――――え?


「………………が……さん……」

「…………た……が……さん……」


――――何? なんて言ったの?


「……す……たいが……さん?」


「高須大河さん? 大河さん? 聞いてますか?」


世界に音が戻ってくる。声が聞こえてくる。何か呼ばれてるわね……
誰? このハゲオヤジは……あっ、そうだ先生だ。

「はっ、はい! 聞いてます。ご、ごめんなさい……」
「いいえ、大丈夫ですよ。よくあることですからね」

先生は今なんて言ったんだろう?

「おめでとうございます」
「――っ!? はい……あの、それって……?」

「ご懐妊です。といっても、まだ着床してそれほど経っていませんが」
「…………はい。…………ええと……つまり……」
「検査の結果、あなたは妊娠しています。あなたはもう母親ですよ。おめでとうございます」
「あっ! ありがとうございます!!」

……竜児っ!? りゅうじいいいっ! できたよ! やっぱりできてたよ!!
そりゃそうよね。2ヵ月も来なかったんだし、市販の検査薬も信頼性あるし……


「これからは色々と気を付けて生活をして下さいね。妊娠初期は不安定なので……」
「へっ!? 不安定……って、どういうことですか?」
「安定期と呼ばれる5ヶ月目に入るまでは、割と流産しやすいんです」
「そ、そうなんですか……?」
「はい。といっても、それほど珍しい事でもありません。ただ、やはり落ち着いた生活が大事です」
「はぁ……」

不安定って……どのくらい不安定なのかな?……怖いよね、それって…… 
大変!! 竜児、私ってドジじゃない? やばいじゃない? 絶対……絶対ドジ出来ないわ!

「食生活もバランスを心がけて下さい。偏食はお腹の子に影響が出ますので」
「はい……」

お腹の子…………だって。 ねぇ竜児……私が……私がママになっちゃったよ。

「かなり初期の段階ですので、つわりはまだでしょうが、それでも激しい運動などは控えて下さいね」
「はい……」

うわー信じられない! どうしよう? どうしよう竜児!? あぁもう、何か混乱してきた!




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ありがとうございましたーお大事にー」

何かボンヤリしたまま、会計を済ませて書類をもらった。
まだ日差しが高い。午後一で受診したからまだ2時くらいかな?
産婦人科から出て、バス停の近くでまたボンヤリしてる私。

空を仰いで「はあぁぁー」ってため息。
ちょっと落ち着かないと……フラフラしたまま帰れないよね……

そうだ、竜児。……竜児に教えないと。
あっ、でもまだ仕事だもんね。電話鳴らしたら困るだろうし……
メールかな……すぐ気付いてくれるかな?……すぐ返事くれるかな?

…………ねぇ、竜児。何かすごく声が聞きたいよ。

携帯のメール画面を開いてみたけど、また途方に暮れてしまう。
なんて書こう? できたよ! は変よね……竜児には内緒にしてたんだし……
電話ちょうだい。がいいかな? でも電話掛かってきたら、その後なんて言ったらいいんだろう?


「あらあら、あなた大丈夫?」
「ふえっ!?」

なに? だれ?
思わずビクっとして声がした方を振り向くと、少し先におばあさんがいた。
綺麗な白髪で小さな丸い眼鏡を掛けてる、すごく穏やかそうなおばあさん。

「あなたさっきからそこで固まってたわよ? そこは出口だから危ないわ」
「あっ……すみません」

そのおばあさんに呼ばれたところはバスの待合所だろうか、ちょっとした屋根がある。
ててて。と小走りに走ろうとしてハッとする。いけない……転んじゃ大変だわね。





「あらあら、随分と慎重なのね」
「……はい。転んだら大変ですし……」
「あなた……おめでたかしら?」
「えっ!? 分かるんですか?」
「そりゃあもう。私はこのバス停を使って長いですもの。色んな妊婦さんを見てきたのよ?」
「そう、ですよね。 でも、私って妊婦に見えます?」

お腹が出てるんだろうか? いやまさか!?
産婦人科なんて色々な人が来るよね……何で分かったんだろう?

「ええ。あなたすごく幸せそうな顔してるもの。そんな顔してる人は間違いなく妊婦さんね」
「……え…………っと……」
「あらあら、ごめんなさいね。そんなに顔を真っ赤にしちゃって、からかいすぎたかしら?」
「い……いえ……そっそんな……ここことは…………」

そっか。幸せそうなのか、私は。
……だってよ、竜児? ふふ、あんたもすぐに気付くかな?

「もしかして……旦那さんに報告しようとしてるのかしら?」
「はっ、はい! そそっその、あの……いま、検査してもらって……それで……」
「電話なんかで教えちゃったらもったいないわよ。あなた?」
「……へ?」
「ちゃんと目の前で言わなきゃあ。大事な事ですものね」
「は……い……そう、ですよね……」
「うんうん。……あっ、そうだ、あなたにいい事を教えてあげるわ」
「??」

「赤ん坊が出来たって知った時の男の人の反応って、とても面白いのよ?」
「面白い……?」
「そうよ。あなたと……その子がどれだけ愛されてるか、見てるとよーく分かるわよ?」
「そっそっ、そんなっ……ああぁ、あ、愛されてるだなんて、そんな……」
「あらあらあら。あなた本当に大丈夫? そんなに血が上っちゃって」
「………………」

竜児……ねぇ竜児。あんたはどんな顔で喜んでくれるのかな?
きっとビックリするよね。今日、私が病院行ってたって事も知らないもんね。

「胸を張って伝えるのがいいわ。……って、ちょっとおせっかいすぎたわね。ごめんなさい」
「いえっ! そんな……ことないです」

そんな話をしてたらバスが来た。
知らない人とこんなに話したのは久しぶりな気がする……でも悪くない。
今の私の気持ちとか、きっと分かってくれてるんだと思うし……

私はバスは使わないって言って、そのおばあさんと別れた。
また会いたいかも。会えるかな? 会えるよね、よくここを使うって言ってたし。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




梅雨の合間の晴れ間とはいえ、結構強い日差しが降り注いでくる。
誰もいなくなったバス停の椅子に腰掛けて脚をブラブラさせながら考える。

大事な事……かぁ。そうだよね、2人の子供だもんね。そりゃ、一大事だわ……
ワンピースの上からお腹を撫でてみる。なんか不思議……なんて言ったらいいんだろう……?



……あ、お買い物行かないとね。晩御飯を作らないと。
勢いを付けてピョンと椅子から降りる。そしてまた気付く。あぁ……こういうのもダメなのかな?
取りあえず転ばないように気を付けないと。そんな思いでゆっくり歩を進める。

道の端っこでゆっくりゆっくり、踏みしめるように歩く。
……どうやって竜児に伝えようかな……喜んでくれる……よね?
携帯を開いて、竜児の番号に合わせて…………しばらく眺めてから閉じた。

さっきのおばあさんも言ってたし、ちゃんと目の前で伝えないとね。
ふふふ。私が見たこともないような変な顔とかしちゃうのかな? なんて言ってくれるのかな?
一人でくすくすと笑う私。なんか……なんか楽しみになってきたなー!

せっかくだからドラマティックに言わせてもらうわよ、竜児っ!
こう……出来るだけセンセーショナルに! そんでもって、とびきりハートフルにっ!
スキップしそうになる両足を抑えて、ニコニコ顔の私……周りに人が少ないからいいよね?



……そうだ。
駅ビルなら色々テナントがあるから、何か演出してくれそうな物は無いかな?
スーパーは家の近くので問題ないし……そっち行ってみよーっと。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



うーん。と店舗案内図の前で悩む私。
基本的に店の数も多くないから、これを見てる人はほとんどいない。
ま、ちょっと歩きながら考えようかな……ここに来るのも久しぶりだし。



ケーキ屋の前に来た。
イチゴショートの5号でも買っておいて、食後に出して…………

「おう? 何だこのケーキは? 今日は何かおめでたい事でもあったのか?」
「そうよっ、竜児! おめでたなの!」
「ナ、ナンダッテー!?」
ガバッ! おぉ大河っ! あぁ竜児っ!――――――

うーーーーーーん。ベッタベタだわね……さすがにこれは……
もう少し感動的なのがいいわね……どうせならね……



ベビー用品店の前に来た。
でも何を買おう……?
粉ミルク?哺乳瓶?ガラガラ?それとも乳絞り器!?……無い無い。さすがに無いわね…………

「今日のメシも旨かったぞ、ごっそさん。……あれ? 何だこの哺乳瓶は……?」
「りゅ、竜児………あああのあのあの…それは、ね……わ、私ね………」
「も、もしかして!? 大河!」
「そうなの…………あの、できた……の、赤ちゃん……」
ガバッ! おぉ大河っ! あぁ竜児っ!――――――

にへらぁ。って顔を赤くしてたら店員にガン見されてた……恥ずかしすぎる……
悪くは、ないけど……まだ使わないのにMOTTAINAIとか文句を言われそうな気がする。



おもちゃ売り場に来た。
しまった。赤ちゃんに連想付けられるものはあんまり無いんじゃないかしら?
あ……このビニールの黄色いアヒル……それか、このキャラクターものの可愛いやつ。
これをお風呂に浮かべておいて…………

「ふー。今日もいい湯加減だな、大河。……ん? 何だこのアヒルちゃんは?」
「あ、竜児。それは……ね。……それを喜んでくれる人が……もうすぐお家にやってくるの……」
「!? そ、それってまさか?」
「う…………うん。できちゃ……」
ガバッ! おぉ大河っ! あぁ竜児っ!――――――

……ハッ! アヒルを握り締めてポーっとしてたら万引きGメンがこっちを伺ってるわ……
うーん。うーーーーん。……今ひとつ、何かが足りないわね……何なのかしらね?




マタニティショップの前に来た。
これって……妊婦さんが着る服よね? 確かにゆったり目で特徴的なの……かな?

「ねぇねぇ、竜児っ!」
「おう。新しい服か、大河? それも似合ってるぞ」
「へへへ……でしょ? ねぇ、これ見て何か気付かない?」
「おう? ゆったりしたワンピースっぽいな……色使いとフリルが少し地味目に見えるけど……」
「それだけ? 他に何かないわけ?」
「おおう? うーん…………ちょっと胸元がブカブカ過ぎやしないか?」
「ナ、ナンデスッテー!?!?」

――――だ、ダメだダメだ……こうなるに決まってる。
はぁ…………なかなかうまい事いかないわね……他に何かないかしら?……



もう一度おもちゃ売り場に来た。

「あの、すみません」
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「えっと………コウノトリのぬいぐるみってありますか?」
「はい?」
「いいいいい、いえっ! なななんでもないです! ごめんなさい!」

何なのよ私は!? そんなものあるわけないじゃない! 逃げるようにその場を立ち去る。



うーん。と店舗案内図の前で悩む私。
ダメだわ、私の想像力じゃこれ以上思い浮かばない……
時間も大分経っちゃったし、お買い物して帰らないとね。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇





お買い物を済ませた私は、またゆっくり道の端を歩いている。お年寄りみたい。
竜児になんて言おう? どうやって言おう? そんなことばっかり考えてると家に着いた。
ここはお互いの実家からそれほど離れていない……いわゆる新居ってやつね。

やっちゃんと一緒のあのアパートでも良かったんだけど、
『新婚さんの邪魔しちゃうのはねぇ〜☆』 とか何とか。
まぁ……一理あるけど、色んな意味で……

あのアパートと間取りはほとんど変わらないけど、台所とお風呂が広いのがいいよね。
あと、何と言っても2階の南東部屋どーん! お日様さんさんおはよーさんね!

すっかり遅くなっちゃった。と思いながら台所で晩御飯の支度を始めると、


ピルルルルル― ピルルルルル― 


……りゅうじだっ!! 慌ててリビングにある携帯に駆け寄る。


「もしもし?」
「おう、大河か?」
「大河か……って他の誰が出るのよ、あんたは……」

竜児だ……竜児だ……すごく声が聞きたかったの。すごく……すごくだよ?

「ははは。それもそうだなよな。特に変わりは無いか?」
「えっ!? あっ……うん。特に……何もない、よ?」

胸がチクリと痛む。
ごめん、ちゃんと言うからね、早く帰って来てね、りゅ……

「おう。それで悪いんだけどさ、今日はちょっと遅くなりそうなんだ」
「えっ…………」
「いつものアレだ。すまない大河。たぶん夜中になるだろうから、寝ててくれな?」
「う……ん。……しょうがないよ……お仕事だもんね。
 うん……うん、分かった。…………頑張ってね、竜児……」

ピッ―





今までだって何度かあったもんね。
何だかコンベンションだかプレゼンテーションだか……
大変なお仕事があって、そんな時だけは、竜児は遅くなる。

あーあ。なんだぁ……ちぇー
竜児が帰って来ないならコンビニでいいかな……何でもいいや、ご飯は。

せっかく声が聞けたのに、私の心は泥のように沈んでく。
ずぶずぶずぶ……ってこのまま畳の中に沈んじゃうみたい。

ついてない。……今日かぁ、よりによって今日かぁ……あーあ。
あ、食事は気を付けてって先生が言ってたな。
めんどくさいなぁ……なんて思いながら残り物で簡単に夕食を済ませた。


そこから先はよく覚えてない。
携帯は肌身離さず持ってたけど、私が寝るまで、それは鳴らなかった――




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「う……ん? ハッ! いけない、今何時? 竜児!?」

周りを見回しても。誰もいない。
あれ、竜児は? 帰って来なかったんだろうか?
半開きの目をこすりながらベットから降りてリビングへ。

あ、置き手紙だ、竜児……帰って来てたんだね。

『大河へ 
 今朝は早く出たので起こさなかった。
 でも、おはようのキスはしたぞ? 
 仕事が始まる前に電話出来たらするからな。
 それじゃ 竜児』

そっか。キス……したんだ。そう呟いて指先で唇に触れてみたり…… 
でもダメだよ、竜児。起こしてからキスしてくれないとさ……覚えてないもん、私。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




現在時刻は10:30
電話は来ない。
もう……竜児のうそつき!!
畳の上でゴロゴロしながら携帯をいじくる。何もする気が起きないな……
あぁもう……昨日は話せなかった……でもお仕事だもんね……しょうがないよね……


……そうだ。
なんて言って伝えればいいか、誰かに相談しようかな?……私だけじゃダメそうだし……
でも……誰に? うーん。そんなに知り合い多くないし、適切なアドバイスとか欲しいよね……


みのりんは……
きっと飛び上がって喜んでくれるだろうな。
伝えるのが楽しみな人のトップバッターよね。……あ、ごめん、竜児以外ではね。
でもなぁ……未だにソフト一筋だし、こういうのには疎いかもなぁ……うーん。うーん。


ばかちーは……
からかわれるかな? ふふふ。ばかちーは絶対何か言うに決まってる。
しかも、とびきり恥ずかしいやつだ。あぁ……ちょっと嫌かも。目に浮かぶわね……あの顔が。
ばかちーに伝えるのも楽しみだけど、何かしらのアドバイスもくれそうだけど、
変に気を利かせて竜児に知らせそうな……それは絶対ダメ! はい。ばかちー消えたー


そうすると、お義母さんは……やっちゃんは……
経験者だし……何より家族。……そう、家族だもんね。あぁ……でもダメだ。
私との電話を切った瞬間、確実に竜児に電話しちゃうわ。これはもう絶対だろう。
『りゅ〜ちゃ〜ん。おめでと〜きゃ〜☆』
間違いない。……ごめんね、やっちゃん。竜児の次に教えるね。


ママは……やっぱりママしかいないよね? 口止めすれば言わないでくれるし。
そっか。ママはおばあちゃんになっちゃうのか、あはは……ショックかな?
よし、ママに電話しよっと。おっこらせー! と起き上がって通話ボタン。

トゥルルルルル― トゥルルルルル― ガチャ―

「あっ、ママ?」
『お掛けになった電話は、ただいま電波が入らない場所か電源が入っていない』

ピッ―

そうだった。ママも仕事か。これじゃ相談できないな……


あれ、部屋が暗いな……カーテン開けてるのに……雨か。リモコンはどこだっけ?
天井に張り付くタイプの照明だから天井が広くていいけど、リモコンは失敗だったわね。

あ、竜児がお風呂使ったかな? どっちにしろ洗っておこうっと。
梅雨だしねー、カビとか見付けたらもう大変だしねー、竜児が。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




ゴシゴシキュッキュと洗いながらボンヤリと考え込む。
このお風呂はお気に入り。湯船も洗い場も2人一緒で使っても問題ない。
なんたって、洗い場の椅子が2つあるものね、夫婦椅子だって……恥ずかしい……

はぁ……竜児……早く会いたいなぁ……電話来ないなぁ……
3人になったらどうなるのかしら? 私が湯船で……竜児と、この子が洗い場みたいな感じ?
あぁ! なんかうっとりしちゃうわね、それって……なんかいいわね……

でも、そうすると2人でこう……お風呂で、その……いちゃいちゃ出来ないじゃない?
それはそれで寂しいわよね、せっかく広いお風呂の部屋を借りてるわけだし。
2人で洗いっこしてると……ほとんどそれだけじゃ済まないもん。

……この間も……竜児、激しかったな……なんてことを思い出す。
でへへへ。とよだれが出そうになる……いけない。そんな……昼間っからなんて事を……



でも、1つだけこのアパートに不満というか文句が……ね。
アパートっていうか、1階の住人がね……ちょっと困るのよね……

……せっかく2人でお風呂を楽しんでるってのに、下の階からでっかい音楽が聞こえてくるのよね。
まーほとんどは? お風呂で致しちゃいましたー☆ の後、なんだけどね……大体デカイのよ音量が!
ロックだか何だか知らないけど、夜も更けてんのに耳障りな音立てるんじゃないっての!

あーなんかムカついて来たわ。
壁にある換気扇を睨み付ける。

……あそこよね、あそこからよーく聞こえてくるのよね。
だから、私と竜児はのんびりしてられなくなって、お風呂を出てリビングに行くんだけどさ……
そのリビングですら、お風呂場と変わらないくらいうるさいんだもん、やんなっちゃう!

私と同じ年くらいで、社会人になりたてです。みたいな地味そうな女の子だったけど。
ったく……せっかく愛想よく挨拶してやったってのに、あの女……微妙な顔しくさってからに!
何だってのよ!? 世間話でもと思ったら怪訝な顔をしながらそそくさと立ち去るし!

……あのギャンギャンうるさい音を思い出すだけで腹立つわねぇ……ほんっとに!
いっそ殴りこんでやろうかしら? これはクレームものよね!?
そう……そして私と竜児の静かな生活を取り戻すのよ! そうよ、2人に甘い事後を!!

いやいや……待って。落ち着こう私。いくらムカつくとは言え、最初は冷静に話し合わないとね。
例えば……そうね……こんな風に…………




「冷静に、冷静によ、私……」
トントン! ピンポーン―

「……遅いわねぇ。……ったく、うるさいのよ音が、チャイムも聞こえないの?」
ドンドンドン! ピンポーン― ピンポーン― 

イライライライラ…………ブチッ! 

「人がせっかく冷静に話してやろうってのにいい度胸じゃないのよ!?」
ピピピピピピピピピピピピピピピピンポーン―

ガチャ――

「はっ、はい? どちらさ……」
「あんたあああああああああっ!?」
「きゃー!!!」
「あんたね! もう今日という今日は我慢がならないわっ!」
「ええ……と?」
「何なのよあんたはっ!? いつもいつも! こんな夜中に近所迷惑でしょ!?」
「はぁ……あ、上の階の人ですね?」

「ロックだか何だか知らないけどね! いい加減にして欲しいの! うるさくて寝れないのよ!」
「はぁ……」
「まずね! あの重低音が響くのよ! んっもう部屋ん中いっっぱいに響くの! 
 ズンズン! ズシズシ! ズンズン! ズシズシ! ってね! あんたに分かる!?」
「まぁ……」
「リズミカルにね、部屋が振動するわけ! そりゃーあんたはノリノリに乗ってるからいいわよね?
 でも、無理やり聞かされてるこっちとしちゃーたまらないのよっ!」
「ですよね……」

「それ以上にね! あのギターの音が耳障りで耳障りでしょうがないの! 
 んもうっ! ほんっとうに! 本当に耳に残っちゃうのよっ! ええっ!?」
「はぁ……」
「ギュアアン! ギュアアアアン! ギュアンギュアン! ギュアアアアアアン! ってね!
 分かる? あんたに分かる!? 夜中にあんな音聞かされてる身にもなってよね!?」
「えっと……」
「何なのよあれはっ!? 耳を塞いでも聞こえてくるし、超音波でも発してるのかと思うわよっ!!」
「まったくですよね……」

「はあ……はあ……はあ…………ったく、本当に分かったの、あんた? 
 あんたがいかに隣人に迷惑を掛けてるかってのが? 夜は静かに過ごすものなのよ?」
「はぁ……」
「はあ? じゃないわよっ! まったく効き目が無いわね、あんた? 本当に理解してるのか怪しいわ」
「そうでしょうか……?」

「そうよっ! 分かったわ! そこまで言うなら、あんたのロックがいかにうるさいか!
 録音してでも! じっくりたっぷり! 忘れられなくなるまで聞かせてやるからね!?」
「あぁ、そういう手もありますね……」
「フン! 余裕ぶっこいてられるのも今のうちよ? 
 私がどんだけ! うるさい思いをしてるのか! じっくり聞かせて分からせてやるわっ!」
「そういうの……って、いいんですか……?」
「当たり前じゃない!? あーあ、お可哀想に! あんたはそれを聞いて土下座するのよ。
 うるさくしてごめんなさい。もうしません。ってね! 覚えてなさいよっ!」
「…………」

バタンッ!――




……ふ、ふふふ。完璧だわ!
あぁ、私って最高……どこにも逃げ場なんか与えてやらなかったわ。
これで、竜児との甘くて静かな生活が取り戻せるのね…………あぁ、竜児っ!
竜児と2人であの女の土下座を見に行くのがいいかしらねー?
ふふん。まぁ、2人の家の事だし、竜児に相談してからにしよう。

なんか気分良くなってきたな、お出かけしよっかな。

そうだ! いい事思い付いた! 本屋に行こう、そうしようー!



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




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