もはや轟音と化した雨音の中に、ガンガンと階段を駆け登る音が混じる。
 大慌てで玄関に転がりこんだ竜児と大河の姿は、まさに濡れ鼠。
「……最悪」
「ゲリラ豪雨ってやつだな。糞、ものの十五メートルぐらいでこの有り様かよ」
「うわ、下着までびっちゃびちゃ」
「し、したっ……」
「想像するんじゃない!このエロ犬!」
「お、おうっ、すまんっ! と、とにかく大河は風呂、シャワー浴びてこいよ!」
「そうね、いくら夏でもこのままじゃ風邪引いちゃう」
 スカートを軽く絞ってから、大河はぱたぱたと風呂場へと向かう。
 竜児もアイスをコンビニ袋ごと冷凍庫に放り込んでから自室へ。
 タオルで体を拭いて着替え、濡れた服はとりあえず流しで絞って、雑巾で床の水滴を拭く。
「そうだ、大河の着替え用意しなきゃな……泰子の服だとサイズ合わねえし……」
 去年ならば隣のマンションに取りに行けば済んだが、残念ながら今はそういうわけにはいかない。
「しかたねえ、俺の服で袖と裾と捲ってもらうしかねえか。腰周りはベルト締めればなんとかなるだろう」
 タンスからワイシャツを取り出し、
「……」
 一瞬頭をよぎった邪悪な妄想を打ち消しながらスラックスも。
 と、突然その動きが止まる。
「……ど……どうしよう……」 


 コンコン。
 脱衣所の扉をノックしてから呼びかける。
「あー、大河、ちょっといいか?」
 少しの間の後、大河の張り上げた声が返ってくる。
『なによ竜児! ま、まさか一緒に入るとかいうんじゃないでしょうね!』
「入るか! そうじゃなくて、お前、濡れた服どうした?」
『そんなもの、もう洗濯機回してるわよ!』
「あー……そうか」
『なによ、着替えならあんたかやっちゃんの服貸してくれればいいでしょ!』
「いや、そのつもりなんだが、一つ問題があってな」
『問題!?』
「いやまあ、その、なんだ、ほら、お前さっき、し、した……」
『……あーっ!』




 曇りガラス一枚を隔てた向こうには、バスタオルを纏っただけの恋人が。
 竜児も男であるからしてドキドキしないといえば嘘になるが、事態はそれどころではなかった。
「……どうするのよ」
「うーん……ちょっとでかいが、俺のトランクスを履くってのはどうだ?
 上からスラックス履くわけだがら、なんとかなるだろう」
「……それは、なんとなく嫌」
「……まあ、そうだよな」
「竜児がコンビニ行って買ってきてよ」
「……む、無理だ、それは」
「なによ、このヘタレ犬」
「この面で一人で女性物の下着なんて買おうものなら、変質者扱いで通報されちまうよ」
「それもそうね……やっちゃんに電話して買ってきてもらうってのは?」
「今日は土曜だから忙しいはずだ。店長が途中で抜けるわけにはいかねえだろ」
「洗濯途中だけど、すすいで脱水してアイロンで乾かせない?」
「それは、出来ないこともないけどよ……いいのか?」
「何が」
「だってよ、その、俺が、お前の、ぱ、ぱん…」
「駄目駄目駄目駄目絶対駄目!」


「ほんと、みのりんのおかげで助かったわ」
「いやー、高須君から大河のパンツ買ってきてくれって電話があった時は鼻の血管切れるかと思ったよ」
「……いや、本当にすまなかった」
 卓袱台を囲んでアイスを食べる三人。
「ところでさ、この状況でホントのホントに何もなかったのかね?」
「な、何もって、何のこと?」
「お、おう、別に変わった事は無いぞ、うん」
 実乃梨はじ〜っと大河と竜児を見つめ、
「ふ〜ん……ま、いいか。ところで大河、『はだワイ』って知ってるかね?」
「……何それ?」「く、櫛枝!?」
「詳しくは後で高須君に聞いてくれたまえ。それじゃ、私は帰るから」
「えー、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々なんだけど、これからバイトが入ってるんでね。ではお二人さんはごゆっくり〜」
 呼び止める暇もあればこそ、さっさと立ちあがって部屋を出てしまう。
「……ねえ竜児、はだわいって何のことなの?」
「う、そ、それは……」
「何よ、教えないつもり? みのりんとあんたはわかって私だけ除け者? そんなの許さないからね」






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