「………………」
「………………」
家を出て数分。
私は話さないし離さない。
竜児も離さないし話さない。
私たちは手を取って家を出た後、そのままなし崩し的に手を繋いだまま歩いていた。
どちらからも離そうという意志は感じられない。
そんな空気を壊したくなくて、言葉も発しない。
このまま、何処までも行けたら、それはどんなに……。
─────幸せだろうか─────
ドクンと心臓が跳ねる。
予想以上に驚いてしまったのだ。
それは、自分が幸せを求めた事に対して。
自分は幸せなどとは無縁だと思っていた。
いつしか、諦めてすらいたはずなのだ。
自分は幸福とは無縁であるから、と。
しかし、求めた。
それも竜児に。
ここで再び驚愕。
私は竜児に幸せを求めている。
飽くまで片思いと思っていた相手、北村祐作を差し置いて竜児との未来を渇望している。

私は、自分で言うのもなんだが、飽きやすく気が変わりやすい。
だが、決して北村君に飽きたとか、気が変わったとかでは無い。
それは、私の心を占める割合の問題なだけ。
今は、竜児が私の心の容量の大半を占めている、ただそれだけ。
プロパティから調べれば、恐らく空き容量はありませんと表示されるくらい、一杯一杯。

そこにさらに驚き。
私の中で、竜児がそこまで大きくなっていたことは、考えたことなど無かった。
……否、断じて否。
考えたことは……ある。
気付いたというべきか。
ああ……だから私は記憶をなくしたのだろう。
あの晩、竜児を送り出して、私は涙の海に沈んだのだから。
気付くのが遅すぎて、いや、気付きたくなくて、いや、気付いてはいけなくて……だから封印した。
心と一緒に、記憶を。
そんな私が、みのりんをさしおいて竜児とデートなんてしていいのだろうか。
そんな不安がよぎった時、
「大河」
名前を呼ばれた。



でも、名前を呼んだのは竜児じゃない。
「あ……」
目の前には、みのりん。
「大河、昨日はなんで電話を切った?アンタらしくないじゃないか」
みのりんは肩で息をしている。
「電話を切った?」
竜児が首を傾げている。
「悪いけど高須君、ちょっと大河を借りるよ」
みのりんは私に手を伸ばそうとし、「高須君?」出来なかった。
「悪いな櫛枝、今日はダメだ。それにお前バイトじゃなかったのか?」
「……大河には言わなくちゃいけないことがあるんだ、手を離して」
みのりんは竜児に腕を掴まれ、私に肉薄できない。
「悪いがダメだ。今日の大河は、俺と用事がある」
「またにしてよ、私は急いでるんだ」
「いや、生憎俺も昨日からこと大河に関しては譲れない立場だからな」
「?どういう意味?」
「俺は、大河の彼氏になった」
「「っ!?」」
私と、みのりんが驚く。
まさか竜児、みのりんにそのことを言うなんて。
「……高須君、それは卑怯じゃないのかい?今の大河は……」
「大河に、告白されたんだ」
「!!本当なの?大河」
二人の間に険悪な空気が流れる。
いけない、これ以上はダメだ。
やっぱり、私が幸福を望むとこうなる。
ここは……。
「ううん、竜児が勝手に言ってるだけだよみのりん」
そうしておくべきだろう。
「大河はこう言ってるよ高須君」
「た、大河……?」
竜児が驚いたように私を見る。
潮時だ。
「だって、私は竜児とみのりんの応援をしてるんだから。あの晩だって……」
「待て大河、お前……」
「あ、うん。ついさっき記憶が戻ったの」
あっさりと、できるだけ何でもないように言い放つ。
「だから安心してよみのりん。昨日電話を切った時はまだ記憶がなかったけど、みのりんと竜児の邪魔はしない『パァン!!』……」
じぃんと痺れたように痛む頬。
目を真っ赤にして、私を睨むみのりん。
叩かれた、と気付いたのは、みのりんの涙が重力に従って地面に落ちてからだった。



「大河、あんたは全然わかってないっ!!」
私の首を捕まえて、みのりんは怒鳴る。
「私の昨日の話しを聞いていた?何で最後まで聞いてくれなかったのさ!?私たち親友だよね?」
一気に捲し立てるみのりんの怒声。
けど、今の私は右から入って左へ抜ける状態だった。
みのりんに叩かれた、それだけがぐるぐると頭を巡る。
「聞いてる大河!?私言ったよね!?そんなんじゃない、違うって!!」
ただ、最後のそれだけは聞こえた。
『パァン!!』
今度は、私が叩き返す。
「な……!?」
よっぽど意外だったのか、みのりんは叩かれた頬に手を当てて私をぼーっと見ている。

「みのりんこそ、私を信じてないの?私が気付かないとでも思った?みのりん、私は嘘は何一つ言ってない、でもみのりんは今嘘をついた!!」
「ち、違「違わない!!みのりんは間違いなく竜児に惹かれてた!!」……でも大河が……」

カチンとくる。
「私が何?みのりんは私に同情して嘘ついたの?そんなの、冗談じゃない!!」
「だって!!それは大河が高須君を好きで、高須君は大河が好きだから!!」
「違う、竜児が好きなのはみのりんなの!!」
もうヤケだ。
思いの丈をぶちまける。
竜児の気持ちまでぶちまけたけど、そんなもの今更知ったことか。
『パァン!!』
再び頬を叩く音が高鳴る。
今度は私が叩かれた。
「アンタも今嘘をついた!!高須君は私じゃなくアンタが好きなのに!!」
カチンとくる。
「嘘じゃない!!竜児はみのりんが好きだって言ってた!!だから私たちは一緒にいたんだから!!」
『パァン!!』
私も手をあげ返す。
「くっ!!このわからず屋!!」
みのりんがもう一度私に手を挙げようとして、その手を竜児に掴まれた。
「もういい、櫛枝、もう止めてくれ。大河も」
叩き合っていたのは私たちだというのに、一番痛そうな顔をして竜児は嘆願する。
「だったら高須君!!大河にあの晩のことを言いいなよ!!」
あの晩、とは恐らく私が竜児の背中を押したあの晩だろう。
正直聞きたくはないが、それでこの二人が上手くいくのなら、それも仕方のないことだろう。
「そうね、竜児、みのりんに告白したってことを隠す必要は無いわ」
だから、竜児の口を促す。
竜児はそれを聞いて、私を見つめ、いいんだな?と目で訴えてから口を開いた。
「俺はあの日……櫛枝に告白した」



それを音、声として認識し、理解するのと同時、私を構成する世界が音を立てずに砕け散っていく。
わかっていたことでも、ダメージは大きい。
これで私はもう竜児とは関われない。
立つのがやっとというこの状態で、竜児はさらに続ける。
「俺は、大河が好きなっちまったと、櫛枝に告白したんだ」
………………………………はい?
イマナンテイッタノリュウジ?
言葉が上手く理解できない。
ただ、さっきより自身を支える足には力が入っていた。
「俺は、櫛枝が好きになって、大河とつるむようになって、たくさんの大河を見て、櫛枝より大河を好きなことに気付いたんだ」
砕け散った何かが、まるで巻き戻しのように高速で元に戻っていく。
「え……?あれ?……それって……」
先程、いくらみのりんに叩かれても流さなかったソレが溢れてくる。
「お前の記憶が戻ったら、俺から告白しなおそうと思ってた」
竜児が私を真っ直ぐに見つめ、近づき、私の視界は竜児の服だけになる。
手が添えられ、まるで離さないとばかりにきつく抱きしめられて、か細い声で一言。
「……好きだ」
そう、言われた。
私は、震える体を上手く制御できず、それでも竜児の背中に手を回す。
そのまま時が止まったように竜児の温かみを甘受していて、「コホン」……咳払いに慌てた。
「……で、大河」
みのりんはもう怒っていない。
「ち、違うのみのりん!!こ、これはその……!!」
「はいはい、さっき嘘吐いたって怒ったのはどっちだい?」
「私、だけど……」
「全くもう……まぁいいか。私はバイトに行くよ。あちゃあ、完全に遅刻だぜよ」
みのりんは私たちに背を向ける。
きっと気を利かせてくれたのだろう。
「じゃね」
そう言って、みのりんは駆けだした。
残される私と竜児。
「えっと……」
私がゆっくりと竜児をのぞき見ると、竜児も全く同じ動きで私を見た。
言葉が出ない。
目が合うと同時に顔を背けてしまう。
それを繰り返して三度目、ようやく竜児が口を開いた。
「……いつから記憶が戻ったんだ?」
「……家にアンタが迎えに来る少し前」
「何だよ、だったらもっと早く言えば良かったじゃねぇか」
「うるさいわね、タイミング合わなかったのよ、混乱してたし」
「そっか」
竜児は納得したように頷き、
「でもよ、お前は俺で良いのか?お前は北村が……」
そう言おうとした竜児の唇を、背伸びして人差し指で止める。
「アンタは言ったわよね?虎と竜は並び立つから私の傍らに居続けるって」
「……?……おぅ」
「いい?居る、じゃなくて居続けるって言ったのよアンタ。そして私はそれを認めたの。ちゃんとその意味理解してる?」
「……?あ……」
わかったようね。
つまり、アンタは私の傍らに居続けなくてはならない。
故に、それは逆説的に表現すると、
「だからね、竜児。私が並び立つのは……」
竜児の傍らだけ、と未来の立ち位置を私は決定づけた。
私は二度と忘れない、自分のその立ち位置を。
変わることの無い、竜児との距離感を。


FIN


--> おまけ






作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system