[はじまり]


「ここ…なのか?」
手書きの地図に示された場所は、繁華街の喧噪から少し外れたところだった。
見たところ何の変哲もない、いわゆる場末のバー。

「どんな連中がいるか、分からないしな・・・」
扉の前で、中の様子を伺おうと耳をそばだてみるが、音楽がわずかに聞こえるだけで、
外からは人の気配を感じることはできない。

ネクタイを締め直し、スーツのボタンを1つだけ掛けてから、
高まる鼓動を抑えるように、竜児は小さく息を吸って吐き、木製の古びた扉を引いた。


==========


「たい…が…、だ」
気づいた瞬間、その名が口からこぼれた。

扉を開けてから、わずか5秒。
思っていたより広い店の奥、薄暗がりのカウンターの向こうに、見慣れた、そして、
決して忘れられない輪郭を目にして、竜児は息を呑んだ。

―やっと見つけた… ずっと、ずっと探し続けていた姿が、そこに―

客は少なく、低いジャズの音色にまぎれて、男たちが談笑する声がうっすらと聞こえる。
店員は若いバーテンが1人、所在なげにL字型のカウンターの手前に佇んでいる。
そしてカウンターの奥には、昔と変わらぬ豪奢な髪を持つ姿が、表情を陰に沈めて、
手元に視線を落としたまま、人形のようにじっと固まって立っていた。

竜児は、周りの様子に注意しながら、ゆっくりと店の奥へ進んでいった。

一歩、また一歩と近づき、その姿が大きくなるに連れて、気持ちがどんどん込み上げてきた。
それは、喜び、悲しみ、怒り、そして慈しみ。

―なんだよ、ちゃんと居るじゃねえか。またひとりで勝手に決めて、黙っていなくなりやがって、
 せめて、生きてることぐらい、知らせたっていいだろ? 
 でも…いる。あいつは生きて、本当にそこに居るんだ!

心の堰を越えて、気持ちが溢れだした。

「大河っ」
今度は、はっきりとその名を呼ぶ。

急に魂を吹き込まれたように、固まっていた人形が、はっと声が聞こえた方向に視線を向ける。
しかし、そのダークブラウンの大きな瞳に力は無く、かつて傲岸不遜の手乗りタイガーと
言われた、その鋭いまなざしは、どこか遠いところを見ているように、輝きを無くしていた。

今、聞こえた声も、空耳かまるで自分の妄想というように、首を振って払いのけるような仕草を
した時、ようやく、近づいてくる男の姿に気づいたようだった。




「だ、だれ…?」
薄暗い店内を、ゆっくりと近づいてくるスーツ姿の男に、みるみる怯えの表情が浮かんでくる。
しかし、カウンターのスタンドの光が男の顔に届いた時、忘れようも無い、いや、今も毎日のように
夢に見る三白眼と、そのまなじりにうっすらと浮かぶ光がはっきりと見えた。

「えっ? り、りゅ…う…じ? まさか? なんで?」

輝きを取り戻すと信じていた瞳は、何故かさらに深く沈み、伸ばした右手は、一瞬手首を掴んだだけで、
あっという間に振り払われた。そして「くっ…」っという一言と共に、かつての虎の動きを彷彿とさせる
身のこなしを見せ、大河は店の奥へと消えてゆく。

「おい、待てっ、大河! どうして逃げるんだ!!」
カウンターの横から店の奥に飛び込もうとしたが、大河に代わって飛び出してきた
マスターらしき人に阻まれ、揉み合いになる。振り払おうとしても思いのほか強い力で
両肩を掴まれ、身動きできない。

「おい、お前、誰だ! まさか連中の…」
「はなせぇ、俺はあいつを、あいつを掴まえなきゃいけないんだ!」
“ガチャーン!” 互いの体がカウンターにぶつかり、はずみで落ちたグラスが足元で飛散した。
同時に“バタン”と扉が閉まる音が、店の奥から聞こえてきた。

“ブブブブブ、ブブブブブ”

その時、スーツの内ポケットが振動し、竜児はハッと動きを止めた。
身体を振りほどいて、急いで取り出した携帯の液晶には、大河の親友の名前が浮かんでいた。


「高須君っ、遅れてごめん! あーみんが教えてくれた店の近くまで来たよ、大河は?」
「櫛枝っ、いいところに! 今、店の裏口から飛び出してった。そっちに行ったら捕まえてくれ!
黒のドレス、そう、高校のクリスマスパーティーの日に着ていたようなっ…」
「そっちって… っ、見つけた! 任せて高須君、必ず捕まえるから!」
「高校? クリスマス? キミは一体何者なんだ…?」

携帯で実乃梨の頼もしい声を聞きながら、今、右手でほんの一瞬掴んだ、大河の手首の細さ、
そして冷たさを思い出し、竜児は思わず、その指先をじっとみつめていた。

4年前のあの日、あんなに熱く、重なり合った手は、何故こんなに冷たく、遠くなってしまったんだろう…







[卒業式]


「みのりんっ!」
「大河ぁ、来るなら、先に教えてよ! てゆうか、そのセーラー服、すごく似合うよ可愛いいよ!
そそられるぜっ! ん? 高須君はどした? なんか鼻の頭、赤いよ?」

大橋高校 卒業式の日。
別れを惜しむ校門前から、突然駆け出した竜児の後を追って、元2?Cの面々が懐かしの教室に
次々と入ってきた。

「えぇっ? なんでタイガーがここにいるの?、で、たかっちゃんは、なんで赤くなってんの? 
もしかして、俺ら来る前にイチャイチ、、痛いっってぇよぉー 髪ひっぱるなよ、タイガー!」
「変わんないわね! このアホロンゲは!」

「いきなり駆け出して、どうしたんだい? 高須ぅ」
「あんたたち、うるさいよ、なに騒いでんの!」
「「って、タイガーだよ」」

「アラ、お二人さん、手なんかつないじゃって、ふーんそうなんだ。おしべとめし・・・って、
コラ、頭おさえんな!」
「あらぁ、あんたちょっとは変わったかと思ったら、ぜんぜん成長してないじゃない。
身長も、その性格も」
「うるさい、ばかちー! はっ、この教室だとつい昔の癖で、い、遺憾だわ。
は、春田君、能登君、木原さん、ご、ごめんなさい…」
「「「遅せーよ!!!」」」

「ところでタイガー、自分の卒業式はどうしたの? もう済んだの?」
最後に入ってきた奈々子が言った。

「ううん。今日だったんだけど、朝一番に自分の卒業証書だけかっぱらって、飛び出してきちゃった」
「また、お前はそんなことを」
「だっていいのよ! 向こうの友達も“そうしなっ”て行ってくれたし、ま、先生達は面食らってたけどね。
優等生が、突然“もらうもんはもらったから、さよならー”だから。
ま、謝恩会は2日後だし、まだむこうの友達とは会う機会があるからね」

「優等生? このクソチビとらが? 亜美ちゃん、信じらんね」
「ふんっっだ! その手には乗らないよ、まぁお嬢様学校だし、暴れるような相手もいなかったからね! 
私も変わったし!」

「「「「イヤ、ぜんぜん変わってないし!」」」」





「あ、でもみんなに真っ先にお礼を言わなきゃいけないって思ってたんだ。
星、見つけてくれて有難う! 写メ、すっごく嬉しかったよ!」

「逢坂、ほら、持ってきたぞ、星」
事態を予期していたかのように、寄り道をして遅れてきた北村が、手に持った箱をそっと大河に渡す。

「北村君、有難う! 留学決まったんだね、これであのバ、いや生徒会長に追いつけるんだ」
「いやぁ、追いつくなんてまだまだだよ、向こうはもう走り出して、ずっと先を行ってるからね。
同じ道をたどれるかも、まだ分からないし」
「北村君なら大丈夫だよ、もし道が違っても、いつかきっと同じステージに立てるよ」


そう言って、柔らかな笑顔を見せる大河を見ながら、麻耶が囁く。
「ね、奈々子、亜美ちゃん、なんか大河、変わってない?」
「そうね、あんなに穏やかな顔、1年前までは見たこと無かったね」
「………」
「亜美ちゃん、なんか感慨深げ」
「そ、そんなことないわよ! 奈々子、何言ってんの!!」
「あ、亜美ちゃんが照れてるー」
「ちょ、ちょっと待ってよ〜」


「お、ガールズは相変わらず元気だねぇ、ところで大河ぁ、今日の夜、高須君のお母さんの
お店でパーティやるんだぜ!、来るだろ?」
「うん、みのりん、竜児から聞いてる。今日はそのために来たの」
「ったく、ホントはそこでみんなへのサプライズにするつもりだったんだぜ、
それがいきなり学校に現れやがって」
「なによ、文句ある? 2年間過ごしたこの学校にお別れ言いに来て、何が悪いの?」
「悪いなんて言ってねーよ、びっくりしただけだ。よく帰ってきたな、大河」
「えっ…?」

「「「「「「お帰り! タイガー」」」」」」










[弁財天国]


卒業時の3年生クラスの謝恩会はそこそこに、夕暮れ時、元2-Cの仲間たちが次々と泰子が働く店、
弁財天国に集まってきた。勿論、独神こと恋ケ窪ゆりも、なんと泰子の両親、清児と園子まで
孫の晴れの卒業式のあと、店に立ち寄っていたのだった。


「やっぱ、ダイエット明けのタイガーが一番凄かったよな。キレつうか、気迫つうか、怨念? 
今、思い出しても寒気がする」
「うっさいわねー、いつまでも昔のことばかり蒸し返してるとハゲるわよ」
話題の中心はやはり大河だ。今は、どの大河が一番恐ろしかったか? がテーマだそうだ。

今日という日が卒業式だったからだろう、一緒に過ごせなかった、この1年の様子を聞くよりも、
最も楽しかった2-Cでの思い出話に花が咲いている。

「ところで逢坂さん、進路はどうなったの?、やっぱり、元担任としては気になってね」
「東京の私立大に進学します。竜児が行く大学は文学部がないから、一緒の大学には行けないけど、
これからは近くだし…」
「相変わらず、仲がいいのね。はぁ、やんなっちゃうわ、ホント。子供の写メとか送ってこないでよね!」

「いきなり子供はないんじゃない?」
「その前に、もう1ステップあるよ、ねー」
「あー、もう、うるさいうるさい、あんたたちの誰かが行き遅れて吠え面かくようなっても、
アドバイスなんかしてあげないからね!」
「いや、先生のアドバイスだけは聞きたくないし…」
可哀想に。独神は元2-C美少女トリオにサンドバック状態だ。

そう。泰子の両親も交えて相談した結果、竜児は進路を大学進学に決め、猛勉強を経て、工学系の
国立大学に合格していた。自宅から何とか通える距離なので、下宿は不要だ。

「みのりんは合宿?」
「おう! 入学前から合宿所にはいって、もうしごかれてるんだぜ! やっぱ体育大はきついぜ」
「じゃあ、お休みの時に会いにいくね!」
「待ってるぜ、大河」





「で、あんたはこっちに帰ってきてから、どこ住むの?」
「内緒」
「はぁ?」
「うるさいなー 事情があるのよ。そうだ、来週荷物が届くから、ばかちーにも手伝わせてあげよう。
みのりんは合宿だし」
「は? なんで亜美ちゃんがひとんちの引っ越し手伝わなきゃいけないわけ? ていうか、もう1年先まで
スケジュールびっしりなんだから」
「はいはい、女子大生モデルは大変だねー。分かったわよ、竜児と二人でやるから。どうせあんたなんか
役に立たないし」
「そうよ、高須君がいれば、なーんの心配もないじゃない?」
「でも落ち着いたら、お店案内しなさいよね。こっちは1年ぶりなんだから、大学もわりと近いし、
またコスメとかバッグとか、いい店連れてってよね」
「え、私と? いいの?」
「なに言ってんの、竜児が流行りのショップを知ってるわけないでしょ。それにアンタといくと
色々おいしいことが…」
「この性悪女っ!」

厨房のカウンターの前で皿を拭きながら、変わらぬ二人のじゃれ合いを眺め、竜児は心の底から
幸福を感じるのだった。これからはまた大河の傍にいられる。この仲間で集まることができる。
「みんな幸せ」になれるんだ… 
気になることは色々あるけど、たぶん大丈夫。楽観的にそう思った、その時。
「高須、ちょっと聞いていいか?」北村が真面目な口調で話し掛けてきた。






弁財天国でのパーティは、21時頃にお開きとなった。
独神がいる手前、アルコール入りの二次会や他に寄り道することも無く、近いうちの再会を約束して、
三々五々、帰途に着いていく。

「やっちゃんはー、おじいちゃんとおばあちゃんを駅まで送っていくから、竜ちゃんと大河ちゃんは
先にお家へ帰って休んでて」
「わかった、じゃ先に行ってる。駅からの帰り道、気をつけろよな」
「へへーん、だいじょうぶだよー」

「みのりん、ばかちー、北村君、またねー! それから、竜児のおじいちゃんとおばあちゃん、
また落ち着いたら、挨拶に伺います」
「はいはい、待ってるよ。大河ちゃんは本当にイイ子だね」
たちまち大河の頬がピンク色に染まり、微笑みが顔いっぱいに広がる。

「じゃ、大河、行くぞ」
竜児は、大河の荷物を持って歩く道すがら、話していなかった能登や春田、麻耶、奈々子たちの
進路について話してやった。

能登は念願かなって、マスコミに強い、都内の私立大学に合格。
春田は美術系の専門学校に行きながら、親の内装業の見習い。
例の彼女とも時々ズレたケンカしながら、うまくやってるらしい。
麻耶は能登と同じ大学の、何故か情報系の学部に入学する。3年の後半には麻耶も能登のことを
意識していたみたいだ。
奈々子は家政系の女子大で、栄養学を学びながら、別に調理師の資格も取り、将来は母親と一緒に
小さなお店を持つことが夢だといつか語っていた。

「ふうーん、みんな、しっかり考えてんのね」
「“男子三日会わざれば刮目して見よ” ていうが、男子だけじゃねぇ、女子だってそうだ。
みんな日々成長していく。特に俺たちの年齢はな」
「そうね、私もちゃんと成長できてるかな?」
「大丈夫。自信持てよ。お前今日、誰も殴ってないじゃねえか。春田の髪の毛は引っ張ったけど。
それに俺のことを犬呼ばわりしてない」
「ひっどーい、竜児までそういうこと言う?」
「はは、わりいわりい」

竜児の両手には、自分のカバンと大河のボストンバッグ。大河の両手も学校でかっさらってきた
卒業証書や記念品に「大河の星」が入った紙袋で塞がっており、手をつなぐことができない。
たわいもない会話を繰り返しながら、やがて竜児のアパートの前にたどりついた。

「懐かしい… んーん、そうじゃない、あの家出がまだ昨日のことのようね」
「そうだな、お前が帰ってきて、止まっていた時が動き出したっつーか、いてっ!!」
ドシッ!、華麗な回し蹴りが竜児のお尻に一発決まった。
「な、なに詩人ぶっこいてんのよ、こ、こっぱずかしいじゃない! ブサドリに挨拶するんだから、
早く入るわよ、竜児」
「お前なぁ…やっぱ変わってない、ことは無いな…」
「ふんっ」
昔と違って、回し蹴りも手加減済み。衝撃はあるが痛くはない。

そうして二人は、整理整頓の行き届いた、いつもと変わらぬ高須家に入っていった。





「大河ー、先に風呂でも入れ。お前、朝から長距離の移動で疲れたろ。じきに泰子も帰ってくるだろうし」
お茶を飲みながら、インコちゃんとひとしきり遊んでいた大河に声を掛けた。

「う、うん竜児、わかった。じゃ、先に入らせてもらうわ」
「制服、ちゃんとハンガーに掛けとけよ。皺になるからな」
「いきなり小言? 久し振りなんだから、もうちょっと優しくしてもくれてもいいんじゃない?」
「ハイハイ」
「ハイは1回!」

自然に振る舞っていても、まだ、自分も大河もちょっとぎこちない。
教室のロッカー前では「好きだ」と言えたのに、改めて二人っきりになると、なぜか憎まれ口が先にでる。

この1年間、メールは必ず毎日。時には電話でも話した。でも、実物は違う。

なんのフィルターも通さず、耳に飛び込んでくる、ちょっと低めのよく通る丸い声。
鼻先でふわふわと揺れる栗色の髪から漂う甘い香り。
華奢な肩と折れそうな腰のライン。
そして、キラキラと輝きながら、まっすぐ自分を見つめてくる、ダークブラウンの瞳。
すべてがあまりにも生々しく、一度触れてしまったら、歯止めが効かなくなりそうで、自分が怖い。
パジャマを抱えて、浴室へと向かう大河の後ろ姿を思い出しながら、身震いする。

―い、いかん、もうすぐ泰子も帰ってくるしな。大丈夫、だいじょうぶ、だいじょう―

ん?、いつのまにか、ケータイのメール受信を知らせるランプが点いていた。
メールを開いて、竜児は硬直した。






“やっちゃんは急に毘沙門天国のヘルプに入ることになりました。だから2人で先に休んでてね。
あと竜ちゃんは、大河ちゃんを大事に大事にしてあげてね(はぁと)”

「泰子てめえ、絶対わざとだろ!」
本音は、1年ぶりの再会を二人っきりで過ごさせてあげたいという母親の気遣いに感謝していた。
「しっかし、息子宛のメールに(はぁと)って何だよ、“大事に大事に”って、どっちの意味なんだよ?
てか、母親にそんな気を使わせてる俺ってなんか情けなくねぇか?」

1年前のバレンタインの翌日。初めての祖父母の家という緊張感と、ジェットコースターに乗ったような
驚天動地の1日に疲れきって、長い長いキスのあと、2人は抱きあったまま、こんこんと眠ってしまった
のだった。

その翌日から、離ればなれに。

竜児は、隣の部屋の自分の机を思わず見やる。
一番下の引き出しの奥には、少し前に好奇心で買った、レジで茶色の紙袋に入れてくれるモノが
しまってある。
「そういうつもりじゃなかったんだけどな… 男の嗜みっつうか、練習っつうか…」


「なに1人でぶつぶつ言ってんのよ! あんた変態?  ありがとう、お風呂あがったわよ」
水色のパジャマに着替えた大河が、頭を拭きながら居間に入ってきて、テーブルの前に座った。

「お、おう、なんでもないんだ、風呂もうでたのか? 早くねえか? ちゃんと暖まったか?」
「なによ、そんなに私の顔を見たくないの? てか、あんた顔真っ赤よ。まるで地獄の番犬、
ケルベロスみたいよ」

「お前もこれ見りゃ分かる。俺も風呂はいってくっから!!」
と有無を言わせず、泰子からのメールを開いたまま、大河の手にケータイを押しつける。


「ひっ、やぁあ!!!」
背中越しに大河が小さな悲鳴をあげるのが聞こえた。





竜児が風呂からあがってくると、大河はさっきと全く同じポーズのまま、居間のテーブルの前で
固まっていた。

「お、お前だいじょうぶか、なんか羽織らないと風邪ひくぞ」
「ええええええ、あの、いや! なんでもないの! ははっ…」
ギギギギギと油の切れた機械のように首を動かして、大河が振り返る。

壊れてる、完全に壊れている。
そんな大河がたまらなく愛おしくなって、竜児は大河の後ろにあぐらをかいて座り、“よっ”と両脇を抱えて、
大河を膝の上にのせる。
「えっ!」
「ほら、あったかいだろ。手乗りタイガーじゃなくて、膝乗りタイガーだな」
「!!!」

片手で大河の腰のあたりをそっと抱き寄せて、もう一方の手で大河の髪を梳き解かしつつ、
つむじのあたりに顔を埋めて、大河の甘い髪の香りを胸いっぱいに吸い込む。
そして、顔を何度も左右に動かして、大河の柔らかな髪が自分の鼻先に、頬に、唇にあたる感触を
心行くまで楽しむ。

「大河、お帰り。好きだ」

声もあげられず、竜児にされるがままだった大河が、膝のうえで振り返って、竜児の胸に顔を埋めた。
「りゅうじ、会いたかった… 大好き…」

二人は肌と肌が溶けん合わんばかりに、ぎゅっと互いの身を引き寄せ、唇を強く、強く重ね合った。

その夜、二人は初めて結ばれた。


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