夕食後、行儀悪く寝そべって携帯ゲーム機をいじっている大河に、洗い物を終えた竜児は手を
拭きつつ傍に座り込んだ。

「なにやってるんだ?『絆』だったら久しぶりに俺もつきあおうか」
「アンタのヘボいGMキャノンはお呼びじゃないのよ」
「お前の猪突猛進そのままのグフカスタムよりはなんぼかマシだ。COM相手にいつも突っ込んで
袋叩きされてるくせに」
「うっさい。トリントンじゃてんで役に立たない中距離支援機の何が良いんだか」
「…タクラマカン砂漠なら結構使えるぞ。いいじゃねぇかジムキャノン。ジムでキャノンだぞ?」
「うざい喋るな空気が減る。…とにかく『絆』じゃないから」

 そう言い捨ててゲームに戻る大河の手元を見つめると、ゲーム機――PSPの画面には、見慣れた顔が映っていた。

「なんだ俺らのゲームか。……そうか、今回は批評ネタか」
「身も蓋もないわね。その通りだけど」
「なんだ?何か気に入らない点があるのか?まあ身贔屓といえばそれまでだが、俺はそこそこ楽しめたぞ」
「そこそこ、ね」
「…棘があるなあ。一体なにが不満なんだお前」
「ほら、昔から言うじゃない。
 連載があまりに長期に亘った漫画で、記憶喪失ネタまたは人格交換ネタが来た時は、作者はネタ切れ
起こしてる末期症状だって。
 なのにこのゲームときたら両方一緒に――」
「待て―――――――――っ!
 お前は今、いろんな人を敵にまわしているような気がする!!」

 顔を青くして冷や汗をダクダク流して震える竜児を一瞥し、大河は小さなため息をついた。
 視線を虚空に向けて、呟く。

「しかも人格交換ネタは夢オ」
「隠しシナリオだから!ネタバレになるからあああ!!」
「攻略本も出てるんだし、もう解禁でしょ」
「そうかもしんないけどよー…」

 まだ早鐘のような勢いの鼓動を鎮めようとしながら、竜児は話の流れを戻すことにした。


「それで、結局なにが気に入らないんだ?
 この手のゲームの基本とはいえ、画像はきれいで豊富だし、ミニゲームも盛りだくさん。特に
会話シーンではTORAシステムを導入、スムーズかつ表情豊な表現を…」
「…そうね。そういえばそのTORAシステムとやらも気に入らない点の一つね。…ほら、ちょっとこれ見てて」
「川嶋の会話イベント…プールの時のか」
「しばらく見てて?ほら、まばたきするでしょ…」

 ぱ ち く り

「「うぎゃあああああああああああああああ!!?」」
「な、なんじゃこりゃあああ!い、いま一瞬、川嶋がすごい半漁人顔というか微妙なキモ顔に!」
「キモいでしょ!?キモいよね!?目蓋ばっかり動かして瞳はそのままだからこんなことになるのよ!
 しょ、しゅ、出演者として私こんなキモ顔耐えられない!」
「おおう…これが大河だと…」
「想像するな!見るな!確認しようとロードするなぁ!
 ああもう、変に新技術使わなくてもいいじゃない!
 PC−FXのブルーブレイカーみたく会話シーンは立ちキャラ全部アニメさせればいいじゃない!」
「お前はまた微妙な例えを…。
 それはともかく、これが一番の嫌いな理由じゃないんだよな?一番は何なんだよ?」
「……グ、グラフィックモードで…」
「ふむ」
「あ、あんたが私にリップ塗ろうとしてる画像で…」
「うん?」
「…PSPの画面にぶちゅ〜っってしたのに、私があられもない痴態をさらすエロエロルートがオープンしなかった…」
「やったのかよ!騙されたのかよ!ってか俺がナレーションで嘘だぞって注意してたろ!?」
「だってだってみのりんが言うことだから…」
「櫛枝は基本的に良いヤツで正直者だが、ウケと笑いを取るためなら割と容赦しないぞ!?
 というか!
 お前…その…そーゆールートが存在していいわけないだろ!?」
「わかってるわよコンシューマー機で成人指定なんて…
 ちっ、セガサターンがまだ健在ならあるいは…」
「そこじゃねぇ!そうじゃねぇ!
 お前、そんな…ルートが本当に欲しいのかよ!?
 俺は嫌だぞ!いくらプレイヤーの皆さんとはいえ、お前のその、えっと…肌をさらけだした
姿をお見せするようなことはだな…」
「竜児……アンタ今、すっごく恥ずかしいこと言ってる」
「うるさい!っていうかお前まさか…北村みたく裸族に目覚めブgyァ」

 素晴らしくきれいに入った右拳に顔面を張られ、竜児の身体は三回転ほど回ってすっ飛んだ。

「おおおおおお乙女に向かってなんてこというのよこのエロ駄犬!
 わ、私だって竜児以外の男にそんな姿見せるつもりはないわ!」
「おおう…愛が痛いぜ大河…。
 じゃあなんなんだよ?その、年齢制限入りそうなルートが欲しいってのは」
「それは…その………し…」
「あ?ハッキリ言えよ」
「だ、だから…ゲーム本編でもっと竜児とラブラブイチャイチャしたいから!」
「………はい?」



 大河の言わんとするところの意味が今一つ把握できず、固まる竜児の前で大河は
堰を切ったように喋りだした。

「そりゃ私としてもあの結末そのものはそれもアリかなって思ってる!
 子供だってできるし…幸せな未来だし…。
 でもみのりんやバカチーに較べるとコミカルな割に話の流れが今一つ悪いっていうか…
 何より竜児、サービス悪い!愛情表現が足りてない!!
 正面から強く抱きしめてよ!頭なでて私の顔を胸に埋めてよ!
 愛してるってささやいて、私のこと大好きだって言って、そして…キキキ、キスしてくれたっていいじゃない!
 それくらいのことはしてくれないと、報われないよ!」
「…報われない?」
「あ…」

 バツの悪そうな顔をして、大河は黙り込んだ。
 しかし沈黙は長くは続かない。
 視線を竜児から逸らし、トーンダウンしながらも言葉を続ける。

「……こんなこと、自分で言うのはすごく、すっごく格好悪いけど。
 クリスマス前の頃、ゆりちゃん先生が言ってたよね?努力したんだから、報われなきゃって」
「ああ。そういった意味のことは言ってたな」
「私たちの物語りで、やっぱり一番辛くて痛いのは…あのクリスマスの夜のことなんだよね」
「そうだな。…辛いことは他にも色々あったけど、あの夜のことはもの凄く辛くて痛くて、悲しかったことだと思う。
 でもそれは必要なことだから、大事なことだから、あの夜があるから、今の俺たちがあるから…」
「うん。私が本当に好きなのは竜児だってことを認めることができたのは、あの夜があったから。
 私達にとって、あの夜は必要なことだった。
 それでも、とても辛かったことは確か。
 辛いから、悲しいから、報われて欲しいって思ってくれる人たちがいる。
 だからクリスマスを題材にしたIFストーリーは多いし、このゲームだってあの夜から始まってる」
「確かにな。…冬休み中ということで区切りもいいし、大きな節目の時期だからゲーム的にも話を作りやすいし。
 …そうか、俺の選択次第でいろいろな結末があるとはいえ、基本的には「あの夜」のやり直しが大きな主題の
一つになってるんだよな」
「まあね。…記憶喪失って設定のアンタと違って、私的には『やり直し』じゃなくて『繰り返し』になりかねないんだけど。
 実際…記憶の無いあんたはある意味お気楽でいられるけど、私やみのりんはすっごく苦しくて、泣きたくなることだって
たくさんあるんだから。
 なのにアンタときたら…!」
「待て!落ち着け!落ち着いてください!だから木刀取り出すな!」
「だって!だってだって、記憶無くてもアンタはやっぱり優しくて私のこと大事にしてくれるから!
 思い出が無くてもアンタはやっぱり私の大好きな竜児だから!
 あきらめたくないって思っちゃうじゃない!
 でもあきらめなきゃいけないんだって!
 好きになるなって!好きになっちゃいけないんだって自分に言い聞かせて!
 この気持ちを忘れなきゃって!
 こんなやり方は卑怯だから、竜児が本当に好きなのはみのりんなんだから、そのことを竜児に思い出させなきゃ
いけないんだからって!
 それが竜児の幸せだから!
 でも…それでも…そう分かってても…どうしても私、竜児のことが好きだから…」

 だからあきらめたくなんかなかった。
 どんなに浅ましくても、卑怯でも、親友を裏切ってでも、
 どうしたって竜児のことが好きだから、

 報われたかった。
 流した涙の数だけ、喜びが欲しかった。
 そんな醜い自分に嫌気がさして、自分の身勝手さが憎らしくて、
 自分を殺してしまいたかった。
 そんな気持ち全て、悪態と減らず口で覆い隠して、竜児の傍に居続けた。
 竜児のためになにかしたかったから。


「ああ…そうか。そうだよな」
「ちょ…」

 世界は、とても不公平にできている。
 いつも自分以外の人の幸せを考えている女の子、
 誰かのためにがんばってる子がいる。
 その子の優しさに誰も報いてくれない世界なんて、間違っている。
 誰がなんと言おうと、そんなことは許せない。
 絶対に。

「人の気持ちは本当、とても難しくて複雑だ。
 何をどうすれば、どうしたらいいのかわからなくなる事もある。
 迷って、悩んで、わからないなら。
 複雑だから、難しいから。
 簡単なことから、単純なことから、考えていこう。
 一番大事なことを、忘れないように」

 抱きしめた、大河の背中に回した手に力を込める。
 もっと傍にいてくれるように。
 もっと近くにいてほしいから。

「俺にとって大事なことはただ一つ。
 俺が好きなのは大河だってことだけ。
 これだけは、譲れない」

 頤に手を添えて、唇を寄せる。
 腕の中で、一瞬抵抗するかのように震えた身体は、でも拒まずに受け入れてくれた。
 報われたっていいんだって。
 世界は不公平で、サンタクロースはいないけれど。
 俺と大河のクリスマスは、まだ終わっていない。
 終わっていないなら、幸せになりたいと心から思う。
 クリスマスは皆が幸せになれる日なのだから。

「――――と、まあこのくらいのラブ度数が欲しかったわけだな?」
「ふにゃあ…」

 そんなことを言いながら、竜児が顔を真赤にしてぐでんぐでんになった大河をようやく解放した。
 
「なんつーかさ。俺も実は同じようなことは考えてた。
 トゥルーエンドじゃないが、弁当食って眠くなったお前に膝枕してやるくらいしか、お前のがんばりに
報いてやれてなかったからな。
 結局、何がおもしろいかどうかなんて個人の尺度で幾らでも評価は分かれると思う。
 ただ物足りなさを感じてる人は多いんじゃないかと思うんだが…って大河?」
「や…」
「うん?」
「ヤられたら、犯りかえすっ!!」
「いやあああああああああああああああっ!!?」

 ギシギシアンアン

「くらわせてやらねばならん!然るべき報いを!」
「ビ―――ティ―――――――!?」

 若人置いてきぼりー、という竜児のツッコミは、ギシアンの流れに埋没して、消えた。





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