+×+

恋人になるつもりが一気に婚約者にまでなったな、俺って果報者?
それに大河はいつまでも俺の傍に居たいのか…

「竜児、ご飯こぼしてるよ」
「オォ!スマン」

「さっきから何をニヤニヤしてるの?」

「だってよう、大河が俺の嫁さんになるんだぞ。だから嬉しくてさぁ」

「……恥ずかしいよ」
「ゴメン。さぁ、飯も喰ったし片付けますか」

竜児がこんなに喜んでくれるなんて思いもしなかったなぁ、それに私のことずっと好きだったなんて。
普段と変わらないように装ってるけど、本当は私も顔がニヤケちゃいそうなのガマンしてるんだけどね。
やっぱり年上の私がしっかりしなくちゃねぇ。

「大河、タワシで食器は洗わない方が良いぞ」

「へっ?あぁ… ワザとだよ〜!」
「竜児がニヤケてばっかりだから確かめたの、よく気がついたね!」

「そうか。はい、スポンジ」
「…ありがとう」

家事のことになると竜児はシビアだな、もう。
いつか竜児より家事が出来るようになって、びっくりさせるんだから。

「これで終わりっと。今日は疲れたし、後はゆっくりしようぜ」

しばらく二人でテレビを見てるけど内容は頭に入ってこない、昨日まで無かったこのドキドキ感は何だろ?
それに竜児もなんだかソワソワしてるし、普段みたいに落ち着つけないな。

「大河」
「ハイ?!」

「俺さ… 大河を肌で感じてみたいと言うか、触れてみたいんだけど」

「〜!!!」ブンブン

こりゃ誤解させちまったな、声にならない声を上げて頭をブンブン振り始めたし。
夕方に大河を後ろから抱いた時、あんなに華奢で柔らかいとは思いもしなかった。
あの時は余裕がなかったから恋人になった今ゆっくりと大河を抱き締めたかったんだけどな。

「ダメ!ダメだよ!竜児。わたしクリスチャンだし、それに早すぎるよ。だからダメ!」

「違うんだ!大河を抱き締めたかったんだ、決していやらしい意味で言ったんじゃない… ゴメンな誤解するようなこと言って」

「……そうなんだ、びっくりした」
「言い方がマズかったな、ゴメン」

「それなら良いよ。ハイ、どうぞ」

大河は何の躊躇もなく俺の膝の上に…… でも向きが逆だぞ!
恋人になった初日から、彼氏の膝の上に向き合って乗るじゃない!それに顔が近すぎ!



「……大河、逆を向いてくれないか?」
「なんで?抱き締めたいんでしょ?」

「スマン、今日は後ろから抱き締めたい気分なんだ」
「そうなんだ。じゃあ、竜児を背もたれにしてテレビ見よっと」

無邪気なのは魅力のひとつなんだけどな… 困ったものだ。

「竜児!ぎゅーっとしても良いよ」
「本当か?ではお言葉に甘えて」

「なんかその言い方だといやらしいよぉ」
「ゴメン」

「う〜ん… これ良いかも!すごく落ち着くし」
「俺も凄い落ち着く…」

本当に良いなこれ、やっちゃんに抱きしめられるのとは別の良さがある。
これからは二人の時は、ずっと竜児の膝の上にしよう。

「でも、大河がクリスチャンなんて意外だな」
「そうかな?」

「だって、飯を喰う時は『いただきます』って言ってるじゃないか」

「っ?!アレは高須家の文化に合わせてるの!」
「そうなのか?」

「そうだよ、だって私は竜児のお嫁さんになるんだから」

「そうだったのか」

「そうだったんだよ」

楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、そろそろ大河を家に帰らせないとな。

「大河、そろそろ帰るか?」
「もう、そんな時間?」

「あぁ、もう帰る時間だ」
「……やっちゃんが帰るの待ってちゃダメかな?」
「何で?泰子が帰えってくるの待ってたら3時頃になるぞ」
「やっちゃんに報告したいんだ、竜児と恋人になれたって」

「確かに泰子は俺たちのこと心配してくれてたからな」
「だから良いでしょ?」

「ダメだ、誰かに誤解を与えるようなことはしたくない。万が一、誰かに知られて変な噂でもされたら嫌だろ?」
「でも…」

「大河の気持ちは凄く嬉しい、泰子のことを大事に想ってくれてるんだからな」
「でもルールは守らないとな、普通は高校生のカップルが恋人の家に泊まったりしないだろ?」

「そうなの?」
「そうなんだ。だから今日は帰ろう、送って行くから」

「…わかった」



大河の機嫌をすっかり損ねてしまったな、今も玄関で力無く靴を履いてるし。
でも俺には間違いを起こさないとゆう自信も無いんだ… ゴメンな、大河。

「なぁ大河、機嫌を直してくれよ」
「…別に悪くないよ」

「そうだ!明日の弁当は大河の好き物を作るからさ」
「……私はそんな安い女じゃないわよ」

……アナタ、誰ですか?
普段の態度と全然違うじゃないか!それが本当の大河なのか?今更、猫被ってましたはないだろ…

「竜児? りゅーじ!」

「…………」
「びっくりした?ちょっと大人の女を演じてみたんだけど、どうだった?」
「……びっくりした」

「そうか… 私もやれば出来るんだねぇ」

「…もう、やめてくれ。何でも言うこと聞くから」
「じゃあねぇ… 私をオンブして家まで送って!」
「分かりました」

膝の上も良いけど、これもなかなか… 次に竜児が何かしたら、お姫様抱っこをお願いしよう。

「竜児、明日からは朝も一緒に行こうよ」

「そうだな、明日からは行きも帰りも一緒だ」

「うん!ず〜っと一緒」

「しかし、大河は軽いな。もっと栄養を摂らせないとな」

「えぇ〜 今の竜児が作る料理で十分だよぉ。竜児が作ると何でも美味しくなっちゃうから」

「なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「ヨイショ!っと、家に着いたぞ」

「ありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」

さぁ、大河との甘い時間は終りだ。
次は現実を見る時間。櫛枝に謝らないとな、それにクラスのみんなにも。
派手に騒ぎを起こしたし、教室の中は滅茶苦茶になったしな。
やっぱり朝一に謝らないとな、ホームルームの前ならみんな揃ってるだろ。



  +×+×+×+

今朝はいつもより1時間も早く目が覚めた、たぶん原因は竜児。
朝は苦手な私が、目覚めと共にベットから出るなんて普段からは考えられない。
これが噂で聞いた恋の魔法か…
せっかく早く目が覚めたんだしシャワーを浴びて髪もしっかりブローしよう、愛しの竜児の為に!

張りきった割には時間も掛からずアッサリと準備も終わってしまったなぁ。

「…することもないし、竜児の家に行こう」

女の子として準備がアッサリ終わるのも問題だよねぇ… 今度はやっちゃんにメイクのやり方でも聞いてみよ。
なんて考えながらマンションを出ると、既に竜児はお弁当を片手に待っていた。

「りゅ〜じ!おはよう。待ってられなかったの?仕方ないなぁ〜」

「…おはよう、大河」

おかしい… 私だけが喜んでるみたい?これじゃ散歩に連れられて行かれるワンちゃんじゃないの!
でも元気ないな竜児、どうしたんだろ。

「元気ないね、どうしたの?」
「理由は歩きながら話すよ、とりあえず学校に行こう」

顔色も悪いし、あんまり寝てないのかな?昨日は帰るまで元気だったのに…

「昨日さ、櫛枝を怒らせちまってな。それでクラスのみんなにも迷惑をかけたんだ」

「えっ?!」
「俺ってさ、あんまりみんなに良く思われてないだろ。だから何て謝ろうと考えてたら、あんまり眠れなかったんだ」

「そんなことない!私が好きになった竜児がみんなに嫌われてるはずない!」

「それは大河がいつも一緒に居て、俺を知ってるからだろ?」
「でもな、世間ではやっぱり見た目で判断する人間の方が多いだよ」

「そんなの間違ってる!自分でそんなこと思ってたら、誰も竜児に近づくことできないよ」

「頭では分かってるんだ… でもな『行こう!』

「竜児!学校に行こうよ!そしてみんなに謝ろう!私も一緒に謝るから」

「大河が謝ることはないだろ」

「そんなこと言わないで!!ずっと一緒って、言ってくれたじゃない」

「でもな…」
「ホラ、行こう!みんなに謝る時間なくなっちゃうよ」

私が伝えるんだ、そんな人ばっかりじゃないって。
それに今まで私が助けてもらってばかりだったし、今度は私が竜児を支えるよ。



「竜児!時間なくなっちゃう、あと10分でホームルームが始まっちゃうよ」
「ちょっとだけ待ってくれ、落ち着くから」

もぅ!急かすつもりはないけど、さっきから『喉が乾いた』とか『トイレ』とか言って、ちっとも教室に入らないで。

「大河はとりあえず何も言わないでくれ、俺が話すから」
「もう!分かったから、本当に時間なくなっちゃうよ!」

「ヨシ!行こう。まずは櫛枝から謝る」

教室の扉を開けると一斉に視線が突き刺さる。ちょっと待っててくれ、みんなには後で必ず謝罪するから。

「おはよう、櫛枝……」

返事は無し、振り向いてもくれないか。

「櫛枝、昨日は不愉快な思いをさせて本当にすまなかった」

「…………だから?何なの」
「本当に櫛枝には悪いことをしたと思ってる。これが櫛枝への謝罪のつもりだ」

言葉で駄目なら行動で示せ。土下座で櫛枝の気を晴すことが出来るのかは分からない、でも可能性があるなら何だってやるさ。

「やめとけ、高須!」
「止めるな北村!俺の謝罪の気持ちを見せたいんだ」

「駄目だ!高須。それに櫛枝も許してやれ、昨日は高須と逢坂を見て『本当に良かった』って泣いてたじゃないか」

「見てたのか?」
「スマン、つい気になってな」

「……高須君。殴ったトコ痛いでしょ?」
「全然、痛くない!大丈夫だ!櫛枝の方こそ、手は大丈夫か?」

「私は平気だよ、ありがとう。昨日は感情的になって殴ったりしてごめんなさい」
「櫛枝が謝ることはない、俺の方こそ本当にすまなかった。…許してくれるか、俺のこと」

「大河を取り戻して来たんだから、もちろんだよ」
「ありがとう!みのりん」

大河を力いっぱい胸に抱き締める櫛枝を見たらホッとした、次はクラスのみんなだ。
間が良いのか悪いのか、みんなはこちらを見てる謝るなら今だ。

「昨日はみんなに迷惑を掛けてすみませんでした」

……また反応はないか。でも伝えたいんだ、みんなに俺の気持ちを。
そして臆病だった自分を終わりにして、大河と一緒に新しい一歩を踏み出したい。
だからみんなに伝わるまで何度でも繰り返すさ。

「反省してます、これからはクラスに迷惑を掛けるようなことはしません。本当にすみませんでした」



『そんなことより、他にあるだろ!』

話したことも無い男子が静まる教室に響く程の声を上げた、顔をニヤケさせて俺を見てる。
そうゆうことか…

「言葉だけで駄目なら土下座する」
「それで気に入らないなら他に何をして良い。例えば放課後の掃除を1人でするとか、あとは…」

『ちょっと待て!違うぞ高須!そうじゃなくて、他にみんなに言うことあるんじゃないか?』

他にと言われてもな…

『それに掃除するって、それじゃ高須君の趣味じゃない』

また一人女子の声が、するとそれを皮切りにクラスがざわめき始めた。

『だよねぇ、高須君は掃除が好きだもね』

また一人、また一人と声は増すばかり。
でも、何で俺が掃除好きって知ってるんだ?

「まだ分からないの?」

声がする方へ振り向くと、香椎が物知り顔で微笑んでいる。

「本当に昔から鈍感だよね、ちっとも成長してない」
「悪かったな、分かるなら説明してくれよ」

「そんなに怒らないで、ちゃんと説明するから。それに高須君、いま謝ってる最中なんでしょ」
「スマン」

「みんなは心配してたんだよ」

「心配って… 俺のことをか?」
「正確には高須君と逢坂さんのことをね」

『ハラハラしたよね』
『そうだよ、あんなに仲が良いのに高須君はちっとも告白しないしね』

『本当だよ、他の男に逢坂を持ってかれたらブン殴ってやろうかと思ったよ』

「みんなは見守ってたんだよ」
「高須君は不器用だから、周りが騒ぐと逢坂に告白できないでしょ?だから、自然とみんなは2人に何も言わないで見守ってたの」
「不思議に思わなかった?2人が一緒に居ても茶化す人なんてクラスに居なかったでしょ?」

「確かに居なかった。…俺はてっきり、みんなに怖がられてると思ってたのに」

『そんなことないよねぇ』
『そうだよ、高須君の逢坂さんへの接し方を見てたらね』
『いつも大切な物を扱うみたいに大事にしてさ』

『あんなの見せられたら、噂なんてぶっ飛んじゃうよ。ヤンキー高須?誰よそれ?って感じなるよね』

みんなは俺を避けてたんじゃないのか… 誤解や先入観に捕らわれてたのは俺の方だったんだ、みんなには悪いことしてたな。

「ねっ!私の言った通りだったでしょ」

「あぁ、大河の言う通りだった」



『高須!いい加減に話せよ、逢坂とはどうなったんだ』
「えっと、俺と大河は…」
「私たち婚約しました!!」

『えぇ〜!!!』

教室中がざわめきから叫びに替わっちまったよ、これはマズいんじゃないか?

「大河!つきあうとか恋人になったで良かったんじゃないか?何であんなことを言うんだ」

「だって、みんなに教えたかったんだもん。それにウソじゃないよ」

「まぁまぁ、みんな落ち着け」

こんな時に頼りになる男ナンバー1、北村の制止で若干教室は落ち着きを取り戻した。

「高須、今のは本当か?」
「ウソじゃないよ、ホントだよ。ねぇ竜児」

「……本当だ」
『ウォー!』『キャ〜!!』
『マジかよ!流石は高須』

どうすんだよ、コレ… それに『流石は高須』って何だよ、やっぱり俺のこと誤解してるだろ! 

「ダメだよ竜児、こんな嬉しい時にそんな難しい顔したら」
「スマン」
「でも本当は嬉しいんでしょ?」
「当然だろ」

クラスの雰囲気に自然と笑顔になってしまう。全ては俺の考え過ぎ、誤解だったんだ。
学校でこんなに嬉しく思えることなんて初めてだ。このクラスのみんなに出会えて良かった、ありがとう。

「よーし!みんな、めでたいことだ!2人にお祝いの言葉を贈ろう!」

北村君の声でみんなが立ち上がり、みのりんと香椎さんに先導されて2人でゆっくりと教壇へと進む。
こんな風に竜児に手を引いて貰うと結婚式みたいだなぁ、まるでヴァージンロードを歩いてるみたい。
でもヴァージンロードはお父さんに手を引いて貰うんだったかな?
まぁ、どっちでも良いか。
だって、今が最高に幸せなんだから!

「ヨーシ!みんな準備は良いな!」
 《オォー!》
「それじゃいくぞー!!せーの!」


『おめでとう!!!』


―おしまい





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