「おう大河、短冊書いたか」
「もっちろん! われながら名文よ。ぷくくっ、あんた聞きたい? 吊るす前に知りたい?」
「聞かなくてもわかるよ。どうせあれだろ? 『北村くんの恋人になれますように』とかだろ?」
「こぉんのドスケベまんじゅう蟹があっっっ!」
「おうっ!? あっぶね! おまえいきなりローリングソバット繰り出すのやめろよ!?
 本物すぎるんだよおまえの!」
「いきなりだからローリングソバットなんじゃないよ。あ、あんたがこっこここ恋人だなんて
 破廉恥なこと言うから悪いんでしょ! この公然ワイセツ野郎! 刑法175匹ワンちゃん大行進っ!」
「おまえの中で恋人ってどんな言葉なんだよ……じゃあおまえなんて書いたんだ?」
 ひょいっ。
「あっ、こら! 巧みに取り上げるな! 勝手に見るな! 竜児のくせに!」
「勝手にゃ見ねえよ。見ていいだろ?」
「えっ……うん、いい」
「よし、じゃあ見るぞ。なになに『北村くんと突きあえますように』……いいのかこれで? おまえ」
「は? なに? いいに決まってるじゃないよ。名文でしょ!」
「名文もなんもねえだろ……」
「え? 竜児、どうしてそんな顔するの……? っや、やだ! ご、誤解しないでよ?
 すぐじゃないのよ、すぐじゃ! き、北村くんとはゆっくり仲良くなれればいいのよ! 
 それまで、あ、あんたにもちゃあんと手伝ってもらってさ! ゆっくり……なんての? そう!
 もうね、一生かかってもいいの! す、素敵よね? そんな恋も! だからその、それまで
 ずっと、一生、あ、あんたにも手伝ってもらって、その、ついでに美味しいご飯も作ってもらって、
 えと、ずっと、傍にいてもらって、ずっと、一緒にね?……あれ? なにそれ意味わかんない……」
「俺だっておまえの言ってることの意味わかんねえよ……」
「どうしてわかんないのよっっっ!?」
「どわっ!? あっぶねえ! だからソバットやめろって!? おまえのタイガーマスクばりなんだよ!」
「私はマスクじゃなあいっっっ!!」
「おおっ!? すげえ俺3度かわした……いやだから、タイガー……あーまぎらわしいっ!?」
「はあ、はあ、つ、次は逃さないわよ。あんたのレバーをもらう……」
「あげねえよ!? だから落ち着けって、なあ、すげえな、完全猛獣モードだ。なんだ? こりゃあ一体、
 どうすりゃいいんだ……?」
「い、イケニエ!」
「ひいっ!? い、イケニエ……?」
「そうよ! イケニエをよこせ! あんたの短冊! よこしなさいよ!」
「うわ、いいけどよ。おまえなんか、歯ぁむき出して、俺の短冊渡したら食っちまうんじゃねえだろな……?」
「だれが食べるかそんなもん! 私は虎! 羊じゃないっ! 見るだけよ! さあよこせ!」
「見るだけでなんでここまで凄まじいんだ……? ま、まあ、イケニエな? イケニエ。
 これで俺のレバーは無し。な? よーし、どうどう……わ、渡すぞ? 俺の短冊……ほら」
「ぐるるるる……なになに『櫛枝と恋人になれますように』……………………………………?」
「……ふ、普通だろ? な?」
「……ぅ」
「……た、大河?」
「うぎゃ――――――――――――っっっ!」
 バツンッ!
「うわあ食った!?」
「もぐもぐもぐもぐもぐ……うぇ、マズ……ぺっ!」
「わあぺっした!? 俺の願いごと……」
「あんたが悪いのよ!? みのりんとこここ恋人とか、この私を差し置いてあんただけドエロ
 決めようったってそうはいかないっての! さあ、とっとと書き直すがいい!」
「だからおまえの恋人の定義おかしいよ!? ああくそっ、なんてわがままでひどい女なんだ、
 おまえって奴は……う、唸るなよ……か、書くよ。新しいの、書けばいいんだろ?」
 サラサラ……っ
「よし、書けた」
「よこせ!」
「なんでおまえのチェックがいるんだよ!? ……だから唸るなって。わかった。ほら、見ろよ」
「ぐるるるるる……なになに『櫛枝を彼女に出来ますように』……………………………………?」
「ま、まさか……?」
「うぎゃ――――――――――――っっっ!」
 バツンッ!
「わあまた食った!? もぐもぐぺっした!? なんでだよ!?」
「『彼女』なんて言葉はこの世にはぬぁーいっっっ!! 次っ!」
「あるよ!? くっそー、ええもう……さらさら……じゃあいいよこれで!」
「……『櫛枝と付き合えますように』……うぎゃ――――――――――――っっっ!」
 バツンッ! もぐもぐぺーっ!
「なんでだよ!? おまえと同じだろ!? うぅ、ひどい、あんまりだ……も、もうどうすりゃ
 いいんだよ……っ? お、おまえ、お互いの恋を支援しあうんじゃなかったのかよ……?」
「するわよ、支援! してるよ、すでに! ほれ!」
「なに、なんだ、おまえ、もうひとつ短冊作ったのか……なになに……
 『竜児とみのりんが恋人になれますように』……!」
「……っく」
「大河……ってか、こっちは恋人でいいのかよ?って、うわあ!? なんでどばどば泣いてんだおまえ!?」
「うぐ……し、知るかっ! 身体の事情なんて! 勝手に出るんだっ! 気にすんな、このっ、
 ば、ば、か、犬……りゅ、竜児……竜児っ、竜児……っ。ねぇ、ど、どうして、私、泣くの……?」
「大河……」
「ちゃ、ちゃあんと、応援、するよ? 竜児と、みのりんのこと……短冊に書いたの、本当の気持ちだよ
 ……め、名文、でしょ……?」
「っ! た、大河……っ!」
「竜児のことも、ね、お願いしてやろうって、思ったの……短冊、書こうって……じゃあ、って思って、
 私、迷わずそう書いた……そしたらね、私、泣くの……泣いてたの。あれ、あれ? って、
 わけわかんないのに、涙が止まらないの……お、おかしいよね? なんで、だろね……?
 ん……短冊も、ごめんね、竜児。た、食べちゃって……」
「大河……」
「お、おかしい、よね……? 私が書いたら、泣いちゃって。竜児が書いたら、怒っちゃって……
 ご、ごめんね、竜児。七夕、台無しにして……私の、せいだね。私が、変な子なだけ。でも、もう、
 気にしないで。私、なんだか、おかしいから、帰る……」
「お、おう……」
「ん……じゃあ、竜児……さよなら……っ」
「おう……」
 ガチャ、バタン。カンカンカンカン……
「……って何がさよならだあの馬鹿っ!!」
 ガチャッ! ガンガンガンガン……ッ!
「大河っ! ちょっと待ておい、大河っ!」
「りゅ、竜児……っ!? は、離してっ!」
「いいや離さねえ。おまえ取り消せ」
「はあ? な、何を……?」
「っさよならをだよこの馬鹿っ! 何がさよならだ、二度と言うな! またねって言え大河! またね!
 おまえの挨拶はまたねしか受けつけねえ。受けつけねえぞ、俺は!」
「りゅ、竜児……ま、またね……?」
「おう、またな、大河」
「……いいでしょ? これで。じゃあ、手、離して」
「いいや離さねえ」
「なんでよっ!? 私帰るの! 手、離し」
「離さねえし、帰さねえ! おまえ放っとけるかよ!」
「なんで!? 放っといてよ!」
「放っとかねえよ! そんな、おまえ、そんなに泣いているおまえ……俺は、放ってなんか、
 いられねえんだよ……」
「竜児……。いいよ、大丈夫だから。すごく、泣いてるけど、変なだけ。意味なんか、ないから……
 変な子な、だけ……同情なんて、しなくていいから……同情、もう、私、ど、同情じゃ……」
「同情じゃねえよ、馬鹿たれ。同情なんかしてねえ。俺が帰って欲しくないだけだ、おまえに」
「っ!」
「帰って欲しくねえんだよ。俺が一緒にいたいだけなんだよ、大河。ただ、そんだけなんだよ……」
「りゅ、竜児……っ」
「……だから帰るな、大河。まだ、帰んないでくれよ。まだ、一緒にいようぜ、な? 七夕とか、
 どうでもいいからさ。いらねえからさ。捨てちまおうぜ、あんなの、くそくらえだ」
「竜児……」
「大河……おまえの言うとおりだよ。恋人とか、知るかよ。彼女とか、ねえよ。今はどうでもいいんだよ。
 今はどうだっていいんだ。大河、今は俺、おまえと一緒にいたいんだよ……」
「竜児……っ。……ね? そろそろ、手、離して」
「っ! い、いやだ、離したくねえ……」
「竜児……大丈夫だから、ね? 手、離して……」
「……」
「……ちょっと、痛いの」
「おうっ!?」
 ぱっ
「す、すまん……」
「……クスッ」
「……あ、くっそ。おまえ騙したろ。痛くねえな?」
「ぬるいね、馬鹿犬……あっと、待って。近寄らないで。離れて。……まだ、3メートル守って。
 ……そう」
「な、なんなんだよ……ったく」
「そんなに怒んないでよ、竜児……だって離れないと、私、あんたに抱きついちゃいそうなんだもの……」
「っ! た、大河……」
「駄目、手のひらも見せないで。そう……おかしいでしょ? それこそ……だって……
 抱きついちゃうなんて、おかしい……ほんとは、今だって、3メートルなんて、こんなの、
 私になら、すぐ……」
「大河……」
「……顔赤い。エロ犬。ん……じゃあ、私、やっぱり帰るね?」
「っ、そ、そんな、大河」
「だっておかしいもん。おかしくなっちゃうもん。私、抱きついちゃいそうで、あんた、エロ犬で。
 今夜、一緒にいたら、おかしくなっちゃう……だから、帰るの」
「そんな……べ、べつに、なんもしねえよ、俺は」
「……して欲しかったら、どうする? 私が」
「っ!……」
「……ほらね、やっぱりあんたはエロ犬。しちゃうぞ、って、顔に書いてある」
「おうっ!?」
「隠しても無駄。ん……じゃあ、竜児、また明日」
「お、おう……また、明日……」
「……また明日、だけど。明日、この続きはしないよ? して欲しいとか、嘘。冗談だから……
 冗談に、なるから……」
「っわ、わかってるよ馬鹿……っ!」
「どうだか……ま、揺れる笹の葉の音でも聞いてせいぜいエロ犬脳みそを冷ますことね」
「くそっ……すっかり調子取り戻しやがって……」
「うん……ありがと、竜児」
「た、大河……」
「……じゃあ、またね、竜児」
「お、おう。またな、大河……まただぞ? またな、だぞ? またな! 笑ってんじゃねえよ!?
 確認させろよ! またな!」


「……またね、竜児……」


 大河の後姿を見送って。竜児はひとつ、ため息をしてふり返り、夜もぬるい空気の中をとぼとぼと歩いて、
 階段をのぼる。ドアはなんと開けっぱなしだった。いろいろやばすぎだ、俺は。
 ひとりの居間。ベランダに笹が揺れている。
 捨ててしまおうかと悩んでいるふり、ベランダに出た竜児は大河の部屋の明かりがともるのを待つ。
 窓に出てくれなどとは思わない。竜児はただその光が欲しい。けれど。
 恋しい光はなかなか灯らないから、竜児は大河の短冊を二つとも笹にくくりつけた。もちろん誤字も直してやった。
 少し考えて、竜児は自分の短冊を作ることにする。
 迷いなく願いを書きつけて、それも笹に吊るした。その時。
 大河の部屋の明かりが灯り、竜児の目は殺意の光と照り返す。嬉しいだけだ。
 これで安心、安らかに眠れると竜児は思う。
 竜児も安らかに眠るだろう。


 ふたりの家の光が落ちて、星ぼしだけがかすかに煌く。
 夜の下で矛盾した三つの願いの短冊たちが、ぬるい風の中で仲良く笹の葉と揺れている。
 「ずっと」で始まる竜児の願いを大河が知ることはない。


 その願いだけが、本当になったのだ。


***おしまい***




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