「・・・竜児の傍に居られなくなる・・・それが・・・嫌・・・だったっ・・・!!」
零れ落ちる涙はそのままに、取るものもとりあえず、大河は夢中で駆け出した。
先程、送り出した竜児を追って。
自らの辿り着いた、唯一の答えに従って―――。

「クリスマスの夜に」





「竜児・・・」
寒風吹き荒ぶ12月の外気。見える人影はない。
それでも大河は・・・
「竜児・・・りゅうじーーーーっ!!!」
喉が裂けんばかりにその名を呼んだ。
絶叫と見まがうばかりに声をあげた。
しかしその声は、空しく漆黒の夜空へと吸い込まれていくのみで。
「りゅうじ・・りゅうじぃ・・」
ぺたんと大河はその場に膝をついた。
裸足のまま飛び出した足の裏からは血が滲み出ていた。
しかしそれらのことなどどうでもいいほどに、大河は後悔していた。
「私・・・バカだ・・・」
こんなになるまで分からないなんて。
こんなになるまで気付かないなんて。
次々に溢れてくる涙と共に、暖かい記憶が溢れてくる。
その全てが、竜児との・・・思い出であった。
近くにいる道理など無いのに、いつでも一番近くにいてくれた。
嬉しい時も。
辛い時も。
悲しい時も。
ずっと・・・ずっと・・・。
「りゅ・・じいぃ・・・」
ギュッと目を閉じて大河は地面に手をついた。
その手にポタポタと涙が降り注ぐ。
でももう遅い。
私はまた取り返しのつかない事をしたんだ。
差し伸べられた手を振り払い、自らその手を離した。
バカだバカだバカだバカだ。
「私・・・バカだぁ・・・」
泣き崩れる大河の耳に、響く一つの声。
「なんでだよ?」
・・・え?






聞こえた声に、驚いて目を見開いた。
聞こえるはずの無い声に、耳を疑った。
そしておそるおそるあげた顔が、呆けた様に固まった。
「・・・」
一瞬夢かと思った。
幻かと思った。
だってそこには・・・。
「・・なにか言えよ」
さっきまでと同じ、クマの着ぐるみを着た竜児が立っていた。
「・・・なんで居るの?」
「・・・」
思わず大河は呟いていた。
さっき送り出したはずだ。
さっき離したはずだ。
でもそこには紛れもなく竜児が居た。
気まずそうに、前髪をクリクリと弄くるいつもの癖のまま。
「・・・」
「・・・」
そのまま大河がなにも言わないで居るので、観念したように竜児が口を開く。
「お前が・・・」
「・・・」
「その・・・呼んでるような・・・気がして・・・」
バツの悪そうな顔で、竜児はぼぞぼぞと小さい声で呟いた。
明るければ耳まで真っ赤になっているのもばれただろう。
いや、今の大河にはそれはわからなかったかもしれない。
彼女もまた混乱していたから。
なに・・・?
呼んでる・・・私?
呼んでた・・・けど・・・。
届くはずない・・・ないのに・・・。
「・・・みのりんは?」
混乱したままにとりあえず声を出す大河。
「電話して謝った。なんか色々・・・全部」

竜児の言葉は、大河を更なる混乱に陥れる。
色々?色々って・・・なに?全部?
混乱した頭に飛び込んでくる単語。
その全てが理解不能だった。
だから大河は、素直にそのまま聞き返した。
「全部って・・・なに?」
「!!」
一瞬竜児がしまったという顔をした。





しかし相変わらず思考停止している大河は、ただただキョトンと、その涙をたたえた大きな目でみつめてくるだけだ。
困ったように頭をガリガリと掻いた竜児だったが、覚悟を決めたように大河の目を真っ直ぐ見た。
「断ってきたんだ。今夜のことや、海でのこと。あと・・・体育館でのこと」
「・・・?」
「その・・・思わせぶりな態度をとったから・・・」
「!!」
そこまで聞いて、やっと大河も気がついた。
竜児が・・・実乃梨を諦めた事に。
バツが悪そうに顔をそむけた竜児に、大河は責めるように呟く。
「・・・どうして?」
「・・・」
大河には理解できなかった。
言っていることは理解できても、内容が理解できなかった
「どうして!?どうしてなの!?あんなに好きだったじゃない!!みのりんだって絶対あんたのこと好きなのに!!」
「大河・・・」
困ったような目を向ける竜児。
その目の前で大河は頭を抱えて、俯いていた。
「私の・・・所為?」
「・・・大河?」
そうして・・・紡ぎだされた言葉は、大河自身を切り裂く刃のようで。
「私が居るから・・・?私が竜児の傍に居るから・・・?」
「っ!なにを・・・!!」
「だって!!」
上げた顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
その涙を拭うこともせず、大河は叫んだ。
「私がいたから竜児は私を追いかけてきた!私がいたからみのりんは私に遠慮した!私がいたから・・・竜児はみのりんの想いを・・・みのりんは竜児への想いを・・・閉じ込めた・・・」
「っ!?それは違う!!」
「違わない!!」
ブンブンと頭を振りながら、大河は狂ったように叫びつづけた。
「私はやっぱり居ちゃいけないんだ!私はずっと一人じゃなきゃいけないんだ!私が居るから皆壊れてく!
家族も!親友も!好きな人だって・・・!皆皆私が居る所為で・・・っ!!」
パシン。
「え?」
痛みを伴う大河の激白。
それを止めたのは・・・小さな破裂音だった。






一瞬の沈黙。
ポカンと呆けたように硬直する大河。
聞こえたのは軽くはじけるような音だ。
感じるのは軽い頬への痛みだ。
今のは・・・なに?
「・・・わりぃ」
それは、竜児が大河の頬を叩いた音。
「こうでもしねーと・・・お前、話きかねーから」
本当に申し訳なさそうに、竜児はゆっくりと俯いた。
その姿を見ながら、大河は頬を押さえたまま動くことが出来なかった。
何も言わない大河に、竜児は一つの決意を胸に秘めて顔を上げた。
「・・・大河・・・」
ゆっくりと竜児が一歩、大河へと踏み出す。
反射的に大河の身体がビクリと震えて、一歩後ずさる。
一瞬躊躇うように、差し出された竜児の手が宙を泳ぐ。
しかし意を決したようにその手は、半ば強引に大河の二の腕を掴んだ。
「やっ・・・!」
目を瞑りその手を振り払おうとする大河。
瞬間。

ふわり。

全身が包み込まれる感覚に、大河の目が見開かれた。
視界を覆うのは闇ではない、竜児の身体の陰。
抱きしめられてるのだと気付くのに、幾許かの間が開いた。
「・・・もう離さねえ・・・」
「!?」
耳元に直接囁くような至近からの声に、大河の頬が瞬時に紅潮する。
「・・・俺は・・・もう2回・・・お前を一人にした・・・」
「・・・え?」
しかし聞こえてきた声の真剣さに、大河がもぞもぞと顔を無理矢理竜児に向けた。
「・・・な・・・」
「ごめん・・・本当にごめんな・・・」
視界に入ってきた竜児の顔。
思いの外近い顔に、しかしそれでも大河は驚きを隠せなかった。
「な・・・なんで・・・」
「ごめん・・・大河・・・ごめんな」
「なんで・・・あんたが泣いてるのよ?」
目の前でポロポロと辺り構わず涙を流す竜児に、大河はそれだけ言うのが精一杯だった。






「・・・俺はお前を傷つけた・・・」
「!?」
「並び立つ・・・傍にいるなんて言ったのに・・・お前を傷つけて・・・泣かせて・・・」
「っ!?それは違う!!」
「いや違わねえ・・・」
グイと涙を乱暴に拭って、ズズッと鼻をすする。
そうしてから竜児は、改めて大河をみつめた。
「前はお前の親父の時」
「!」
「あん時俺は、お前のためなんていいながら・・・その実、お前が離れていくのが寂しかった・・・」
「!!」
「でもそれは俺のエゴだから・・・だから殊更お前に、親父のトコへいくように仕向けた。・・・あんな奴のところに・・・」
「・・・竜児・・・」
ギリッっと竜児の奥歯が音を立てる。
あの時のこと・・・自分の事を思い出して歯噛みしてるのが痛いほど伝わってくる。
無意識に大河の腕に力が篭る。
「・・・わりい」
それを感じ取って、竜児が身体から力を抜いた。
「とにかく・・・俺はあそこでお前を一人にした。それは間違いねえ」
「・・・」
「それなのに・・・俺は今日・・・・同じ間違いを犯した」
「!?」
「お前が一人でも頑張ってること・・・見ていてやれるのは俺だけなのに・・・俺はそれを怠った・・・」
「そ、そんなの別に・・・」
「誰かが見ていてくれてるから」
「え?」
「お前がこの間俺に言った言葉だ」
「竜児・・・」
ギュッと大河が唇を噛む。
まるで何かを我慢するかのように。
「俺は今のお前なら、見ていてくれる奴は他に居るって思ったんだ。先生も、泰子も、北村に川嶋・・・勿論・・・櫛枝も・・・」
「・・・」
実乃梨の名前に、ビクンと大河の身体が震える。
だが竜児は、抱きしめる手を緩めなかった
「・・・でも俺は間違った・・・」
「・・・」
「お前を見てるのは・・・俺だけだったはずなのに・・・」
「・・・竜児・・・」
その言葉に、知らず大河の目から涙が零れた。
こんなにも・・・こんなにも竜児が自分を思ってくれた事を感じて。
「・・・大河」
「・・・ん?」
「・・・好きだ」
「!!」





驚いて顔をあげようとした。
しかしそれは覆いかかってきた竜児の手に妨げられる。
「ちょ、竜児!」
「わりい!か、顔は見ないでくれ!」
響いてくる必死な声音。
「お、俺さ・・・は、初めてだから・・・ここ告白とか・・・」
カタカタと震える感触。
それを感じながら、大河は・・・沈んでいく心を自覚していた。
「・・・大河?」
手の中で、力を失っていく愛しい人に、竜児は声をかけた。
それはそうだろう。
自らの全霊を絞って決行した告白だ。
ないがしろにされたらたまったもんじゃない。
「な、なんか言えよお前」
「・・・ごめんなさい・・・」
「・・・え?」
聞きなれない言葉に、竜児の身体が固まる。
「た、大河・・・?」
「ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさい!!」
言いつつ大河が顔を上げた。
真っ赤になったその泣き顔で。
「ごめんなさい!竜児にそんなこと言わせて!ごめんなさい!私がこんなに弱い所為で!ごめんなさい・・・ご、ごめ・・・っ!」
ワンワンと泣きながら、大河は竜児に謝罪の言葉を連呼する。
全く状況がつかめないまま、竜児は、ただ大河だけは離すまいと手に力を込めた。
「・・・なんで、謝ってんだよ・・・お前・・・?」
「だ、だって・・・」
大河はその潤んだ目を彷徨わせて、結局俯いた。
「りゅ、竜児は・・・みのりんが好き・・・」
「!?」
何を言ってんだこいつ!?
今俺がお前に告白したのを・・・っ!!
「・・・でも・・・竜児は優しいから・・・」
そう言って、大河は無理矢理な泣き笑いの顔で竜児をみつめた。
「・・・私に同情して・・・そう言っちゃったんだよね?・・・竜児は優しいから・・・」
瞬間、竜児の中で何かが切れた。





「・・・大河・・・」
「え?」
呼ばれてあげた大河の顔。
その両頬に手を当てて竜児がみつめる。
「竜児・・・?」
「・・・」
呼びかけには答えない。
ただ・・・行動で示すのみだ。
「っ!」
不意に重ねられた・・・唇。
竜児は少し屈むと、不器用ながら自分のそれを大河へと重ねたのだった。
「ん・・・ふ・・・んむ!」
どんどんと、抵抗するように大河が竜児の胸を叩く。
しかし竜児はびくともせず、ただ、大河へと己の気持ちを注ぎつづける。
好きだ好きだ好きだ。
ただそれだけを。
「ん・・・ふあ、はあ・・・はあ・・・」
どれくらい経っただろう?
解放された大河は、ぐったりと竜児の胸の中に収まっていた。
「・・・どうよ?」
「・・・?」
「これでも・・・同情とか言うのかよ?」
「!?」
驚いてあげた目の前、竜児が照れたように顔を伏せていた。
「・・・俺は・・・大河が好きだ。これは俺の本心だ」
「りゅ・・・じ・・・」
伏せられたまま紡がれる告白。
その言葉一つ一つに込められた気持ち。
それを感じ、大河の瞳がまた雫を零した。
「俺は・・・これからもお前を見ていたい。お前の傍で・・・お前の笑顔の傍で・・・」
「・・・」
「お前は・・・どうしたい?」
「!」
そう言って、竜児は真っ直ぐに大河をみつめた。
その眼には一切の迷いはなかった。
一心に、大河をみつめていた。
その心・・想いを受けて、大河がボロボロと泣き出した。
「う・・ううぅ〜・・・ど、どごにもいっじゃ、やだよぅ〜・・・わ、わだじのぞばにいで・・・わだじのぞばにいでえぇぇぇぇっ!!」
そのままワンワンとなく大河を、竜児は優しく抱きしめつづけた。
語りかける言葉と共に。
「・・・俺は竜・・・」
「・・・!う、ん・・・」
「お前は・・・虎」
「っ!!」
「虎と竜は・・・昔から並び立つんだ」
「う・・・うん!!」
「だから俺は・・・これからもお前の傍に居つづける・・・。竜だけじゃねぇ、高須竜児として!おまえを愛する者として!!」
「っ!?りゅ・・・竜児いいいいいいい!!」
そうして二人は抱き合いつづけた。
いつまでもいつまでも・・・。
ゆっくりと振り出した、白い雪のみつめる聖なる夜に。
二人の心はその空を疾駆して、遥かな高みへと昇華する。
二人共に居続ける。
そのたった一つの、破られない誓いの許に。

END





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