「暑……ちょっと、近寄んないでよね、あんた」
「……近寄ってねえだろ? 1メートルは離れてるだろ?」
「じゅうぶん近いのよ、あんた犬赤外線出すから。5メートルは離れて」
「遠赤外線みたいに言うな。てか、それじゃ居間の外じゃねえか……仕方ねえ、じゃあ俺、
 自分の部屋行くわ」
「駄目。却下。居間にいろ。許す」
「……ったく。こんくらい離れりゃいいか? はいはい、おありがとうございますっと……」
「……」
「……」
「……あーつーいーっ! もーっ、竜児なんとかしてよ! エアコンエアコン!」
「そんな暑っ苦しい格好してっからだろ。ったくしょうがねえな。窓閉めるか……ほれ」
 ピッ……ブーン……
「ひゃあ! 竜児っ、風向っ、真下向けて真下! ……おっけー! さあ来い冷気! 苦しゅうない!
 ……来た来た、来たよ竜児っ!」
「それはそれは姫、良うござんした」
「うんっ!」
 ……ブーンウンウンウン……
「……なにこれ、うるさ……ねぇ竜児、あんたんとこのエアコン、壊れてない?」
「おう、どうした。冷たい風、来ないか?」
「ううん。冷たいのは来てるけど……ブーンブーンうるさくない?」
「ああ、そりゃ今年からのウチの仕様だ、うるせえのは。掃除もなんも、いろいろしたけど
 だめだった。やっぱ古いんだよ、ウチのエアコン」
「え? なに? ちゃんと聞こえなかった」
 ……ウンウンウン……
「おう……ウチのエアコン古いの! だからうるせえの!」
「へー、古いのってそうなんだ。私の家のって、あれでもかなり静かなのね……」
「は? なんつった? 微妙に聞こえねえぞ?」
「っんもぅ! だから……! いいや、めんどくさ。竜児っ、ちょっとこっち来て!」
「なんだよ、犬赤外線はいいのか?」
「いいの! もう涼しいから! 早くこっち!」
「へいへい……ほら来た」
「そんなとこじゃあんた、涼しくないでしょ? もっと近う寄れ! 苦しゅうない!」
「……はいはい。ほら来た……おう……涼しい……」
「でしょでしょ! うっさいけど!」
「おう、涼しい……な……」
「ん……ねぇ、竜児」
「な、なんだ? 大河」
「……抱っこ、して?」



「おう……なんだ、もういいのか?」
「うん、去年ごっこはもうおしまい。ね、竜児……だから、抱っこ……きゃっ!」
 ひょいっ
「ほらよ、膝の上っと」
「わ、腋、持っちゃだめだってば、もぅ……えっ!? 嘘っ!? 嗅いだ!?」
「嗅いでない嗅いでない……でも、こっちは嗅いでいいだろ?」
「えっ……首筋?」
「いや、耳の後ろのとこ」
「えーっ……でも、汗かいてるし……っ!」
「……いい匂いだよ、大河。大好きだよ、おまえの匂いも」
「りゅ、竜児……っ。ね……その、暑くない? くっついて……」
「熱いよ、おまえは。小鳥みたいだ」
「ご、ごめんね。竜児、暑がりだもんね……。でも、くっつきたかったの。離れてるの……いや」
「……いや、俺こそごめんな、大河。さっきは、暑いからくっつくな、なんて言って。ちょっと……
 照れちまったんだよ」
「っ! ほ、ほんとう?」
「ああ、本当だ。辛かったな、去年ごっこ。くっつかないなら去年と同じじゃないの、って、
 おまえに言われて。じゃあ去年と同じにしてみるか、なんてやってみたけど……」
「うん……でも、もう、同じじゃないの……も、もう、変わっちゃったの……」
「……そうか? 俺は、なんてか、そんなに変わってねえ」
「えーっ!? そこは変わってよ、あんた。せめて変わったって言いなさいよね。もーっ!
 竜児ったら、あいかわらず鈍犬ちゃんなんだから……」
「おう……すまねえ。でもさ、ほんとにあんま変わってねえんだよ。その、なんて言ったらいいのか」
「うう! まだ言うかこの……っ。ひ、ひどい……わ、私はこんなに変わっちゃったのに……
 あ、あんたのこと、大好きで……大好きなの、わかって。両想いになれて、こ、こんなに……っ」
「大河……泣くなよ、泣くな……な? ……ふー……これ、問題あるから今まで黙ってたけどさ。
 だから……変わってねえってのは……つまりさ、俺、おまえと出逢った頃から……なんてか、その、
 駄目、だったんだよ……」
「うっく……だ、駄目? 駄目って、なによ……っ」
「……つまりさ、俺、おまえに触りたくてたまらなかったんだよ……出逢ったころから、ずっと」
「え……えぇっ!?」
「ああやべ! やべえよな、やっぱ! 駄目だったか!? 言うんじゃなかったか!?」
「そ、そそそそんんあの、やあ、や、やばっ、やばばああいに、っき、きま、決まっってるるう」
「お、落ち着け大河! どもり方まで変わってるぞおまえ!? ショックだったか。ほら、どうどう……」
「すーはー、すーはー……っすうううっ……はあぁ……おっけー、もう平気。喋るれ……れる……」
「おう、大丈夫か。大丈夫かあ?」
「だっ、大丈夫じゃないっ! さあ続き! 聞かせなさいよ!」
「おう、続き……だからな、ああもう言うわ! ずっと我慢してたんだよ! 最初のころから、
 おまえに触りたくて、くっつきたくて! おまえの寝顔見て、キスしたくなって我慢したことも、
 何度もある! ん、だ、よ……ずっと、しちゃいけねえって、ぜんぶ、我慢してたんだよ……俺は」
「あっ……あっ、あっ、あっ、あんた! あんた、だって、みのりんのこと好きだったんでしょ!?
 そ、それなのに! それじゃあ、あんた、あんた、ふ、ふま、ふまたた!」
「ふ、ふまたた……?」
「ち、違うっ! ふ、ふた、ふたまま!」
「ふ、蓋ママ……?」
「わわわわかってるでしょ? あんた! だから、そのっ、みのりんのこと好きで、そ、それで、
 わ、私のことは……え? 寝顔で……え? 寝てて、触りたくて、くっつきたくて、キスしたくて……
 えぇ!? あ、あんた、ずっと、最初っから……最初……えぇ!? さ、最初っから、ずっと、
 あんた、私のこと、やっぱり、そんな、え、え、えええ、えっちな目で見てたわけ!?」



「おう……えっちってか……まあ、そうだよ」
「そうだよって、あんた……こ、このっ! えっち!変態!ドスケベ!エロ犬!ふたまた野郎!
 あ、言えた……じゃなくて、なんで!? なんであんたそうなのよ!?」
「な、なんでって……おまえが可愛いかったからに決まってんだろ」
「え……えーっ……そ、そんな、そんなの。だ、だって私、ち、ちびだし……」
「なんだそれ。可愛いじゃねえか」
「うう……む、胸も無いし……」
「好み変わっちまったじゃねえか、おまえのせいで」
「えーっ、ど、どしよ……く、口、悪いし」
「声が可愛いんだよ、おまえ卑怯なんだよ」
「ら、乱暴者だし……」
「マゾじゃねえがどうしても嫌いになれねえ」
「わーん! ど、どうしよ……ど、どうしても、駄目。どうしても、どうしたって、う、嬉しいの……っ!」
「大河……」
「さ、最初からなんて、あんた、ただのえっちで、ドスケベで、ふたまた野郎で、最低なのに……
 さ、最初から、なんて、私、嬉しい……」
「ただのえっちって、おまえね……。俺はさ、櫛枝のことだって本気だった。でも、どうしてもおまえのこと、
 可愛いって思うのもやめられなかった……やめられるわけがねえ、おまえ可愛いんだから。
 だけどおまえは北村のことが好きで、だから、俺は我慢したんだ……おまえに触りたくても、
 キスしたくなっても、我慢した。ずっと、なんとか我慢し続けた……」
「竜児……」
「もちろん、櫛枝のこともある。北村への俺の思いもある。でもな、大河。俺が俺の欲を我慢できたのは、
 きっと、たぶん……結局は……おまえのことが大事だったからだ。おまえの想いを大事にしたかったからだ。
 他の誰かのことよりも、俺の欲よりも、おまえの……あれ? おかしいな……そんなこと、あるのか?
 そんなことだったのか……? あれ? いくらなんでもおかしいぞ。だって、だけど、それじゃあ……」
「りゅ、竜児……?」
「だけど、それじゃあまるで……俺、おまえのこと、最初から……」


 最初から、愛していたのか……?


「っ!……う、そ。……嘘っ! 嘘っ! 嘘っっっ!」
「……なあ? 嘘っぽいよなあ? さすがにそんなの、出来すぎてるよなあ。でも、でもさ、考えたら
 そうなった……どうしても、そうなる。おかしいのに、ありえねえのに……俺、おまえが可愛くて、
 だけど俺、おまえが大事で、だから俺、ずっと我慢できて、だから俺、最初から、おまえのこと……
 あ、愛してたんだ、大河……っ!」
「りゅ、竜児……っ! わ、私もっ、私も、なの! きっと、最初から……っ」
「……と思ったけど、そういやそんなことして単純におまえに嫌われたくないって俺の欲もあったな。
 落とし穴だ」
「ズコー!」


***おしまい***





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