「ロミオとジュリエットって素敵よね」
 何に影響をうけたのか知らないが、大河が急にそんな事を言い出した。
「そうか?あれって確か悲劇だろ?」
「大きな障害にも負けずに惹かれあう運命の恋人……なんてロマンチック!」
 聞いちゃいねえし。いつものことだが。
「そう、私は窓を開けて階下の茂みに問いかけるの……『ああ北村君、あなたはなぜ北村君なの?』」
 ふわふわコットンを翻しながら立ち上がり、なにやらポーズなどを取る大河。
「いや、基本設定が違いすぎるだろ、北村とロミオじゃ」
「うるさいわね。文句ばっかり言ってないでほら、そこに跪いて続けなさいよ」
「俺が北村役かよ!」
 しかたがねえ、ちょっと付き合ってやるか。
「そうだな、北村なら……
 『ふむ、残念ながら北村という名字のルーツは知らないが、祐作の祐は「助ける」という意味だ。
 両親は俺に「人を助けられる人間になれ」との願いを込めてこの名前をつけたらしい』」
「ふんっ!」
 大河のローキックが炸裂。
「痛っ!今のはマジで痛かったぞ!」
「ま・じ・め・に・やりなさいよ。次ふざけたら……」
「あーもう、わかったよ。えーと、確か……
 『もし逢坂が、北村という名前が気に入らないのなら、もう僕は北村ではない、
 恋人とでも何とでも好きなように呼んでくれ』」
「……大根」
「うるせえ、俺に演技力を期待するな」
「もういいわ。なんか白けちゃったし、今日はもう帰る」
「おう、帰れ帰れ……気をつけてな」

「俺ももう寝るか」
 カップを片付けてざっと掃除をすまし、自分の部屋に戻って布団にもぐる……直前に大河からメール。
『窓を開けなさい』
「何だよ一体……」
 言われた通りにすると、大河も窓を開けてさっきと同じようなポーズを取り、
「ああ竜児、あなたはなぜ竜児なの?」
「そりゃもちろん、虎と……大河と並び立つためだ」
「……」
 なんか無表情でこちらを見つめる大河。そのまま無言で窓とカーテンを閉める。
「おい、せめてなんかリアクションしてくれよ!このままじゃ俺が馬鹿みてえじゃねえか!」

「まったくあの駄犬は……」
 竜児の喚きを窓越しに聞きながら、しかし大河の表情には次第に笑みが浮かんでくる。
「でもまあ、悪くないかもね」


 高須竜児と逢坂大河。
 二人が互いの『運命の恋人』を知るのは、まだもう暫らく後の話。






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