「どうしたんだ? そんな突っ伏して……わざわざ布団から出るなんて、いよいよ分からないぞ?」
「なんでも……ないの…………何でもない……」
こちらを見る竜児の顔がまともに見れない。身動きが出来ない。
そんなに暗い顔しないでよ……お願いだから……自分勝手なお願いだけど……
それでも、お願いだから、そんな目で私を見ないで……怖いよ……
「何かあったのか? それとも、何か俺に言えない事でもあるのか?」
「………………」
言いたいのよっ! もうずっと言いたくてたまらないの! でも……怖いの……
だから……もっとちゃんと言いたいの。普通に話してる時に言いたいの。楽しく笑ってる時に言いたいの。
こんな、こんなふうに……問い詰められるようにして言いたくないの……
「大河……おまえ、本当にどうしたんだ?」
俯いてしまった私の顔をのぞき込むように、竜児が私のすぐ横に片膝を付いた。
「だから……何でも……ないって言ってんでしょっ!」
「いいや、うそだね。おまえと何年一緒にいると思ってんだ? すぐ分かるんだよ、そんなの」
「………………」
「ひょっとしたら、何か……病気だったりするのか?」
「ううん……そんなことない……」
「……だったら……俺の事が……嫌いになったとかか?」
「ちっ、違う! 全然、嫌いとかじゃなくって、だから………ええと………」
「大体おまえに、その……断られた事なんかねえし……何かずっとおかしいし……」
「だっ! だから……ね……そんな、そんなことじゃなくって……」
「何だよ? だったら何だよ? わけ分かんねえよ!」
「それ……は………………」
こんなつまらない事でこれ以上竜児を傷付けちゃいけない……そう思うのに……
でも、こんな……叱られてるみたいな体勢で……こんな怒鳴りあって……言いたくないよ。
「大河、お願いだ」
肩を掴まれて竜児の方に向かされる。
竜児の瞳に……その強い光に引き寄せられるように目が離せない。
「聞かせてくれ。頼むから。もし俺が嫌だっていうなら、直せるところは直すから」
「嫌じゃない……よ、竜児……」
「何か……心配事とか悩みがあるなら、俺に相談してくれよ」
「……で、でも……それは……だって…………」
言いたいの……言いたいのよ。でも……でも怖いの……怖いんだもん!
「……あるよな? 俺が帰ってきてから、お前はずっと何か言いたそうにしてたもんな?」
「そんなこと……ない……それは…………違う……」
「またおまえは自分だけで抱え込んで、苦しんでるんじゃないのか?」
「ち、違うよ……ちがう…………そんなの違う!!!」
「大河、俺たちは夫婦だろう? 誓っただろう!?」
「――っ!」
私の指を、竜児の指先がぎゅっと握り締めた。そして指に感じる硬い感触……
それは――――あの病院を出てから一度も気に留めなかった左手のくすり指。
あまりに自然で、指と同化してるようで、意識する事がなかった大切な……大切な指輪。
「そっ……それは…………誓った。……うん…………誓った……」
「ああ、俺も誓った。だからおまえが何を言おうとも、俺はちゃんと全力で応えるから。な?」
「ずるい……あの時の誓いを持ち出してくるなんて……ずるい……ずるい……」
「ずるくたって何だって、おまえが泣いてるよりはマシだ!」
「な、泣いてないもん! 全然泣いてなんかない!!」
「泣いてるのと一緒だ。そんな顔して、どの口が泣いてないなんて言うんだ?」
「だって、全然悲しいことなんか無いもん! 泣くわけないでしょっ!」
「だったら言ってくれよ! 俺を信じろ!」
――!?……信じろ…………うん。信じてる…………信じてる……
「だ…………だか……ら…………」
「大河!!!」
「だからっ! わたし赤ちゃんが出来たのっ!!!!!」
言ったぁっっ――――!!!
心臓がぎゅっと縮まって、まるで止まってしまったみたいに苦しい。
まぶたが震えて閉じそうになるのを必死で抑える。
怖くてたまらない……けど……それでも目を逸らさない。
「………………えっ?」
竜児は「驚」の文字がそのまま貼り付いてしまったみたいに固まってる。
さっきの勢いで、そうかよっ! とか言われたら死んじゃう。そんなのいやだ……いやだよ、竜児。
「……ほ、ほんとう…………なのか?」
「こんなこと冗談で言わないわよっ! ずっと、ずっとずっとずううううっと言いたかったの!」
叩き付けるように叫んだ声が反響して、消えて、そのまま時間が止まったみたいに感じる。
竜児の瞳だけが私を見つめたまま、表情も何もかも固まったまま……動かない。
なんで……何でこんなふうになっちゃうの……
もっと、普通に言いたかったのに……何で、何で私たちっていつもこうなんだろうね……
大事な事を、静かに……穏やかに……迎えられた事なんかほとんど無くってさ……
「…………………………」
あああ、怖い……怖いよ、竜児。
うそでもいいから笑って! 喜んで! お願い!
おめでとうって言ってくれるよね? 嬉しいぞって言ってくれるよね?
ねぇ、竜児…………りゅうじっ!!!
「うおおおおおおおぉぉ!」
「きゃあああっ!?」
――――次の瞬間、私は空にいた。
竜児が私の脇の下を持って、勢いよく……ぐわあっと立ち上がった。
あっという間に畳が遠のいて。照明がまぶしくて。……私は……高い高い……されてる?
「やっったああああああああああぁぁ!」
――――え?
「たいがああぁ! やったなああああああぁぁ!」
釣りあがった目をまん丸にして……口もおっきく開いて……
「何だよ大河! 何だよ……もう! 心配させんじゃねえよ!」
「……だって…………だって、さ…………」
「すげえよ! すげえよ大河! すげえええええぇ!」
……こいつ……こんな顔で笑うんだ……
こんな……プレゼントをもらった小さな子供みたいに……笑うんだ……
「なに……よ。何かもっと……素敵な言葉とか言ってくれたっていいじゃないのよ……」
「ばっかおまえ! 言葉なんか出ねえよ!
何かもうさ……全然すごくって何言ったらいいか分からねえよ!!!」
……やったーってバカじゃん……バカよ……何よそれ……
どんだけ嬉しいのよ、あんた…………どんだけ……喜ん……でる……のよ…………
「……っ! りゅ……う……じっ…………」
涙がどんどん溢れて来る。こらえようとしても……止まらない、止まらないよ……竜児……
「おう! すげえよ! すげえよ、大河! おうおう、やったな! やったなぁ!」
……何を心配してたんだろうね……こんなに……こんなに喜んでくれたじゃない。ホント、私ってバカだ。
溢れた涙は瞳から零れて、私の頬すら濡らさずにポロポロと下に落ちていく。
「おう? 何だよ! 泣くなよ!」
「だって……だってええぇぇ…………っく……りゅうじいいぃぃ――っっ!!!」
顔をぐしゃぐしゃにして……赤ん坊みたいに……泣き喚いてしまう。
こみ上げる感情に身を任せるしかなくて、両の瞳が壊れてしまったみたいに、止めどなく涙が零れる。
……竜児がこんなに喜んでくれてよかった。こんなに喜ばせられる私でよかった。心からそう思う。
「りゅうじっ! りゅうじぃぃっ! うわあああぁん!」
「嬉しいじゃねえか! 最高じゃねえかよ! だから泣くんじゃねえよ、大河!」
大きな涙も、小さな涙も、ポロポロポロポロ、零れ落ちていく。
それは……優しい雨のように竜児に降り注いで……竜児の顔を濡らしていく。
「泣くなって! な? 泣きやめって、大河! ほーら!」
「う、わあっ!? やだっ! 揺らさないでよ、竜児っ!」
腕を曲げたり伸ばしたりして、本当に高い高いされてるみたい。
しかも、たいがー! たーいーがー! なんて言いながらその場でゆっくり回り始める竜児。
「もう! 変な声ださないでよっ! きゃー危ないっての!」
ポロポロ、ポロポロ、涙がどんどん落ちる。
次から次へ溢れて、それでも止まらなくって、竜児に揺らされて零れて落ちる。
くるくる、くるくる、竜児が回る。いつかのクリスマスみたい。
私が天井の照明を遮ってるから、竜児の顔に光が差したり、影が落ちたり。
さっきの公園みたいだな、なんて思う。
「やだぁ! そんなに回っちゃ危ないよ! だから、お腹に赤ちゃんがいるって言ってんでしょ!」
「おう! そうだったな! 男の子か?」
「まだ分からないって!」
「じゃあ……女の子か!?」
「だからっ! まだまだ分からないよ、そんなのはっ!」
「うわー! 楽しみだなー! どっちだろうなー?」
「そう……だね。うん。楽しみだね…………竜児。あははっ」
そんなことを言いながら、がに股でヘンテコな踊りを踊ってるみたいな竜児。
私はそんな竜児を見ながら泣き笑いみたいなヘンテコな顔してる。
ホント……カッコ悪い……私たち。
ステージは6畳のリビングで、スポットライトの代わりは天井の照明で……
ドレスもタキシードも無くって、ただのパジャマで、そんでもって2人ともヘンテコで……
でも……でも、こんなに楽しいならいいよね、こんなに嬉しいならいいよね、竜児っ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ……竜児」
「おう?」
「そろそろ……下ろしてよ……」
そう言って竜児に手を伸ばす。脇の下を支えられてるから竜児に届かない。
フラフラと宙を掴むように手を揺らしていると、ようやく、伸ばした腕を曲げていってくれる。
「おう、そうだな。ゆっくり下ろさないとな」
と言いながら、本当に本当にゆっくり腕を曲げていく竜児。
「そんなに……ゆっくりじゃなくても大丈夫だよ……」
「ダメだダメだ。ゆっくりに越したことはない」
梯子の上に乗った臆病な私を……怖がらせないように、大切に、ゆっくりゆっくり下ろしてくれてるみたい。
そうね……私は怖がりで……ずっと、ずっと一緒にいるのに……また心配かけちゃって……ごめんね。
何度、気付かされただろう……もう怖いことなんかない……おまえはもう1人じゃない。
――そう言って竜児は、何度もこの手を掴んでくれたよね。
私の伸ばした手が、指先がようやく竜児の頬に触れた。
「いっぱい、濡れちゃったね……」
「……そんなことは気にするな」
手の平で竜児の顔をいっぱいいっぱい撫でる。
そうしてる間にもどんどん竜児の顔が近付いてくる。
それでも、もどかしいくらいに、ゆっくりゆっくりと梯子を下ろしてく。
私はもっと早く下ろして欲しくて、
竜児にキスがしたくて、どうしてもしたくって、
イヤイヤをするように身体を動かして竜児を困らせた。
「ねぇ……ねぇ……りゅうじぃ…………りゅうじぃっ……」
「おう? 大河、たいがーたーいがー」
「ぷっ。何よ、変な呼び方しないでよっ」
「はははっ」
しがみ付くみたいに、竜児の首に手を回す。
おでことおでこがくっついた。
溢れてくる涙に思わず目を閉じる。
「ほら……竜児……幸せが降ってきたよ?」
「ああ、本当だな……本当に幸せだぞ、俺は」
「私も……幸せ……」
そうして、愛しい人の唇に、唇で触れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「………………」
名残惜しそうな唇同士が離れる、
「へ、へへ……しょっぱい……ね、竜児……」
「……全部、おまえんだ」
「うそ。竜児だって泣いてたでしょ?」
「なっ! 泣いて……ねえよ……」
「ほんとう?」
「っ…………泣いてねえ……」
「そういう事にしといてあげるわ……」
「うっせ……」
くすくす笑う私。竜児の顔が真っ赤で面白い。
「大河、降りるか?」
「やだ……このままがいい……」
すぐ目の前にある竜児の瞳を見つめる。すごくすごく近い。
お猿さんみたいに、両足を竜児の背中に巻き付けるようにして意思表示する。
「…………しゃあねえな」
って言って、リビングの電気を消して寝室に向かう竜児。
ベッドサイドライトは薄いオレンジのお気に入り。別荘にあったのと似てるかな。
「………………」
「そんなに……近くで見てんじゃねえよ、大河……」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「前が見えないだろう……ほら、危ない。って、だから俺の視線を塞ぐんじゃねえって」
「……だって、嬉しいんだもん。しょうがないじゃない」
「ったく……」
竜児はふっと優しくため息を付いて、私を抱えながらベッドの真ん中に胡坐をかく。
私はしがみ付いたままだから、そのまま女の子座りで竜児の上に乗っかる。
「なぁ、大河。……そう……遠い未来でもなかったんだな。もうすぐ……なんだな」
「なあに、それ?」
「おう、さっきさ、公園で言ったじゃねえか。子供が出来たら、みたいな事をさ」
「……ごめん。聞いてなかった」
「おいおい…………まぁ……何か変だったもんな、おまえ。何考えてたんだ?」
「んっと……もうね、ほんっとうに…………つまんない心配してたの。それだけよ」
「もう大丈夫なのか?」
「うん。もう……全然ね、心配なんかする事無かったんだって分かったの……」
「そっか」
「なんかね、いきなり考える事が増えちゃって、頭の中がぐるぐるーってなっちゃったの!
いきなりあなたは母親ですって言われて見なさいよ。もうね、どっひゃーって気持ちになるから!」
「ははは、そうだよな。……大河は……その、母親になるんだもんな……」
「そう……なんだけどね。何かまだ、よく分かんない。
この子が大切だって思うのはもちろんだけど、それ以外はまだ、正直よくわかんないや……」
そう言って苦笑いする。
竜児の言うように、そう遠くない未来のイメージばっかりたくさん浮かべててて、
夢見る少女みたいにはしゃいじゃってて、具体的な事なんか何も考えてなかった事に気付く。
「さすがに、俺も……いきなりで驚いたな。」
「何よ、冴えない顔して。竜児だってパパになるんだからしっかりしてよね?」
「お、おう。そうだな。そう……だけど。
なぁ、大河?…………パパになるって、どうすりゃいいんだろうな?」
「……えっ?」
「どうやったら俺は……父親になれるんだろうな?
気持ちっていうか、心構えっていうか、上手く言えねえけど……俺は、親もあんなだし、さ……
正直どうしたらいいか分からなくて……それでパパになれる……のかな?」
――いつかのファミレスで見た男性の顔が浮かんでくる。
そうよね……悲しい過去は消えないもんね。あんたも私もさ……
でも、いつか聞かせてもらった……あんな……悲しい未来なんか訪れない。
「…………バカね……そんなの簡単じゃない。
っていうか、もうあんたはね、しっかりパパになってるわよ?」
ちょっと伏し目がちの竜児の頬を、両手で挟んでこちらに向ける。
「もう……パパになってる?」
「そうよ……私のお腹にこの子がいるのを知って、生まれてくるのを知ってね、
それを喜んだ時から……もう、きっと、ちゃんと、竜児は立派なパパなんだよ……」
竜児はあんなに喜んでくれた、笑ってくれた、この子の事を望んでくれた。
だから……ここから続いていくのは、幸せの連鎖なんだよ……
「だから……大丈夫だよ、竜児……」
「……それだけで、いいのかな? そんなもんで、パパって言えるのか?」
「それは……そんなの私だって分からないわよ、自分だってまだ混乱してるっていうのに」
「……そうだよな。2人とも初めてのことだしな……言ってみれば、見習いパパに見習いママってやつか?」
「そうそう、そんな感じじゃない? だから、そうやってすぐに自信を無くすんじゃないわよ。
これから考えていけばいいのよ、さっきも言ったようにまだ時間はあるんだし……ね?」
「お、おうっ! そうだよな、頑張らないとな!」
「ふふふ。それにね、きっと竜児はいいパパになるよ。私ずっと考えてたもん……」
「そうか? どこらへんがだ?」
「……さっき言ってたじゃない。たくさん遊びに連れてってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだな。そうだった。3人で遊びに行ったら、きっとすげー楽しいぞ!」
「そう……だね、竜児…………絶対、楽しいよ。ねっ」
「公園、だったよな? 俺、毎日公園に連れてって一緒に遊ぶぜ?」
「あんたは仕事でしょうよ…………」
「おう……無理か…………そ、それなら毎週だ! 毎週どっか遊びに行こうな!」
「あっはは! そんなこと言っちゃっていいのー? 疲れたって言っても聞いてやんないわよ?」
「任せとけって! 手を引く子供が2人になったって大して変わらないだろ?」
「……って、ちょっとあんた……どういう意味よ?」
「そのまんまの意味じゃねえか」
「なんですってー!?」
「い、痛い! 痛いって大河、俺の上で暴れんなよ! おいコラ!」
「あんただってガキじゃないのよ、もう! 『どうしたらいいんだーたいがー!』 とか喚いてたくせに」
「ひでっ! そんなこと言ってねえだろう!?」
そんな事を言い合いながら、どつき合いながら……殴ってるのは私だけだけど……
なんだか楽しくなってきて笑いあう。心配そうだった竜児の顔もどこへやら、だ。
結局、こいつも……私も……まだまだガキだって事よね……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「たいへん…………竜児……」
「どうした?」
「私ね、今まで色んな事考えちゃっててさ、一番大事なこと……忘れてたみたい」
「大事な、こと?」
「私ね…………赤ちゃんが出来て……嬉しいの……」
「……ああ、そうだろうな」
「違うの。そんなもんじゃなくってね、竜児の……あんたの子供が出来て……すっっっごく嬉しいの!!!」
そう言って竜児に満面の笑みを向ける。
「お……おう。そんなにでっかい声で言われると……なんだ……照れるな……」
「あんたにどうやって伝えようかな、とか、喜んでくれるかな? とかね、
そんな事ばっかり考えてたら……忘れちゃってたんだね、きっと。自分で自分に驚いちゃった!」
「まぁ、おまえらしいって言うか……」
「ずっとね……竜児が竜児が竜児が、ってあんたの事しか考えてなかったの。
ううん。後はね、この子がこの子が、ってそんなことばっかり考えてた。
こんなの、私の感情はどこに置いてきたんだって感じよね……
あーもうやんなっちゃう! これじゃあんたにしっかりして、なんてとても言えないわ」
「そんなことねえさ……本当に……おまえらしいよ」
「そうなのかな? でも、でもね……」
お腹に手を当てると……まだあるはずないのに……鼓動のようなものを感じる。
ドクン、ドクンってそれが動いて、全身に血が巡る度に体温が上がっていくみたい。
「そういうのが終わって、落ち着いて、ふと気付いたらさ……こう……お腹が熱くって……
なんかね、なんかよく分かんないけど……ぶわーって嬉しさが込み上げて来たの。
ようやく実感できたっていうか……そんな感じ……なのかな?」
「何となく……だが、俺にも分かるぞ」
「竜児にも伝わればいいんだけどね……お腹の奥の方にね、ポワポワと光が灯ってるみたいで、
それが暖かくて……熱くて……そんで胸もすごく熱くって…………なんか……すごいんだ……」
「大河……」
「この子の事を、すごく大切にしてあげたいって思うの……すごく幸せにしてあげたいって……思う」
「おう」
「だから……ね……竜児……」
「ん、何だ?」
「竜児は……ううん。……竜児に、ね……この子のサンタさんにね……なって欲しいの……」
「ああ……もちろんだ」
「毎年、毎年ね……プレゼントを……渡して……くれる?」
「当たり前じゃねえか。ずっとずっと、俺はこの子のサンタであり続ける。だから心配するな」
「……うん。良かった………………良かったね……」
私にとっては、やっぱり特別なんだろうなって思う……だって、こんなに嬉しいんだもん。
……良かったね……きっと…………すごく楽しいクリスマスが待ってるからね……
「お、おい? 何だよ。また泣くんじゃねえだろうな? うるうるしてんぞ?」
「なっ、泣いてないわよ、ばばばかじゃないの!? あくびしただけよ、それだけよっ!」
「ほんっと、素直じゃねえよな、おまえは……」
「う、うるさいな……」
「それに、さ……大河?」
「何よ?」
「おまえのサンタでもあり続けるからな」
「……っ!」
「おまえと、この子のサンタだよ、俺は」
「い……いいわよ、私は……」
「ダメだ。大河が恥ずかしいって言っても止めてやんねえ。ずっと、ずっとだ」
「…………ばか……なんだから……」
そう言って、竜児の首に腕を回して軽く引き寄せるように背伸びをする。
「何だよ、いいじゃねえかよ。両手にプレゼントを抱えて帰ってくるパパなんて、いいよな、何かいいよな!」
「……………………」
私は黙ったまま、竜児の瞳を見つめながら、顔を寄せていく。
唇はゆるく半開きにしておいて、どんな衝撃も受け止められるように……って、全然ゆっくりだけど。
ゆっくりゆっくり顔を近付けて行って、でも……逃がさない自信はある。竜児は逃げられない。
「え? お、おいっ…………」
竜児は本当に私の接近に気付かなかったみたい。
ビックリした声を出したけど、そんなの聞こえなかったみたいに、そのまま竜児の唇を塞いだ。
胸がいっぱいになって……そうしたくなったから……そうした。
竜児の頭を抱きしめるようにして、そのまま体重を掛けてベッドに倒れこむ。
音もなく静かに倒れて、ほんの少しの衝撃はお互いの唇の柔らかさで受け止める。
「……………………」
ただ……唇を触れ合わせるだけ、それ以上先を求めないし、求められない。そんなキス。
竜児の唇の感触を感じて、その暖かさを感じて、吐息を感じて、ただそれだけのキス。
言葉なんかいらない。こうしていれば伝わるものがある……今は、私にも分かる。
「…………ちょっと……待て……」
そう言いながら、少しだけ唇が離れた隙に竜児が顔を横に向ける。
「……だめ…………」
囁くように声を出して、竜児の唇を追いかけて、もう一度唇を塞ぐ。
竜児は何か言いたそうに口を動かして、途中で諦めて、手探りで布団をめくったみたい。
もぞもぞ動いて、私の頭を支えて、ゆっくり身体を入れ替えながらベッドに寝かしてくれる。
少しまぶたを開けると目が合った。それを合図みたいにして微笑みながら腕の力を抜くと、
竜児も微笑むようにしながら唇を押し付けてくる。だから私はそれを受け止めるだけ。
ベッドの柔らかさと竜児の体温に包まれてるのが暖かくて心地よい。
竜児の手の平と唇に導かれるように、されるがままに、ゆらゆらと顔を動かしていると、
暖かな日差しの中で浮き輪を付けて波に揺られているような……そんな気分。
――そんなふうに、長い……とても長いキスが終わって、見つめ合う。
「竜児……途中で逃げた……」
「逃げてねえよ……ほら、身体を冷やしちゃ良くないだろ?」
「……そうだね…………でも……逃げたもん」
少し拗ねるように竜児を見上げる。
今までずっと緊張してたのかな? 今のキスで身体中から力が抜けたみたい。
「悪かった……って、よっと……」
そう言いながら私のすぐ横で頬杖を付く。
いつものように、空いた手で髪の毛を撫でようとする竜児に声を掛ける。
「……ねぇ、ちょっと手を貸して?」
そう……私の大好きな手の平を貸して、竜児。
この子にね、紹介してあげるから……
竜児の手を取って、私のお腹に当てる。その上から私の手を当てて、
「ここ……だよ? ここに……いるの」
「……おう」
「ねぇ、竜児。この時期の赤ちゃんってね……たいが……って言うんだって……」
そう言って傍らの竜児を見つめる。
「胎児の芽で胎芽……なるほどなぁって感心したんだ、わたし……」
「……初めて知ったな、それは」
「今はね、私と同じ名前なの。私と同じ命なのね」
「ああ」
「でもね、私の中で別の……もう1つの命になっていって、それで生まれてくるんだね」
「……そうだな」
「すごいよねぇ。何かもう、あんたじゃないけど、言葉が出ないっていうか……」
「俺も……そう思う。すげえな、本当に」
「でも……でもね、竜児?」
「おう?」
「今の……私のね、お腹の中には……竜児の命もいるんだよ?」
「そうだな……2人の命だな」
「……そう……だから、2人で……この子の名前を考えてあげようね」
「おうっ! パパとしての初仕事だな!」
「あはは。何よ、すっかりパパしてんじゃないのよ。さっきはあんなに不安そうだったのにね」
「……そういじめんなよな、大河。……つっても名前か、どうやって考えような?」
「私はね、1つね、これがいいんじゃないかなーってのがあるの」
「へぇ。どんな名前だ?」
「えっとね…………あ、やっぱりまだ内緒……」
「何だよ? 教えてくれよ」
「いーやーだっ。 ふふっ、竜児も1つ候補を考えてよ」
「ん?」
「それで、一緒に言いあいっこしよーよ、ねっ?」
「なるほど。そりゃいい考えだな」
「私はね、男の子の方を思い付いたんだ。
まぁ別にどっちでもいいんだけど……竜児は女の子の方を考えてくれる?」
「おう、いいぞ。でも、そんなすぐに思い浮かぶかどうか……」
「別にいつでもいいわよ? 焦らないでさ……ゆっくり決めていけばいいじゃない」
「それもそうだな……よし、それじゃ考えたら俺から言うからな」
「うん」
ふあああぁっと本物のあくびが出る。いつの間にか眠くなってたみたい……
「ね……」
「……おう」
いつものキス。お休みのキス。
もう反射的に眠りに落ちそうになっちゃうから不思議よね、これって……
竜児の手と私の手が重なるようにお腹に乗せられていて、それがとても暖かい。
これからも……こうして守っていくからね……なんて。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何度も、何度も、私の前髪を優しい風が通り過ぎているみたい。
でもそれは……少しだけ暖かくて、まだ半分眠ってる私にも分かる。
これは竜児の手。私の大好きな竜児の手の平。
ふっ、と目を開けると、やっぱり目の前には竜児。
何も言わないのに、優しい口付けをくれる。
「今な、おまえの顔をずっと見てて、1つ思い付いたんだ。女の子だった時の名前をさ……」
「何よ……ずっと見てるなんてずるいわね。私が先に起きた時は覚えておきなさいよ?」
「はいはい。……ったく、お前の寝顔はいまだに赤ん坊みたいだからな……
いろいろ浮かんできたぞ? 頭の中で考えてるより何倍も浮かんできた。
大河に似た子だったらどんな名前が似合うかなって思ってたらさ」
「ほんと、バカね……あんたは……」
なんて言いながら微笑みあう。とても穏やかな時間。
今日は晴れみたい。この部屋はちゃんとお日様の光が差し込んでくる。
その眩しさに目を細めながら起き上がって竜児と向かい合う。
「それじゃ、いっせーのっ! で言いましょうか?」
「そうだな。おまえはどんなのを考えたのか楽しみだ」
「……すぐに分かるわよ。……さ、準備はいい? 竜児」
「おう……いくぜ? 大河」
「 「 いっせーのっ! 」 」
――ふわふわとカーテンが揺れる。
少しだけ開いた窓の隙間から聞こえてくる。
それは、とても楽しそうな笑い声。
それは……2人分だろうか? それとも3人分?
【 - た い が - end - 】
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