「そうだ、セーラー服だよ!」

突然の竜児の叫びに、大河は一瞬表情をぎょっとさせる。

「あんた、頭おかしくなったの?」
「おう、気にするな。忘れてくれ」
「やだ。気になるじゃない。
妄想の中じゃなくて、竜児が実際に犯罪に走っちゃったら嫌じゃない。
怒らないから、ちょっと話してみなさい。」

どこをどう取れば、セーラー服と犯罪が結びつくのだろう。
いつだって大河の思考は不思議だ。

「た、多分お前は怒ると思うんだ」
「怒らないわよ、竜児のことが心配だもん」

これ以上大河に無用の心配をかけるわけにはいかない。
竜児は意を決して、自分の頭の中をさらけ出すことにする。

「ちょっと、電波を受信してだな……
ええっと、あの、その」
「早く言いなさいよ、このグズ犬」
「怒ってるじゃねぇか!」
「罵倒しただけよ。
早く言ってくれないと、拗ねるわよ?」

それは正直言って困る。
拗ねた大河をなだめるのは相当大変なのだ。色々と手を尽くさないといけないのだ。
大河のために手間をかけるのはやぶさかではないけれど、どうせなら機嫌のいい大河相手に手間をかけたいものだ、と竜児は思う。

「じゃ、じゃあ言うけどよ……
何故かは知らないけど、ふと頭の中に浮かんだんだ。
お前は教室で俺を待っていて、それだけど何故か着ているのはうちの制服じゃなくてさ。
セーラー服を着たお前はもう、反則的に可愛かったぜ」
「妄想お疲れ様。気持ち悪い」

ピシャリ、と一言で切り裂いてくださった。
さすがは手乗りタイガー、俺たちにできないことを平然とやってのける。
そこにシビれたくもないし憧れたくもないのだが、これが大河なのだ。

「だから言いたくなかったんだよ!」



「大体、それはどういうことなの?
私、今の制服じゃ可愛くないの……?」
「だぁーっ、何でそういう思考にすぐ行くんだよ」

大河は少し涙目になっているようだ。
こうなったら、機嫌を直すためなら何でも言ってやる。

「昔な、お前のチャイナ服姿を想像したことがあってだな」

哀れ乳のことは当然内緒だがな。

「それももちろん反則的なまでに可愛かったさ。
お前はきっと何を着てても可愛いんだ。」
「むむむむ、昔っていつよ?」
「おう、あれは去年の文化祭の前かな」

男共で……と続けようとして竜児はやめる。
あいつらの名誉のためにも、そして何よりもあいつらの生命のためにも。
つまらないことで、大河が他人の生命を脅かすようなことがあってはいけないのだ。

「ふーん、エロ犬だとは思っていたけど、昔っからそうだったんだ……」
「何とでも言え、俺だって男なんだからそれくらいの想像はする。
それに、だ。お前は俺の彼女なんだぞ?
彼女以外の女で妄想するならともかく、俺の彼女で妄想して何が悪い!」

大河の顔がみるみるうちに紅潮する。

「かかかかか、彼女……
うん、そうだよね……私は竜児の彼女なんだもんね。
開き直っちゃうのもどうかと思うけど、まぁ妄想の中で位許してあげることにするわ
私の広い心に感謝しなさい。」

こいつはまだ慣れないのか。
赤面タイガーを目の前にして、竜児は一計を案じることにした。
何しろ今のこいつは戦闘力たったの0、ただのグニャグニャ軟体動物なのだ。

「俺は実際にお前が色々と着てくれたらもっと楽しめると思うんだが」

口元がすこしニヤリとしているかもしれない。
でもいいのだ。たまにはこいつに言い返してやらないとダメなのだ。



案の定、大河はさらに慌てふためいて、

「ななななな、なに言ってんの? あんた頭、大丈夫?」

予想通りの反応。
こういう時は相変わらずわかりやすいやつだ。

「俺は至って本気だぜ。
大体、だ。俺はお前にいつも料理を振舞っているよな?
お前を楽しませるために、だ。
お前はいったい、いつも俺に何をしてくれているんだ?」
「りゅ、竜児は私と居て楽しくないの?」

質問文に質問文で返すな、と言いたいところだがここは堪えよう。

「そんなことは絶対ない。もちろん、お前と一緒に居るだけで楽しいぜ。
俺と一緒に居て楽しいのはお前も一緒だ、俺はそう信じてるけど間違いじゃないよな?」
「なななな、何恥ずかしいことを……!
うん、まぁ、私は竜児と一緒に居て……楽しいよ……」

消え入りそうな声を振り絞って、大河は答える。

「そして、俺が頑張って作った料理を食べている時はもっと楽しいはずだ。そうだろ?」
「うん、竜児の作るご飯はすっごく美味しい!」

大河は目をキラキラと輝かせて答える。
その無垢な瞳に、竜児の良心は一瞬痛みかけるが、竜児は追撃の手を緩めない。

「そう、俺はお前のために頑張っているんだ。
だから、お前だって俺のために何かしてくれたっていいんじゃないのか?
それくらいの要求をする権利くらい、俺にあったっていいじゃないか!」

大河は少し俯きながら、観念したように一言。

「わ、わかったわよ……
私だって竜児のために……コスプレショーくらいしてやるわよ……!」

勝った。通るとも思えない無茶な要求かもしれなかったが、予想以上の成果だ。



竜児が勝利の余韻に浸っていると、これで形勢逆転、とばかりに大河が一言。

「ところで、あんた。私が着るものはどうやって準備するわけ?
セーラー服とか、買うと高いし、おいそれと簡単に準備できないわよ?
それに、他の服だってそうよ。どうやって準備するの?」

大河は勝ち誇ったように、胸を張ってえっへんと言い切った、が。
甘いぜ大河、人と議論をするときには二の矢、三の矢まで準備しておくものだぜ。

「セーラー服は……泰子のお古がある。
こないだ泰子の実家行ったときに確認した。」

泰子ならきっと、いやぁ〜ん、大河ちゃんのセーラー服姿、きっと可愛いでヤンス☆ とか言って協力してくれるはずだ。

「あああああ、あんたそこまでして……!?」

大河の顔から血の気がすぅーっ、と引いていく。

「そして、だ。この俺を誰だか忘れたか?」
「ど、どういうこと?」
「高校生カリスマ主夫とは俺のこと、着せる服がなければ……作ればいい!」

そうとも、一枚の布には無限の可能性が秘められているのだ。
チャイナドレスにだってなるし、ゴスロリにだってなるし、ナースにだってなるのだ。
大河はどさっ、と崩れ落ちる。

「女に二言はないよな?」
「い、遺憾だけど私の負けだわ……」
「よし、服の準備もあるから来週でどうだ?」
「今回ばかりは観念するわ……」

俺の趣味に付き合わされる大河は少しかわいそうかもしれない、が。
いつもの俺のことを考えれば、これくらいのご褒美はあったっていいだろう。
来週がすごく待ち遠しくなってきた。







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