キャンプファイアに火がともされる。

大橋高校文化祭の恒例行事である後夜祭を照らし出す灯りは、黒へと沈んでいく空に代わって生徒達の顔を優しい光で照らしだす。

向こうの方では、先ほどミス大橋高校の頭にティアラを乗せた福男が、勝者に授与された『ミスへのダンス申し込み』権を行使している。しかし、木原麻耶が上目遣いで微笑みながら腰をかがめて手を合わせている姿から察するに、
ダンスをするには兄貴ノートのコピーを取らせなければならないようだ。拒むとも思えないが、たとえ拒もうと思っても陸上部の2年生ごとき、バックに腹黒モデルが付いた麻耶の手管にかなうわけがない。

「谷本、残念だったな」
「いやいや、最高だった。走って良かったよ。最後に面白いイベントに参加出来た。やっぱり『同じ阿呆なら踊らにゃ損、損』だな」

残念ながら谷本は3位。今年は体育会で示し合わせて走路妨害をしていなかったらしく、妨害は事もあろうに全校生徒の手本となるべき3年生の選抜クラスによるもののみ。結局元気のいい1,2年生と真っ向勝負になった。ま、現役と元、では勝負にはならない。

後ろでひゅーひゅーっと声があがる。振り向くと

「おう」
「へぇ」
「ははは」

直立不動の木下がうつむき加減の吉田さんに何かを話しているところだった。竜児、谷本、田口はニヤニヤしながらそれを眺める。

「おい、あれってダンスの申し込みかな、それとも告白かな」
「告白はねぇだろう。ものごとには順番てものがある」
「木下はいろんな意味で読めない奴だぞ」
「いや、あいつは数学マニアだから手順を飛ばすようなエレガントじゃないまねはしないだろう」
「おっ」

木下が手を差し出した。吉田さんが、おずおずと手を伸ばす。2人の手がつながったところで歓声が上がる。

「あーあ」
「吉田さん、早まりすぎです。俺ちょっと冷やかしてくるよ」
「おい、よせ!」

田口が振り返ってひとの良さそうな笑みを浮かべる。

「俺は『いじらない』とは約束したが、『冷やかさない』とは言っていない」
「だよねー」
そう言って谷本が後を追う。


◇ ◇ ◇ ◇ 


冷やかす、と言った割には田口達は少し離れて木下と吉田さんを楽しげに見ているだけだった。竜児はその様子をすがすがしい気分で見ている。今年の文化祭は楽しかった。遺恨が残らなかったな、と思う。苦い思いと消せない染みが残った去年の文化祭とは大違いだ。

ぽんと、肩を叩かれて振り返ると

「北村と和解したって?」

村瀬が笑っている。

「和解も何も、俺はあいつと喧嘩なんかしてねぇ」
「はは、やはりうちのクラスの総大将は器が違うね。大人物だ」
「よせ、誰が総大将だよ」

竜児は苦笑い。

一通りのイベントが終わると、北村は勝手に近寄ってきて、勝手に謝罪して、勝手に反省した後、勝手に握手して、じゃ、仕事があるからと去っていった。忙しい奴だ。照れもあるのだろう。木曜日には『こんなやり方は嫌いだ』と言っていたし、
竜児は竜児で生徒会室のガラス代を誰に払えばいいのか気にしている。だが、北村はそんなことを話す暇すら与えなかった。ま、月曜日に生徒会室に払いに行くか。その時にゆっくり話せばいい。

「自分の非を認める事のできる北村のほうが大人物だ」
「そういうことにしとこうか」

村瀬は、どちらでもいいというように微笑んで、勢いを増し始めたキャンプファイヤーを見ている。オレンジ色の炎の周囲で楽しそうにおしゃべりし、あるいは踊る生徒達を眺めながら、ふと、竜児は思った事を口にした。



「なぁ、村瀬。文化祭どうだった?」
「文化祭?ああ、楽しかったよ。最高だった。みんな最初は乗り気じゃなかったけど、共同企画は審査員特別賞とったしな」
「学年主任が泣いてたって、本当か?」

噂によると、3−Aと3−Bの共同企画を評するにあたって、学年主任は生徒の自主性と視野を広げようとした努力、そして文化と科学に対する個性的な洞察力に男泣きに泣いたという。どうも嘘くさい。

「男泣きにってのは嘘だろ。だけどさ」

と、村瀬は笑って言葉を継ぐ。

「ずいぶんうれしそうにしていたらしい」
「おう。そうか」

学年主任は生徒に甘い顔をしない大人の代表だ。それがうれしそうだったのなら、あながち俺たちがやったことも的外れじゃなかったな、と竜児は思う。大河の口から出任せもたいした物だ。

しかし。

竜児が聞きたいのは何となくそこではない。もっと違う話が聞きたい。文化祭がどうだったか、ではなくて。村瀬にとってどうだったか。それは有り体に言えば詮索趣味なのかもしれないが、振り返ってみると3−Aのクラス展示はそこから始まったようにも思える。
遠まわしに聞くくらい、いいだろう。

「なぁ、そうじゃなくて」

と、村瀬の顔を見、それから何気ないことのようにキャンプファイヤーに顔を向ける。竜児にできる、精一杯芝居がかった仕草。

「文化祭、どうだった」

村瀬は柔らかい笑みを顔にたたえたまま、しばらくキャンプファイヤーを見ていた。そして唐突に話をそらす。

「高須。文化祭のスローガン、覚えてる?」
「おう、なんだっけ」

聞きたかったことをはぐらかされて少し残念な竜児だが、それでも律儀に考える。仕方ない。遠回しに聞いて嫌がられるならそれ以上立ち入るような話じゃない。それに竜児の想像は単なる勘ぐりかもしれない。

それにしても、文化祭のスローガンなんか、毎年誰かが決めて、誰も注意を払わないまま消えていく。誰かスローガンにそったクラス展示をした奴が居るだろうか?スローガンを覚えている奴のほうが少ないだろう。



「たしか、『世界が一変する瞬間』か」
「そう、それ。俺が提案したんだよ」
「そうだったのか」

ちらりと村瀬を横目で見る。やっぱりこいつ、意外に積極的なのか。いつも静かにしているくせに、心の中には外見とは違う何かを隠し持っているのかもしれない。この2週間で感じたことを、あらためて思う。竜児だったらスローガン募集に応募するなど考えもしない。

「実は今年の生徒会活動方針を考えろって言われたときに思いついたんだけど、没食らってね。文化祭で再提案した」
「スローガンの再利用か。エコな生徒会だな、まったく」

竜児のこれは、軽い皮肉。せっかくいい話っぽかったのに、なんだよ。やっぱりはぐらかされただけか。

「ははは。いやいや、俺は結構本気だったよ」

世界が一変する瞬間を文化祭で見たいと思ったんだ。この文化祭で。と、村瀬は炎を見つめながら話す。でも、まだ見ていない。そう言った後、しばらく炎を見ていた。

「高須」
「おう」

村瀬は燃えさかる炎を見ながら大きく一呼吸し、そして

「ちょっと見てくる」

心持ち硬い表情になってキャンプファイヤーの方へと歩きだす。だけど2,3歩行ったところで振り返り、

「なぁ」
「ああ?」
「心臓を握られたまま喧嘩するって、どんな気分だ?」
「えっ………なんだよお前。藪から棒に」

微笑んで竜児を慌てさせると、もう一度歩き始めた。

その後ろ姿を見ながら、(ちぇっ、やっぱり俺の思った通りじゃないか)と独りごちて、竜児はほんの少し笑顔。村瀬はまっすぐキャンプファイヤーの方へ…………友達と話をする書記女史の方へと歩いて行った。

そして何かを話しかける。
そして書記女史が小さく頷いて村瀬のほうを向く。
そして話をしていた女の子達がその場を離れていく。

「さて」

体を伸ばして深呼吸する。心地よく冷えた空気が肺に満ちる。お姫様を探す時間だ。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「大河!」

年頃の女の子だというのに腕白小僧のようにキャンプファイヤーの前を駆け抜けていく婚約者に声を掛ける。さっきから走る姿ばかり見かけている。3回ほど声を掛けているのだが耳に入らないらしく、捕まえ損ねていた。どんだけ元気なんだよ。

「あ、竜児!」

ようやく気づいてくれた。ずざざっ!と急ブレーキで止まると、大河はうれしそうに竜児の所に走ってくる。そして、芸能人の密会現場を押さえた三文ライターの笑顔になって

「知ってる?竜児!香椎奈々子と木原麻耶の間に密約があったっていう黒い噂があるの」

と、ひそひそ声。

「黒い噂?」
「どっちが勝っても兄貴ノートを見せようって約束していたんだって」

あまりのくだらなさに、竜児はぷっと吹きだす。

「そりゃ密約じゃない、単なる約束だ」
「えっ、そうかしら。ずるくない?」
「俺は去年能登達にも見せたぜ」
「あ、そうか」

大河が竜児を見あげながら、へらっと笑う。

ミルク色の頬、形のいい小さな鼻、優美な額。淡色のふわっとした髪がキャンプファイヤーに照らされて、オレンジ色に縁取られている。ああ、畜生。こいつかわいいなぁ。竜児はつい、微笑みを漏らす。なんだか最近、
自分は大河のせいでずいぶん軽くなったんじゃないかと思う。いっつも面倒ばかり起こすくせに、こんな風にすぐに竜児の心をとろかしてしまう。

「なぁ、大河。ちょっといいか?」
「何?手早くしてね?私忙しいんだから」

首を傾けて少し気取ったように微笑む大河に、ちょっとだけむっとする。婚約者に対してその扱いは何だ。

「なんだよ、俺の話より重要な事があるのかよ?」
「あら、あるわよ。みのりんとお話するでしょ?ばかちーが色気づいているから注意しないといけないでしょ?木下君が吉田さんにちょっかい出し過ぎないか監視が必要でしょ?それから」
「いや、もういいよ。わかった、じゃ手短に話すよ」

何?と大河は微笑みながら、こちらを見上げている。

畜生。こいつかわいいなぁ。



「大河」

左手の手のひらを上に向けて、大河に差し出す。

「踊ってくれないか?」

目が見開かれ、大河の頬にさっと桜色が散る。瞳はほんの少し潤みを強めて、キャンプファイヤーの光をきらきらと反射する。すこし逡巡したようだが、唇をきゅっとすぼめて恥ずかしげな表情をすると

「うん」

すっと、右手が差し出されて、竜児の左手の上に添えられる。そして

「え?」

戸惑いの表情。竜児が右手で大河の背中をそっと引き寄せたから。

「フォークダンスじゃないの?」
「フォークダンスのほうがいいか?」

学校の校庭で踊るには近すぎる距離に、大河が頬を赤く染める。

「わかんない。竜児が決めて」
「おう、じゃぁさ」

と、竜児は言葉を切って、

「左手を、俺の肩にあてて…そう」
「ああ」

不意にもたらされた竜児の攻撃に、大河がとろけそうなため息を漏らす。

「変なの。こんな風にダンスの格好しただけでため息がでちゃうよ」
「そうか」

いつも元気で身も蓋もないくせに、こうやって照れているところは本当に女の子だ。

「急に踊ろうなんて、変な竜児。こんな風に踊れるなんて知らなかった。やっちゃんから教わったの?」
「いや、本を買って勉強した。お前と今夜踊ろうと思って。ステップは難しすぎてあきらめたけどな」
大河が恥ずかしそうに微笑む。

「私のため?本当?」
「ああ、本当さ」

はーっと大きなため息。ちょっとうつむいて、そして竜児を見上げて

「竜児は時々、急にロマンチックになるよね」
「そうか?」
「そうよ」

うれしそうに言う。



恥らう大河の向こうでぴゅーっと口笛が鳴る。音楽無視でゆっくりと体を揺らし始めた二人に、冷やかしの声が浴びせられる。手乗りタイガーっ!とか、ヤンキー高須!とか、熱い熱い!とか。お前等こっちがおとなしいときだけ威勢がいいな。

「ね、みんな笑ってるよ」
「あんなの無視しとけって。すぐ飽きるから」
「そうかな」

ほんの一年前まで天下御免の手乗りタイガーで鳴らしていたくせに、恥ずかしくて顔を上げていられないらしい。優しく見守る竜児をよそに、大河は顔を竜児の胸に埋めるようにして体を揺らしている。つきあい始めて何ヶ月たっても、大河は冷やかされると顔を真っ赤にする。
不思議な女だ。

大河が気にするまでもない。うるさい連中なんかガン無視すればいい。ガンを飛ばして黙らせて、無視するだけだ。ほら、一人、二人と、はじかれたように顔をそらす。

「ほんとだ、静かになったね。みんな飽きちゃったのかな」

ようやく顔を上げた大河と微笑みを交わす。

「な?言ったとおりだろ」

文化祭の後夜祭もたけなわ。二人が始めたダンスは、瞬く間に校庭の隅々まで広がっていく。まねしてゆっくりと体を揺らしている組もあれば、馬鹿にはじけた踊りに挑戦している自由な奴等も居る。あちこちに散らばったフォークダンスの輪の間で、
ひと組、ふた組、彼氏と彼女たちが踊っている。木下と吉田さんも踊っている。麻耶と陸上部の2年も踊っている。それから村瀬と書記女史も。

キャンプファイヤーの横で踊っているだけなのに、もう、世界はいつもと違うようで。

それにしても、いつもは気にならないのに今夜だけは少しだけ大河の小ささが恨めしい。もうちょっとだけ大河が大きければ表情がよく見えるのに、と竜児は思う。ただ、口許にかすかに浮かんだ笑みだけが見える。




「ねえ、竜児」
「なんだ?」

竜児と大河も、いつもより優しい声で。

「どうして急に踊ろうなんて言い出したの?」
「急じゃねぇ。俺は福男の権利を行使してないんだよ。お前、去年逃げたろ」

くくく、と大河が小鳩のように笑う。

「だって」
「あのときにはそんなに気にしなかったんだけどさ。あとになって踊らなかったことをずいぶん後悔したよ」
「どうして?北村君に焼けちゃった?」

竜児を見上げながら小首をかしげて、少し意地悪そうな目で微笑む。畜生。こいつかわいいなぁ。

「ああ、正直それもあるな。でもさ、あのときもっとちゃんと横に居てやっていればって思った」
「横に?」
「そうだ。去年の文化祭、俺が余計なこと言ったばっかりにお前をつらい目にあわせてさ。それで、ミスコンのお前見て、横に居てやらなきゃ、お前の横には俺が居るって教えてやらなきゃって思ってさ。お前が好きなのは北村だってわかってたけど。
だから頑張って福男になって。なのに、さあ踊りをって思ったら、お前逃げちゃうんだもん」
「そうね」

楽しそうだった大河の口許が、少し憂いをたたえる。

「そんな顔するなって。俺もお前もいろいろあったけどさ。あのときちゃんと捕まえて『俺はお前の側に居るんだぞ』って言ってやっていれば、後でお前をあんなに泣かすことにならなかったかなって思うよ」
「竜児のせいじゃないよ。竜児のせいじゃない」

かすれるような声は、なだめたり取り繕ったりじゃなくて本心の色。うつむく大河に

「お前は」

と、竜児はすこし言葉を切る。

「一番つらいことは、絶対に言わない女だって、俺はあのあとずっと経ってから気がついた。あのときはまだ、一番つらいこと、一番寂しいことは言わない奴だって気づいてなかった。もし、あのときそれに気づいて、『側に居るから』ってちゃんと言っていれば、
お前のつらさや寂しさを少しだけでも和らげてやれてたかもしれない」

低い声でささやくように投げかけられる言葉をかみ締めているかのように、大河は黙って聞いている。

「俺はそれに気づかなかった。それをずっと後悔してた」



「もし竜児と踊っていたら、私達どうなっていたかなぁ」

顔を上げて、大河が微笑む。ぱちぱちとキャンプファイヤーの音が聞こえる。

「どうなっていたかな。あんまりお前を泣かさなくて済んだと思うよ」
「そうかな」
「そうさ」

音に釣られたか、大河がキャンプファイヤーの方を見る。そしてもう一度竜児を見上げる。

「ねぇ、竜児」
「なんだ」
「竜児はそんな風に言うけどさ、私、竜児と出会ってからあんまり泣かなくなったよ。文化祭よりずっと前から、私は竜児のおかげで泣かなくなってたよ」

竜児が微笑む。

「うそつけ、お前泣いてばっかりだったじゃないか」
「だって、前はもっと泣いてたもん。もっと苦しかった。息をするのも苦しかったの。でも、竜児が来てから、あんまり苦しくなくなった」

フォークダンスの曲が変わる。校庭のあちこちから声が上がる。みんな、踊り方覚えてるか?

「そうか」
「うん」
「もっと早く気がつけばよかったよ。ちゃんといつも側に居てやらなきゃって。変だよな。お前が優しい奴だって事には、すぐに気づいたのに。もっと大事なことには気づかないままだった」

大河は少しおかしそうに

「私の事優しいなんて言うの、竜児だけだよ」

言い返してみる。が、

「そうか?じゃぁ、俺だけが知ってるってことか。みんなには秘密にしとくか?」
「もう」

竜児から軽口をくらって、言葉を継げない。

大河は照れたように頭をまた胸に預けてくる。すっかり暗くなった夜空の下、校庭のすべてがキャンプファイヤーのオレンジ色に染まっている。川嶋や香椎、それから櫛枝や春田と言った連中が現れては、二人に声を掛けようとする。
そのたびに竜児は、今は二人きりにしておいてくれ、と首を振って微笑む。みな、冷やかさずに笑顔でそっとしておいてくれた。


「大河」
「ん?」
「もう一度言うけど。去年のミス大橋高校だったお前の所に真っ先にたどり着きたいって思って、俺はこの校庭を走った。側に居てあげたくて。だから、今、ちゃんと言う。お前の横には俺が居る。ずっと俺が側に居る。もう、つらいことは我慢しないでくれ。俺に言ってくれ。
お前が1人で苦しむなんて俺は耐えられねぇ。それをずっと、俺は言いたかった。文化祭の夜に。ミス大橋高校のお前に」

大河は黙ったまま、竜児の胸に頭を預けて体を揺らしている。キャンプファイヤーがはじけて、校庭に歓声があがる。小さく鼻をすする音がする。

「竜児の意地悪。そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃない」

声を震わす大河から手を離して、ポケットからきれいなハンカチを取り出す。大河と知り合ってから、ハンカチの出番が少し増えた。

「泣いたら俺が涙を拭いてやる。ほら、鼻かめ。みんなと踊りに行こう」
「みんな?」

ほんの少し涙を残した声で首をかしげる大河に、校庭の一角を指差す。

いつの間にか3−Aと3−Bのフォークダンスの輪が出来ている。キャンプファイヤーのオレンジ色の光に照らし出され、共同企画の成功を祝って理系文系入り乱れて踊っている。あの輪に加わろう。もっと2人で踊りたいけれど、
あの輪で踊ることが出来るのは今夜だけだ。楽しかった文化祭の締めにふさわしい。

「なぁ、大河。文化祭、どうだった?」

キャンプファイアーの炎は、向き合う二人も優しく照らし出す。二人して手をつないで、踊りの輪へ向かう。

「楽しかったよ。みんなで展示作って、喧嘩したけど仲直りして、竜児と2人で見てまわって、ミスコンの司会やって、それに…」

オレンジ色の光を受けながら、大河の顔が明るくほころぶ。

「…踊ってもらえた」

まだそこにあることを確かめるように、竜児の手を握る手にほんの少し力が込められる。竜児も握り返してやる。

「ああ、そうだな。今年の文化祭は本当に楽しかったな」

秋の夜空は寂しい。オリオンもまだ見えない。でも、オリオンが見えなくても、もう大河に寂しい思いはさせない。

みんな楽しそうに踊っている。
柔道部の田口も、陸上部の谷本も、美術部の平原も、理系セクシーな湯川も、数学班の木下も、お弁当で3−Aをパニックにしてくれた吉田さんも、知的な女の岸本さんも、剣道部の横川も、能登も、村瀬も、書記女史も、みんな楽しそうに踊っている。
北村は…また働いているのだろう。

高校生活最後の文化祭は楽しかった。

なにより、大河の横に居てやれた。

「ねぇ、竜児。私も言いたいことがあるんだ」
「おう、何だ」

大河が竜児を見上げてオレンジ色に染まる頬に微笑を浮かべる。

「大好き」

ひんやりした空気が気持ちいい。もうすぐ、秋も終わる。

(おしまい)






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