「ねえねえ竜児。見て見て、お魚がいるよ」
海辺をぼんやり見ていた大河が急にはしゃぎだす。
大河の差す指先を見れば小さな魚が何匹も泳いでいるのが見えた。
「へえ、こんなところにもいるんだ」
竜児は感心する。
東京湾の奥まった水辺に集う生き物達。
どんなに環境が悪くても生き物は精一杯、存在している。
ちっぽけな悩みなんて関係ないよとばかり、活発に動き回っていた。
「竜児、こっちこっち」
「おま、何やってんだよ」
「へへ、ちょっとお魚さんと遊んでみたくて」
竜児が名も無き魚に想いを馳せている間に、大河はどこから入ったのかフェンスの向こう側へ体を移動させていた。
フェンスの先にわずかにある狭い出っ張りを足場にしゃがみこみ、海側へ身を乗り出し、手を水中へ入れてパチャパチャと子供のような真似をする大河。
竜児が大河の先に目をやるとフェンスがわずかに切れている場所があり、どうやらそこから入ったらしかった。
「つべたい。それにきれい」
確かに透明で大河じゃなくとも水遊びくらいしたくなるような海水だった。化学的にはきれいじゃないんだろうけど。
どれと竜児が大河に近づくと、待ってましたとばかり大河から水鉄砲の襲撃を顔面に受けた。
「うおっ・・・大河」
「さっきのお返し」
「まだ負けたこと根に持ってんのかよ」
「あれは竜児が悪い」
「大河が単純なんだ」
「う〜、覚えてなさいよ、この次は負けないんだから」
大河は2発目の水鉄砲をお見舞いしてきた。
ここへ来る途中やっていたじゃんけんで大河が負けまくった理由を竜児はついさっき大河に教えてやったのだ。
・・・かっかすると大河はグーかパーだ。俺はパーを出せばあいこか勝ちだ。負けはねえ。
・・・次の手を考えこむと大河はチョキかパーを出すことが多い。俺はチョキを出せば負けない・・・等々。
すっかり手の内を読まれていたのは大河にとって面白いはずが無く、駄犬の分際でとか散々、文句を言ったばかりなのである。
それに加えて、この水鉄砲攻撃。
竜児とて、このまま黙って攻撃を受け続ける謂れはないのだが、反撃する手段が見つからない。
「ひ、卑怯だぞ、大河」
続けざまに命中弾を受けて竜児は逃げまくった。
「ふ、勝つためには手段を選ばず」
安っぽいマキャべリストと化した大河は情け容赦なかった。
「もう、怒ったぞ」
竜児が濡れるのも構わず大河に向かって突進した時、ドジの神様が大河の頭上に舞い降りた。
竜児の急接近に慌てて水鉄砲を仕込もうとした大河はバランスを崩したのだ。狭い足場の上で・・・。

・・・バチャン。



穏やかだった海面に水しぶきが跳ね上がる。
その水音がドボンで無かったのは竜児のお手柄と言っていい。
そのまま東京湾へ着衣海水浴を楽しむはずだった大河はすんでのところで竜児に手首を掴まれ、転落だけは免れた。
でも、片足だけはどうにもならなくて・・・。

「ドジめ」
「何を言われても・・・言い返せないわ・・・」
シュンとしていつもよりおとなしめの大河。
いい歳してはしゃいで海に転落したなんてことになったら、大河とて立ち直れないことだろう。
「これを教訓にしてだな」
竜児のお説教もどきの言い方に大河は反省の色を捨てた。
「だいたい、竜児が来るのが遅すぎるのよ。犬なら飼い主の危機にすばやく来なきゃダメじゃない」
「そんなこと言っていいのかよ。あ〜あ、助けるんじゃなかった」
「もう、帰る」
「裸足でか?」
「・・・そうだった」
ブスっとして立ち上がった大河だったが、また座り直した。
転落未遂の水辺から少し下がった場所。大きな木の下にある芝生の上に大河と竜児はいた。
そのふたりの頭上で木の枝にぶらさがっているのは大河のソックスと靴が片一方づつ。

「もう少しで乾くだろ、風通しいいし・・・それにそろそろ昼だ・・・ここで食うか?弁当」
竜児が弁当の入った保冷バッグに目を向けると大河は顔を横に向けたまま「は、早くしなさいよね」と。
口調のぶっきらぼうさと裏腹に大河の口先がにやけているのを竜児はしっかり見てしまった。
「わかった。少し待ってろ」
竜児の口は仕方ないなと言う感じだが、手先は嬉々としてランチの準備に取り掛かっていた。



「麦茶、まだ飲むか?」
「もういい・・・満足したから」
青空即席ランチタイムは空になったお弁当箱を残して終了した。
作った時、少し多いかなと竜児は思っていたのだが、ふたを開けてみればちょうどいいくらいだった。
いつも以上に食の進んだ大河がきれいに片付けてしまったのだ。
今も大河は名残惜しそうに、最後の一切れになったカットりんごを、おちょぼ口でシャリシャリと噛んでいた。
全てを食べ尽くしてしまって、満足げな大河。
竜児は夏バテとか本当に縁のなさそうな奴だよなと目を細めて大河を見つめた
「はあ〜お腹いっぱい」
幸せ極まれりと言うのは大げさだが、おおむねそんなニュアンスをたたえながら大河は芝生に上に仰向けに寝転んだ。
「生地が傷むぞ」
竜児は注意を促した。
なにせ、大河の服装はいつもより高級感のあるもので、上質の生地と仕立てなのは竜児にも分かる。
値段を聞けば間違いなく高須家の月間生活費を上回るのが確実そうな代物。
少なくとも、こんな屋外で着る様なものじゃない。



「いいの・・・」
トロンとした感じで大河は答える。
食後のごろ寝が何にも変えがたい贅沢なんだと、大河の中の基準として断固あるらしかった。
大河を高須家に招き入れて、半同居生活が始まってから数ヶ月以上が経過しているが、竜児最大の失敗は大河に付けさせてしまったこの癖だった。
座布団に座ってちゃぶ台でする食事スタイルは大河にとって初めてのものであったらしい。
最初の頃、高須家に来た時、大河がいやにぎこちなく座っていたのを竜児は思い出していた。
今まで椅子とテーブルでしか飯食ったことないんだよな、こいつは。
それが今では食後にドベーと横たわるのが大河の定番スタイルになってしまった。
おずおずとおかずのお皿に手を出していた頃の大河が懐かしいぜと竜児は苦笑する。
素足のままの大河。
片足だけ靴を履いているのは変だと、濡れ無かった方の靴も脱いで、両足とも陽光にさらしていた。
スカートの中から日焼けを知らない白さで伸びる大河の足。
太陽の下で見るそれは普段と違って見え、竜児を少しだけどぎまぎさせた。
細すぎる足首が妙に竜児の心を騒がせ、竜児はおもわず視線をそらした。
「ん・・・ん・・・すう・・・すう・・・」
そんな竜児の心の機微も知る由も無く大河は体を少し丸めた姿勢で眠りに落ちていた。
その安心しきった大河の寝顔。
ちょんと突いてしまいたくなるような健康そうな頬。
神様が絶妙なバランスで配置したとしか思えない細い鼻、そしてどんなカラー番号を使っても再現不可能な淡いピンク色の唇。
あごから伸びる線はコンピューターで測ったように綺麗で、大河の顔立ちを引き立たせていた。
遠くから見たら等身大の精緻な人形が横たわってるとしか見えないかもしれない。
芝生の上を流れる様に横たわるふわふわの髪はまるで作り物めいて見えて、大河はアンティークドールのようだ。
でもと、竜児は思う。
大河はちゃんと生きている。人形じゃない。
半開きになった大河の口元・・・大河が息をするたび、膨らむ胸元。
その全てが大河の生の証。
不思議だよな・・・竜児は改めて思う。
まったく違った場所で生まれて、お互いに全然知らないところで今まで生きてきて、こうして知り合えたんだから。
・・・竜ね、だっさ・・・
不意に竜児の脳裏に大河が吐き捨てるように言った台詞が蘇る。
新学期、最初の邂逅だった。今思えば最悪な出会いだよな。
つい最近のことなのに、竜児にはそれがもう遠い昔のことのように思えた。
なんか昔からずっと、こんな風に大河と過ごしてきた気さえすると竜児は思う。
侮蔑のまなざしで俺の横を通り過ぎた大河・・・そんなやつが、俺の手の届くところで眠っている。
よもやこんな時が来るなんて・・・大河もそう思うか?・・・大河は答えない。
答えを聞けないまま、竜児もいつしか眠りに落ちていた。



*********



「なあ、逢坂」
「何?」
「食事中になんだけどよ、明日の晩ご飯」
「なによもう作るの嫌になったの?」
「そんなんじゃねえ・・・俺の家で食べてくれないか?」
「あんたの家、あのボロアパートで、嫌よ」
「・・・そうか。悪い。無理にとは言わない」
「当たり前でしょ、犬は黙って言うことを聞けばいいの」
「わかった、その代わり、俺、夕食は家で食べるからさ。あ、もちろん、逢坂の分はちゃんと作りに来るよ」
「べ、べつにここで食べ行けばいいじゃない・・・場所代なんて取らないから」
「そうも言ってられねえんだ。泰子がさ」
「泰子?」
「ああ、俺の母親。夜、働いてんだ。帰宅はいつも明け方で・・・俺が学校行く時は寝てるし、だから晩ご飯しか一緒に食えねえんだ」
「それがどうしたの?」
「家族だからさ・・・飯ぐらい一緒に食いたいじゃないか」
「そんな・・・ものなの?」
「ああ、だから明日から・・・悪い」
「ふうん・・・私・・・行ってもいいよ」
「え?」
「だから、あんたの家に行って食べてもいいって言ってんのよ。耳遠いの!」
「いや・・・大歓迎だ」
「ありがたく思いなさいよ、出向いてやるんだから、せいぜいおいしい物を作って、私を喜ばせることね」
「ああ、ありがとな、逢坂」
「あんたのためじゃないわよ。竜児のお母さんのためよ。勘違いしないで!!」


「ほら、入れよ」
「いいの?」
「いいのって、この間は忍び込んで殴りこみかけたくせに」
「あれは・・・悪かったわ」
「まあ、いろいろ誤解もあったしな。もう気にしちゃいねえ」
「なら・・・いいけど・・・」
「おら、入れ」
「うん・・・」
「ただいま・・・泰子?」
「あ、竜ちゃんおかえり」
「竜ちゃん?・・・ぷっ」
「いけねえかよ!」
「あれ・・・竜ちゃんの・・・ガールフレンドだあ」
「ば!ちげえよ!失礼なこと言うなよ」
「え〜違うの。やっちゃんつまんなあい。せっかくかわいい子連れてきたのに。さすが私の竜ちゃんだと思ったのに」
「口を尖らすな・・・逢坂に悪いだろ」
「逢坂・・・さん?」
「ああ、紹介がまだだったな。このちっこいのが・・・痛て、足を踏むな。こいつが逢坂、大河。クラスメートでお隣さんだ」
「あ、逢坂です。お邪魔します」
「良く出来ました、自己紹介、ちゃんとお辞儀も出来て、おりこうさんなんだ。私がやっちゃんだよ〜。よろしくね、大河ちゃん」
「あ・・・こちら、こそ・・・よろしく・・・です」
「妙なテンションで挨拶するなよ。逢坂が引くだろう」
「そんなこと無いよね、大河ちゃんは」
「お邪魔しても、迷惑じゃ・・・?」
「じぇんじぇーん。ノープロブレム。多勢で食べた方がきっとおいしいよ」
「泰子もOKだとよ。ほら靴脱いで上がれ」
「うん。お邪魔します」
「いらっしゃーい・・・あ、そうだ、大河ちゃんはどこに座ってもらおうかな・・・ここがいいかな、あ、でもこっちの方が・・・ねえねえ、竜ちゃんはどこがいいと思う?」
「どこでもいいだろ、そんなの」
「良くないよ。だって、竜ちゃんが初めて連れて来た女の子なんだよ。大事にもてなしてあげなきゃ」
「妙な母親だろ?」




「ううん、いいお母さんじゃない」
「そうか、でもあんまり本人には言うなよ。調子に乗るから」
「きれいな人だね」
「まあ、若いだけはあるしな、高一ん時俺を産んで、それからずっと二人暮しさ」
「そう・・・なんだ」
「ごめん、変な話聞かせた。お詫びに今日は飛びっきりうまいもの作ってやるよ」
「竜児・・・」
「何だよ?」
「・・・何でもない」



「あれ?大河ちゃんもういいの?」
「うん。ごちそうさま」
「何、遠慮してんだよ。まだ残ってるぞ」
「そうだよ、育ち盛りはたくさん食べないと大きくならないよ」
「泰子!」
「ふえん、竜ちゃん。私、何か悪いこと言ったあ」
「じゃあ、もういっぱいおかわり」
「おう、茶碗貸せよ」
「そうだよ、大河ちゃんスマートだもん。たくさん食べても絶対太らないから」
「デリカシーの無いこと言うなよ。悪いな逢坂」
「ううん・・・おいしい」
「そうでしょ、そうでしょ、竜ちゃんはお料理上手だから・・・はい、これあげる」
「泰子、そんな自分のおかずを・・・お客さんに失礼だろ」
「お客さんじゃないよ。うちでご飯食べたら、もううちの一員だよ。ね、大河ちゃん」
「・・・うん・・・」



「ねえ、竜児?」
「あ?」
「呼んでくれて・・・言わない」
「何だよ、変な奴」
「明日も来ていい?」
「泰子は大歓迎だとよ」
「明日は何作るの?」
「まだ考えてねーな。逢坂は食べたい物でもあるのか?」
「特には・・・」
「そっか・・・なら明日、一緒にスーパー寄るか、学校の帰りに」
「うん、考えとく」
「じゃな、おやすみ」
「そうだ、竜児・・・竜児・・・竜児・・・」
「そんなに何回も呼ばなくても・・・」


*******


「竜児!!!!!」
「んんわ」
目を開いた竜児の視界いっぱいに大河の顔のドアップ。
「あ、れ?お前、部屋に帰ったんじゃ?」
「何、寝ぼけてんのよ」
ちょっとよそよそしいと言うか、まだ他人行儀だった大河の顔は消えうせて、いつもの大河がそこにいた。
夢か・・・と竜児は起き上がる。




「乾いたんだな」
「ようやくね」
両足にちゃんと靴を履いた大河は履き心地を確認するようにその場でとんとんと足踏みをした。
「あ〜あ、芝生がついてる」
竜児はめざとく大河の服に付いている緑の欠片を見つけると、手でそっと払い落とす。
「いい服なんだから、丁寧に着ろよ」
「もったいな〜いって」と大河は竜児の口癖をまねた。
「大河!」
「びんぼー症なんだから、竜児は」
「しょうがねえだろう、これが俺の性分なんだ」
「そんなんじゃ、モテないよ」
「やかましい、お前に心配されたくねえ」
「心配なんかしてないわよ、竜児は一生、私の犬なんだから」
「ふふん・・・って、偉そうに、言っとくがな俺はそんな契約した覚え、ねえぞ」
「証文が無くても、そうなってるのよ。もうあきらめなさい。竜児に付けた首輪、私、外すつもりないからね」
「まさに、悪徳商法」
「何とでも言いなさい」
芝居が掛かった高慢さで手を口にあて、大河は高笑い。
おーほほと調子に乗ったまでは良かったが、そのまま、ゲホとむせ込んだ。
ゲホゲホと喉を鳴らして続けて咳き込む。
「天罰だな」
「うるさ・・・ケホ」
「大丈夫かよ。って髪にも付いてるぞ」
竜児は大河の天辺に芝生の切れ端を見つけた。
「やだやだ、取って。竜児」
「しょうがねえな、動くなよ」
竜児は大河に乗った緑色を手でつまんで、地面に落とした。
「取れた?」
「ああ、大丈夫だ」
「もう、付いてないよね?」
大河はそう言いながら、もう付いていないかなと自分の髪を手を櫛の代わりにして梳いた。
「大丈夫そうだね・・・あれ?誰か来たよ」
聞こえてきた話し声に大河は手の動きを止める。
竜児も声のした方を見ると、いつの間にかさっきまで大河と竜児がいたフェンス際に男女のふたり組みが陣取っていた。
仲良さげに談笑するふたりは大学生くらいに思え、推測するまでも無く恋人同士の親密さ。
「物好き第2号、あれ?」
「まあ、そう言うことになるだろうな、こんなとこまで来るんだから」
「ずいぶん、仲良さそうだね」
竜児たちの声も聞こえていないのか、陽のあたるその場所から、木陰のここは暗がりに
なって良く見ないのか、まるで誰もいないかの様に目の前のふたりは大河と竜児の前でいちゃつき始めた。




「邪魔しないように退散すっか」
「そうだね」
竜児がお弁当を入れていた保冷バッグを拾おうとふたりから視線をそらした時だった。
「あ、ひゃああ・・・」
大河が悲鳴とも感嘆ともつかない声を上げた。
「どうした、大河・・・うぉう・・・」
大河が思わず発してしまった妙な声の原因に直面して、竜児も声を出してしまった。
竜児と大河は同時に見てしまったのだ。距離にして数十メートル先で展開される妖しくも甘美なアダルトの世界を。
大河と竜児の目の前で繰り広げられる恋人同士の熱い抱擁と口付け。
指と指の間がすき間だらけで目隠しになっていない両手を顔の前にして大河は右往左往する。
大河の白かった頬が見る間に赤く染まり、「はうう」と声を漏す。
「い、行こう、大河」
竜児は大河の手を掴むと、その場から駆け出した。

公園の森を抜け、広い道路へ出たところで竜児は走るの止めた。
「あ〜びっくりした」
「竜児・・・」
情けなさそうな感じで大河は竜児を呼んだ。
「何だよ?」
「・・・手」
「手?うぉ、わりい」
その時になって竜児は己がずっと大河の右手を握り締めていたことに気がついた。
急いで手を放し、大河に謝る竜児。
テレビの画面の中でしか見たことがなかったものをいきなり目の前で見せ付けられて、竜児も相当、動揺していた。
大河もいつもなら「いつまで握ってんだよ、馴れ馴れしい」と怒り爆発のはずなのに大人しい。
「は、初めて見たよ、あんなの」
まだ、赤みの残る顔で大河はぽつんと言う。
「竜児は?」
「俺だって、見たことねえよ」
「恋人同士って・・・あんなことするんだ・・・竜児は・・・その・・・したことあるの?」
ストレート過ぎる質問に竜児は面食らう。
「あ、あるわけ・・・ねえだろ」
この場合、この返事がかっこいいのか悪いのか分からないまま、竜児は正直に明かした。
「そっか・・・そうだよね・・・うん」
安心したと言う感じで大河はひとり言のようにつぶやいた。
竜児はつい視線が大河の口元に行くのを抑えられない。
竜児も聞いてみたくなる「お前こそどうなんだよ?」と。
多分そんなこと聞けば、間違いなく鉄拳回答が戻ってくるだろうな。
竜児は興味の追求と身の安全を秤にかけて、その質問を封印した。

「走ったら、のど渇いちゃった」
「麦茶、まだあるぞ」
「うん、飲む」
「待ってろ」
水筒のふたに中身を注いで竜児は大河に手渡した。
ためらい無く、口をつけて大河は麦茶を一気に飲み干し、ふたを竜児に返す。
それはさっきの昼食で竜児が麦茶を飲むのに使っていたふただった。
気にも留めないで、そんな振る舞いをする大河に竜児はなんとも言えない安らぎを覚えた。
前を歩く大河の後姿に向かって竜児は声を掛けた。
「続き、やるか?」
右手でグーを出し、じゃんけんのポーズをとる。
「やる」
今度こそ負けないとオーバーアクションでじゃんけんに応じる大河。
「最初はグー、じゃんけんぽん」

・・・やっぱり、大河は単純だった。


--> Next...




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