんだ。
何で嘘をついたんだろ、何で私を見て行ってしまったんだろ、学校では普通に話してくれるのに。

寝心地の悪いソファーの上で寝返りを打ちながら同じ事を何度も考えた。
ベットルームには行きたくない、もしあの声が聞こえたら泣いてしまうかもしれないから。

泣きたくない、泣いたら負けて全てが終わる気がするから。
一人暮らしを始めたあの日決めたこと、絶対に泣かないって。
泣かない事で強くなってやるって。

でも、泣きそうだ。

『高須君、謝ったら許してくれるかな。』

何度も呟きながら私は眠りに落ちた。


+×+×+


逢坂は俺の話しを聞いてくれるだろうか、話して以前の様に接してくれるだろうか。
不安で眠れずに朝を迎えた。

現在朝の5時、台所に立って二人分の弁当を作っている。
逢坂は俺の弁当を見て美味しそうと言ってくれたのでお詫びに作ることにした。
貰ってくれるかな、逢坂。


+×+×+


朝起きたら両頬に乾いた跡が、私は認めたくないので急いで顔を洗った。

体調は悪くない、やっぱり単なる寝不足か。
心は不安でいっぱいだけど、私は学校に行くことにした。
登校中も高須君に謝ることだけを考える、その先を考えると不安になるから。

昇降口に行くと高須君が居た、思わず私は目を伏せる。
多くの人が行き交う中、近づく足音だけが大きく聞こえた。

「おはよう、逢坂」
声は少し震えている。
顔を上げると高須君は緊張気味に言葉を出した。

「少し、話しがしたいんだ」
頷くだけで精一杯。
人目がない所が良いと言って校舎裏に向かう。
前を歩く背中は強い意志を感じさせる、それは私を更に不安にさせた。



時折舞い散る花びら。
桜の花びらが舞い上がる度に私も一緒に逃げ出したかった。

校舎裏に着いても高須君はしばらく無言で背を向けていた、私は逃げ出さないように全身に力を込める。

何度か大きく肩で息をして、迷いを消した眼が私を捕らえた。

「逢坂、本当にすまなかった」

私の身体は更に力を込めて強張る。

「逢坂に嘘をついたり、逃げ出したりして悪かった」
「言い訳はしない、だけど本当の理由を聞いてもらいたい」

高須君は緊張気味にゆっくりと話す。
話しが進むに連れて私が大変なことをしたのが解ってきた、私は自然と俯てしまう。
涙が出そうだった、立ってるだけで精一杯だった。

「……情けないだろ」
自嘲気味に笑いながら高須君は言った。

『そんなことない』私は直ぐに声に出して言いたかった、だけど声が出ない。

「本当にすまなかった」何も言わない私を見て、高須君はそう言って立ち去ろうとする。
強張る身体を無理やり動かし、必死で高須君の両袖を掴んだ。
顔を上げて眼を見る「ごめんなさい」声が出せた。

「私が高須君を傷付けたんだよ、本当にごめんなさい」

「逢坂は悪くないから」
「そんなことない、私が悪いの」



押し問答を繰り返してたら少し困り顔の高須君が
「じゃあ逢坂。仲直りをしよう、ちょっと手を離してくれないか」

そう言うとカバンから小さな巾着を取り出し
「前に俺の弁当が美味しそうって言ってくれたろ、だから逢坂の分も作ってみた」

少し照れながら私の前に差し出した。
「良かったら食べてくれ、俺からのお詫びだ」

何で私にお弁当作ってくれたの、何で私が悪いのにお詫びなの
「……本当に良いの?」

「あぁ、これは逢坂の為に作ったんだ」

優しく微笑んでくれた、いつもの高須君だ!。
私を許してくれるんだ!。
「嬉しい… 嬉しいよ!すごい高須君が私にお弁当作ってくれた!」


喜ぶ逢坂を見て俺は大きく息が漏れた、本当に良かった。
弁当も喜んでくれたし、いつもの笑顔に戻ってくれた。
「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」

話す前の不安は消え今は健やか気分になる、背中を押してくれた櫛枝にも感謝しないとな。

だが穏やかな気分を逢坂の一言が一変させた。

「これで高須君と私は友達だね!」

……複雑な気分だ。
素直に喜べない、でも今は肯定の意志を伝える。
「あぁ、俺と逢坂は友達だ」

高須君は苦笑いをしながら答えた、嬉しくないのかな?。
私は友達になれて嬉しいんだけどなぁ ……そうだ!

「それじゃあさ、お昼は一緒に食べよ!」

「いや、それはちょっと…」

また苦笑いだ、友達なのに何でかな?
でも諦めない。

「ダメなの?」

「ほら周りの目とかも有るしさ、逢坂も誤解されたら大変だろ?おかず一緒だし」

高須君は何度言っても『うん』とは言ってくれない。
楽しいと思うんだけどなぁ、一緒に食べたほうが。



無事に和解を済ませ教室へ向かう二人。
一人は複雑な表情をし、一人はむくれている。

和解を済ませた様には見えないが、只のクラスメートから友達までランクアップを果たしていた。

逢坂大河、不思議な子だ。
最初は優しいから偏見など持たずに俺と接してくれると思っていたが、何かが違う気がする。
少し疑問に思うことを聞いてみるか。

「逢坂は俺のこと怖いと思わないのか?」

逢坂は言葉を選ぶように話し始めた。

「…私も高須君の噂は聞いたことあるけど、嘘だってわかるの」

「何で分かるんだ?」

逢坂は少しビクッとして困っている、困らせるのも可哀相だし質問を替えるか。

「だったら、俺と一緒に居るところを誰か見られて困るとか思わないか?」
「なんで?」

即答だった。逢坂大河、凄く良い子だ。
逢坂ならいつか俺の気持ちを伝えられるかもしれない。


+×+×+


昼休み、前に座った春田と能登が何やら話してるが俺の耳に入ってこない、俺の神経は少し離れた逢坂に向いている。
俺の持てる技術を全て注ぎ込んだ弁当、口に合ってくれるか。

今日の大河は朝から元気だ。
聞いても『嬉しいことがあった』の一点張りで内容は教えてくれない。
まぁ大河が元気になってくれるなら何でも良いだけどね。
やるなぁ! 高須竜児。

「みのりん!お弁当を食べよ」

元気者がやって来た、嬉しそうに弁当箱を抱えて ………ん?

「珍しいね、大河がお弁当を持って来るなんて」

「うん!高須君が作ってくれたの!」

時が止まったかと思った、逢坂の声だけがコダマする教室。

その声が消えると同時に時は流れだす、ラジオのボリュームを上げる様にいつもの喧騒に戻る筈だった。
しかし昼休み特有の笑い声や叫びは無く、みんなが顔を寄せ呟くように話してる。

眠っている猛獣から逃げ出す様に、ゆっくりと周りに気づかれないように振り向く。
実際はみんな俺に大注目だがな、心境はそんな感じだ。

振り向くと櫛枝がこちらを見ていた、哀れむ様に俺を見て顔には『ドンマイ』と書いてある。
逢坂は美味しそうに食べてくれてる、良かった。
まあ逢坂が喜んでくれてるなら良いか、あとは知った事ではない。
これが惚れた弱みってヤツか。


そんなに強靭な心なんて俺は持ってない、春田と能登が何か言ってたが無視。
ただ昼休みが早く終わるのを願って、机に出来た染みをじっと見つめていた。

「高須君」

ゆっくり顔を上げると櫛枝が申し訳なさそうな顔をしていた。

「ちょっと考えたら解る事だったよね。ごめんなさい、高須君」

流石は体育会系少女、頭を下げるのもビシッとしてる。
でも櫛枝は恩人だからな、これはマズい。それにまた周りの注目を集めても困るしな。

「いや、大丈夫だから。早く頭を上げてくれ」

「本当にゴメンよ」

「気にしてないから本当に。それより何か飲みに行かないか、俺が奢るから」

櫛枝にはお礼も言いたかったし、何より此処から逃げ出したかった。

「うん、良いよ」

了解を貰い、出来るだけ周りを見ない様にして教室を出て自販機へと向かった。



自販機の前では二人の男子生徒が談笑している、しかし俺の姿を見ると足早に去って行った。
また俺の中がざわめく、こればっかりは心が慣れきない。
でも横を見るとニィーと笑う櫛枝の顔でざわめきは消えた。

「高須君、ではゴチになるよ」

「あぁ、どうぞ」
「今朝な、逢坂と話した。それでいろんな誤解が解けたよ」

「いや〜 本当に良かったよ、大河も元気になったしね」

「これも櫛枝のおかげだ感謝する、ありがとう」

良し、ちゃんと言えた。
逢坂と櫛枝のおかげで俺は変われる気がする、やっぱり本音で話せるのは嬉しい。

「じゃあ、大河と仲良くなった高須君に私から良いことを教えてあげよう!」

「何を」

「大河は鈍いよ」

「えっ?」

「さっきので解ったと思うけど、大河は男女の仲ってのに鈍いんだよ」

……やっぱりか。朝の会話で何となく解っていたが、前途多難だな。

「…何となく解る気がする」

「だから誤解されるんだよね」

誤解って、もしかして俺も勘違いしてるのか?
でも俺が逢坂を好きなのは本気だし…ってそれが誤解してるってことか?

「でも安心して、しつこい奴らは私が蹴散らしてきたから」

「…どういった意味でしょうか」

「いや〜 高須君も大河と一緒で態度に出て分かりやすいねぇ、でもそんな事を言ってて良いのかな〜」

「何故ですか?」

「よし! 高須君に現実ってヤツを見せてやろう」

現実? 訳も解らず案内されるまま後ろを付いて行く。



櫛枝に案内されて着いた所は渡り廊下。
この先は音楽や美術などの専修教室だけ、まだ昼休みで人気も無い。
現実を見せるって何のことだ?。

「ほら、あそこ見て高須君」

指差した先は音楽室の前、そこには逢坂と見知らぬ男が立った居た。

「あれが現実。今、大河は告白されてるんだよ」

頭の中が真っ白だ。
だが間髪入れず白くなった頭の中に次々と流れ込む。
逢坂は告白されてる、つき合うのか?断るのか?俺は直ぐにあそこに行くべきなのか?見届けるべきか?

―――混乱した。

「大丈夫だよ、大河はつき合ったりしないから」

櫛枝はそう言うが、まだ冷静にはなれない。

「大河は今まで一回もOKした事ないから。どんなに格好良い人でも、優しい人でも断るからね」

「…何でだろう」

「さぁね、私にも解んない。おっと、終わったみたいだね」
「たいが〜!」

何故つき合わないんだろか。
好みの問題でもない様だし、興味がないのか?それとも他に理由があるのか。
それに櫛枝は何故これを俺に見せたんだ?頑張れよってことなのか?

ともかく俺も少しは積極的に行かないと駄目だな。

「二人とも何してるの?」

「参考にしようと思って、愛の告白ってヤツを見学に来たのさ!」

「やめてよ、恥ずかしいから…」
「あっ!高須君。お弁当ありがとう、美味しかったです」

「そうか、作ったかいがあったよ」

「お弁当箱は洗って返すね」

今だ!今なら自然に言える筈だ、積極的になる第一歩を!

「あの… 逢坂は今日も帰りは買い物に寄るのか?」

「うん、夕食を買いに行く」

「良かったらなんだけど。一緒に行かないか、買い物に」

「うん、行く!」

やった!なんだこんな簡単な事だったのか、今まで結果ばかりを恐れて行動してたのが虚しくなる。
前に泰子が言ってた様に言葉にしないと解らない事もあるんだな、今日だけで思い知らされた。


+×+×+


今日は嬉しい事ばっかりだなぁ。
告白してくれた人には悪いことしたけど、彼氏とか出来るより今は高須君と友達になれる方が嬉しいもんね。

今だってお買い物して一緒に帰ってるし、お話しもいっぱいできた。

「でもびっくりだよな、家が同じ方向なんて。今まで一度も会った事ないのに」

「そうだね、びっくりだよね。偶然だね!」

どうしようかな… 本当は大問題に直面してるだよね、言っちゃおうかな『隣に住んでるの』って。
この道順で行けば私の家の方が先に着いちゃうんだよねぇ…
あぁ緊張してきた、本当にどうしょう、どうしょう、どうしょう。

「逢坂」

「ひゃい!?」

「俺はそこを右に曲がるんだけど、逢坂は?」

「私は… その、そこを真っ直ぐです」

やっちゃた… でもね、高須君とはもうお友達だからまた機会はある筈よ。
そう、大丈夫よ!

「そうか、ここでお別れだな。今日はありがとう、凄く楽しかった」

「私も楽しかった」

積極的に、積極的に。
逢坂も楽しかったと言っている、これで終わらせない為に言わねば。

「そうか。じゃあさ、また一緒に帰っても良いか?」

「うん、いつでも良いよ」

泰子、今日の晩飯は豪華だぜぇ〜 お祝いだ、お祝い!
積極的に生まれ変わった高須竜児の新誕生祭だ!。

「ありがとう、それじゃな」

「うん、バイバイ」

嬉しいような、悲しいような…
結局、あと2分で帰れる筈が20分かけて家に帰った。


  +×+×+×+


「おはよう、高須君」

「オォ、香椎。おはよう」

「最近、逢坂さんと仲良いのね、昨日はスーパーでも見かけたし」

見られてたか、香椎もあのスーパーに来る事すっかり忘れてたな。

「もしかして、つき合ってるの?」

「イヤ、違うぞ」

「本当に?前は一緒に買い物したり、お茶にも付き合ったりしてくれたのになぁ」
「奈々子、悲しい」

頼むから止めてくれ、只でさえお前は目立つんだから。
ほら男子が凄い顔でこっちを見てるだろ。

「本当にお前は… もう止めてくれ、誤解される」
「逢坂さんに?」

「うっ!?お前な…」

「怒らないでよ、じゃあね」

あぁ、面白かった。
昨日のスーパーでの2人を見たら、からかいたくなったのよね。
高須君は緊張気味だったし、逢坂さんは無邪気に笑ってた。
意外な2人の急接近ね。



「高須、今のはなんだ?お前、最近美味しすぎだぞ」

「黙れ、能登。それに朝は『おはよう』の挨拶から始めるべきだ」

「おはよう。でっ?今のは何だ」

「お前も、しつこいな…」
「香椎とは買い物するスーパーが一緒なだけだ。それとお茶をしたのは
いろいろあって、香椎がお礼したいって言うから行っただけだ」

「いろいろって?」

「何でお前に俺のプライバシーをすべて話さないといけないんだ」

「きたむら〜! 高須が俺に冷たくするよ〜」

やっと行ったか。
お前がしつこいから逢坂が来たのに挨拶にも行けないじゃないか。
もう他の女子と話してるし、今日は土曜日で話せる時間も限られてるんだ。
能登の奴めぇ〜。

「奈々子、おはよー」

「おはよう、麻耶」

「どうしちゃたの、朝から考え事?」

「うぅん、何でもない」

高須竜児か、わたし的にはアリだったんだけどな。
顔も結構好みだったし、性格も良し、私しか本当の高須君を知らないって思ってたから油断したな。

逢坂さんも気づいたんだろな、本当の高須竜児に。



香椎さんと仲良かったんだ、知らなかった。
良いなぁ、私も高須君に朝の挨拶してお話したい。
でも他のお友達も邪険に扱えないし、お弁当箱の事で話したいのにな。

+×+×+

「では、ホームルームを終わります。」

結局、逢坂と話せなかった。こんなに土曜日を恨めしく思うのは初めてだ。
積極的にとは決めたが毎日帰りに誘うのもな。
俺は良くても逢坂にも都合があるだろうし、今日は挨拶だけして帰るか。

「逢坂、それじゃな」

昨夜の『今日の反省会』で解った。
私は考えて行動すると良い結果にならない、それなら望む通りに行動しようじゃない!。
言葉や行動に表さないと、思ってるだけでは願いは叶わない昨日の高須君との事で解った。

今日の望みは『高須君の家に行ってみたい』だ!。

「高須君!あのね、わたしお弁当箱を持って来るの忘れちゃったの」

「あぁ、いつでも良いぞ」

「あの、それでね」
「今日、高須君の家に返しに行って良いかな?」

「えェェ!!!」

「だめ?」

「いいえ!!大歓迎です」

逢坂が家に来る!
これは大変だ、掃除だ、掃除、片付けなければ。
ダアァ!それより泰子だ、普段の格好はマズイ。ちょっとは母親らしい格好をさせねば。

「じゃあ、3時頃で良いかな?」

「あぁ、大丈夫だ。待ってる!」

急いで帰らねば、ダッシュだ!3時ならお菓子の用意も出来る。






3時は遅すぎたかな。

現在2時15分
お気に入りの服に着替えたし、入念に髪も解いた、準備はバッチリ。
でも普段着の方が良いかな?でもなぁ、お母さんに会うかもしれないし。
う〜ん… やっぱり初めてなんだからキチッとしてた方が良いよね。

まだかなぁ、張り切って早く用意しちゃったな。
でも楽しみだ、お母さん居るかな?あと昨日聞いたペットのインコちゃん、可愛いんだろうなぁ。

+×+

「泰子!泰子、起きてるか!」

「どうしたの?リュウちゃん。帰って来たら『ただいま』だよ」

「起きててくれたか、今から話す事をしっかり聞いてくれ」

ジャージでも良いからとにかく露出の少ない格好をして、大人しくしてる様に伝えた。

「なんで?」

「友達が遊びに来る」

簡潔に要件を伝え、作業に取り掛かる。
時刻は1時を過ぎたくらい、ケーキを焼く時間はあるそして焼きに入ったら片付けだ。

「リュウちゃん。やっちゃんも手伝おうか」

「あぁ、助かる。ええと、埃を上げるのはマズイから。テーブルを吹いて、玄関を流してくれ」

「ハイ、了解!」

+×+

2時50分か、もう行っても良いかな。
でも緊張するなぁ。お弁当箱も持ったし、お土産も持った。
良し!行こう。


+×+

何とか間に合った。
片付けも終わったし、お茶の準備OK。
あとは逢坂が来るのを待つだけ。

表で待ってた方が良いか、でもあからさま過ぎるな。

「ねぇリュウちゃん。ちょっとは落ち着いたら」

「オォ!?そうだな、落ち着かないとな」

「でも誰が来るの?」

「新しくできた友達だ」

トン!トン!『ごめんください』

来た!ついに逢坂が家に来た。

「女の子だったんだ!」
「あぁ、まぁな。出迎えて来る」

玄関で迎えた逢坂はそれは可愛いらしかった。
首周りとボタンラインに控えめに装飾されたレイヤードフリルのブラウス、
膝上丈のスカートも清楚な雰囲気で良い。
この家に迎えるには不釣り合いな客だな、まるで良家のお嬢様だ

でも、こんな日が来るなんてな。
俺は誰に対してか分からないが、とにかく『ありがとう』と感謝の意を述べたい。

「おじゃまします」

遂にこの日が来た、憧れの高須家を訪問する日が。
インコちゃんに会える、お母さんは居るのかな?。
ドキドキだ。



「狭い家だけど、ゆっくりしていってくれ」

「ハイ」

「泰子、クラスメイトの逢坂大河さんだ」

お母さんだ!
「初めまぁアァァ!?」

「なに!リュウちゃん!この可愛い子!!」
「リュウちゃんの彼女?」

突然、飛びつかれた。
顔に胸をグリグリ当てられて息ができな…

「違う!それに離れろ!」

高須君が無理やり剥がしてくれて、やっと息ができた。
凄い胸だ。これぞまさしくボイン!おなじ人間の物とは思えない…

「名前はなんて言うの?」

「お前、ちょっとは人の話しを聞け!それに落ち着け!」

最悪だ。心配した通りになってゆく、頼むから大人しくしてくれ、泰子。

「初めまして、逢坂大河です」

「大河ちゃんかぁ」
「リュウちゃんのお母さんのやっちゃんで〜す。『やっちゃん』って呼んでね」

本物だ!想像してたのより可愛い感じだ。
高須君のお母さんなんだから30歳は超えてるんだよね、童顔だからかな。
でも、どうしても胸に目がいっちゃうなぁ、羨ましい。

「ギュエェィー」

「おぉゴメンねぇ、インコちゃん。逢坂に紹介しないとなぁ」
「これが我が家のインコちゃんだ」

うわぁ〜 すごい… 半開きの目でヨダレ垂れながらこっち見てる。
インコって近くで見たことないけど、こんな見た目だったかな?。
高須君は赤ちゃん言葉になってるし、凄く可愛いって言ってたしな。
私の素直な感想は言えないよね。

「すごくかわいいね」
ちゃんといつもの通りに言えたかな、動揺したのバレてないよね。

「だろう!インコちゃんは大切な家族なんだ」
「グェエィ」

良かった、高須君は気づいてないみたい。



面白くない!せっかく逢坂が我が家に来たのにまったく話が出来ない。

泰子がすっかり気に入ってしまい離さない。
お前は一人息子の将来を決める大事な日かもしれないのに、何て事してくれるんだ。
もうちょっと、思春期の息子に気を使え!

「そうなんだ、大河ちゃんの家は近所なんだ」

お母さんと話すのは楽しいんだけど、さっきからちっとも高須君が話しに加わってこない。
話しかけても『あぁ』とか『そうだな』だけだし、今日はもう帰った方が良いかな。

「私、そろそろ帰ります」

「えぇぇ〜 大河ちゃんもう帰っちゃうのぉ? …そうだ!夕飯、食べていきなよ」

「オイ!泰子。いきなり言われても家の都合があるだろ」

凄く魅力的なお誘いだけどなぁ。
お母さんはノリノリだけど高須君はあんまり乗り気じゃないみたいだし。
でも高須君が作る夕飯も食べてみたいなぁ。

「あの、本当に良いんですか?」

「うん、全然大丈夫だよ〜 ねぇ、リュウちゃん」

「オォ!逢坂さえ良ければ全然問題ない、でも家の方は大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫」

本当のこと言おうかな、高須君も家の事心配してくれてるし。
とりあえず、安心してもらえる様に少しだけ話そう。

「高須君、あの私…」

「どうした、やっぱり都合が悪いのか」

「そうじゃなくて、私は一人で暮らしてるから…」

「えぇぇ!大河ちゃん一人暮らしなの」

「…はい。実家を出て、今は一人で住んでます」

逢坂は一人暮らしだったのか。
どうりで昼飯はいつもコンビニのパンか弁当、昨日の帰りも料理は苦手だからって弁当買ってたしな。
てっきり親が共働きとかそんな理由かと思ってた、だから弁当もあんなに喜んでくれたのか。

よし!俺の料理で喜んでくれるなら張り切って作ろう。

「じゃあ、逢坂の為に美味しい晩飯を作るからな。」
「俺は料理にはちょっと自信があるんだ、楽しみ待っててくれ」

「ありがとう」



高須君が料理をしてる間、お母さんと話してたけど一人暮らしの理由は聞いてこない。
やっぱり、大人なんだな。
きっと事情を察してくれたんだ、嬉しいけど後ろめたくもあるなぁ。

+×+×+

三人で食べるご飯はすごく美味しかった。
高須君の料理が美味しいの当然だけど、やっぱり雰囲気が良かった。
一人で食べるご飯とはやっぱり違うなぁ。

食事を終えて高須君が入れてくれたお茶を飲む、窓を見ると暗い私の部屋が見えた。
この時間も終わりか、外も暗くなったしあの家に帰らないといけないのか。
本当に楽しい時間はアッという間は過ぎるんだなぁ、帰りたくはないけど帰らなくちゃあの家に……あの家に?家?…家に帰らないといけないんだ!!

「大河ちゃん、明日も来なよ。何か予定ある?」
「…いいえ、別に用事はありません」

ありがとう泰子、これで逢坂と明日も逢える。
でも逢坂は優しいからな、泰子のペースに呑まれるだけかもしれないから一言尋ねたほうが良いよな。

「本当に用事はないのか?無理しなくても良いだぞ」

「大丈夫、本当に明日は何もないから」

「じゃあ、決定!大河ちゃん待ってるからね!」
「ハイ…」

「じゃあ、竜ちゃん。もう暗くなったから大河ちゃんを送って行ってね!」

やっぱり、そうなるよね…… 私はどうすれば良いだろ。
送ってもらったら1分で着いちゃうよぉ!!

+×+



いつもだったら楽しい会話ができる筈の高須君と2人の時間。
でも今は『あっち』『こっち』としか言えない。

高須君の家を出て宛ても無く歩いて10分は経つ、私はどうしら良いんだろ…

「ここはどっちに曲がれば良いんだ?」

「…こっちです」

家を出てから逢坂は全く元気がない、俺は何かしたのかな… それとも俺が何かすると思われてるのか?
確かに1人暮らしの女の子が自宅を知られるのは心配になるよな、家の近くまで行ったら帰るとするか。
それなら逢坂も安心するだろ。

「逢坂、近くになったら言ってくれ」
「その… 逢坂は1人暮らしだから俺に家の場所が分かると嫌というか… 
心配だろうし、もちろん中に入ったりする気は全くないからな」

「…違うの」

「何が違うんだ?」

「………」

遂に立ち止まって俯いてしまったか。

「どうした?逢坂」

出来るだけ優しく尋ねるが逢坂は俯いたままだ、一体どうしたんだろうか。
俯く逢坂の姿を見てると庇護欲が湧いてくる、そう肩の一つも支えたくなる。

「逢坂、大丈夫か?」

そう言って出来るだけ優しく肩に手を乗せるとビクッとしたが嫌な素振りは見えない。
初めて触れた、俺は逢坂を肌で感じてみたかった。
でも肩に乗せた手が微かにリズムを刻む、泣いてるのか?
悪いと思いつつ顔を覗くと涙は流れていない、でも悲しげな表情をしてる。
そんな顔をされたら俺は…

「ウチの大河に何する気じやあぁ!!」

「えっ?!すっスミマセン!」

突然の声に手を離して振り向き、頭を下げた。『家の大河』って、もしかして親なのか?
平身低頭の体で首だけを僅かに動かして確認する、制服?



「なぁ〜にやってんの?お二人さん!」
「櫛枝!」「みのりん…」

何だ櫛枝かよ、びっくりして変な汗が出たぞ。
でもそんな正直な感想を口に出したら2人に誤解されるな、ここは平静を装って。

「こんな道端で何してたのかなぁ〜」

「何もしてない。それより櫛枝は何してるんだ?」

「バイトの帰りだよ、家はこの近所だし。いやぁ〜何か、ごめんね!」

イタズラっぽく微笑みながら近づいて来る『ダメだよ、こんな所で』すれ違い様に呟いて行った。
誤解してるぞ!櫛枝、まだ何もしてない。

「どうしたの大河、そんな顔して。怖かったの?」

「あの、櫛枝?」

神様がくれたチャンスなのかな?みのりんが助けてくれるのかな?もしかしてみのりんが神様なのかな?

コソコソ「みのりん、ちょっと向こうに」

「どうしたの大河、そんな小声で。もしかして本当に怖かったの?」

「お願い!早く」

逢坂は櫛枝を引っ張って離れてく、もしかして本当に身の危険を感じていたのか?
俺はそんなつもりなかったのに…

「えぇ〜ぇっ?!」

「みのりん!声が大きい」

凄い驚いてるな櫛枝、何を話してるんだろか?
もしかして『高須君に肩を捕まれて、わたし本当に怖かったの』とか言われてないよな。

「大丈夫だって!私に任せて」
「高須くーん」

「…なんだ」

「隣だよ、大河の家は」
「みのりん!!」

「へぇ、この一軒家が逢坂の家か。立派な家だな」

「違うよ!その隣じゃなくて!『高須君の家』の隣に大河は住んでるの!」

「ハァッ?」

「…分かんない人だなあ、高須君も。だから高須家の隣にマンションがあるでしょ!」

「あぁ、あるな」

「そこが大河の家!」

「…本当なのか?逢坂」



バレちゃった… みのりんは神様じゃなかったの?助けに来てくれたんじゃないの?もぅ〜!!

でも正直に話すしかないか、話したら高須君は怒るだろうな。
やっとお友達になれて側に行けたのに、馬鹿な事したな私。

「ごめんなさい、高須君。本当なんです、私は隣のマンションに住んでます」

「何で言ってくれなかっだ〜 恥ずかしかったのか?」
「泰子か!泰子があんなだから言い辛かったのか?」

必死でごまかしてるな高須君、本心じゃないことばかり言って。
あれだけ大河のことを話したのに、心配する事なんかないのになあ。
大河の態度を見てたら分かると思うだけどねぇ、高須君もあれだな。

「恥ずかしくて言えなかったんだよね!大河」

「…うん」

よかった〜。もし『知られたくなかった』とか言われたら立ち直れなかったぞ。

「なんだ恥ずかしかったのか!言ってくれよーって言えなかったのか!」ハハハハ

よかったぁ〜。高須君は怒ってないみたい、でも何か変。
偶にあるんだよね、高須君を理解できない時って。

「大河」ボソボソ

「なに、みのりん」

「高須君と仲良くなった大河に、良いこと教えてあげるよ」

「なに!良いことって何を教えてくれるの!」

「鈍いよ、高須君は」

「??…どうゆうこと?」

「…まあ今は解らなくても良いから、覚えておいて損はないよ!」

「…わかった、覚えておく」

「それじゃ、私は帰るから」

「ありがとな、櫛枝」
「ありがとう、みのりん」

「仲良くするんだよ、二人とも!」



みのりんはやっぱり神様だったんだ、私を助けてくれた。
今度からキチンとあがめなくちゃ、そうだなぁ… 『神りん!』ちがうなぁ、友達に神って付けたら変だよね。
『ゴッド・みのりん!』長いかぁ、略して『ゴミりん!』うわっ?!嘘です、嘘!ごめんなさい。

でもすごいな、困ってたことを簡単に解決してくれた、ありがとう!みのりん。
ここは感謝の気持ちと高須君に本当の事が言えた記念に拝んどこ。

櫛枝にはまた助けられたな、この借りは必ずいつか返すから。
しかし立ち去る櫛枝の後ろ姿に逢坂は手を合わせて拝んでいる、いったい何だろうか?

「帰ろうか、逢坂」

「うん!」

それからの逢坂は憑き物が取れたみたいにニコニコ笑ってくれる、やっぱり笑顔の逢坂は可愛い。

「でもMOTTAINAIない事したな、逢坂が隣に住んでるならもうちょっと早く知り合いたかったな」

「ありがとう! …私も高須君と仲良くなりたかったの」

ダメだぞ!逢坂、こんな暗い夜道でそんなこと言ったら。歌にも有ったろ『男は狼なのよ、気をつけなさい』って。
俺は健康な男子なんだ、保証はできないぞ。

「どうしたの?」

「えっ?!いやっ!俺は何もしないぞ!」

「なにが?」

やっぱり高須君が何を考えてるか解らない、でも私に秘密はもう無い。
だからこれはもっと高須君のこと理解できるし、私のことも知ってもらえる。
1年前はこんなこと想像もできなかった、ありがとう高須君。

「ここだったんだな、逢坂の家」

「うん、ごめんなさい」

「いや謝らなくでくれ、別に気にしてないから」
「それに逢坂がこんなに近くに居て、俺は嬉しいから」

「私も高須君の近くに居れて、すっごく嬉しいよ!」

だから、ダメだぞ!逢坂。一人暮らしの女の子が可愛いらしい笑顔でそんなこと言ったら、それも自宅の前で。歌にも有った《以下略》

「どうしたの?」

「いやっ?!「「俺は何もしないぞ!」」えっ?!」

「やったー!!高須君が言おうとしたことが分かった!」

ハシャぐ逢坂を見て、三白眼な俺でも目尻が下がった気がする。これは好きならないのは無理だろ。
でも意味は解って言ってるのだろうか?

「明日は何時頃に来れるんだ?」

「何時でも大丈夫だよ」

「それなら12時にしよう。昼には泰子も起きるから一緒に昼飯にしよう」


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