+×+×+×+


今朝の目覚めは最高に良かった。
朝から気分も高揚し、洗濯しながら鼻歌も出てしまう。昼になったら逢坂が来る、最高じゃないか。

「しかし、でっかいマンションだな…」
でき上がった時は太陽の恵みも奪われ恨みもしたが、今は逢坂を俺の隣に導いてくれたことに感謝できる。
ありがとう、マンション様。
「んっ?」
ベランダに一番近い窓のカーテンが動いた。ジロジロと見過ぎたな、これじゃのぞきと間違われる。
居心地が悪いので家の中に入ろう。

「おはよう、高須君」
「えっ?」
振り返ると先程の窓から逢坂が笑顔で手を振っている。
「びっくりした?ここが私の部屋なんだ」

こんな事が現実で起こるのか?
好きな子が隣に住んでて、しかも部屋は窓を挟んで向かい合わせ …こんなの都市伝説だと思ってたぞ。

「聞こえてますかぁ〜?高須くぅ〜ん」

「あぁ!バッチリ聞こえてるぞ!」

「びっくりした?」

「あぁ、凄くびっくりだ。何で昨日は言ってくれなかったんだ」

「ごめんね!忘れてたの」

…ダメだ、こんな距離に逢坂が居たら身体が保たない。
可愛いことは凄く良いんだが、逢坂の一挙手一投足が俺の心を刺激する。
今の謝る逢坂も可愛いかったなぁ。

「いや、気にしないでくれ。人間たまには忘れることもあるから」
「うん、ありがとう」

「しかし、でっかいマンションだよな。中も広いんだろ?」

「うん、わたし1人にはちょっと広すぎるかな。時間があるなら高須君も見てみる?」

「…それは俺が逢坂の家に行くってことか?」

「うん、何も無いけど来て!来て!」

「いやぁ〜悪いな逢坂。オレ今から昼飯の準備しないといけないんだ!」

「そうなんだぁ、それじ仕方ないね。じゃあ楽しみに待ってるね」

「あぁ、待っててくれ」

逢坂、頼むから少しは警戒心を持ってくれ。



+×+
「えぇ!大河ちゃんお隣さんだったの!」

「黙ってて、すみませんでした!」
「良いよ〜、気にしなくて。でも大河ちゃんの家、見に行けば良かったのに竜ちゃん」

「泰子!一人暮らしの女の子の家にそんな無神経に入れるか!」

「えぇ〜 だって大河ちゃんが、おいでって言ったんでしょ?」

「ハイ、わたし何も気にならないよ?」

「ほらぁ、竜ちゃんは考え過ぎるんだよ。大河ちゃんはお友達なんだから、ねぇ〜」
「ハイ!高須君とはお友達です」

楽しい筈の逢坂との昼食が…
泰子、息子の傷口に塩を塗るような真似は止めろ。本当にコイツが居ると逢坂との時間が楽しめない。

「それでね、素敵な人だったのよぉ〜」
「そうなんですか」

また見たこともない親父の話をして、逢坂もそんな話を真剣に聞くなよ。

「もうやめろ、泰子。逢坂もそんな話を聞いても面白くないよな?」

「そんなことないよ」

お母さんは何でも話してくれる、私だったら口にできないようなことまで。
たぶん2人に隠してることなんて無いんだろうな、だからこんなに親子で仲良しなんだ。
私のことも全て話したら、その中に入れてくれますか?

「でもね、居なくなっちゃたの〜」
「それは大変だったんですね」

「でも竜ちゃんが居たから、やっちゃん頑張れたんだぁ」
「あんまり、恥ずかしいこと言うな」

「だって本当のことだし。大切な家族が居なかったら、やっちゃん頑張れなかったもん」

「頼むから、もう止めてくれ」

全てを話して、全て知ってもらったら私もこの中に……
可能性は0じゃない、少しの勇気でこの中に入れるかもしれない。
話をしないで後悔するより、話してから後悔する方が私も諦められるよね。

「…私の家族は」



逢坂は何か話そうとして俯いてしまった。多分、櫛枝が言ってた辛いことって家族の問題なんだろうな。
そんなに辛いことなら思い出さなくていい、無理に話すことはない。

「さぁ、片付けてお茶でも入れるか」

「待って、聞いてほしいの!」
「高須君とお母さんに私のこと知ってもらいたいから。だからお願い、私の話を聞いて」

「…いま話さないと私きっと後悔するから、諦められなくなっちゃうから」

「あぁ、分かったよ」

「私の両親は昔からあまり仲良くなかったの。それでいつの間にか、お互いに恋人を作って離婚したの」

「私はお父さんについて行ったんだけど、新しいお母さんが私のこと好きじゃないみたいで…」

「それでお父さんに相談したら、私に一人暮らししろって」

笑顔で話そうとしてるが、明らかに無理をしているな逢坂。

「大河ちゃん…」

「でも大丈夫なんですよ、立派なマンションにも住ませてもらってるし」

もう無理だ。こんな話しは聞きたくない、無理してる逢坂も見たくない。

「ちゃんと毎月仕送りも『大河ちゃん!!』

意外にも話しを止めたのは泰子だった。

「なんで大河ちゃんは笑ってるの…… そんな悲しい話を何で笑って話すの?」

「何故って言われても……」

「おかしいよ!大河ちゃん無理に笑顔で話そうとしてる!」

「……泣きたくないんです」

「どうしてなの、訳があるんでしょ?大河ちゃん」

「私、思うんです。泣いたら負けだし、全てが終わっちゃう気がするんです」

「違うよ!大河ちゃんは間違ってる」
「泣いたら終わりじゃなくて、泣いてお終いにするの」

「泣いておしまいにする?」

「そうだよ、勝ち負けとかじゃない。泣きたい時は涙が止まるまで泣いて良いの」

「そして涙が止まったら、また新しく何でも出来るようになるんだよ、大河ちゃん」

泰子はそっと逢坂を胸に抱いて耳元で何か囁いてる、ここは泰子に任せて俺は片付けでもするか。

やっぱり苦労させたんだな。
泰子も辛いことを泣いて終わりにして俺を育ててくれたんだろうな。



お母さんの胸の中は暖かかった。お風呂の中みたいにポカポカして、いつまでもこの場所を離れたくない。

「…落ち着いた?」

「はい」
「じゃあ、洗面所で顔を洗おうか」

泣いちゃったけど、悲しくてじゃないと思う。お母さんの言葉とその中に込められた、私宛てへの気持ちが嬉しかったからかな。
私の考え方は全部否定されたけどそれで良かった、だって私はお母さんに貰った言葉の方が好きだから。

「逢坂、お茶をどうぞ」

「ありがとう。…恥ずかしいところ見られちゃったな」

「恥ずかしくなんかないよ、大河ちゃんはもう家族なんだから」

「家族ですか?」

「やっちゃんは大河ちゃんのこと大好きだから、今日から娘にするんだ。
だから家族なの、家族なんだから恥ずかしいこと何て無いよ」

お母さんまた私を泣かすつもりなのかな?
嬉しくて、ついお母さんの胸にまた飛び込んでしまった、やっぱり落ち着くし暖かい。

「大河ちゃんは甘えん坊さんだね」

泰子に抱かれる逢坂を見てホッとした、もう逢坂の悲しむ顔は見たくない。

でも、確かに2人の絆は強くなったが俺は置いて行かれてるような気がする。
泰子には良い所ばかり持って行かれたし、もしかして一番のライバルは泰子なのか?

「別に反対するわけじゃないけど、家族ってのは言い過ぎじゃないか?」

「何で竜ちゃんはそんなつまんないこと言うの?気持ちの問題だよ、気持ちの!竜ちゃんはKYだよ」

「またお前は微妙な言葉を覚えてきて…」

「竜ちゃんは空気読めてないよねぇ、大河ちゃん」

「ハイ、高須君はKYです!」



駄目だ、二人の間に俺の入る隙間が見つからない。

「どこに行くの?竜ちゃん」

「デザートだよ。昨日、逢坂に貰ったさくらんぼ」
「あっ、高須君。私も手伝います」

「ちがぁ〜う!!二人とも家族なんだから『竜ちゃん』『大河ちゃん』って呼ばなきゃダメ!」

「…泰子。俺と逢坂は同い年でクラスメートなんだ。そんな呼び方できる訳ないだろ、なぁ逢坂」

ほら見ろ、逢坂だって目をまん丸に見開いて驚いてるじゃないか……

でも、これって何気に逢坂のレア顔だな…あっ、笑った

「りゅうちゃん!」
「ヴホッ!」

無理だ、逢坂にこんな呼び方されたら俺は何を仕出かすか分からない、だから無理だ、無理。

「逢坂、その呼び方は止めてくれ」

「えぇ〜 だって竜ちゃんは『竜ちゃん』だよ」

「違う!泰子。俺は『高須竜児』だ」

「えぇ、何それ?そんな一休さんみたいなこと言われても、やっちゃん分かんないよ」
「じゃあ、何て呼べば良いの?『竜児君』とか?」

「竜児くん!」

逢坂の周りに『楽しい!』オーラが見える、もう駄目だ。こんなに逢坂が悪ノリするとは思いもしなかった。

「まだその呼び方でも…その、照れくさい。もう呼び捨てで良い『竜児』で……」

アレ?呼んでくれない。

「……じゃあ、竜児も私のこと『大河』って呼んでくれますか?」

「うっ?!……大河」
「竜児!」

三人+一匹の家族の出来上がりか、悪くない。

でも、好きな子が家族として家に居るってのはどうなんだろうか?
もし大河に俺の気持ちを伝えて、受け入れてくれなかったら。
この家族はそこで終わってしまうのだろうか。



「大河ちゃん!やっちゃんのことも『やっちゃん』って呼んでね」

「やっちゃん!」

新しい家族ができた、もう家族と呼べる人なんて居ないと思ってたのに。

やっちゃんはお母さんと言うよりお姉ちゃんって感じ、だからあまり遠慮しないで話せそう。
それに本当の家族より家族みたい。

「大河ちゃん、これからは毎日一緒にご飯も食べようね」

「さすがにそこまで甘えるわけにはいきません… 偶に呼んでもらえくらいで私は良いです」

「ダメだよ〜 家族なんだから一緒に食べるの!ねぇ、竜ちゃん」

「別に気なんか使わなくていいぞ、二人分も三人分もそんなに変わらないから」
「弁当だって俺と一緒のてよかったら作るから」

「ありがとう…… いろいろ手伝います!わたし料理は苦手だけど高須君に教えてもらえばやりますし、掃除とかもしますから」

「そんなこと気にしなくて良いよ、大河ちゃん」
「それより竜ちゃんのこと『高須君』って、まずはそれから。
あと話し方もね、家族なんだからもっと仲良しな感じで話そうよ」

「うん…やっちゃん」

+×+
私はもうお客さんではなく家族なので夕食の準備を手伝う。
昨日はやっちゃんと話していたので見れなかったけど高須君の手際の良さ、素敵です。
男の人が料理する姿って初めて見るけど格好いいな、意外性があるからかな?

「大河、これをテーブルに」
「ハイ!」

大河には『切る・剥く・洗う』など基本的な事を手伝ってもらった。
料理を覚えようと一生懸命なのは良いんだが、手が空くと俺の方をじっと見詰めるのは止めてもらいたい。
緊張するし、どうにかなっちまいそうだ。



「ハイ。では、いただきます」
「「いただきます」」

昨日から始まった三人での食事。
三人で食事をするなんていつ以来だろうか?……思い出せない、家に客なんて来ないから初めてだな多分。
でも大河はよく家に来る気になったな、何故だろうか?それに家族と言うなら注意しておきたい事もある。

「でも大河はよく家に来る気になったな、弁当箱なんていつで返せるのにわざわざ」

「話し声が聞こえてたから…… いつもやっちゃんと竜児が楽しそうに話してたの聞いてたから」

「それは恥ずかしいな」

「ごめんなさい、盗み聞きみたいな真似して」

「いや!別に気にしてないぞ。ホラ、家は壁が薄いからな逆にうるさかったじゃないか?」

「そんなことないよ、いつも賑やかで羨ましかった」

大河は少し恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに味噌汁に口を付ける。
一気に食卓の温度を下げてしまった気がする、こんな時に限って泰子は何も言ってくれないし。
言い難くなったな…でも家族として、そして俺の未来の為にも黙ってる訳にはいかない。

「大河。その… あんまりな」
「うん」

「あんまり、よく知らない男の家に行ったり、家に入れたりしたらダメだぞ」

「私はそんなことしないよ?」

現に来てるだろ、家に。それに今朝は俺を家に入れようとしたじゃないか。

「私はよく知らない人や男の人なんて家に入れないし、行ったりしないよ?」
「だって怖いもん」

「竜ちゃんは分かってないなぁ」
「……何だよ、それ」

「大河ちゃんがいま言ったじゃない」
「嫌いな人の家なんて行かないし、好きでもない人は家に入れないって」

「お前はどんな耳してんだよ!」

「でも、やっちゃんの言ってることで合ってるよ?」

「だよねぇ、好きな人しか家に入れたり誘ったりしないよねぇ」

「うん、しない」

泰子は誤解してるな、大河のことをまだ解っていない…
大河とってはlike or loveで言ったら俺はlikeなんだろうな、また複雑な気分だ。



「ごちそうさまぁ、美味しかったね」

「ハイ、美味しかったです。片付けは私がするから、竜児とやっちゃんはゆっくりしてください」

「ありがとう、大河ちゃん」
「良いのか?」

「うん、任せて!」

料理と同時進行でお鍋や包丁は竜児が洗ってくれてたので、片付けはお皿を洗うだけ。
やっぱりすごい手際の良さだ。
楽しくて鼻歌混じりにお皿を洗っていたら、無意識に薄く歌声が漏れていた。
同時に近くに人の気配が!振り向くと後ろに竜児が苦笑いで立って居る、恥ずかしい…

「もぉ!私に任せてって言ったでしょ!」

何で観たかも既に忘れてしまったが、俺には心に残る風景があった。
二人並んで台所に立ち、彼女が洗ってそれを俺が拭き上げる。
人に言ったら笑われそうだが、俺が理想と感じ、憧れた幸せの風景だ。

「二人でやった方が早く終わると思ってな、手伝わせてくれないか?」

「しょうがないなぁ」

それを今こうして大河とこの風景を作ることが出来るなんて、本当の恋人になれたようだ。

「ハイ、おしまい。お疲れ様でした」

「大河もお疲れ様。いまお茶いれるからな」

わたし高須家に来てまだ2日目なんだけど、すっかり馴染んでしまった。
これなら少しくらい甘えても良いかな?片付けてる時に考えてたこと二人に聞いてみよう。

「二人にお願いがあるんだけど」
「なに?大河ちゃん」

「私の家の鍵をここに置いて欲しいの」

「別に良いけど、何で置いて欲しいの?」

「偶になんだけど、怖くなる時があるの」
「私に何か遭っても誰も気がついてくれないじゃないかって」

「あぁ!でも本当に偶にだから心配しないでね。だから御守りみたいな感じで…」

「別に良いね、竜ちゃん」

「あぁ、そこの柱にでもぶら下げて置くか。大河に何かあったら直ぐに駆けつけられるように」

「ありがとう!今度持って来るね」

これで不安で眠れない夜を迎えることもないよね。



「安心したら眠くなっちゃった、そろそろ帰ります」

「朝飯はどうする?」

「…朝は、ちょっと遠慮しとく」

「何で?遠慮するな」

「朝はいろいろ準備しないといけないし、それに寝起きだから……」

「失礼した!無神経だったな、すまん。さぁ送って行くぞ!」

「大丈夫だよ〜 家は隣だよ」

「そういえば、そうだったな」

「…でも5分経っても私の部屋に明かりが着かなかったら助けに来てね?」

「あぁ、何が起ころうと直ぐに助けに行くぞ!」

「二人とも今日はありがとう」

「また明日ね、大河ちゃん」
「気をつけてな」

大河を送り出してベランダで明かりが着くのを今か、今かと待つ。
この2日間で大河との距離が物理的にも精神的にも近くなった。

大河か…『クラスメートの逢坂』から『家族の大河』に、良くも悪くも本当に近い関係になったな。
しばらく俺の気持ちを伝えるのは止めておこう、言葉は悪いが大河はこれからはいつでも俺の目の届く距離に居るし。
この家族関係が落ち着くまでは。

「ただいま!って言うのも変かな?」

「おぉ、無事に帰ったな」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜」

「油断は禁物だぞ!女の子が夜道を1人で歩くなんて本当に危ないんだからな、解ったか?」

プッ!ハハハ!「竜児それじゃ、妹の帰りを待つお兄ちゃんだよ」

「お兄ちゃんって… とにかくまだ夜は冷えるんだから暖かくして寝るんだぞ、妹よ」

「ハイ!お兄ちゃん」

「おやすみなさい」
「おやすみ」

『お兄ちゃん』かぁ……悪くない。

実際は大河が姉で俺が弟、この時はまだお互いの誕生日など知らなかった。


  +×+×+×+


大河が家族になって2週間、我が家に大河が居るのが至極当然の事となった。
最初の数日間は緊張や煩悩を刺激されたりと俺の精神状態も大変なことになった。
しかし一週間を過ぎると馴れてきたのか、大河を前にしても平常心を保てるようになった。
人間は環境に適応するように出来てるんだな、改めて霊長類の適応力の高さを思い知った。

「竜児、体操服出して」

「あぁ」

夕飯を終え、泰子を仕事に送り出す。当初の予定ではこれからの時間は大河と2人で甘い時間を過ごせる筈だった。
しかし大河はこの時間になると俺の相手を全くしてくれなくなる、それは何故か?
簡単なことである、そう大河は洗濯や洗い物や掃除、つまり家事を始めるのである。

「お願いします」

「他のは?体操服だけじゃないでしょ?」

「無い」
「ウソ!知ってるだからね、竜児が自分の当番の時にまとめて洗濯してるって」

そりゃそうだろ、つき合ってもないのに自分の想い人に下着など洗わせられるか。

「なに?まだ恥ずかしいとか思ってるの?」

「…………」

「竜児、私たちの関係は?」

「…家族です」

「そうでしょ、だから恥ずかしがることはないのよ」

実はもう一つ問題があった。
当初は兄であったはずの俺だったが、実は大河の方が誕生日が早く、実際は俺は弟である事実が発覚した。
事実を知った時は楽観したが事態はそうもしてられなくなった。


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