ちょっとまて、お前、今何と言った?

あまりに突然のことで、問いを発することができなかった。冬の雪山、修学旅行の初日の夜。同じ班の友人の、それはあまりに突然な告白だった。

「櫛枝って、あの櫛枝か」

用を為さない我が口に代わって能登が念を押す。

「ああ、そうだよ櫛枝実乃梨だよ。あのわけのわかんない女を俺は1年の時からずっと好きだったんだよ!」

目の前に座り込んでうなだれた高須竜児が血を吐くような声を絞りだす。

そんな馬鹿な。

高須が、櫛枝を、好き。想像すらしなかった。友人たちと高須竜児を囲んだまま、北村祐作は声も上げられない。2年間の付き合いでお互い胸の奥深くまでそれなりに理解し合っていると思っていたのが、それが一方的な思い上がりであったと今知らされた。
後ろ頭を予告なしに殴りつけられたようなめまい感に呆然とする。

え、なんだって?

お前は櫛枝を好きなのか?逢坂じゃなくて?あまりの事に祐作の思考は同じところをぐるぐる回りするばかり。目の前であらかた組み立て終わっていたジグソーパズルがひっくり返されるのを見た思いだった。いやいや、ちょっと待てよ。

逢坂はお前のことが好きなんだぞ。

だってそうだろう、と胸の中でごちる。進級早々、逢坂大河は祐作に告白してきた。好きだと。そりゃうれしかった。なにしろ一度は祐作自身が告白して交際を申し込んだ女なのだから。
しかし、大河が告白してきたときには、祐作には既に好きな人が別にいたし、なにより、竜児と一緒にいる時の大河の顔が、事実を雄弁に語っていた。だって、と祐作は思う。逢坂は高須と会うまであんな顔しなかったんだぞ。

それは驚くような出来事だった。クラスが違うとはいえ、ソフトボール部の打ち合わせで櫛枝実乃梨のもとをよく訪れていた祐作は、折に触れて実乃梨と同じクラスの大河を見ていた。彼女はつねに孤高だった。
楽しげな喧騒に包まれる教室の中で、一人美貌をわずかに下向け、すべてを拒むような無表情で時の中を無為に流れていく。それが逢坂大河だった。それが一変したのは2年になってからだ。

竜児とつるむようになって、大河は大輪の花が開くように明るくなった。くるくるとめまぐるしく変わる大河の表情をみて、女というのは男でこれほど変わるものかと祐作は舌を巻いた。さすが我が友人と竜児の評価を改めたほどだ。
本人たちが交際を否定しても照れだとしか思えなかった。

それになにより、自分に告白してきたときの大河の言葉。あれはもう、本当に好きなのは竜児だと自白していたようなものだ。確かに高須竜児はあの言葉を聞いていない。けれど、逢坂大河と一緒にいてそれが分からない男ではないはずだ。

そして祐作はまたもや呆然とする。

分からなかったのか。

それは壊れたパズルの一部を電光のように組み立てなおした。そうか、そうなのか。それでお前たちはいつも一緒だったのか。高須は逢坂の自分への恋を応援し、逢坂は高須の櫛枝への恋を応援する。二人はそのためにいつもつるんでコソコソしていたのか。

なにをやってたんだ。

竜児と大河と、そして自分に向かって胸の中でつぶやいた。大河は竜児のことを好きになっていたくせに、自分自身の気持ちに気づいてか気づかずにか、竜児に自分の祐作への恋を応援させた。そして竜児の実乃梨への恋を応援していた。
竜児はそんな大河の気持ちに気づかず、祐作もそんな二人の気持ちに気づかなかった。

俺は、二人の気持ちに気づかず、お節介にも二人をくっつけようとしていたのか。



「俺が女なら高っちゃんと絶対つきあうけどなぁ」

ここ一番というときに、人に冷たくしているのを見たことがない春田が高須を慰めている。その声も遠くに聞こえる。

いや、待て。そうだ。なぜ櫛枝は高須を振ったんだ。逢坂はそれを知っているのか。お前たちは、いったいどれほどめちゃめちゃになっているんだ。

「よし、女子の部屋に行こう」

唐突に閃いた事がそのまま声に出る。

「行くって何しに」
「聞きに」

きつい目をめちゃめちゃに泳がせて竜児がわめき始める。すまない、と祐作は胸の中で謝る。高須、お前はいつも俺のことを思ってくれていた。思えば、生徒会長選のときの立候補も逢坂の応援だったのかもしれない。
それでも夜の土手を走って来た竜児のことを、祐作は一生忘れないだろう。

そして、竜児が福男レースで大河のもとを目指して鬼神のように校庭を駆け抜けたことも、狩野すみれの嵐のような攻撃から守るために、床に転がって大河を抱きしめていたことも、クリスマスパーティーの会場から大河が帰ったと聞いて、顔色を変えて飛び出して行ったことも、
祐作は忘れないだろう。

だから、すまない。と、祐作は心で詫びる。お前はすごい男だ。そんなすごい男を友人に持てたのに、お前にしてやれることは、どうやらぶち壊すことだけだ。すまない、高須。おれはどうやら、行き詰まったらぶち壊すことしかできないらしい。

なあ高須、と祐作は心の中で呼びかける。お前のジグソーパズルは行き詰まってしまった。だったら壊してしまおう。お前の組み立てかたが間違っていたなんて言わない。だけど、お前のパズルには、別のゴールがあるはずだ。俺にはそれが見える。
それがお前の望むものかどうかは俺には分からない。だから、お前がその目で見ろ。

昼の騒ぎで気分が鬱憤が溜まっていたのか、能登と春田も意気揚々と女子の部屋へ向かう。欠席裁判を恐れて竜児もついてくる。

いざ、討ち入り。


(おしまい)





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