ガチャリ、と玄関の開く音がした。
その音を合図に、竜児はせわしなく動いていた手を止め、玄関へと走り出す。
「こんにちは、竜児」
「おう、今日もゆっくりしていけよ」
そう言って竜児は、仕事へ戻ろうとする、が。
「ちょっと、荷物くらい持ちなさいよ。
相変わらず気が利かないんだから。」
「おうっ、悪い悪い」
慌てて踵を返し、大河から荷物を受け取る。
……やけに大きい荷物だ。何が入っているのか尋ねるまもなく、
「わ、私も色々と家にあるのを持ってきてみたのよ……」
大河はほんのり頬を赤くして答える。
「どういうことだ?」
「恥ずかしいんだからあまり説明させるな。
その、私もちょっと色々と考えたのよ。
竜児のために今までなにもしてあげてなかった、よね」
ああ、大河。なんて純真な子なんだ。
邪な自分に少し罪悪感を覚え、
「おう、先週はちょっと俺も言い過ぎちゃったなって反省してる。
お前が居てくれるだけで十分なのに、変な要求して離れられたら元も子もないからな
無理にとは、言わないぜ?」
こう言うと大河は、今日は中止!とか言うかもしれない。
ちょっと言ってから後悔する。
「わわわ、私に約束を破らせるな。もう決心はしてきたんだ。
だから、早いところ初めてさっさと終わらせたいんだ。」
大河はすぅー、と息を吸い、
「私だって、今日色々家から持ってきたんだ。
竜児が、もっと楽しんでくれたらいいな、って思って。
今日の私は竜児を楽しませることに徹する。ね?
たまにはそうさせて欲しいの」
竜児は心の中で、大河グッジョブ、とサムアップ。
大河が自分で追加を持ってくるなんて、この展開は予想外だった。
鼻血が出そうになるのを堪えつつ、できるだけ平静を装って竜児は大河を招き入れる。
* * *
「りゅ、竜児……やっぱり恥ずかしい……」
大河は襖の向こうに体を隠し、赤らんだ顔だけを覗かせている。
が、大河。お前はやっぱりドジだ。
泰子の部屋の鏡に、ばっちりと後姿が映っている。
「チャイナドレス、やっぱりかわいいな」
大河は急に挙動不審になり、目をパチパチさせる。
「なななな、なんでわかったの?」
竜児は、鏡を指差した。
大河は後ろに振り向き、既に見られたことを知って観念したのか竜児の前に出てくる。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよ……」
大河はやけに開いた脇のスリットを手で押さえ、モジモジとしている。
深紅のチャイナドレスに、スリットから覗く白い脚が映える。
やばい、想像以上だ。やっぱり生身は最高だ。
竜児は思わず、デジカメを構えていた。
「ちょっと、写真はダメよ!」
「だ、ダメか……?」
「恥ずかしいの我慢して、竜児のためにやっているんだから……
竜児に見られるのはまだいいけど、他の人に見られたくないの!」
「見せるつもりはねぇけどよ」
「そ、それでもなんかイヤなの。
竜児の、頭の中だけで、いい……でしょ?」
写真に記録しておいて、後で見てニヤニヤしようと思ったのに。
大河は本当に嫌がっているようだし、それなら仕方ない。
ならばこちらにも考えがある。
「それなら……少し、その手をどけてくれないか?」
大河は黙って俯いている。
しまった、少し調子に乗りすぎただろうか?
その心配も杞憂に終わったようで、
「わ、わかったわよ……せいぜい網膜に焼きつけなさいよ……!」
腕を胸の前で組み、ふん、と虚勢を張る。
ああもう、なんて可愛いんだ。
「そういや、これお前の家から持ってきたんだよな……?」
「……ママが買ってくれたのよ。
先週、家帰ってタンス漁ってたらね、ママに見つかっちゃって。
事情説明したら、色々買ってくれちゃった」
そう言ってピースサイン。
なんだ、意外とノリノリじゃねぇか、ってそうじゃなくて。
「事情説明したのかよ!?
お、俺が変態って思われたらどうすんだよ?」
「心配すんな、もう思われている。
大河のような女の子好きになる時点で変態だ、って」
竜児は脱力、もうお母様に合わせる顔がないな、と思いながら。
「あ、あと。着るだけならいいけど変なことには使うなって。
あんたたちにはまだ早いって」
もう敵わない。これほど怖いお母様公認があろうか。
* * *
「りゅ、竜児……予想はしていたことなんだけど……」
こっちもお母様公認。
襖を開けて現れた大河は泰子のセーラー服に身を包んでいた。
「一部分がぶかぶかなのよ……」
「気にするな、戦闘力の差がありすぎるんだ」
「それ、全然フォローになってない……」
「それにしても、やっぱ可愛いぜ……
俺は提案する。今からでも遅くない、大橋高校は女子制服をセーラー服にすべきだ!」
「ふーん、私がかわいいの? セーラー服がかわいいの?」
大河は少し目を細め、竜児、返答しだいでは殺すわよ、という視線を投げかける。
「もちろん、お前もかわいいんだけど、セーラー服を着たお前はもっと最高だ!
なんというか、非日常と言うかだな……」
「今日限りだもんね、せいぜいその目に焼き付けるがいいわ」
「それでなんだがな、これだけは写真に」
「却下」
「最後まで話を聞け!
泰子にこれ借りるときに、あいつも見たいって言ってたんだよ」
「やっちゃんの為なら仕方ないけど、やっちゃん他のも見たがるんじゃない?」
「それは心配するな、あいつにはセーラー服のことしか話してねぇ。
コスプレショーだとは言ってないから、セーラー服姿を見ればそれで満足なはずだ」
「ふーん、それならいいけど……」
そう言って大河は、すこし澄ましたようなポーズをとる。
何だ、意外とノリノリじゃねぇか。
「竜児、撮られるのって意外と気持ちいいのかもね?
今なら少しだけばかちーの気持ちがわかる気がするわ。
あ、でもやっぱり他のコスプレの写真はダメだからね?」
意外としっかりしていらっしゃる、釘を刺すのも忘れないとは。
* * *
大河がその他に自宅から持ってきたのは、アオザイに浴衣。
浴衣なんて着るの難しいだろうに、着付けも一応はできるなんて一応はお嬢様、といったところか。
最後の仕上げはさすがに厳しくて、結局竜児が手伝ったのだけれど。
それにしても、チャイナドレス、アオザイ、浴衣、みんな民族衣装だ。
「ママがね、そういうの好きなのよ。
昔からよくそういうの着せられてたの」
そして、トリをつとめるのは竜児自作の力作である。
「これって、なんか変な意図込められていない?
悪魔ってどういうことよ」
漆黒のワンピースから生えるのは尖った尻尾、そして背中には小さなコウモリの羽根。
「悪魔って言うな、小悪魔って言え」
そして竜児は、語り出した。
「お前に何が似合うか、ってすっげぇ悩んだんだ。
ゴスロリもいい、メイド服に身を包んでお帰りなさいご主人様、なんてな。
他にも、色々と候補が挙がったさ!
最初の2〜3日なんて、眠れないくらい考えたんだぜ。
そして思い出したんだ。
去年の文化祭で天使になったお前はすげぇ可愛かった。
クリスマス前のエンジェル大河様もすげぇ可愛かった。
けど俺は、お前の新たな可愛さを引き出したいと思ったんだ。
天使やエンジェルのお前はまさに真っ白、ならばその逆だ。
つまり、ちょっとブラックなお前を演出してみたい。
だから、今回のコンセプトは小悪魔タイガー、だ!」
「語りが長すぎるのよ、気持ち悪い」
「ほ、本気で悩んだんだぞ……!」
その尻尾だって大変だったんだ。
どの形がベストとか、色々研究して夜も寝られなかったり。
それを、気持ち悪いの一言で片付けた、だと……?
「まぁ、そうね。意外と楽しかったわ。
非日常、って感じで。
でも、非日常はやっぱり非日常ね。
しばらくはこりごりだけれど、気が向いたらまたやってあげられないことはないわ」
竜児はある決心をし、ごくり、と唾を飲む。
そう、今なら言える。
「実は、もう一つ準備していたものがあってだな……」
そう言って、竜児は大河にある物を渡す。
「これは……エプロン? この上につければいいの?」
「そうじゃなくてだな、その、男のロマンというか……」
「??」
大河が大きなクエスチョンマークを掲げている。
「は、裸エプロンって聞いたことないか?
当然、後ろを見せてくれなんて言わない。
前からだけでいいんだ、少しだけでも」
「断る」
ニヤけていた竜児は、はっと我に帰る。
さすがにやりすぎた、と気づいたときにはもう後の祭り。
「調子に乗るんじゃないーっ!」
その日、竜児には大河が本当の悪魔に見えたという。
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