ひゅー、すかー。
「……大河、さっきから何してるんだ?」
「見ればわかるでしょ」
 ふひゅー。
「……ケーキのロウソクの火を一回で吹き消す練習?」
「く・ち・ぶ・え・の・練習よ!」
 ああ、そういえば大河は口笛吹けなかったっけ。
「そうか、まあ頑張ってくれ」
「……それだけ?」
「……それだけって……何だよ?」
「人がこれだけ苦労してるのを見て手助けしてやろうとかそういう気にはならないのかってことよこの薄情犬」
「手助けっていわれてもなあ……何をどうしろっていうんだよ」
「竜児は口笛吹けるんでしょ? どうやってるのか教えて」
「教えてと言われても、普通に吹いてるだけだし。むしろどうして出来ないのかがわからねえ」
「やっぱり持てる者には持たざる者の気持ちはわからないのね……
 結局あんたもブルジョア共の仲間だったってことよね」
「本物のブルジョアなお前に言われたくねえぞ、それ。
 ちょっと待ってろ。吹き方確認しながらやってみるから」
 え〜っと……こうやると音が出る……これだと出ないな……
 大河はやっぱりふーとかひゅーとか、マトモに音が出てねえか。
「え〜っとだな、まず大河は唇を突き出し過ぎなんだと思う。合わせた唇の中央だけ少し隙間を開ける感じでやってみろ。
 それから舌先を下の前歯の裏にあてて、息は唇を震わせるというか、唇の裏側に軽く溜めるというか……」
「えっと……こんな……感じ……?」
 ぴー♪
「……出来た!」
「おう、やったじゃねえか!」
 ぴー♪ぴー♪ぴぴー♪
 ちょっと擦れたような音だが、大河の唇は確実に音を奏でている。
「後は馴れだろうな。音程は息の強さや口の中の空間の微妙な変化で変わるから、最初は自分で確認しながらやればいいんじゃねえか?」
「うん、やってみる」
 大河は口の中に意識を集中するように目を閉じて……
「あ、大河、やっぱり駄目だ。止めろ」
「……なによ急に。ちゃんと音出てたじゃない」
「そうじゃなくて、だな。ほら、言うじゃねえか。『夜中に口笛を吹くと蛇が来る』って」
「何よそれ。あんただってさっき吹いてたじゃない」
「おう、だから……その、蛇が来たら嫌だから俺はもう寝る。お前も今日はもう帰って寝ろ。な?
 そうだ、明日から衣替えだからな。ブレザー出しとくの忘れるなよ」
「まったく、そんな迷信ごときで情けない男ね……」

(言えねえ……目を閉じたらキスしようとしてるみたいに見えたなんて、絶対言えねえ)





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