ゆっくりと瞼を開く。
「ん……」
まるで開くことが久しぶりだと感じるほどにその瞼は重い。
体を動かそうにも億劫になってしまっているし、一言で言って体が鈍っている。
そんな自分の体たらくさが許せなくて、むっくりと起きあがる。
周りは、見たことの無い部屋。
白いカーテンが天上にはぶら下がっていて、しかしそれだけ。
「……ん?ここは?あら?綺麗な娘……何だ、鏡ね。あれ?……じゃあこれ私?私は、……私は?」
今鏡に映ったのは自分。
長いふわりとした髪に、シャープな顎。
細い肩に小さい体。
起伏は……まぁ無いわけじゃない。
そんな自分の姿に、見覚えが全く無い。
いや、『全ての事に覚え』がない。
そして……気付く。
自分の名前すら、わからない。
「私……誰?」
コンコン。
自分に対して、部屋に対して、それぞれに疑問を抱いた所で部屋の戸がノックされる。
「大河……入る……大河!!気付いたんだな!?心配したぞ!!」
返事をする前に開かれた扉からは、見たことも無い男が入って来た。
恐らく、私が起きているとは思わなかったのだろう。
返事を聞かずに開いたドアを閉めるのも忘れて私に急ぎ足で近寄ってくる。
って何コイツ?
何でそんなに目がつり上がってるの?
「……なんだよその顔は?嫌がらせか?心配したってのに……」
そんな私の心情を察したのか、目の前の男は少し顔を曇らせながら愚痴る。
「……アンタ誰よ?」
まず最初に気になった事を聞く。
だいたい、心配したなどと言われても私には何のことかさっぱりわからない。
いや、今の私にわかることなんて殆ど無い。
「は?何言ってんだ大河?」
「だからアンタ誰なのよ?馴れ馴れしい」
ホント馴れ馴れしい。
こいつは私のなんなワケ?
「……おいおい、悪ふざけにしてもやりすぎじゃないか大河?」
「だから本当にわかんないって言ってるじゃない」
「え、そんな、まさか……」
どんどん目の前の男の表情が青ざめていく。
「ちょっと待っててくれ大河!!」
男は焦ったように部屋から出て行った。
そんな後ろ姿を見ながら思ったのは、
「大河……って私の事、よね……?」
自分のらしい「大河」という名前を覚えることだった。


***


「記憶喪失!?」
さっきの目つきの悪い男が医者を食い殺さんばかりの形相で睨み付ける。
うわぁ、医者が怖がってるわよ?気付いてないのかしら?
……まぁこの男にしたらアレよね、そんなつもりは無いんだろうけど。
医者が早口で説明して、逃げるように出て行った後、
「その、大丈夫か、大河?」
心配気げに尋ねてきた。
尋ねてくるのはいいが、その前にいくつか確認しておきたい事がある。
「待って、その大河ってのは私の名前で良いのね?」
「お、おぅそうだ。お前は逢坂大河、大橋高校の2年で俺と同じクラスだ」
「ふぅん、でアンタは?」
「俺は高須竜児、まぁ友達だな。知り合ったのは高校からだが、お前は俺の家と隣同士で、お前が一人暮らしなのもあって俺の家によく飯を食いに来てたんだ」
「友達、ねぇ。で、私は何で一人暮らしなワケ??」
「……それは……」
ここに来て高須竜児が口ごもる。
「何?言いずらいことなの?」
「……まぁその話はおいおい話すとして、体の方はもう大丈夫なのか?」
話を逸らされた。
まぁいいか、重要なことなら言うだろうし。
「体?何ともないけど私怪我でもしたの?」
「いや、お前はインフルエンザに感染して入院したんだ。ずっとうなされて寝てたんだが、今日ようやく目が覚めたと思ったら記憶喪失、というわけだ」
「ふぅん」
「ふぅんってお前……」
「だってしょうがないでしょう?覚えて無いんだから、今は出来る事をやるべきよ」
「おお、たまにはまともなことを言うじゃないか」
「何よ、私ってそんなにまともな事を言わない奴だったの?」
そう、私は私を知らないのだ。
「あ、いやそういうわけじゃねぇんだが……すまん」
「どうして謝るのよ?私はどっちかっていうとアンタに助けられてる側よ?」
「お、お前……」
「?何よ?」
「いや、本当に記憶をなくしてるんだな、って。お前が素直にお礼を言うなんて、そう考えられなかったから」
……私って一体どんな奴だったのよ。
「まぁいいや。お前体調がいいなら退院できるそうだが、どうする?不安ならもう少し入院していてもいいが……」
「退院する」
「おおぅ、即答か」
だって、こんな消毒液臭い場所にいるなんて気分悪い。
「まぁいいや、じゃあ手続きしてくっから」
そう言って高須竜児は部屋を後にした、と同時、入れ替わるように、
「大河ちゃぁん!!」
染めた髪の長い、自分のと見比べてその膨らみの神秘に思わずめ目眩を覚えるようなプロポーションをした女の人が入ってきた。
「えっと?」
「大河ちゃんやっと目が覚めたんだね?よかったぁ〜♪」
ちょっとお酒くさい。
「でもでも、やっちゃんとーっても心配したんだからね?」
「え、あ、うん……」
心配してくれたのはまぁ嬉しいんだけど、この人誰?
「大河ちゃんまだ辛かったら無理しなくても良いんだよ?ちゃんとやっちゃんが面倒見て上げるから」
面倒を見る?あ、まさか……。
「えっと、お母さん……?」
「?……うん、そうだよ?やっちゃんはスーパーお母さんなのだ!!」
その瞬間、私は歓喜に満ちあふれる。
なにせ、なにせ目の前の女性の胸は、例えるならメロンなのだ、ボブ・サップなのだ。
そんな人が母となれば私のこの起伏が感じられ……もとい無いワケじゃない胸も期待できるというものだ。
「ああ、お母さん!!」
私は目の前の母に抱きついた。
「ん〜?今日は大河ちゃん甘えんぼさんだね〜」
よしよしと頭を撫でられる。これが家族、親子の愛なんだと『初めて』感じた。


***


「……何やってんだ?」
目つきの悪い男、もといヤクザ……もとい高須竜児が戻って来て開口一番、呆れたように呟いた。
「見てわからない?親子の愛を感じてるのよ」
自信満々に告げてやる。
ああ、いつかこの胸が自分のものにもなると思うと楽しみでしょうがない。
「はぁ?お前何言ってんだ?頭大丈夫か?」
「大丈夫だったらここにいないし、自分のことだって覚えてるわよ」
「あ、そうか……」
高須竜児がガクンと肩を落とした。
何よコイツ。
そんなナリしていながら心はナイーブなの?
「あ、いっけない!!やっちゃんこれからお仕事なんだ、竜ちゃん、大河ちゃんお願いね」
「おぅ、ああ泰子、これ持って行け」
高須竜児はいつの間にか手にしていた紙袋からお弁当箱を取り出した。
「あ〜竜ちゃんいつもありがとう!!それじゃ行ってくるね!!大河ちゃん、お大事にね!!」
バッと駆け出すようにお母さんが出て行く。
さて、
「何アンタ?お母さんを名前で、しかも呼び捨てで呼んでるの?」
「お母さん?ああ、まぁお母さんだけど……何て言うか、昔っからだからなぁ」
コイツ、昔から人の母親を名前で呼んでるの?変なの。
「まぁいいわ。んじゃちゃっちゃっと帰りましょうか。もう退院出来るんでしょう?」
「おぅ」
これでようやく、私はこの消毒液臭い部屋とオサラバ出来る。


***


「これが……私の家?」
ボロい。
なんだここ。
「いや、ここは俺ん家だ。……そんな嫌そうな顔をするな」
「じゃあ私は隣のこのマンション?」
「ああ、丁度家の窓向かいの窓がお前の部屋なんだよ」
「げ……」
最悪。
そんなの、この極悪面になにされるかわかったもんじゃないじゃない。
「お前、何か失礼なこと考えてるな?」
「べ、別に?」
「嘘つけ、お前がそうやって吹けもしない口笛を吹く素振りで顔を逸らす時は大抵嘘だとわかってるんだ。ほらいい加減荷物も重くなってきたしお前の部屋に案内してやるよ」
「あ、うん……ありがとう……」
「いいって」
そんな、何でもないことのように言って、凶悪な面をさらにつり上げる。
普通の奴なら怖がる所なんだろうけど、
─────ドキン─────
胸が、何故か熱くなった。
何だろうこの気持ち。
忘れていたような、知っていたような。
体の奥底のほうから込み上げてくるコイツの優しさ。
今までにも、こんなことがあった気がする……。


***


「ここがお前の部屋だ」
「へぇ……」
一言で言って広い。
無駄に広くて、閑散としすぎていて、何処かもの悲しい。
急に、胸がきゅんと締め付けられそうになった。
「ちゃんと掃除はしておいてやったから綺麗なままだ、こっちが……大河?どうかしたか?」
「ううん、何でもない……」
覚えてはいないが、体が知っているのだろう。
ここは……独りの部屋だ。
「……大河、腹減っただろ?飯作ってやるよ」
「アンタに作れんの?」
「失礼な奴だな、少なくともお前よりは料理上手なつもりだぞ」
そう笑いながら高須竜児は私を連れて高須家へと向かう。
どうやら、気を使ってもらったみたいだ。
「まぁ、今日はあり合わせだな」
「食えるもん作りなさいよ」
「お前……本当に記憶が無いのか……?」
不思議そうに私の顔を見つめてくる。
何よ?私ってそういうことばっか言う奴だったの?
そんな私の内なる疑問を知ってか知らずか、高須竜児はキッチンに立って包丁を取り出す。
ニヤリとしたその口元は、まるでこれから「タマ取ったらぁ!!」とでも言わんばかりの顔だ。
しかし、そんな顔とは逆に、まな板の上を包丁は丁寧に行き来する。
ザクッザクッ、トントントン。
聞いたことのある音。
狭いキッチンをあっちへこっちへ移動するその後ろ姿は、懐かしさを醸し出していた。
ジュワァァ!!とフライパンの油の音がする。
あれはタマネギとカブだろうか、炒めて塩こしょう、次いでご飯を……炒飯か。
ぷぅんと漂う匂いが鼻腔をくすぐり、空腹のお腹が悲鳴をあげる。
「ぷっ!!まぁもうちょっとだから待ってろ大河」
私の腹の虫を聞いて、「やっぱ大河だなぁ」と小さく呟きながら嬉しそうにフライパンを持ちあげる。
「よっと!!」
何度かフライパンのご飯をかき混ぜては宙に浮かす定番をこなした後、皿に盛りつけられたそれが目の前に出された。
「ほれ、あり合わせの炒飯だが……ああ、少し冷やしてから食べろよ?」
「何で?」
「いいか?この手の料理は作ってすぐのホッカホカの時はほんの少し味が薄いんだ。冷めるまでとは言わないが少しだけ熱を逃がすことでよく味が回るんだよ」
「へぇ、アンタって無駄に知識多いわね」
コイツ、顔とは正反対な性格してるのね。
そんなどうでも良いことを考え、止めた。
目の前の炒飯から漂う『ただならぬ気配』とでも言える『食』への欲求に、体が早くと急かしてやまない。
「いただきます」
私はスプーンを手に取り、一口パクンと……!!
「美味しい……!!はむっ、んぐっ、あむっ!!」
「おい、落ち着いて食えよ、炒飯は逃げねぇから」
そんな私を諫めるような言葉も、今は耳に残らない。
美味しい、美味い……嬉しい、懐かしい。
「私、これを食べたことある……」
「おぅ、それは結構何回も作ってるし、お前が俺の料理で最初に食べた奴だからな」
途端、何かがフラッシュバック。
『これ、良かったら使って』
あれは封筒。
何か重要なものだった気がするけど、あの封筒が何だったのか……思い出せない。
それに私は何故か木刀を持っていて、
『じゃあね、竜児』って……。
りゅうじ。
りゅうじ。
りゅうじ。
「竜、児……」
気付けば、名前を口に出していた。


「ん?呼んだか?」
頬杖ついて私の食べっぷりを鑑賞していた竜児が私の呟きに反応してこちらを見つめる。
「……呼んでない」
私は、目の前の炒飯を食べる事に集中した。
集中せざるを得なかった。
「はむっ、もぐもぐ……」
この味を、この炒飯を忘れてしまったことが、何故か無性に悲しかった。


***


「しっかし、よく食うなぁ」
スプーンを置いたところで、ポツリと言われる。
「あ、ごめん。アンタの分は?」
「いや、気にすんな。泰子の夜食作るついでにでも作り直すよ」
「……アンタ、お母さんのまで作ってるの?」
「またお母さんって……間違っちゃいないが、いつもどおり『やっちゃん』って言われないと何か調子狂うな」
「?……私、お母さんのこと名前っていうか愛称、やっちゃんって呼んでたの?」
意外だ。
でも、仲の良い親子だったのかもしれない。
友達感覚?みたいな。
「けど、お前が俺の分の心配するなんて、明日は槍が降ったりしてな」
柔らかく笑うその目は、釣り上がっていてもどこか優しい。
「……ん?まーたお前は……、記憶がなくなってもこういう所は変わらないのな」
そう言って竜児は……そう、私はこいつを竜児と呼ぶことにしっくり来てる。
目が覚めて、違和感だらけの、何も知らない世界でただ一つ、色を持って存在しているのがこいつは『竜児』であるということ。
『高須』でも『高須竜児』でも、『男』でも『竜ちゃん』でもない。
こいつは私にとって『竜児』
それ以外の……!?
唐突に、口元に布を押し当てられる。
「○×▲□!?!?」
言葉にできない不思議な……何か。
恥ずかしいような、腹が立つような、嬉しいような、心苦しいような。
目が覚めてからこんなのばっかりだ。
知らないのに、勝手に心だけが反応する。
「お前、いっつそうやって米粒つけるんだから……大河?」
「じ、自分で出来るわよっ!!」
「おぅそうか、そいつは失礼」
言いながら竜児は立ち上がって洗い物に取りかかる。
「あ、手伝うわ」
何もしないなんて、何か悪いし。
「……は?」
だというのに、なんでこいつはこの世に天変地異でも起こって今にも世界崩壊しそうな顔してんのよ。
「今なんつった?」
「だから手伝うわよ、って。アンタにただ食べさせて貰うだけなんて悪いし」
「お前……この世に天変地異でも起こす気か?いや、それは言い過ぎだとしても俺のキッチンを崩壊に導くつもりなのか?」
「はぁ?」
何か、たかだか手伝いの名乗りを上げただけでこの態度ってのが、非常にムカツクんだけど。



「何?たかだか洗い物が私に出来ないとでも言うの?」
「いや……けどその、まぁ何だ、気持ちだけ受け取っておくよ」
竜児は口ごもりながらも手を動かす。
「何?ハッキリしないわね、私に出来ないと思ってるならハッキリそう言いなさい」
「……じゃあ言うが、お前は記憶をなくす前に洗い物をしたことがあった」
「当然ね」
「そりゃあ酷かった。手際が悪いし、水は流しっぱなしだし、飛ばすし」
「………………」
「小さい器の上に大きな器を乗せてアンバランスなことこの上なかったぞ」
ウンウンと竜児が頷く頃には、
キュッキュッ。
水は止まり、洗い物籠に全ての洗い物が綺麗に収納されていた。
竜児は手をエプロンで拭きながらこちらを向く。
確かに今の私に……聞くところによると以前の私でもここまでの手際を披露することは無理なようだ。
だが、それが無性に腹が立つ。
「何よ、記憶が無いと思って好き放題言ってくれちゃって!!そこまで言われては女が廃るわ!!何でも言ってみなさいよ!!私がやったげる!!」
「いや、廃るって言われても……」
もう終わったし、と。
だがそれでは私の気が収まらない。
「うるさいわね、何か考えなさいよ!!私が今のご飯の代金を体で払うって決めたのよ!!」
「お、おい……体ってお前……」
竜児が困惑したような顔になる。
「参考までに、どのへんまでならOKなんだ?」
竜児は妙に力が入りながらも、そわそわしてるような、不思議な雰囲気を醸しながら尋ねてきた。
参考?全くそんなのも想像がつかないの?これだから駄犬は……駄犬?あら、妙にフィットするわね。
とまぁそれはおいといて。
「そうねぇ、皿洗いとかが妥当だったんだけど、終わっちゃったし……」
うぅむと私も悩む。
考えてみると、そう多くは無いような……何よその目。
竜児は呆れ顔で私を見つめ、溜息を吐いてから、
「お前な、そういう時は『体で返す』って言わずに『働いて返す』って言ってくれ」
脱力したように言う。
何言ってるのコイツ?
「はぁ?」
「いや、わからんのならいい。いやわからんほうがいい。すまん、俺がどうかしていた。だからこの件は忘れてくれ。記憶の彼方から消去してくれ」
「う、うん」
「それよりもう随分遅い時間だし……っと、大河」
「え?何?あ……」
それは、よく見なければわからないほどの汚れ。
それを竜児はめざとく見つけ、拭いてくれる。
幸い汚れはすぐに取れた。
「よし、取れた。で、そろそろ帰ったほうが良いんじゃないか?」
「う、うん。そうする」
「送って行こうか?」
「ううん、大丈夫。竜児、今日は……ありがと」
私は今日初めて、きとんと面と向かってこいつの名前を呼んだ。
竜児は一拍おいてから、「あれ?」と意外そうな顔をする。
「じゃあね、竜児」
そんな竜児に、気付かないふりをしながら、私は記憶の片隅にある台詞とともに高須家を後にした。
布が被さった籠から聞こえ始めた不思議な鳴き声は、空耳だろうと決めつけた。


***


家に入って教えてもらった私のベッドにダイブ。
天蓋付のベッドは、大きくギシッと軋んだ。
今日はいろんなことがありすぎた。
記憶喪失になったからかもしれないが、今日の情報量が多すぎて全てを処理仕切れ無い。
「竜児、か」
今日知った、いや前から知ってはいたんだろうけど今の自分にとっては初めてになる知り合い。
アイツに今日はいろいろと助けられた。
退院手続きや夕食。
他にも身の回りのことなど、親切に教えてくれた。
そしてそれを不思議に思わない自分がいる。
そこにそうやってアイツがいることに違和感を覚えない。
ふと窓を見ると、隣の家の明かりはまだ点いている。
「私……アンタのこと、知ってる気がする」
自分以外誰もいない部屋で、隣の部屋に向かってポツリと呟く。
返事は返ってこない。
当然だ、聞こえるわけが無いんだだから。
ゆっくりと目を閉じる。
何かを忘れ、何かが胸で燻っている不思議な感覚に包まれながら、意識は深い闇へと誘われていった。


***


「で、何処に向かってるの?」
「ああ、お前の記憶を戻すためにも会ってもらいたい人がいるんだ」
朝早くに起こされ、寝顔を見られた事に対し顔面パンチをくらわせた後、何故かお母……やっちゃんが竜児の家で寝ていた事に首をかしげ、ブサイクで名前もおかしなインコとの睨み合いも早々に外に連れ出された。
「会ってもらいたい人?誰それ」
「お前の一番の友達、まぁ俺から見ても親友だと思う人物だ」
「ふぅん、で、名前は?」
「櫛枝実乃梨だ」
「櫛枝さんね」
「………………」
「何よ?何か変?」
「いや、お前はいつもは……」
私のいつも。
その言い方が何か勘に触った。
こいつは結局、こいつの知る私を見ていて、今の私をちっとも見ていない。
それが普通で当たり前で当然なことだと頭で理解していても、『今の私を見ていない』ことに無性に腹がたった。
「うるさい。わからないんだから仕方ないでしょ!!」
怒ったそぶりで無理矢理会話をぶった切る。
「……何怒ってるんだ?」
別に、怒ってるわけじゃない。
腹が立ってるだけ。
それは同じようで違う。
胸がムカムカする。
「……そんなことより、これからその櫛枝さんの家に行くの?」
「あ、いや違う。そもそも俺は家を知らねーし」
「はぁ!?じゃあどこに向かってるのよ」
「櫛枝のバイト先だ」
「ああ、成る程、でも今日ってバイト入ってるか確認してあるの?行くって言った?」
「いや、それは……」
「……?」
どうにも、竜児の歯切れが悪くなった。
まるで、触れられたくない部分でもあるかのように。


***


結局私はそれ以上の追求をせずについていった。
『ジョニーズ』
やがてそう書かれたファミレスに着き、中へと入る。
席に着くと、ウエイトレスが近寄って来た。
「はい、ご注文は?」
コトンと水を置き、元気な笑顔での接客。
印象の良い子だと思った。
「櫛枝、今日バイト終わってからでもいいから時間あるか?」
「……高須君、まだあの時のこと……」
うん?どうやらこの娘が櫛枝さんらしい。
ないやら笑顔が陰ったようだ。
「い、いや違う!!それはもう……今日は大河のことで来たんだ」
「大河?」
ふっと私を見られる。
「大河が私に用なの?携帯にでも電話くれればいいのに」
「えっと……貴方が櫛枝さん?」
「ほえ?何言ってんの大河?いつもみたいにみのりーん♪って呼んでおくれよ、そんな他人行儀な」
みのりん?ああ、実乃梨だからみのりんか。私そんなふうに呼んでたんだ。
「すまん櫛枝。今大河は記憶が無いらしいんだ」
「……へ?ええーーーーっ!?嘘?マジマジ?え?え?え?私のこと、わかんないの?」
驚いたように顔を近づけられながら聞かれる。
「えっと……ごめんなさい」
私の謝罪に、
「ガッデェェェムゥゥゥゥ!!!!!!認めねー!!大河が私を忘れるなんて認めねー!!」
櫛枝さんは頭を激しく振りながら叫び声をあげる。
「お、落ち着け櫛枝。お前今バイト中だろ」
「はっ?私としたことがつい取り乱して……」
ようやく櫛枝さんが正気を取り戻した所で、
「大河がインフルエンザで入院したってのは知ってるだろ?やっと目が覚めたと思ったら記憶がなくなってたんだ」
「そっか……大河、もう一回聞くけど私のことは覚えてないんだよね?」
「あ、そのごめんなさい。ここに来る途中で竜児から聞いた貴方の名前、貴方が櫛枝実乃梨さんっていうことくらいしか……」
「でも高須君のことは覚えてるの?」
「ううん、昨日目覚めてからよくしてくれてるだけ。竜児っていうのは名前を聞いた時になんかしっくり来たからそのまま呼んでる」
「そっか……で、高須君」
「おぅ、できれば櫛枝にも大河の記憶を取り戻すのに協力して欲しいんだ」
「う〜ん、そしたいんだけど今日明日とフルタイムでバイト入ってて、その次の日からおばあちゃんの家に家族で行く予定だったから……」
「そっか……」
「ごめんね、出来る限りのことはするよ、親友のためだもん。バイトは結構遅くまでやってるけど後でアルバムかなんか持って行くから」
「ああ、すまない」
竜児と櫛枝さんがトントン話を進めていく。
何処か、入って行きがたい雰囲気。
私は何故か胸がチクリと痛みながら水で喉を潤した。



***



結局たいした収穫も得られないままジョニーズを後にする。
「大河、櫛枝のことは全く思い出せなかったか?」
「うん、サッパリ」
全くもって初対面のイメージしかなかった。
相手は自分を良く知ってるのに私は知らないなんて何か変な感じだ。
「まぁ、これでダメならあとはショック療法か……」
竜児は何か呟くと携帯から電話をかけ始める。
「あ、北村か?おぅ、実は頼みがあって……ああ、ああ。今会えるか?……河川敷?わかった、これから行く」
電話を切って、少しの間、竜児は私を見つめる。
「……何?河川敷に向かうの?」
「おぅ、そこにもう一人お前にとって重要な人物がいる」
「誰それ?」
「会えば、きっとわかるさ」
竜児はそう言って歩き出す。
その後ろ姿を見ながら、ふと思う。
このまま記憶が戻らなかったら、私はずっとこいつとこんなふうにして一緒にいられるのだろうか。
こんなことを考えていて、だったら戻らなくても……と思ってしまう。
こんなことじゃいけない、こんなんじゃ戻るものも戻らない。
「私……記憶がちゃんと戻るのかな」
つい、口にも出してしまう。
そんな私の小さな小さな呟きに、竜児は反応してくれた。
「お前は、何も心配するな」
俺が、何とかしてやるから。
そう言った竜児の背中が、なんだかとっても大きく見えた。
「……うん」
竜児なら、本当に何とかしてくれそうな安心感がある。
前にも、こんなふうに感じたことがあった気がする。
けど、何も思い出せないし、もどかしさで一杯になる。
記憶って、そんなに大事なんだろうか。


***


「おーい、こっちだ高須ーっ逢坂ーっ!!」
河川敷についてキョロキョロしていると、川のすぐそばから声が聞こえてきた。
「北村、悪いな、自主トレ中に」
「いや何、他でもない高須の頼みだ、それにやることが無いから自主トレしてるようなものだからな」
「そうか」
「うん?どうした逢坂?先程から俺の顔をじっと見て……」
「お?おおお?どうだ大河、何か思い出したか!?」
竜児が期待したような目で私を見る。
「思い出す……?何をだ?」
目の前の眼鏡男が疑問に思ってるがとりあえず無視。
こう、最初にこの男を見たときから何かが引っかかっているのだ。
「うぅ〜んうぅ〜ん、何か出てきそうなのよね」
「おお!?」
竜児が、それもう一息だと私に喝をいれる。
「うぅ〜ん、うぅ〜ん」
悩む、考える、深呼吸する。
何かが、出掛かっている。
考え、空を仰ぎ、仰ぎすぎて後ろに頭から落ちそうになって、冷えた八宝菜よろしく「起こせ〜」とか言う前に竜児に支えられる。
っていうか、普通頭からこけたら死ぬわよね。
死ななくても命に関わるって言うか……冷えた八宝菜って実は凄いのかしら……?
「どうだ大河、思い出したか?」
「冷えた八宝菜って……」
「は?冷えた……何だって?」
「なんでもない」
余計な事を考えている場合じゃない。
「うぅ〜ん」
「お、おい悩みすぎて今朝の飯をもどすなよ?お前結構食ってたからな。ワカメの味噌汁もたっぷり飲んでたし」
「……ワカメの味噌汁?」
その瞬間、私はまさに天啓とも言える雷を感じ、一つの事柄を思い出した。
「あ、ああ、ああああーーーーっ!!!!ワカメ、そうよワカメ!!この人ワカメの霊の人!!」
あれは……できれば思い出したくなかったのだけれど。
「おおぅ、そりゃまたなんて言ったらいいのか……」
竜児が顔を引きつらせている。
「何がどうなってるんだ?」
眼鏡男が私に近づいてくる。
瞬間、今朝見たブサ鳥の時並に鳥肌が立った。
頭に入るのは、黒いもじゃもじゃ……ワカメ(パオーンと象が……)
「ああああああ!?アンタあん時はよくも私にあんなもんを!?」
がぎゅぼどがぁっ!?
あら?いい音。
思いっきり前に突き出したストレートパンチは、眼鏡男の顎にクリーンヒットした。
「ぐほっ……げほっ……な、なかなかいいパンチだ逢坂、しかしせめて殴るなら殴ると言って欲しかったぞ」
わりとすぐに眼鏡男は復活する。
「お、お前、何ていう事を……」
竜児がひくひくしながら呆れている。
何よ?こいつが私にとってなんだって言うのよ。
「す、すまん北村、大丈夫か?」
「あ、ああ。しかしこれも因果応報というやつかな。まぁあの旅行の時の事を怒ってのことならこれぐらい仕方ないさ」
「本当にすまん!!こいつ実は今記憶が無いんだ、だからお前に会えば何か思い出すかもと思ったんだが……」
「何?そうなのか逢坂?」
眼鏡男は驚いたように私を見る。
「本当だけど……こんなことは忘れたままでいさせて欲しかったわ」
「いやーすまんすまん。しかし記憶が無いとは大変だな、よし、俺も逢坂の記憶探しを手伝おう!!」
眼鏡男がやる気になった。
私への謝罪の気持ちもあるのだろう、しかし。
「じゃあ、後は頼むよ北村」
ここで竜児がいなくなるのはどういう了見だ?



「ちょっと竜児、あんたどっか行くの?」
「あ、ああ。俺ちょっと用事があるから……悪いが二人で記憶を探してみてくれ」
そう言って竜児がそそくさといなくなろうとする。
─────ドキン─────
何か、嫌だ。
前にも似たような事があった気がする。
ううん違う。
前は私から離れた、そんな気がする。
私はそれが嫌で、とんでもなく後悔して、涙をたくさん流して……。
フラッシュバック。
竜児の臭いのするマフラー。
それに顔をうずめながら泣く私は……。
「じゃ「竜児!!」あ……どうした大河?」
気付けば、私は竜児の名前を叫んで、服の裾を掴んでいた。
─────あの時も、こうやって掴んでいれば……あの時って……いつ?
「……何処、行くの?」
「いや、ちょっと用事が……」
嘘つき。目が泳いでる。
一瞬よぎった事はさておき、なんで私をこの人と二人にさせようとするの?
「……高須、きっと逢坂は記憶が無くてまだいろいろ不安なんだと思う。傍にいてあげたほうがいいんじゃないか?お前の用事、俺で事足りるなら俺が代わるが……」
「あ、いやそんなたいしたことじゃねぇから……」
「なら逢坂に付き合ってやったらどうだ?どうやら俺ではダメらしい。だが俺の助けが必要な時はいつでも言ってくれ」
「あ、おぅ」
「ではな、高須」
そう言い残し、眼鏡は走って行った。
そういや自主トレ中なんだっけ。
「あーあ、お前せっかくチャンスを作ってやったのに」
眼鏡が見えなくなってから、MOTTAINAIとばかりに竜児が言い出した。
「何が?」
「アイツは……北村はお前にとって重要な人物なんだよ」
「北村?」
「北村祐作。それがあいつの名前だ」
そういや私名前すら聞いてなかったわね。
「ふぅん、まさか私がその北村君と付き合ってたとか言うわけ?」
「いや、まだそこまじゃないが……」
「まだ?じゃあ可能性はあったってこと?」
「あ、それは……」
「ハッキリしないわね」
「そ、そんなことより!!何で俺を引き止めたんだよ!?」
急に話をずらされた。
「そ、それは……」
「あいつなら信用できる男だったのに」
信用?……それは無理な相談だ。
今の私には、知ってる奴が……信用たる人物は一人しかいない。
「……できないの」
「おぅ?」
「今の私には、アンタ以外信用できる奴なんていないの!!」
「おおぅ!?」
それを言葉にすることで、竜児は機械のように固まった。



「だいたいね、付き合う一歩手前だかなんだか知らないけど、今の私にとってはアンタの方がよっぽど魅力的よ?」
次いでだから思っていることを言っておく。
「み、魅力的?俺が?」
驚いてる驚いてる。
でも、それは本当のこと。
「あんまこういうの言いたくないけど、アンタ優しいし、料理上手いし……なんとかしてくれそうって、安心できるの」
「おおぅ……」
竜児が赤くなって背を向ける。
ちょっと言い過ぎたかしら?
でも、私の言葉で照れてる竜児って、なんかいい。
「そーよ、アンタもっと自分に自信持ちなさい、顔は恐いけど」
「おおぅ、やっぱ顔はダメか」
あら?ヘコんじゃった、めんどくさい奴ね。
「でもそれを補って余りある気遣いが女にはぐっとくるのよ、男は顔じゃないって」
「そう、そうか、そうだな」
良し、感謝の気持ちも込めてもっと言ってやろう。
「そーよっ!!元気出して自信持ちなさい!!ほら、あれよ、アンタを知った奴相手だったらどんな奴でもイチコロよ!!誰かに告白してみなさい?一発OK間違いなしっ!!」
「………………」
「あ、あれ?」
おかしいな、急に竜児が暗くなった。
もしかして、地雷踏んじゃった?
「なぁ、大河」
「な、何?」
「どんな奴でもって……お前も入るのか?」
「え……?」
─────ドキン─────
胸が、一際高く鼓動する。
ぼっと頬に熱が生まれる。
私……?
私がコイツに告白を受けたら……?
「わ、私は……」



「………………おい、冗談だぞ?」
「え?……あ、そうよね、あー驚いた」
たっぷり間が相手から言われ、急に脱力する。
と同時に、ドキドキの代わりに寂寥感が生まれる。
つまり、私には冗談でしかそう言うことを言わないってことで、それは私に本気になることが無いってこと。
それが無性に、悲しい。
「俺この後買い物があるんだが、お前どうする?」
「ん、先に帰ってる」
「そうか」
こんなことがあったばかりでは、流石に一緒に居づらい。
でも、『わ、私は……』の後に私はなんて言おうとしたのだろう。
自分で自分がわからない。
きっとこれも記憶喪失のせいだ。
「じゃあ、後でな」
「うん」
そう言って竜児と別れる。
竜児の背中が見えなくなって、ポタリ。
足下に水が一滴垂れる。
「あれ……?」
空を見上げるが、雨は降っていない。
降っていないのに、視界が歪む。
「ううっ……ぐすっ……」
いつの間にか、私は涙を流している。
でも、理由なんてわからない。
これもきっと、記憶喪失のせいだ。
きっとそうだ。
絶対そうだ。
……とりあえず、そういうことにしておこう。


***


そうして私が家に歩き始めて数分、泣きやんだ頃に声をかけられた。
「大河!!」
「えっと……」
確か、櫛枝実乃梨さん。
「櫛枝さん……?」
「んもう、その呼び方やめておくれよ〜」
でも、そんなこと言われたって、今の私にとっては殆ど知らない人だし。
「あれ?今日は一日中バイトなんじゃ……?」
「うん、店長に無理言ってニ時間休憩もらったんだ。だから家からアルバム持ってきたぜぃ」
にこやかな笑顔で私に分厚いアルバムの表紙を見せてくれる。
「あ、ありがと……」
「ん?大河今……泣いてた?」
「う、ううん泣いてない!!」
「嘘、私にはわかるよ大河、そう言えば高須君は?」
「竜児は買い物に行った。ついてくるかって聞かれたけど断った」
「……大河、高須君と何かあった?」
「何かって……何が?」
「ううん、何でもない。はいこれ」
アルバムを手渡される。
パラパラとめくってみると、どれも私と……竜児の写真ばかり。
「……これ」
そのうち、違和感を覚えた。
殆どが櫛枝さん本人が写っていない。
でも一つだけ、
「あ、それは……!!」
櫛枝さんが慌てる。
そこには、竜児と手を繋いだ櫛枝さんがマラソンか何かのゴールをしているところだった。



「竜児と、仲が良いんだね」
ふと出たのは、そんな言葉。
「いや、違うの大河。これは……」
「それに、この竜児、とっても必死な顔してる」
ああそうか、と納得した。
私は、及びじゃないんだ。
「これ、借りてもいいの?」
「あ、うん……」
何処か笑顔が曇った櫛枝さんはそれでも私にアルバムを貸してくれた。
「ありがとう、みのりん」
だから、彼女が呼んで欲しい名前で彼女を呼んでその場を後にした。


***


独りの部屋で独りになる。
そう言えば私は一人暮らしって聞いた気がする。
あれ?でもじゃああのお母さん……じゃなかった、やっちゃんは?
竜児の家にいた気がするけど、何でだろう?
考えてもわからない。
私は何も覚えていない。
ベッドの上でアルバムをペラペラめくると、そこには今の私じゃない私と竜児がたくさん写っていた。
めくるたびに、悲しみが増える。
新しい私と竜児を見るたびに、きゅっと胸が締めつけられる。
そして、何度も竜児と櫛枝さんの繋がった手を見てしまう。
私は、どうしたというのだろうか。
これも、記憶喪失のせいなのだろうか。
この苦しみも、悲しみも、モヤモヤも……ドキドキも。
「はぁ……」
溜息が出る。
私は何を思って、何を考えているのだろう?
記憶が無いのに、何を悩んでいるのだろう?
「わかるわけ、ないじゃん」
自分に自分で突っ込む。
危ない人みたいだけど、知ったこっちゃ無い。
枕を抱きかかえ右へ左へゴロゴロしながら悩む。
何を悩んでいるのか悩む。
「ああーもうっ!!わかんないっ!!」
わからないのにイライラして、一際大きく横へ移動した時、私はドスンという音とともにベッドから転がり落ちた。
「痛たた……あれ?」
怪我の功名とはよく言ったものだ。
私はベッドの下に隠すように置かれているダンボール箱を見つけた。
「何かしら、これ」
中を見てみると、靴下、パスポート、ガラクタ……。
統一性の欠片もない。
私って一体どんな奴だったのよ……ん?
その中で一つ、封筒にも入っていない便箋が一枚折りたたんであるのがあった。
「なにかしら、これ」
手にとって、開く。
そこには、ただ一行文字が書かれていた。

『貴方が、好きです』



この手紙を見て、急に頭が痛くなる。
何か、何か忘れている。
いや、気付いていて、気付かぬふりをしている。
「私、何か大事なことを忘れて……この気持ちは……これ?手紙?」
手に持った手紙に目をやって、忘れていたのはこれじゃないかと思う。
途端、目覚めて最初に見たフラッシュバックを思い出す。
「私、そう言えば竜児の家で、『封筒』渡してた……まさか、これその中身?」
???????!?!?!!!!!!!!!!!!!!!!?!??!?!!!!!!!
思わず言葉どころか文にすらなっていないことに気付く。
なんていうことか。
前の私は竜児にラブレターを出し損ねていたのか。
気持ちを、伝え損ねていたのか。
つまり前の私『も』竜児が好きなのか……。
そのまま月日が経って、櫛枝さんと竜児が良い感じになっちゃったのか。
「私、なにやってんだろ……」
口に出しても、本気でそうは思わない。
きっと、私ってばそういう奴だったのだと思う。
それにまだそうと決まったわけでは……ん?さっき私『も』って考えなかった?……ズキッ!!
急に奔る脳の根幹への激痛。
頭が割れるように痛い。
まるで『思い出してはいけない何か』触れ、記憶回帰を避けているように感じる。
痛いいたいイタイ痛イいタいいたイ。
頭痛で頭が割れそうだ。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛イ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イ痛い痛い痛い痛イ痛い痛イ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ!!!!
おかしくないそうなぐらい痛い。
しかし、いつの間にか自分の胸を強く掴んでいる事実に気付いて、始めて脳が感じた。
痛いのは、頭よりも胸だ。
いつかサイズが大きくなる予定のこのちっぽけな胸だ。
気付いた途端、急に頭の痛みが引いて……息が出来ぬほど胸が苦しくなった。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
『ピロピロピロピロリン♪』
胸の痛みにもがきながら、耳は携帯の着信音を捕らえる。
必死に携帯を手繰り寄せてディスプレイを見つめ……一気に痛みも苦しみも引いた。
ディスプレイには……、

『みのりん』


--> Next...





作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system