「……何それ?」
「オッオハヨウ、川嶋」
「イヤ、挨拶はいいから… 何でその小っこいのは後ろにくっつて半ベソかいてるのよ…」
「イヤ、何かその… 怖い夢を見たらしくて」

今朝、いつもの如く弁当を作っていると大河から電話が入った。

「おはよう大河。こんなに朝早くに珍しいな、何かあったのか?」
「…良かった」
「どうしたんだ!?お前泣いてるのか?」
「大丈夫」
「全然大丈夫じゃないだろ!すぐにお前の家に行くから、学校には行けそうか?」
「うん、待ってる」

迎えに行くと大河は扉を打ち壊す勢いで飛び出し、俺に見事なタックルを決めて胸に顔を埋めてる。

「どうした大河!何があったんだ?」
「………」
「オイ、大河!」
「おはよう、高須君」

顔を上げるとお母様が冷ややかな目で見ている。そりゃそうだよな、朝から玄関先で娘が男に抱きついてたらあんな顔になるよな…
とりあえず、謝っとくか。
「おはようございます!えっと、何かすみません」
「良いわよ別に、家の娘が勝手にやってる事だから」
「はぁ… あの、何かあったんですか?」
「夢を見たんですって」
「夢?」
「そう、夢。夢の中で高須君が居なくなったんだって、ウフフ」
「そうですか…」
「笑い事じゃないわね、大河にとっては一大事なんだから」
「ハイ、鞄。後は宜しくね高須君、いってらっしゃい」バタン!
「宜しくねって… とりあえず学校に行くか、大河もう大丈夫か?」

しがみつく大河を見るとコクリと頷くだけ、不謹慎だが弱ってる大河は何時もより数倍可愛いい… イヤ、今は安心させないとな。

「俺は大河の前から消えたりしないから」
「…本当に?」
「あぁ当然じゃないか、大河を置いてどっかに行ったりしない、だからそろそろ学校に行こうな」

頷く大河の手を引いて学校に向かう。流石に手を繋いだままで校内を歩くのはマズいので、なんとか説得して袖を掴むで妥協してもらった。

「そう、怖い夢ねぇ… それでくっつてるの」
「まぁな」
「可愛いとこあるじゃない。大切にしてあげないねぇ」
「からかうな、川嶋」
「あら、私は本気よ。それじゃねぇ〜」
やっと行ったか、一番厄介なのはクリアした。
「教室に行こうな、大河」



教室に着いてからは気を使ったのか袖も放してくれ、隣に椅子を持って来て座るだけだった。
休み時間の度に来ては隣にちょこんと座り、話し掛けても首を動かすだけ。
結局、放課後までその繰り返しで殆ど大河の声を聞くことは出来なかった。

帰り道、いつもより繋いだ手に力を感じる。
そんなに不安なのか大河?
でも夢を見ただけでこんなに落ち込むってのもな、こりゃ他に原因があるな。

「大河。俺はどこにも行かないから、それに今朝のは夢なんだから少しは元気になってくれよ」

「…うん。夢って解ってるんだけど」

「他に何か不安にさせる事でもあるのか?」

「……寂しかったの」
「だって恋人になる前はずっと一緒だったのに、恋人なったら一緒に居る時間が減ったんだよ」

「そうだな。いま思えば、あれは贅沢な時間だった。MOTTAINAIことしたな」

「でしょ!もっと竜児の側に居たい!」

「気持ちは嬉しいけどな…」

俺だって大河の近くに居たいが、こればかりなぁ。
悩みつつ歩いてると雑貨屋にディスプレイしてある犬のぬいぐるみに目が止まる。

「なぁ大河。家に居る間はあの犬のぬいぐるみを俺として可愛がるってのはどうだ?」

「う〜ん」

あれ?もっと喜ぶと思ったんだけどな。

「とりあえず中に入らないか?」



中に入ってからも大河はぬいぐるみにあまり興味を示さない、うろうろ他を見てまわる。
俺はぬいぐるみを手に取り黄昏た。
今朝の弱った可愛らしい大河にピッタリだと思ったのは俺の妄想か?勝手に少女趣味をオプションとして付けたのか?

やっぱり、どこまで行っても大河は大河か… こんな事なら肉でも喰わせて元気にするか?

諦め気味に大河を見るとショウケースの前で目を輝かせて居る。
オォ!あれは俺の求める可愛らしい大河!

「どうした?欲しい物でもあるのか?何でも買ってるやるぞ!」

若干、危ないオヤジみたいな言葉を吐きつつ近づくと、大河は指輪を見ていた。

「竜児!わたし指輪が欲しい!」

「指輪?」

「そう、指輪!婚約指輪にするの!」

「婚約指輪って、だったらこんな安いのじゃなくて…」

「ううん、これで十分。値段とかじゃなくて気持ちの問題だから」

そうか、婚約って言っても言葉だけだったもんな。目に見えないと不安になることもあるし。

「良し!じゃあ俺にも選ばせてくれ」

「うん、選んで!選んで!」

俺が選んだ四千円の指輪を手にして大河は大喜びした。
結局、大河を不安にさせてたのは夢でも現実でも俺だったか。
やっぱり鈍犬なんだな、俺…

「うわ〜 綺麗だなぁ」

公園で一休みしながら大河は指輪を夕日に透かして喜んでくれてる。
俺は己の鈍さに少しへこむ、やっぱり俺の感性は犬程度なのか?鈍犬並みか?

「ありがとう、竜児」チュッ!

大河は笑顔でキスをくれた、でもへこんだ俺の心は曲解する。

「…今のキスは俺へのご褒美か?俺は鈍犬だしな」

「違うよ〜 ちゃんとしたお礼だよ」
「だって、竜児は私の素敵なご主人様だから」

泣きそなくらい嬉しかった、こんな俺を素敵な旦那様なんて…
ありがとう大河、俺はこのままお前をお持ち帰りしたいよ。

嘘です、すみませんお母様。

「さぁ、もう暗くなるから送ってくぞ」

「………このまま帰っちゃうの?」

「えっ!?」

―おわり





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