「……なんで……」

 それを一言であらわすのならば、『惨状』であった。

「……なんで、こんなことに……」

 視線の先では壁も床もどす黒い液体で汚れ、
 その中央付近には原型を留めていない肉片が横たわり、
 さらには凶器であろう銀色の刃が鈍く光を反射している。

「……大河……」

 呆然と立ち尽くす竜児。

「……お前は一体何を作ろうとしたんだ?」
「……遺憾だわ」


 要するに、大河が一人で料理にチャレンジしたのだ。
「まったく、言ってくれれば幾等でも教えるのに……」
 飛び散った醤油を拭き取りながら竜児がぼやく。
「竜児のは参考にならないのよ……その、上手すぎて。
 どうかすると私の分の作業までどんどんあんたがやっちゃうし」
「それにしたって、いきなり一人でってのは無謀だろう」
「い、一応、簡単そうなレシピにはしたのよ」
 ちなみに大河が作ろうとした料理というのは、
 1.鶏胸肉を削ぎ切りにして、片栗粉をまぶす。
 2.フライパンにやや多めの油を熱して1の両面を焼き、同量の醤油・酒・砂糖を混ぜたタレを加える。
 3.中火でタレを煮詰めつつ絡める。
 というものらしい。
「たったそれだけの工程……というか肉を切ってタレを作るだけで、なんであんな状態になるのか……不思議でならねえ。
 なあ大河、ひょっとしてお前なんか憑いてんじゃねえか? ドジの妖精とか」
「うるさいわね。さっさと片付けなさいよ」
「へいへい。鶏肉は……いっそこのままミンチにしちまうか。そんで……そうだな、今日はキーマカレーにするか」
「カレー?ルーあったっけ?」
「そんなもんいらねえ。俺のお宝スパイスコレクションがあればな」



「で、今日は何で急に料理しようとか思ったんだ?普段は碌に手伝いもしないくせに」
 夕食後、片付けを終らせてから大河に聞いてみた。
「……昨日のワイドショーで、結婚とかの特集があったじゃない」
 ああ、そういえばそんな番組もやってたっけ。
「それで、『お嫁さんにしたい女性の条件』に『料理上手』ってのがあったから……」
 なるほど。わかりやすい奴だ。
「……まあ、なんだ。そのへんの条件とかは別の方向で考えるとして、とりあえず無理して料理に手を出すのはやめておけ。
 お前のメシなら俺が作ってやるから」
 と、急に大河が真っ赤になる。
「あ、あああああんた、と、とと突然、なななな何を……!」
 ……そういえば、件の特集で『プロポーズの台詞は?』――『俺にメシを作ってくれ、です』なんてのが、あった、ような……
「い、いいいいや、別に、そ、そういう意味じゃ、ねえぞ!?」
「そそ、そうよね!大体私には北村君が、竜児にはみのりんがいるわけだし!」
「お、おう!今度の旅行はチャンスだしな!お互い頑張ろうぜ!」



 数日後、二人は揃って『警告夢』を見ることになるわけだが、
 ひょっとしたらこの事が多少は影響したのかもしれない。





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