「ね、竜児……暑くない?」
「……」
「ねぇ、竜児ぃ……もーっ、あーつーいー!」
「わあだからおまえ大の字になって畳バタバタすんな! 下大家なんだぞ、ったく」
「無視するあんたが悪いんでしょ! うぅ、もっと暑くなった……」
「自業自得だろ……」
「ねー竜児ー、エーアーコーンー!」
「まだ午前中だろ。早ええよいくらなんでも。ウチ一番暑くなるの4時だぞ」
「ちぇ、このエコバ街道まっしぐらの犬っころめ……」
「……仕方ねえ」
「えっ? なになに、エアコンつけてくれるの?」
「いいや。だけど……よっと……これをおまえにやろう」
「なになに? ……えー、扇風機ぃ?」
「おう、おまえ今、こいつを馬鹿にしたな? 覚えとけよ……コンセント届くか……よし。ほら」
 カチッ、ブィーン……
「ひゃあ! 涼しーい!」
「そうだろそうだろ……なにやってんだ、おまえ?」
「えっ、だ、だって、この子、首、振る、んだもん……」
「それで扇風機の前をあっちこっちと膝歩きか……ちょっと見ていたい気持ちがムラムラと湧き起こって
 俺さまも複雑な気分を持てあまし気味だが、かわいそうな気もするから言おう。大河、首振りを止めろ。
 ……いやおまえは首振ってない。扇風機の方だ、そっち止めろ」
「え、止まるの? ……どうやって止めるの、これ」
「おう、マジか。なんちゅうお嬢様だおまえ、どこの姫だ、ったく。これ、引っぱんだ、よっと」
「おお、止まって、わー、涼しーい!」
「そうだろそうだろ。いらん運動をして汗かいた分、涼しかろう」
「別にあんたが威張ることないでしょ。偉いのはこの子」
「その偉い子を最初、馬鹿にしたのは誰だったかねえ?」
「……さあ?」
「……いや、まあ、べつに今さらおまえに何も期待しちゃいねえ。すまんな扇風機くん、かわりに俺が謝る」
「……」
「なんだ、大河。わかってる。おまえのやりたいことは。さあやれ」
「……」
「存分にやれ」
「ワ〜レ〜ワ〜レ〜ハ、ウチュ〜ジンダ〜アヨ〜〜〜〜〜〜〜っとこれ。きゃは!」
「……ぷっ」
「……ア〜ン〜タ〜ハ〜ワ〜ラ〜ウ〜ナ〜」
「マイクかそれは、おまえの」
「うん、そう。コ〜ノ〜バ〜カ〜イ〜ヌ〜ガ〜」
「ったく、幸せそうな、おまえ……」
「うん、楽しい……っそうだ、竜児! あんたもこっちきてやんなよ! 宇宙人!」
「おう? お、俺はいいよ」



「なによ、私見てニヤニヤキモく笑ってたじゃんよ。うらやましいんでしょ? さ、ほらほら!」
「お、おいおい。手、ひっぱんなって」
 ブィーン……
 ぶわ……っ!
「っ!」
「おう……」
「っみ、みみみみ、見た!?」
「み、いや、え? なに、見たよ、スカートがぶわって広がったのは」
「りゅ、りゅうじいいいいいぃぃぃぃ……っ!?」
「な、なんだよ、そんだけだよ! 俺が見たのは!」
「う、嘘つけっ! あ、あああんた、っみ、見たでしょ、そんだけじゃなくて、わ、っわわわ、私の……!」
「っ!? ば、ばか! 見えるわけねえだろ!? おまえこっちに頭向けてよつんばいになってんだぞ!?
 俺から見えるわけねえだろうが!?」
「……ほんとぉ?」
「ほ、ほんとだ、ほんと。この目を見ろ、な? ほら、嘘ついてる目に見えるか?」
「……見えない、けど。性犯罪者の目にしか……顔も赤いし」
「嘘つき越えてるじゃねえかそれ……か、顔赤いのは、なんだ、なんてか、ほれ……関係ねえけどおまえ、
 そろそろ、手、離さねえか? か、関係ねえけど。手、熱いし」
「っ!?」
 ぱっ。
「……エロ犬。手が腐る」
「腐んなよ。腐るもんそんな大事そうに抱えんなよ」
「……もーっ! あー暑っ!」
「おう、あたれあたれ。今こそ存分に風にあたれ」
「もぅ、余計な汗かいちゃったじゃない……はりついちゃって……はー、涼し……」
 ぱふぱふ……
「っいっ!? 胸……っ」
「は? っ!? み、見た!?」
「み、見てねえ見てねえ!」
「嘘っ! なんか今あんた言ったでしょ!? む、胸とか!」
「見てねえってだから! 見えそうでやばいって意味だよだから! だいたいおまえが悪いんだろが!?
 胸元とか指でぱたぱたすっから!」
「うぬぅ〜……っ。こ、こっち見んな!」
「あ、ああ、ああ! 見ねえよ! ほら、後ろ向いて座ればいいだろ!? これで完璧! 見えねえ!
 ったく……」
「な、なによ。私が悪いみたいに……ふんっ!」
「……」
 ブィーン……
「……ふーんだ……」
「……」
「りゅ〜う〜じ〜の〜ば〜か〜……」
「……」
「……ねぇ、竜児……」
「……なんだよ」



「あんた、暑いでしょ」
「暑くねえよ」
「嘘。だって、シャツの背中、びっしょりだよ。汗でべったり」
「……」
「こっち来て、扇風機あたんなよ……涼しいよ?」
「……いいよ。おまえ、あたってろよ。涼しいんだろ?」
「うん……涼しい、けど……」
「……」
「……もうっ! あったま来た! うるあああっっっ!」
「え!? わあばか、おまえっ!? やめろ、扇風機投げ……」
 どす。
 ブィーン……
「……どうよ、涼しいでしょうが」
「……ああ、涼しい……」
「至近距離で背中直撃だもんね、風」
「おう……」
「どう? 気持ちいい? 竜児……」
「ああ……でも、おまえ、つっ立って。今度はおまえが汗びっしょりじゃねえか……なのに、
 なんで笑顔だ、おまえ……?」
「……」
「……な〜ん〜で〜わ〜ら〜って〜る〜ん〜だ〜?」
「クス……ッ」
「宇宙人」
「宇宙凶悪犯」
「うるせえよ……な、大河。おまえも風、あたれよ」
「いいの、私は。あんたあたってろ」
「……じゃあ、ふたりであたるか」
「えっ……な、並んで? そ、それとも……」
「ばか。何赤くなってんだ。そのためにこれがあるんだろ、っと」
 ポチ。
 ブイィ〜ン……
「わあ、首振り!」
「そーだよ、これで風もおまえに……!」
 ぶわああああぁぁぁ……っっ!
「っひい!?」
「おう!?」
「……み、見たね……?」
「……す、涼し……」
「見たわよね、か、完璧に、今、あんた……!」
「す、涼し……げな、水色」
「っ! 見たね……!」
「……と、白」
「どぅあからっ! 見たんじゃんよおおおおおぉぉぉぉ――――――っっっ!!」
「わあおまえ飛びかかってくんな!? そ、そこにつっ立ってたおまえが悪いんだろが!?
 いでっ、いでえっ! 耳取れる! 耳無罪だろ!? わ、だからおまえ、ケツそっち向けたら……!」
 ぶわああああぁぁぁ……っっっ☆
「っひいいいいいぃぃぃぃ――――――っっっ! もぅ、あんたも殺しておまえも死ぬううううっっっ!!」
「死ぬの俺だけじゃねえか!? うっぎゃあああああぁぁぁぁ――――――――っっっ!!」


***おしまい***





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