「ほらよ」
竜児は激戦の末に獲得して来た戦利品を大河の机の上に置いた。
「約束どおり、ゲットしてきたぜ」
机の上で伸びていた大河がピクリと動く。
空腹を通り越して、もはや息も絶え絶えと言った姿は見ていて痛ましい。
「早く、食えよ。腹空いてるんだろ?」
「食べさせて」
「何だよ、パンの袋を開ける力も残ってないとか言うなよ」
コクコクと大河があごを動かす。
「マジか」
大河に限って言えば、ありえないことではなかった。
「しょうがねえな」
口ではうるさいことを言いながらも竜児は大河の面倒をみるのが嫌いではなかった。
パンの袋を破り、中身を半分出して、大河の口元へ持って行く竜児。
「これじゃ、食べられない」
どうやら大河はご不満な様子で竜児にちぎって食べさせるように要求する。
「どこまで、ぜいたくなんだよ」
「うるさい」
「ったく、食べさせてもらってよく言うよ」
文句を言いながらも竜児は焼きそばパンを一口サイズにちぎって大河の口へ運んでやった。
「あ〜ん」
竜児の掛け声に口を開ける大河。
その大河がごっくんと飲み込むのを待って、竜児は次を運んでやる。
「ほら、あ〜ん・・・って、痛っ!」
竜児はタイミングを誤って大河に指を噛み付かれた。
「・・・フランクフルト」
「ば、俺の指は食い物じゃねえ」
「だって、おいしそう。ほら」
大河はそのまま竜児の指をしゃぶった。
「焼きそばのソース味がする・・・んふふふ」
チュッチュと赤ちゃんのように無邪気に竜児の指を大河は吸った。
「子供みたいだぞ」
「いいの、子供でも」
「ああ、そうだ、大河。ひとつ言い忘れた」




「何よ?」
「さっき、トイレに行って、手を洗うの忘れてた」
「ぶっ・・・なんて物、舐めさせるのよ!!」
大河は竜児の指を口から慌てて離すと跳ね起きた。
「何だ、起きる元気でたじゃねえか」
「まあね。次、寄越しなさいよ」
「自分で食え」
竜児は残っていた焼きそばパンを大河の口に押し込んだ。
「もご、もご・・・ごくん・・・んぐ・・・ぐぐ」
大きすぎるパンを無理やり飲み込もうとして大河は見事に喉に詰まらせた。
「んん・・・んんん」
蛙みたいな声を出してもがく大河に竜児は急いで背中を叩いた。
「くはっ・・・あ、あんた私を殺す気!」
「飲み込んだのは大河だろ」
「飲み込めると思ったんだもん、これくらい」
「どんだけ食い意地張ってるんだよ、お前は」
「しょうがないでしょ。・・・お腹空いてるんだから」
少し赤面しながら大河は竜児に抗議する。
大河らしくていいじゃないかと竜児は思う。本当にお腹を減らしている時の大河の食べっぷりは料理の作り手として嬉しくなるからな。
「なに、にやついんてんのよ。ほら、次」
大河は次のパンを催促した。
「ああ、今度は自分で食えよ」
そう言いながら竜児は新たなパンを大河に手渡した。
大きな口を開けて半分くらい、パンをかじったところでさっきから食べているのは自分だけだと大河は気が付いた。
「竜児のは?」
「俺は・・・いい」
「どうして?」
竜児だって自分と同じでまともに朝ごはんを食べていないのに・・・お腹すいてるはず。
「大河の分しか手に入らなかったんだ、パン」
その理由は大河のリクエストは他人を押しのけて買ったが、自分の分は列に並び直し、買おうとして無情の売り切れになってしまったというものだった。
大河は手に持ったパンをかじるの止め、竜児を見た。
「いいから食えよ」
「やる」
急に大河は持っていたパンを竜児に押し付けて、教室を出て行った。
後に残された竜児。
「なんだ、あいつ」
大河の歯形が残る、食べかけのパン。
竜児はしばらく見つめた後、それを一気にほおばった。




午後の授業が始まり、竜児は少し緊張が解けるのを覚えていた。
いくらなんでも俺が通学かばんに大河のショーツを隠し持ってるなんて、誰も思うわけがない。
事実、この瞬間まで何も起きていない。
このまま、なんともなければ2〜3日中に大河の家に行って密かに返せそうだな。
おかげで竜児は少し余裕が出ていた。
つまらない授業のせいもあったが、かばんの中に手を入れて、つい感触を確かめたりなどと、変態行為一歩手前の行動を取っていた。
このまま、コレクションにしてしまおうかなどと不埒な想像をしてみたり、ここに大河の右足が・・・などと危ない妄想を始めた。
おかげで竜児の表情はいつもの3割り増しの怖さで、教壇の教師をビビらせていた。
授業終了のチャイムで竜児は妖しい白昼夢から目を覚ました。
俺は・・・なんて・・・ひどいこと。
竜児は自分で自分の頭を殴った。
それから同じ教室にいる大河の様子を見ようと視線をやった。
目が合う。
目で「竜児」と呼んでいる気がした。
大河はどうやらさっきの授業中、寝ていたらしく前髪に寝癖が付いていた。
ジェスチャーで竜児は大河に指摘してやる。
数回のボディランゲージで通じたらしく、大河は隣のクラスメートにコンパクトを借りていた。
鏡を覗き込んだ大河はすぐに「げっ」という表情を浮かべ、足早に教室を飛び出そうとして、机の足につまづいてバランスを崩し、教室のドアに顔面から激突していた。
鼻を押さえながら走り去る大河。
その姿に、竜児は大河を見る視線が少し変わった事に気づかされた。




ホームルームの時間だが、始まる気配がない。
おまけに北村までいない。
「高ちゃん、北村大先生は?」
「俺もしらねえ」
「早く帰ろうぜ、ってか俺帰りたい」
春田がぶつぶつ言っている。
教室全体がざわつき始めた頃、悲痛な表情の担任が北村を従えて教室へ入って来た。
「どうしちゃったの?ゆりちゃん先生」
北村も深刻そうだ。
「みなさん、席についてください、大事なお知らせがあります」
「みんな、席につけ」
北村の号令に全員が席に着いた。
「何かあったの?」
「うん、これから説明する・・・盗難事件が発生した」
「それが、どう関係すんのさ?」
「2ーCが疑われている」
「え〜!!!」
「先生は一生懸命、潔白を訴えました。でも、でも、独身・・・もうすぐ30の主張なんて、誰も聞いてくれなくて・・・」
「そこで、潔白を証明するために持ち物検査を行う」
「冗談じゃねえぜ!!」
教室中、ブーイング。
「静かに!俺だってそんなことはしたくない。でもこれしか方法が無いんだ。みんな協力してくれ」

嘘だろ・・・銅像の様に固まる高須竜児がそこにいた。






「男子は俺が、女子は先生がチェックする。前の席から順番に見ていくから、かばんの中身も見えるように机の上に出してくれ」
北村が持ち物検査の手順を説明するのを竜児はほとんど聞いていなかった。
今、ここでそんなことをされたら例のブツが白日の下にさらされてしまう。
女性用の下着をかばんに隠し持っている男子高校生。
この状況を万人に納得させる理由があったら、ぜひここで教えて欲しいものだ。
「よし、じゃあ、次の列」
北村はだんだんと竜児の机の列に近づいて来る。
北村はこれを見てどう思うだろう?
・・・高須、悩みがあるなら相談してくれ、俺で出来ることなら何でもするぞ。
真顔で言われそうだ。
・・・た、高須くん、思春期の男の子には良くあることなのよ。だからね・・・。
担任にまでそんなことを言われそうだ。
いや、待て。普通にそう思われるなら、まだ耐えられる。
竜児はかばんに入っている大河のショーツの形状を思い出していた。
シンプルなデザイン、それはシックとは正反対で、悪く言えば子供っぽい。それにサイズが小さい。
あきらかに幼児体型向けのもの・・・これが意味するところは・・・。
・・・ロリコン。
竜児の額を汗がさっと伝う。
高須竜児はロリコン・・・恐ろしいレッテルが貼られてしまう。
ぬぉ〜、想像したくない。
このままではとんでもない事態になると竜児は頭を抱えた。
危ないロリコン野郎にならずに済むには、これがそういうものじゃないと証明しなければならない。
そうだ、これはれっきとした大河のだ。
・・・違うんだ、これは大河ので、小学生とか違うんだ。なあ、大河も言ってくれよ。私のだって・・・
言えるか!!!!!
口が裂けてもそんなことは言えない。
教室の大河の方を竜児は見た。
ちょうど担任がチェックしているところだった。
大河は疑われていることに腹が立つのか、不機嫌さ丸出しで担任を威嚇していた。




それを見て竜児の心は決まった。
汚名を着ようとも、大河の秘密は守る。
たとえ、今、穿いていなくても、何度か大河が穿いていたであろう、この純白の白さを汚すわけにはいかねえ。
大河のを見ていいのはこの俺だけだ。
クラスの他の男子になんか、見せねえ。
「お、次は高須の番だな。かばんの中身を出してくれ」
いつまにか北村が竜児の前に来ていた。
「おう!」
竜児は気合を入れて返事をするとかばんを机の上に置き、中身を取り出すように中へ手を入れた。
竜児の手に触れる大河の秘密。
俺は守り通して見せるぜ。
竜児はかばんを抱えたまま、教室を脱出するつもりだった。
持ち物検査拒否・・・すなわち窃盗犯の疑いという汚名を受けてもという覚悟だった。
「どうした、高須?」
竜児の動きが止まったのを見て北村が声を掛ける。
「俺は・・・」
続けて、持ち物検査は受けねえと竜児が叫ぼうとした時、教室の入り口のドアが開いて、数名の教師が教室へ入って来た。
クラス全員の視線がそっちへ集まる。
慌てた様に担任を呼び、何やら釈明している。
「見間違い・・・あったんですよ、勘違いで・・・」
断片的に聞こえて来る声から、どうやら問題が解決したらしいことがうかがわれた。
他の教師が教室を去ってしまうと、担任は事件が終わったことをみんなに告げた。
「みんな、聞いたか。どうやら疑いは晴れたようだ。だが、みんなに不快な思いをさせてしまったことは事実だ。この件は生徒会でも問題にしたい」
北村が上手く締めくくって、ホームルームは解散となった。




竜児は全身脱力の余り、椅子から立てなかった。
北村にかばんの中身を取りだそうと見せかけた時の姿勢で動けなくなっていた。
今の竜児は死刑執行寸前で釈放を言い渡された受刑者の心境を味わっていた。
はは、助かった。
「まったく、不愉快、遺憾だわ。何なのよ、もう」
怒りが収まらないのか、牙をむき出しにした大河が竜児の机までやって来て、気勢をあげる。
「竜児もそう思うでしょ・・・って、ひどい汗」
「ああ、汗」
極限状態にいた竜児は額に大きな汗を浮かべていた。
「ハンカチ、ハンカチ」
大河がスカートのポケットをまさぐって自分のハンカチを取り出そうとして。
「あれ?ない」
とぼけた事を言う。
大河は注意していないとカーテンで鼻をかむようなやつである。
ハンカチもティッシュもろくに持ち歩いてはいないのだが、最近は竜児が細かくチェックしているので、忘れたことがなかった。
今朝が遅刻寸前だったので竜児は大河の持ち物をチェックし忘れていたのだ。
どうやって、今日一日手を拭いていたのやら。竜児は嘆息した。
汗を拭くべく、竜児は額に手を当てた。
この時の竜児が注意力散漫になっていたことを誰が責められよう。
「ねえ、竜児」
氷のように冷たい大河の声。
「何だよ?」
竜児は額の汗を拭いていた手を止めた。
「それは一体、何?」
大河の目がすっと細くなった気がする。
「何って・・・ハンカ・・・」
竜児が手にしていた物は・・・。
はは・・・穴がふたつ開いたハンカチなんて無いよな、普通。

・・・終わった。





作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system