ぱちり、と大きな瞳を覆う瞼が開かれる。カーテンが朝日を遮り、暖かな光を朗らかに部屋へ通す。
近くの電線に停まる小鳥が、朝チュンを詩を歌うように爽やかな声を奏でている。
日本人の大半の人がこの瞬間を、「気持ち良い」と思わず呟きを漏らすだろうが、大河は違った。
理由は単純。竜児が居ない。セミのようにしがみ付いていた自分を温かく包み込んでくれていた体。体温が、鼓動が、
聞こえない。半身をもぎ取られたような喪失感に包まれ、枕を竜児と思い込み、抱きしめてリビングへ向かう。
とてとて、という擬音が似合う歩き方で少し歩くと、リビングと隔てるドアから、ふんふふーん♪と鼻歌を歌う声が
聞こえてくる。ほっと安堵して、ドアノブを回す。三白眼をトマトに向け、朝食を作っていた竜児が私に気づく。
「おう、お早う大河。よく眠れたか?」
私の気も知らないで。
「…うん。お早う、竜児」
それだけ言うと、包丁を持っていた竜児の腰に腕を回す。
「お、おい。危ないからあっちにいろよ」
なんて冷たい人。でも、それは私がドジをして怪我をしないよう庇うためだ。
それが判ると、だらしなく頬が緩む。
「なんで、居なくなっちゃうの」
緩んだ顔とは正反対な言葉。ついでにさっきの竜児の台詞とも噛みあっていない。
顔を上げて瞳をうるうるさせる私を、首を曲げて竜児はきょとん、と私を見つめていた。
「なんで、一人で勝手に行っちゃうの」
続けてもう一言。さぞかし意味不明な言葉だろう。でも、関係ない。
「それは…あいや、俺は居なくなったりしないぞ?」
それは大河だろ。そう言うのを寸前でつぐみ、安心するような言葉を掛ける。のだが…。
「うそ」
簡単に否定。
「えっと…俺、何かしたか?」
してないよ。でも、したよ。
「…朝起きたら隣に居ないんだもん」
ずっと抱きしめててくれたくせに。
「すまん。朝飯できたら起こそうと思ってたんだけど、その前に起きちゃったからさ」
ううん。竜児は何も悪くない。悪いのは、我侭な私。
いいよ、と答える代わりに、腕に力を込める。もう離れないで、と言わんばかりに。
「じゃあさ、朝飯食ったら弁当作ってピクニックに行こうぜ?電車で遠出でもしよう」
ぱぁぁ!と遠くから音声さんが擬音を付けてくれたと思わせるほど、顔を輝かせる。
「うん!行きたい!どこ行こっか!」
それはある、日曜の朝。とても幸せで、どこか切ない、幸せの1ページ。大事な大事な、1ページ。





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