「おお汝、自販機の狭間にて凍える少女よ、何を思う。ただモノだけが私をかき抱き、
 暖めてくれるとでも? だが、おまえを温めるものはモノばかりではないはず……!」
「っ!……ちっ」
「ねえねえ、あーみん!」
「……」
「はあ……まだ怒ってんのか。まあいいや、そのまま聞いてよ」
「……」
「あーみんってさ、高須くんのこと好きでしょ?」
「っぶべらぶううううううぅぅぅぅ――――――――――――――――――――――っっっ!!」
「おおレインボー……お茶でも虹が出るもんなんだねえ。綺麗に魅せるテクニック。
 さすがモデルさんだこりゃあ、うんうん」
「ッブホッ! ゲホッ! ゴホッ! あ、あんたねえ!? ……っ話しかけないでくれる?
 みの……櫛枝さん」
「……じゃあ、ひとりごと言うよ。……あーみんはさあ、高須くんのこと大好きなんだぜぇ。
 ウヒョー、バーレバレー。恋の香り薫る紅茶ホット……」
「……」
「おお、あーみんが白く固まって……レインボーと来て……わかった! ヨガの眠りだね!?
 あーみんはレインボーウーマン! さあ目覚めるのだ、タケシよ……インドの山奥でっ♪」
「ってコラ! つっつかないでよキモい! つかタケシって誰だよ!? ちょっともう、なに!?
 マジウザイ! あんたの言ってることトリプルくらいでわけわかんないんだけど!? 消えてよ!」
「まあつまり、高須くんのことが好きってのは図星なんだね……」
「ちょっ、なんで決めつけるかなあ!? それもトリプルに入ってるっての!」
「じゃあ、あーみん高須くんのこと、嫌いなの?」
「っそ、そんなの、嫌いに決まってるじゃん! あ、あんな、あんなバカ……嫌いだっての!」
「ピコピコピコピコピコ……ジージジージジジジージー……ピーガガガガッピーイーイーイー……」
「……ほんとキッツいわー。どーしたらいいんだろ、こいつ……」
「ケイサン ノ ケッカ ガ デマシタ。ケッカ ヲ キキマスカ?(PUSH ANY KEY)」
「……亜美ちゃん頭痛い……」
「アーミン ハ タカスクン ノ コトガ カナリ スキデス」
「結果聞きたいなんて言ってねーだろ!?」
「ノンノンノンだよあーみんくん。PUSH ANY KEYはね、何か言ったら結果聞かせるっていう意味なんだよ」
「きったね。もういい。あんたが消えないんなら、亜美ちゃんが消えたげる。じゃね」
「高須くんってさ、バカじゃないよ」
「はあ!? バカじゃんあいつ。バカバカ! ……あんたも。だから嫌い」
「バカじゃない子をさ、バカだから嫌いって女の子が言うのはさ、好き、ってことだよ」
「……」
「あーみんはさ、吹いて虹なんて作んないよ。白く固まったりも、しないよ。他の子だったらさ」
「……」
「そんな顔しないでよ。私さ……あーみんと話したかっただけなんだから。高須くんのこと。
 だって……私もさ、高須くんのこと、好きだからさ……」
「っ! 実乃梨ちゃん……」
「てかさ! シケた話じゃないんだよこれ! ぱーっといきたいんだけど!?」
「ぱーっと……?」
「いかに高須くんがヤバイかって話がしたかったんだよ、あーみんと!」
「あいつが……ヤバイ?」
「うん、そう! あいつ、いいね! 私もあいつで行く! ねえあーみん、あいつってさ、ヤバイよね……?」
「……うん、ヤバイね」
「あのさ、あいつと、ふたりっきり、とかになると、マジヤバくない?」
「っそう! マジヤバイ! ふたりっきりがやっばいんだよねぇ!?」
「おお来たね来たね! ……ふたりっきりになるとさあ、あいつ……ボソっと言うでしょ?」
「それ! 言う言う! ボソっと! やっばいの!」
「ふたりっきりになるとさ、こわい目してんのに、照れて赤くなったりしてさ、そんで、
 ボソっと言うじゃない……なんての、こう……胸を打つようなこと」
「っキャー! それそれ! 赤くなって、こわい目しかもそらすっしょあいつ! それで、
 『えっ、なに? こいつ、どうしてそんなこと私に言うの……? 私に、こんな、素敵なこと……』
 なんてな! キャー! ざけんな! 乙女るっちゅうねん!」



「あー、やっぱあーみんもそれなんだねぇ。やられたんだねぇ、うんうん」
「てことは実乃梨ちゃんも!?」
「トーゼンですよ! いやーおっかね! 高須竜児……おそろしい子……ですよ!」
「えっ、なに? それもなんかなの? 亜美ちゃんわかんねーけど、まあいいや! いやーおっかね!」
「てことはさ……ふっ……てことはさ……ふふっ……てことは……ふふふふっ……」
「えっ、なになに? 言ってよ、実乃梨ちゃん! もー亜美ちゃんもったいぶっちゃやーだ!」
「大河やばいよ」
「ヒューキターっっ!! そーれ! タイガーやばいよ!」
「ねえ? だって……ふたりっきりなんて、私、数えるくらいしかないよ?」
「うんうん、私だってそうだよ!」
「それが、大河……毎日だよ? 毎日あの、た、か、す、りゅ、う、じ、と」
「ギャー! ま、い、に、ち。た、か、す、づ、け! やーばっ! タイガーとける! とけちゃう!
 バターになる!」
「おお、ちび黒サンボ、やるねあーみん。……でさ、そうなの。毎日だよ? しかも高須くんの
 美味しいご飯とか食べちゃって、だよ? 夕飯後とか夜遅くまでふたりっきり、とか」
「ウッホウッ! 気ぃ狂うね! それは落ちるって! あんだけ祐作のこと好きなタイガーでも!」
「落ちるよねー。私ら、つぶやき高須喰らったの何発かでしょ? 何発かでこれだもんよ」
「うんうん!」
「大河なんて何発喰らった?」
「えぇ? 一日一発としたって……余裕で二百発は越えてね? おっほ……死ねる」
「しかもほら、ときたま特大のあるじゃん。たとえばほら、文化祭の……」
「福男! あっ、れ、は、やばい! あれはタイガーマジウラだって! 女の子なら!」
「まったくですよあーみんさん。いやあ……走ってもらいたいよねえ、男には。あんな風に」
「もらいたいもらいたい! 私のために、あいつ、あんなに……っ! ズッキューン来るってのこれ!
 一撃だね!」
「てかさーなんかもーさー、春あたりで一撃っぽかったんだよねー、大河」
「あっ、なにそれ、私まだいなかったころっしょ!? 知らない知らない! 亜美ちゃんちょー聞きたい!」
「聞きたあい?」
「聞きたぁいン! お願ぁい、実乃梨ちゃあんっ!」
「もう、しょうがないなあ。ほかならぬ可愛いあーみんのためだ。知らざぁ言って聞かせやしょう!」
「よっ! 待ってました! 櫛枝!」
「あっれ、いつだったかなあ、正確な日付はわかんない。でも4月の上旬? 中ごろ? そんくらい」
「うんうん!」
「まあ、ある日の朝よ。いきなり大河と高須くんがツーショット。登校中」
「ほっほーう、いきなり……ツーショット?」
「やだなあ、あーみんったら。ほら、アベックってことよ。カポー」
「ア、アベック? カポー?」
「もう。だから、ふたりづれ、ってこと」
「いや、それはわかってんだけどさ……ま、いいや。それで?」
「まあその、登校中に見かけた時には、大河たち、『いや、家が近所だったみたいでたまたま』とかって、
 ごまかしてたんだけどさ」
「ふんふん!」
「まーその日から大河がすごいわけよ。めちゃ明るくなってさ、元気になってさ、よく笑うようになってさ!」
「へえ……前は違ったわけ?」
「あっ、そうか。あーみんは高須革命以前の大河、知らないもんね。あーみん知ってる大河は高須革命以降」
「おお、高須革命……コワスギ」
「その前はね、1年の時とかはね、まあなんだろ、ずっと苦虫噛み潰したみたいな顔してたの、大河。
 ずっと苦虫噛んでておまえ、苦虫汁でも売る気かぁ!? マズい、もう一杯! みたいな?」
「うぷ……そっち行かないで実乃梨ちゃん。亜美ちゃんちょっと苦手……」
「あーごめんごめん! そうね、もうちょっとロマンティックに言うと……戦場から帰ってきたら、
 暖かく迎えてくれると思っていた愛する家族などおらず、友人にも街の人たちにも皆に冷たくあしらわれ、
 これ以上傷つくことをおそれるあまり、だれも俺を受け入れてはくれないだろうと
 あらかじめあきらめることでしか自分を守れなくなって、毎日昼から見知らぬ場末の酒場に入り浸り、
 苦い酒とタバコを噛みながら、こうしてこのまま俺は駄目になるのだ、朽ちてゆくのだと、
 汚れたガラスの向こうに降りてくる夜の闇をただ睨むベトナム帰還兵みたいだったの、大河は!」
「……ごめん、亜美ちゃん苦虫でいいや。なんとなく、わかったし」



「そう? ちょっと意外……まあ、とにかくそんなだったのよ、大河は! ……まあそれでもね、
 そんな1年のころに私は大河と友達になって……わりと私には、けっこう……きっと、ちょっとは、
 大河は心を開いてくれたけれど。でも、それは私にだけで」
「へえ……それが、高須革命で」
「そう! 今の大河になったの! 基本的にはおとなしいままだけど、明るくて元気で可愛くて、
 ちょっとおてんばなところも魅力の、あーみんと並ぶクラスのアイドルに!」
「……それもちょっと、なんてか、ほかのみんなの印象とは微妙に違うんじゃね的な……?」
「やだなあ、そりゃもちろん、あーみんは超高校級の美女! マジアイドルだよ! だけどさ、まあ、
 そうして大河はいつも楽しそうに、幸せそうに笑う子になったんだよ……うん……そう……
 高須くんの、傍でさ……」
「高須くんの……うん……」
「ふっふっふー」
「な、なによ実乃梨ちゃん、ニヤニヤしちゃって」
「いやあ……あーみんも、高須革命の洗礼受けちゃったクチなんじゃねーの? って」
「えっ? なに? わ、私!? ちっ、ちげーよ! そ、そんなわけ……」
「まあまあ……あーみんもさあ、転校してきてちょっとたってから、ほら、急に可愛くなったじゃん」
「えっ?……かわ……やだちょっと実乃梨ちゃん!」
「ほうほう、両手でおさえて、そんなにほっぺたが熱いのかい? おじさんクラクラ来ちゃうよ……」
「もう! 実乃梨ちゃんってば!」
「ふふ……まあ、いつだろうあれは。夏の旅行……よりはぜんぜん前だね。そう、ストーカー騒ぎ……
 あ、だ、大丈夫かな?」
「へっ? あ、なに? ストーカー? ああ! もち、大丈夫よ! ちょー過去!」
「……うん、よかった。あのストーカー騒ぎあたりからかなあ。……あれ? って思ってさ。
 あーみん可愛くね? って。もちろんもともと美人だったけどさ。なんてか、こう、
 あーみんの本当が見えてきて、ああ、本当に素敵な子なんだなあ、可愛い子なんだなあ、って。
 ……だから、うん、そう。友達に……私は、櫛枝実乃梨は、川嶋亜美と、友達になりたいなあ、
 って……」
「み、実乃梨ちゃん……っ」
「またそんな。若く美しすぎる君が簡単に頬を染めてはいけないよ……あまりこの年寄りを
 惑わさないでくれたまえ……」
「み、実乃梨ちゃん……年寄りじゃねーし」
「おおっとまっすぐなつっこみ。だが、筋は悪くない。ふっふ、鍛え甲斐がありそうじゃて……」
「もうっ! 私、帰るよ?」
「まあつまり、やっぱり、なにかあったんだね。その頃、あーみんも、高須くんと」
「っ!」
「ああっと誤解しないで下さいよ? この櫛枝め、もちろんそのことに興味が無いと言ったら
 嘘になりましょうが、それはまたいずれ、おいおいお聞かせ頂くだけでもありがたき幸せ……。
 もちろんその時には……もし、あーみんが、私に話してもいいと思ってくれた、その時には……
 私も、話せる限りのこと、話すつもりだよ……」
「実乃梨ちゃん……」



「それよりさ! まず大河なんだよ! 俺たちのネタは!」
「っそうそう! そうだった! タイガー!」
「あいつらが晴れてカポーとなった暁には……しゃぶるぜ〜? ちょーしゃぶるぜ〜?」
「うっは! 実乃梨ちゃんやば!」
「そう、俺たちも負けちゃいられねえのさ。あいつらと同じくらい、やばくなってやるのさ……」
「うんうん!」
「まずはだから、春の一撃からだよねえ。ツーショット登校前日、大河たちに何があったのか」
「ヒョー! やっばい亜美ちゃんちょー楽しくなってきた!」
「なんかさあ、私ひとりじゃ探るの大変だけど、あーみんとふたりがかりだったら、けっこうあっさり
 イケそうな気がするんだよね……」
「うん、いいね! 実乃梨ちゃんとふたりががりで! きっとイケるよ!」
「おう! あーみんもそう思うかい?」
「うんうん!」
「じゃあさ、これからスドバあたりにしけこんで、ラテりながら作戦会議なんか立てようじゃないの!」
「キャハ! いいねいいね! 行こう行こう! 私、思い切ってメープルシナモンラテ! クリームつけて!」
「おう、甘いのを……奢るねえ、意気込みだねえ。じゃあダイエット戦士の同志である私めも……っと、
 あっ! あひゃあっ! ごーめんっ! あーみん、私バイトだ! もうこんな時間!」
「えーっ!? 実乃梨ちゃんたらひどーいっ! こんなに私たきつけといて!」
「ごめん! ほんとごめん! ぎゃー! あーみんとスドバちょー行きてーっ! でも、私、行かなきゃ!」
「あっ、じゃあ、私も行くよ。帰るし」
「でも私走るから! あーみん、明日! 必ず! 続き話そ!」
「あっ、待って…………明日ね! 必ずだよ! ……もう、実乃梨ちゃんったら……私、走ってもいいのに……」
「…………ごめんね!! あーみん大好きだよ!! 明日ね!!……」
「っ! ……なんて大声。聞かれちゃうじゃない……もう、実乃梨ちゃんの、バカ……っ」


***おしまい***





作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system