集合場所は大橋の河川敷の入り口だった。人で混雑した。河川敷は『THE・夏祭り』
といった雰囲気であった。会場に近付くにつれて大河の目は普段にも増して、いっそう輝きを放ちまるで、
まるで……まるで餌を前にした虎じゃないか!!と思わせるほど、ヨダレを垂らしていた。
大河の家を出た時のいかにも『デートに行く乙女』からすっかり変貌してしまった。

竜児はつい微笑んでしまう。乙女な大河も好きだが、やはりこっちの大河も好きなのだ。
と、いうよりもお互い浴衣で夏祭りデートといった少し高校生には背伸び地味た今日のデートに、
すっかり緊張してしまっていた竜児は、大河の愛らしい虎っぷりを見て、
つい緊張の糸が切れてしまったと言ったほうがより正確なのかも知れない。

「おーい。高須ぅ!こっちだこっち!」
北村の声が聞こえる。声のするほうには、もう竜児と大河以外のメンバーは揃っていた。
「悪い悪い。待たせちゃったみたいだな。すまねぇ。」

「高須、そんなことより、今日サイコーじゃねぇ。」
「たかっちゃん、俺もう我慢できないよぉ。」
能登と春田はやけにテンションが高いご様子だ。
「祭りだもんなぁ。そりゃ、サイコーだよ。」と、竜児が言い終わるか終わらな
いかのタイミングで「「ちげーよ。浴衣だよ。浴衣!!」」能登と春田の強烈か
つぴったりと息の合ったツッコミをくらう。

「見てよ。たかっちゃん。亜美ちゃんに奈々子様に麻耶たんの浴衣姿なんてそう
そう見れるもんじゃないよぉ。俺もぉ死んでもいい。」春田が言った。竜児は大
河がだって、いや大河が一番可愛いじゃねーか。と口には出さないものの少し頬
を赤らめてチラッと実乃梨と戯れる大河を見た。「2人ともどうしたの!?」
春田の言葉に慌てて「「なっ、なんでもねぇよ。」」とこれまた、息の合った……
息の合った?2人?

竜児の横で顔を真っ赤にした能登がいた。(可愛くない。)

「しょ、しょーがないだろう。なんか、あの、その、だから、つい、意識してしまうんだ」
能登はここ最近木原に気があることを認めはじめたのだ。そして、元2-C
の連中(主に奈々子と亜美、北村)が、二人をくっつけようとPUSHしているのだ。

「あれぇ、高須くぅん。そんな顔赤らめちゃって、もしかして亜美ちゃんの浴衣
姿にグラッときちゃったとか?」亜美が竜児にその美貌をふりまく。「コラー!
ばかちー、竜児は、そのわわわわ私のなんだから、手だすんじゃないわよ。」大
河もまた、顔を真っ赤にした。そんなに恥ずかしいならもっと言葉を選べばいい
のに。「わかったわよ。もぉ、そんなに赤くなっちゃって。可愛いやきもちタイ
ガー。」亜美は、大河をからかう。「川嶋もそのへんにしとけ。大河、俺はお前
だけだよ。」竜児は照れながら虎を宥めた。
「いやー、夏だからなのか、いつもお熱いねぇ。お二人さん。」実乃梨がいつも
のようにって、「櫛枝、鼻血でてるよ。」っと奈々子、続けて「さっ、揃ったこ
とだし、屋台行こ。屋台!ね!まるお。」と、麻耶。
「そうだな、みんな揃ったことだし、8時から始まる花火までに屋台を満喫するぞ。」
と、北村のいかんなく発揮されるリーダーシップをもとに、屋台の方に皆で
足をむけた。





「とうろこし、唐揚げ、たこ焼き、焼きそば、かき氷、わたあめ、リンゴ飴。ど
れも美味しそうね。」大河は腹の減った虎モードに突入すると何か食べさせなけ
れば食べ物のことばかりだ。「甘いものはあとな。まずは、ちょっと腹も減った
し食い物食べようぜ。」竜児の提案に、「おお!高須きゅん、いいことゆーぜー。
去年この祭りの屋台で焼きそばのバイトしてたんだ。その時の大将のとこ行け
ばサービスしてくれるかもよ。」と、実乃梨が続く。一行は、元実乃梨のバイト
先である屋台へと向かった。

「大将、焼きそば九人前お願いします。」実乃梨が元気一番、いかにも気前の良
さそうなオヤジに向かって言う。

「なんでぇ、櫛枝じゃねえか。てめぇ、元気にやってんか?」「へい!!お陰様
でこのとおり、元気だけが取り柄っす。」と、妙に息の合った師弟関係を連想さ
せる会話だ。「お前の頼みだ去年バイトしてくれたからなぁ。ここは、盛るぜえ。
ちょ〜う盛るぜえ!」と、てんこ盛りのサービスをしてもらえた。皆、声揃え
てお礼を言った。実乃梨のあの名言はこの焼きそばの屋台発祥だったんだな。と
大河と二人笑ってしまった。
「サンキュー、大将!!大将も元気でねぇ。」っと実乃梨は大将に軽く手をふって
「さぁ、食べよう。」と、皆のところへ戻ってきた。

皆一様にありがとうて、実乃梨にも礼を言う。超大盛焼きそばをたらふく堪能す
る。亜美や奈々子や麻耶には少々多い様子だった。それを見て、ここぞとばかり
に能登と春田そして、当然のように大河は三人の残りの焼きそばを食べていた。
勿論、能登は麻耶の焼きそばを。

人もだいぶ増えてきた頃皆各々好きな食べ物を堪能していった。春田はフランク
フルト、能登はわたあめ(可愛くない。)北村と竜児はとうろこし。実乃梨と大河
はリンゴ飴。亜美、麻耶、奈々子はかき氷を食べた。

食べ物を堪能した一行は、北村の提案で金魚すくい大会をしようとのことになった。
「祭りといえば、金魚すくい。さぁ、誰が一番すくえるか勝負だ。」

高校生が九人も並んで金魚すくいを興じるなど、少し羞恥心がわいたが、このメ
ンバーでなら自然と楽しかった。
「あぁ、たかっちゃん。やぶれちゃったよ。」一番はじめに破ってしまったのは、
テンションだけは、一人前だったのだが。

続いて破ってしまったのは、大河だった。「あらやだ。遺憾だわ。」続いて、亜美
「亜美ちゃん、金魚いらねーし。」

続いて、北村。「おっ、破ってしまった。はっはっはっは。」続いて、奈々子。
「あれっ、金魚すくい得意だったのになぁ。」
能登は、麻耶にすくい方を教えている。能登は金魚すくいが得意なのだ。地味な
特技だが能登に合ってるように感じた。続いて竜児も破ってしまう。「おう。まぁ、
五匹すくえたし、こんなもんか。」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラぁ!!」隣を見ると実乃梨が凄い勢いで金魚をすくい続けている



「いやー、ついついすくい過ぎてしまったよ。前に弟と金魚すくい大会に出たこ
とがあるんだよ。」
「みのりん、やっぱただ者じゃないね。」

「っお、もうこんな時間かありがとうな、高須に逢坂。二人のデートに便乗して
こうして遊んだわけだが、そろそろ花火が始まるまで30分前だ。高校最後の夏に
いい思い出ができた。今からは二人でデートしてくれっ。俺たちは俺たちで楽し
くやっとくからさ。」北村が図書館で言ってただろっと言うように竜児に微笑み
かける。あぁ、ありがとう。と竜児も北村に微笑む。
「おう。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらってもいいかな。行こう。大河。皆、
ありがとな。」竜児の返事に一同ニヤニヤする。

大河は、竜児の横にトコトコとやってきて顔を赤らめ俯いていた。皆に別れをつ
げて、二人は人混みに消えていった。



「ねぇ、竜児。さっき、射的屋さんの景品でおっきい虎のぬいぐるみがあったの。
それがほしい。とって。」上目遣いでねだる大河。一年前は、家族同然で意識
などしていなかったはずのクラスメート。いつの間にか気になっていた。もしか
したら、出会った頃から………。なんて可愛いんだろう。こんな可愛い子が自分
の彼女であると思うと改めて竜児はてれてしまう。こんな可愛い顔でねだられる
と、なんでも与えてやりたくなってしまう。ずるい。

「おっおう……//わかった。とってやるよ。射的か。射的は俺の得意中の得意だ。」

「おじさん、一回お願いします。」大河の言うぬいぐるみは一番大きな射的屋の
目玉商品だった。大河が望むならとってやる。

料金を払って、銃を握る。竜児の目がいつにもまして、つり上がる。口がにやけ、
カビと戦う時の笑みを浮かべる。「おっしゃっ、いくぜ。オラオラオラ。」
虎の大きなぬいぐるみがゆれる。「くそっ、おやっさん、もう一度だ。」いつの間にか、
「どこかの組の人が射的屋で銃を暴発している」と、ギャラリーまでできていた。


「もう、金がねぇ、おやっさん、最後の一回だ。仕留めてやるぜ!!二丁よこしな。
しょうがねぇ、最終奥義をだす。高須流、ダブルマシンガン!!」と、竜児
は二丁の銃で奇跡の連射。大きくゆれる虎。「あばよ。」ベストのタイミングで
竜児が最後の一発を華麗にベストの角度、位置に当てる。ゆれる。大きくゆれる。
「いっけーーー竜児ぃ〜〜〜!!」その大河の声に合わせて、虎のぬいぐるみ
は大きくゆれたすえ…………落ちた。

「おぉ〜。すげー!!」「やったぜ、兄ちゃん!」など、ギャラリーが湧いた。
大河はキャッキャッと喜んでいた。竜児は思う。こんな可愛くてパワフルなそう、
大河のこんなにもパワフルで眩しい笑顔が側で応援してくれたら、何でもできる。


銃を置く。いつもの竜児に戻る。「ほらよ、兄ちゃん凄かったぜ。あの姉ちゃん
にやるんだろ?いいもん見せてもらったお礼だ。こいつも持ってきな。」そうい
って、射的屋のおじさんは大きな虎のぬいぐるみとともに、小さな犬のぬいぐる
みもオマケでくれた。

「ありがとうございます。」竜児はぬいぐるみを受け取ると、大河を見つめた。
ギャラリーが再びわく。

大河にそのぬいぐるみを渡してやる。「とってやったぞ。」「あっ、ありがとう
………//」「おっ、おう……//」
ギャラリーから拍手が送られた。最初はただの野次馬魂にあふれていた野次馬の
目は、今はもう二人を温かく見守るそれに変わっていた。二人は照れる。ギャラ
リーにもお礼を言う。っとその時、
ピューーーードーーン!!

「あっ、始まっちゃった。」大きくて綺麗な花火が夜の空に上がる。ギャラリー
があわてて散る。

「おう。綺麗だな。てか、大河が行くぞ!!」

「えっ?行くって、どこ行くのよ。ここでいいじゃない。ここ花火大会の会場な
んだし。」

「ここじゃ、もういい場所とられちまってるからな。それに、俺、この花火はお
前と。大河と二人きりで見たいんだよ……//子供の頃、泰子と二人でよく来た
秘密の場所があるんだ。俺についてきてきてくれ。」竜児は大河の手を引いく。
「わかったわ。私も二人きりで見たいから……//」大河は、ぬいぐるみをギュ
ッと抱き締めた。


会場からどんどん遠ざかる。裏山へと続く階段を昇る。
階段を昇りきると少し細い道が続き、目の前には小さな神社があった。そして、
竜児は大河の手をギュッと握って大河に微笑みかけた。大河は思わずその笑顔に
見惚れてしまった。

「よかった。なんとか間に合ったみたいだ。さぁ、大河行こう。」

「う、うん…//」



神社の裏にはさらに細い道があって普段夜は誰もよりつかないだろうその小さな
神社の裏にこんな道があることを知っている者も少ないはずだ。
その先には電波塔がたっていた。電波塔は金網で包囲されていて、その周りはブ
ロックで固められている。そのブロックの上に竜児はすぐに飛びのる。手をさし
だして、「登れるか?」そう言いながら大河に手を差し出した。

普段、大橋高校で『手乗りタイガー』と呼ばれている大河のことだ竜児の手を借
りずとて彼女なら容易にブロックへ飛び乗ることができるであろうが、大河はそ
のミルクのように透き通る華奢な手を竜児の大きな手に重ねる。触れたかったの
だ。少しでもこの愛しい竜児に触れたかった。二人は幸せいっぱいに笑い合う。

ブロックへそって、電波塔の裏側へ行く。

「わぁ!!凄い……」大河は、はしゃぐことも忘れ目の前に広がる花火に見入っ
てしまう。

「凄いだろ。さぁ、そこに座ろうか。実はな今日ここへ来ようと思ってたから、
ちゃんとシートも用意しておいたんだぜ。」竜児が指さすところにはシートが敷
いてあり、風で飛ばされないようにご丁寧に石までおいてあった。

そこに二人腰を下ろして、黙りこくって炎と金属が魅せる、色とりどりに夜空に
輝く花火を見た。

最初に沈黙を破ったのは大河。「竜児、ぬいぐるみありがとう……//」「おっ
おう。まぁ、なんとかとれたな。」「でも、驚いちゃった。竜児、銃を握ると人
格変わっちゃうんだね。父親の遺伝子が竜児の眠られるヤクザ魂をくすぐるって
やつ?」大河は笑う。「そうなんだ。なぜか昔から屋台の射的屋に行くとああな
るんだ。泰子にも同じようなこと言われた。」普段なら落ち込むとこれだが、大
河のおねだりに応えられたのは父親の遺伝子のおかげだ。今日は少し感謝するぐ
らいだった。

「それに、虎と犬って。まるで、私と竜児みたい。」「おう!?って、俺はまだ
犬なねかよ。」二人して笑う。



大河はほんとに嬉しそうに花火を見る。竜児は花火を見る大河を見てしまう。花
火が色を変える度、そのミルクの肌を纏う奇跡に近いフランス人形のように精巧
なつくりをもつ大河の顔が花火の色に染まる。

竜児は本当にに綺麗だな。と思う。大河の喜びはしゃぐ姿、こんなに綺麗なもの
を竜児はいつまでもこんなに綺麗なものの一番近くで大河の隣で見ていたかった。

「綺麗だね。。。ねぇ、竜児。来年もまた一緒に見にココに来よう……//」

「おう。でも、俺はココに来なくたって見れるけどよ。綺麗なものは……//」
「えっ!?竜児、なんか持ってるの綺麗なもの。」

「お、おう………//なんてか、そう………つまり、大河の喜ぶ顔が一番綺麗だな…………//なんて。」
「竜児……//だぁいすき。でも、それは私も同じよ。そっその、あんたの笑顔
が世界でいちばん魅力的なの……//」可愛い。可愛いすぎる。「大河……//
こっちこい。」「うん………//」大河は竜児の胸に体を預ける。
「好き。」「あぁ、俺も好きだ。」「愛してる。」「愛してるよ。必ず幸せにし
てやる。」二人は静かにそして優しく互いに愛しい相手に、キスをした。





美しく輝く花火。虫の鳴き声が少し聞こえる。夏から秋へと季節は変わろうとし
ている。

季節は変わる。同じように人の心は変わる。しかし、竜児と大河の心は決して変
わらないだろう。なぜなら二人は互いに互いにとって、手に入れるべきたった一
人なのだから。
                      (end)




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