高須竜児は人生最大の危機を迎えていた。

竜児は自分の部屋の真ん中にどかりと座り、己の目の前に置かれた物体を凝視していた。
何度、目を凝らしてもそれは見間違いようがないシロモノ。
間違いであって欲しいと言う願いも虚しく、それはさっきから竜児の部屋に存在し続けていた。
うお〜っと竜児は頭をかきむしった。
こんなものを俺が持っているなんてバレたら・・・それはすなわち自分の身の破滅を意味した。
証拠隠滅を図れば、ちらりと竜児を掠めた誘惑。それが手っ取り早い解決方法だと分かっていながら、竜児はその手段がとれなかった。
MOTTAINAIが信条であくまでも物を大事にする男、それが高須竜児の生き様だからだ。
捨てるわけにはいかねえ、ちくしょう、俺はどうすればいいんだあ!
身もだえしながら、竜児は部屋の中をぐるぐると転げ回った。
それほどまでに竜児を悩ませるブツとは何なのだろうか。それは竜児の部屋の畳の上にちょこんと置かれた薄くて、小さくて白いモノ。
コットン100%素材で構成された布製品。
それは逢坂大河の下着だった。




どうしてこんなことになったのかと言えば、話は半日前に遡る。
晴天に恵まれた日曜のお昼前、竜児は溜まった洗濯物を洗うべく、ベランダの洗濯機の前に立っていた。
ふんふんと鼻歌交じりにご機嫌な竜児。このところ雨続きで洗濯が出来ず、かなり洗い物が出ていたのだ。
それがようやく片付けられて、家事労働のスケジュールが進むと気分が良いのだ。
そんな竜児の表情が曇った。どうしたことかスイッチを押しても洗濯機は微動だにしない。
「おーい、洗濯機ちゃん、寝てないで起きてよ」
ちなみに竜児が飼っているインコの名前はインコちゃん。よって竜児の家の家電製品は全てこの法則により命名されている。
竜児は洗濯機を撫でたり、叩いたり、土下座したりと思いつく限りの手段を講じた。
しかし、それは竜児一家が引っ越して来る前から置きっ放しになっていた洗濯機。
恐らく前の住人の置き土産だろうが、推定年齢15歳と思しき時代物の洗濯機は見事に昇天していたのだ。
「はあ、マジかよ。でも、十分働いてくれたよ、お前は」
ため息をつきながら、竜児は目の前の洗濯機の労をねぎらった。
「うるさい、朝から」
カラカラと窓の開く音に続いて降って来たのは隣家の大河の声だった。
そいつはパジャマのまま今起きましたと言わんばかりの姿で、寝癖付き放題の髪のまま、目をこすり、小さなあくびをした。
「よお、言っとくがなもう昼だぞ」
「誰が決めたのよ」
「見ろ、太陽があんなに高く」
「見えないじゃない」
竜児が指差した空は大河のマンションの壁しか見えなかった。
「くっ」
竜児はがっくりとその場にうずくまった。
「ふああ、どうしたのよ?いったい」
のどの奥まで見えるんじゃないかと言うくらい大きな口を開けて、大河はあくびをしながら竜児に問いかけた。
「手くらい当てろよ。みっともねえ」
「いいじゃない、別に。竜児しかいないんだし」
悪びれた様子もなく、大河は平然と言い切った。
「洗濯機がさ、壊れたみたいなんだ」
「え?ああ、あんたの家の洗濯機、道路工事みたいなすごい音出してたもんね」
それは壊れるわ・・・と大河は付け加え、笑った。
「冗談じゃねえぜ、この天気に洗濯が出来ないなんて」
竜児は空に向かって嘆いて見せた。
「私の家の使ったら」
「いいのかよ。確か大河の家のって、全自動だろ?」
「うん。乾燥もやってくれるよ」
それはなんて素晴らしいんだと竜児は飛び上がる気分だった。
「そうだ、大河の家の洗濯機を借りてる間、お前の家で朝飯、作ってやるよ」
いつもなら、着替えて竜児の家に上がり込んで来る大河を待って、竜児は昼飯、大河は朝兼昼飯を食べるのだが、今日は予定を変更しようと、竜児は思った。
「すぐ、そっちへ行く。何が食べたい?」
「しゃけ」
「了解、待ってろ」
大河のリクエストを聞くと、竜児は洗濯物を籠に仕舞い始めた。





「着替えないのか?」
「いいの、面倒だから」
竜児が大河の家に行くと、驚いたことに大河はパジャマのままだった。
「だらしがない」
さすがに髪にはブラシをあてたらしく、いつものように栗色の髪がふわりと大河の腰の辺りまで伸びていた。
「いいじゃない。日曜日だし、ご飯食べるだけなんだし・・・それに」
「それに・・・何だよ?」
「パジャマのまま食卓に付きたかったの」
「お前、そんなの前にもやってるだろう」
初めて竜児が大河の家に来た朝も、大河はパジャマ姿で竜児が用意した朝食の席に着いたのだった。
「あ、あれは、私ひとりだったし、竜児の家にこのまま行けないし」
不満そうに大河は頬を膨らませた。
「ま、いいか。そんなことより、洗濯機、借りるぞ」
全自動、全自動と意味不明な節回しを付けながら、竜児は勝って知ったる他人の家、大河の家の水回りスペースに向かった。
そんな竜児の後姿にぶつけるように大河は小声でつぶいやいた、竜児のバカ・・・と。
大河のささやかな願いを知ってか知らずか、竜児は念願の逢坂家に鎮座まします、最新式の洗濯機の前で固まっていた。
今まで使っていた二層式洗濯機とは様子が全然異なり、使い方がさっぱり分からないのだ。
「どう、使うんだよ?」
こうか?こうか?ドアを開けたり閉めたり、上から覗き込んでみたりと竜児は傍から見たら滑稽な動きをしていた。
「なあ、大河、これどうやって使うんだよ!」
とうとう音を上げて、竜児は大河に助けを求めた。
「ダメ犬、こんな簡単なことも出来ないの」
廊下をドスドスと足音を立てながらやって来た不機嫌モードの大河は竜児から洗濯籠を奪うと、洗濯物の中身をドラム式洗濯機の中に投げ込んだ。
その時に洗濯物がひとつ籠から床に落ちた。
「げっ!あんた、こんなものも洗うの」
大河が目を丸くして、それを凝視した。
「こんなものとは失礼な。由緒正しき正統派だぞ」
「どこがよ」
竜児が床から拾い上げて、洗濯機に放り込んだ物は竜児の色柄トランクスだった。




「ボタンを押すだけかあ」
操作方法のあまりの簡単さに竜児は拍子抜けした。
脱水は?すすぎは?竜児の矢継ぎ早の質問に大河は何それ?と理解不能な様子を示した。
「ボタンを押すだけ、2時間で終わるわよ」
「へえ、便利になってるんだなあ、世の中」
丸いガラス越しに回転する洗濯層を竜児はうっとりと眺めた。
「そんなことより、朝ごはん」
大河の催促と同時に空腹を訴えるようにお腹が鳴る音がした。
「おう、任せろ」
竜児は腕を折って力瘤を作って見せた。

対面式キッチンの中で自宅から持って来たエプロンをつけて、竜児は手早く食材を調理してゆく。
大河は食卓の椅子に座って、足をブラブラさせながら、そんな竜児の姿をぼんやりと見つめていた。
ずっと最近は竜児の家で食事をすることが日課になり、大河の家で竜児が食事をすることはごく最初の頃に数回あっただけだった。
だから、こんなシーンがすごく今の大河にとって新鮮だった。
「ほら、茶碗」
律儀なことに竜児は自宅から大河専用の茶碗を持って来ていた。
大河が竜児の家に入り浸りになった頃、適当な茶碗を使っていたのだが、それじゃ都合悪いだろうと、竜児が大河と一緒に寄った学校帰りのスーパーで選んで買ってくれた茶碗だった。
大河専用茶碗・・・思えば竜児が大河に買って上げた唯一の物かもしれない。
初めて異性からもらったプレゼントが茶碗だなんてと大河は少し可笑しくなった。




「満足、満足」
大河は満ち足りた朝食を終え、充足感を感じた。
でも、ほんの少し何かが足りない、そう大河は覚えた。
「ごろ寝」
大河ははたと思いついた。
竜児の家では食事の後、すぐごろ寝が出来たのだ。それは畳とちゃぶ台でする食事・・・大河が今まで決して味わったことのない食事スタイル。
食べ終わるとそのまま、バンザイしてすぐ横になれた。一度やってしまうと大河はその余りにもラクチンな姿勢がやめられなくなった。
牛になるぞと竜児に何回言われても、大河はやめるつもりはなかった。
「ごろ寝がどうしたって?」
「聞こえたんならちょうどいいわ。二度寝してくる」
さすがにフローリングの床に寝転ぶ気になれず、大河はついさっきまでいた寝室へ取って返した。
「4時からスーパーのタイムサービスだぞ」
「うん、それまでに起して」
やれやれと竜児は大河を寝室へ見送った。

そのまま大河の家で食器の後片付けをしていた竜児は排水溝の流れの悪さに気が付いた。
パイプ掃除が必要だな。これは。
こと、掃除に関して妥協の知らない竜児は時間のあることをいいことに逢坂家の排水溝掃除を始めてしまった。
何かに取付かれた様に竜児は掃除に没頭していた。
どのくらい経ったのか、どこかで鳴ったチーンという音で竜児は我を取り戻した。そして何気なく時計を見て驚く。
4時じゃねえか!
たっぷり4時間、掃除でトリップ状態になっていた竜児だった。
「大河〜」
大慌ててで大河の寝室に駆け込む竜児は、ベッドの中の眠り姫にクッションをぶつけた。
「いつまで寝てんだ!」
「ん・・・んっ・・・え、4時」
クッションの衝撃で目を覚ました大河はその時間に驚いた。
おかげで大河はとんでもなく長く寝ていたことに注意が行ってしまい、乱暴な竜児の起し方に文句を言うのも忘れていた。




ギリギリで間に合ったスーパーのタイムサービスのおかげで、予定通りの献立を作れて竜児は満足だった。
「ごちそうさま」
お腹を抑えて大河も満足そうだった。
「また、寝るなよ」
「うるさいわね、牛になんかならないから平気よ」
竜児の忠告を無視して大河はどてっと横になった。
「何だか、また眠くなってきちゃった」
「寝るな!」
「じゃあ、テレビ点けて、寝ないで見るから」
「はあ、どんだけだらしないんだよ」
そう言いながらもリモコンでテレビのスイッチを入れてやる竜児。
そのまま腹ばいになって大河はテレビに向き直った。
「ありがと・・・これつまんない、別のチャンネルがいい」
「でえ、自分で変えろ」
竜児はついに切れてリモコンを大河の背中へ放り投げた。

やがて竜児の母が出勤してしまい、いつものようなグダグダ状態のまま大河は竜児の家に居座った。
時計が夜遅くなるのに従って、時々、眠そうに大河があくびをするのを見て、竜児は「そろそろ、帰れよ。明日は学校だぞ」と大河に告げた。
「うん、そうする」
もそもそと大河が起き上がった時、竜児は大声を出した。
「びっくりするじゃない」
「洗濯物、お前の家の洗濯機の中」
「明日、取りに来れば・・・」
「いや、ダメだ。明日使う物がある」
「だったら、取ってくれば、私まだ残ってるから」
戸締りして行くのも面倒でしょと大河に言われて竜児はその言葉に甘えた。
「悪い、すぐ戻って来る」




大河を送り出した後で、竜児は取って来た洗濯物を一枚一枚、たたみ始めた。
これは俺の・・・これは泰子の・・・。
手早く仕分けしながら、竜児の手の動きによどみはない。
その動きが残り数枚となった時、不意にぴたりと止まった。
見慣れない洗濯物が一枚、出現したからだ。
何だ?こりゃ?
竜児は手を伸ばすとその洗濯物を目の前で広げた。
白、一色でワンポイントの付いたそれ・・・くつした・・・違う・・・げっ!!
や、泰子のだよな。
・・・そんなはずはなかった、あきらかにサイズが小さい。
じゃあ、俺の・・・わけないだろ。
もう答えはひとつしかなかった。

大河の・・・かよ

竜児の目の前で純白のそれがたたみの上にぽとりと落ちた。
どこで混ざったんだよ〜!








大河の白いショーツを前に、竜児は悩み抜いた末、こっそり返してしまおうと決心した。
幸い、と言っては語弊があるが竜児は大河の下着置き場を熟知していた。
なお、竜児の名誉のために言っておくが決して彼にのぞき癖があったわけではない。
単なる偶然から、竜児はそれを知ってしまったのだ。
竜児と大河の奇妙な付き合いが始まって間もない頃、竜児は逢坂家の掃除に何度も出向いていた。
大河には家を掃除すると言う考えが抜け落ちており、竜児が面倒を見ない限り1週間で元のごみ屋敷に戻ってしまうのだった。
仕方なく、竜児は大河にごみの分別だの、掃除機の掛け方だのを指導したのだが、大河が全然優秀な生徒ではなかった。
寝室の掃除の時もそうだった。
「部屋の隅にほこりが溜まるんだからな、きちんと掃除機をかけろよ」
「こう?」
大河は大きく蛇行しながら、掃除機を部屋の片側から掛け始めた。
「違う、そうじゃねえ。ああ、もう」
竜児はじれったくなってきた。
あまりにも手順が悪すぎるのだ。
「はい。終わり」
大河は一仕事終えたプロみたく得意気にふふんと鼻で笑った。
「どう?完璧でしょ」
どんなモンよ、と胸をそらしVサインをまで出していた。
はっきり言って、幼稚園児のお手伝いレベルだと竜児は評点を付けた。
竜児は頭の中で大河のおでこに「もっとがんばりましょう」と言うスタンプを押してやった。
「いいよ、後は俺がやっておく」
「私が完璧にやったんだもん、もう竜児の掃除するとこなんてないわよ」
それより、あっちの部屋でさっき買って来たマフィンを食べようよと大河は竜児におねだりした。
「簡単に片付けてから行くから、あっちの部屋で待ってろ」
元気よく返事をして出て行く大河に竜児はお皿くらい用意しとけよ、と声を掛けた。
ちゃっちゃとやるか。
大河が行ってしまった後で竜児はポイントだけ重点的に掃除をすることにした。
家具の下とか、ほこりが溜まり易いんだよな、と竜児は部屋を見渡し、掃除機の先端を細目のノズルに変え、家具のすき間に差し入れた。
作業は順調に進み、もう残すところあとわずかと言う時だった。
竜児は足の長い家具の下に置かれた大きなバスケット状の箱に気がついた。
「しょうがねえな」
掃除の邪魔だと手で引っ張り出そうとして、竜児はうっかりふたを開けてしまった。
竜児の眼下に広がる秘密の花園。一枚一枚、丁寧にたたまれて、整然と並んでいた。
吸い込まれるように、竜児は視線を向けてしまった。
白が多いな・・・。
竜児はぼんやりとそれを見つめた。
「竜児、まだ」
「お、おう、今、行く」
「私、先に食べてるからね」
竜児は慌てて、ふたを閉めると、元の場所にそれを返した。





竜児が大河の下着の収納場所を知っているのはこういうわけだった。
明日は月曜日、間違いなく大河は寝坊する。
朝飯を作ったら、大河を起こしに行き、大河を起す前に例のブツを仕舞ってしまえばいい。
完璧だ。竜児は己の立てた作戦に満足した。
そうと決まれば、例のブツを、どこかに隠しておかなければいけなかった。
酔って帰って来る母の泰子は、しばしば部屋を間違えて、竜児の部屋で寝てしまうことがある。
そんな時に、何かの拍子にこれを見つけられてはたまらない。
結局、竜児は最も安全と思われる場所にそれを隠して、寝床にもぐり込んだ。



りゅーじ。
遠くで誰かが呼んでいる。
誰だ?
竜児!!
今度ははっきりと聞こえた。
ネボスケ!!!
両手で頬を叩かれ、竜児がぽっかり目を覚ました。そしてなぜか視界全体に広がる大河のドアップ。
「やっと、起きた」
「んん・・・大河かあ」
寝起きの少しぼうっとした頭でなぜここに大河が居るのか竜児は理解しようとした。
「何時だと思ってんのよ」
朝から大河は機嫌が悪い。
珍しく、起こして貰うこともなくひとりで目を覚まし、完璧に余裕を持って竜児の家に来たのに、当の竜児が未だ夢の世界に居たからだ。
勝手に家に上がりこみ、竜児の寝顔を眺め、最初のうち、大河は幸せそうだった。
もう少し、寝かせて置いてあげよう、と大河は高須家の居間へ戻り、ノンキにテレビを見始めた。
たまたま、あわせたチャンネルでついうっかり面白い番組が流れていたのが大河と竜児に不幸をもたらした。
あはっ・・・面白かった、夢中になってテレビを見ていた大河は「もうすぐ8時です」と言うナレーションに驚いた。
遅刻寸前だった。
そして、竜児はまだ、起きて来る気配がなかった。




朝ごはんはあきらめるしかない。
名残惜しそうに、炊飯器を見つめる大河の瞳が揺れた。
「愛しのご飯、一杯だけえ」
「しかたねえ」
「ごはん?」
大河はもし自分にしっぽがあったら、今なら振ってしまってもいいとさえ思った。
「いや、走りながらだ」
竜児の返事は冷たい。
きゅーんと大河のお腹がせつなく鳴った。
竜児は素早く、おにぎりを2個作ると、大きな方を大河に渡した。
「食べながら、行くぞ」
「え〜おにぎり、1個」
うらめしげに大河は竜児を見上げた。
「仕方ないだろう、俺が寝坊したんだから」
竜児、一世一代の不覚だった。
昨夜はあれこれ思い悩んで、寝るのが大幅に遅かったのだ。
「しかし、お前は良く起きたよな」
「すごいでしょ」
7時前には竜児の家に来ていたという。
「だったら、早く起せ」
「だって、竜児、気持ち良さそうに寝てるから」
起すのがかわいそうでと大河は続けた。

お互いにぶつぶつ言いながら通学路へ出た竜児は、何気なく大河に目をやって、視線が大河の
肩から背中、そしてスカートに向けられた時、ある大事なことを思い出した。

大河の白いショーツ・・・かばんの中だ。
たった今、竜児が持っている学校の通学かばんの中に入っているのだ。
昨夜、母親に見られないようにと隠した先が学校のかばんの中だったのだ。
竜児、新たな危機の幕開けだった。







「何、じろじろ見てんのよ」
大河は険のある目線で竜児をにらんだ。
さっきからどうも竜児が自分の腰の辺りばかりを見ているような気がして、ひとこと言いたくなったのだ。
「気のせいだ、きっと」
あきらかにとぼけた風に竜児は顔を背けた。
「うそ。食い入るように見てた」
大河の度重なる追及に竜児はあくまでも白を切り通そうとした。
「それはお前の身を心配してだな、つい見てたと言うか、なんだ、つまり、そう言うことだ」
全然、説明になっていないことを釈明する竜児に飽きたのか大河は追及の手を緩めた。
「は〜お腹すいた」
机に上半身を突っ伏して大河は力なく、空腹を訴えた。
実際、お腹が減り過ぎて大河は燃料切れ寸前だった。
「お昼休み、まだ?」
「まだ、2時間目が終わったところだ」
いつもなら、チョコのひとつもかばんに忍ばせている大河であったが、今日に限って何も持って来てはいなかったのだ。
「竜児、あんた、何か食べる物、持ってないの?」
「ない」
遅刻寸前のあの状態でコンビニも寄れず、そのまま学校へ直行して来てしまった身ではなにひとつ、食料の用意は出来ていなかった。
「大河あ、元気ないよ」
机の上で伸びたままになっている大河を見つけて櫛枝実乃梨がやって来る。
「みのり〜ん。どうしよう、私飢え死にしちゃう」
「それは緊急事態だ。国際救助隊発進」
櫛枝実乃梨はそう叫ぶと、自分のかばんからお弁当を取り出して、大河に差し出した。
「食べてよ、大河」
「そんなの悪いよ」
「背に腹は変えられねえZE」
「みのり〜ん」
と大河は櫛枝実乃梨に抱きついた。
大丈夫だからとお弁当は櫛枝実乃梨に返し、大河は竜児を指差した。
「だいたい竜児がいけないのよ。使えないんだから」



この空腹の原因を作った竜児としては大河に何を言われても一切、反論できなかった。
いつもならこの後で駄犬呼ばわりされるのであるが、今の大河にはそんな気力も残っていない様だった。
「いい、あんたに最後のチャンスをあげる」
「お、おう」
「この任務をまっとうできたら今朝の件はチャラにするわ」
「どんとこい」
「昼休み、購買部で焼きそばパンとチョコ掛けクロワッサンを買って来て」
「わ、わかった、何とかする」
不人気のコロッケパンとは違って、この2品は真っ先に売り切れる人気商品だった。
チャイムが鳴る前に教室を出れば争奪戦に勝利は可能だろうと、竜児は計算し大河に請け負った。
「はあ、お腹が・・・せつないよぉ」
大河は悲しげな声を出し、くてっと頬を机の天板に押し付けて、片手でお腹の辺りを撫でている。
弱っている大河というのも意外と可愛らしいと竜児は見ていた。
「ジュースでも飲む?」
「ん、そうする」
櫛枝実乃梨に言われて、大河は力なく立ち上がった。
そのままフラフラと通路の両側に並ぶ机にぶつかりながら、大河は教室の外へ向かった。
「ちょっと,大河」
その後を慌てて櫛枝実乃梨が追い駆けて行く。
さらに、その後を竜児も一緒に付いて行こうとして、足を止めた。
大河の後姿を見るのだが、視線がつい、スカートの辺りに伸びてしまうのを今日の竜児は止められなかった。
まったくと竜児は自分の机の脇に掛かるかばんに目をやる。
こんなものを持っているから意識して仕方がねえ。
昨夜から竜児のかばんに入りっ放しになっている大河のショーツ。
今、それはかばんの中で数Uの教科書とノートに挟まれているはずだった。
大河はあんな小さいのを穿いているかと、思ったのが始まりで、それから今何を穿いているのだろうと思考が飛躍するのにさして長い時間は必要ではなかった。
竜児とて健康な男子高校生、清らなかな聖僧ではない。
そういったことに興味があって当然で、でも、大河をそんな目で見るのには戸惑いがあって、と極めて複雑な心境なのだ。
おかげで、知らず知らずのうちに視線が大河のスカートの辺り漂うことになり、さっきの様な事態を引き起こしてしまったのだ。



今朝の夢見が悪かったのもまずかった・・・いやいい夢だったのかあれは?
3時間目の英語の授業を受けながら、竜児は今朝見た夢を思い出していた。
夢の中で竜児は犬になっていた。
犬になって町を歩いていると、大河がいた。
その大河が近づいて来る。
犬というのは視線の位置が低い。
ちょうど目の前に立つ、大河のスカートの中が上を向けば、丸見えと言うポジションだ。
なんという拷問。
上を向きたいのに、竜児は上を向けなかった。
そのうち、ひざをこっちへ向けて大河がしゃがんだ。
もう目の前は禁断ゾーン。
竜児はたいがあ〜と鼻先ごと、スカートの中に・・・
覚えているのはそこまでだった。
実際問題、大河のそう言う場所を見たことがあるわけないのだから、想像しようにも想像できなくて当たり前だった。
かくして、今日の竜児はかばんの中身の心配と大河へ向けてしまう邪な視線の中和処理という作業に追われている。

はあ、大河、今日は何色だ。



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