「はあ〜い、大河ちゃんできあがり〜」
 泰子が襖を開け、そこに立っていたのは髪を高い位置で結び、朝顔の柄の浴衣を纏った大河。
 めったに見せない恥じらいの表情に、思わず竜児は言葉を失った。
「ほらほら竜ちゃん、感想は〜?」
「お、おう……その、似合ってるぞ、大河」
 似合ってるなどというレベルではない。普段の言動が言動だけに時々忘れそうになるのだが、こうして改めて見るとやはり大河はとんでもない美少女なのであった。

 今日は商店街の夏祭り。



「ねえ、竜児は浴衣着ないの?」
「いや、俺が着るとな……想像してみろよ、ほとんど仁侠映画の登場人物だろ?」
「ぶっ!」
 噴き出す大河。
「ちょいと着崩してサラシとドスを装備すれば完璧だ」
「ちょ、やめて……ぷくく……く、苦しい……」
 どうやらツボに入ったらしい。大河は身を捩って笑い続ける。

 そうこうしているうちに、二人は商店街に辿り着いた。
「うわー……」
 ずらりと吊るされた小さな提灯に、ぽつぽつと並ぶ小さな出店に集まる人達。
 その先に見える広場には本格的な夜店が並び、ステージイベントだろうか、カラオケの音楽のようなものが聞こえてくる。
 笑顔で歩く親子連れにカップル。仲良しグループとおぼしき数人の子供達が走っていく。
 多少しょぼくはあるものの、そこには間違いなくハレの気が漂っていた。
「考えたら私、こういうお祭りって初めてだ」
「ん?去年櫛枝と来なかったのか?」
「みのりんはほら、この時期は部活が大変だし。一人じゃ来る気にならなかったし」
「そうか……それじゃ、今日は目一杯楽しまなきゃな」
「うん! あ、竜児、あそこで金魚掬いやってる!」
「おう、まずはそれからだな」

「ねえ竜児、これって紙よね。水に入れたらすぐ破れちゃうんじゃないの?」
「そこを上手く破らねえようにするのが金魚掬いの醍醐味ってやつだ」
「おや、お嬢ちゃんは初めてかい。それじゃ、ちょいとお手本を見せてあげようかね」
 金魚掬い屋のおじさんはそう言って、右手にポイを左手にお椀を。
「こうやって、そーっと……よく狙って……」
 ポイを静かに水に沈めると、ひょいひょいひょいと三匹立て続けに掬ってお椀に入れる。
「すごーい!」
「おう、流石だな……」
「ねえ、竜児もやってみせて」
「俺もずいぶん久しぶりだからな……上手くできるかどうか」
 じっくり狙いを定めながらポイを滑らせて……金魚を持ち上げたものの、お椀に移す前に紙が破れた。
「お兄ちゃんはちょ〜っと慎重すぎたな。時には思いきって行くことも大事だよ」
「それじゃ、今度は私ね」
 じゃぷん。乱暴にポイを突っ込んだものだから、即座に紙が破ける。
「大河……お前、何見てたんだよ……」
「あー、今の分はサービスってことでいいや。ほらお嬢ちゃん、もう一回」
「あ、ありがと……」
 今度は静かにポイを沈めて、狙うは大物黒出目金。
「……そりゃ!」
 掬おうとする動きが速過ぎて、その勢いで紙が破ける。
「……もう一回やるわ」
 言いながら小銭を取り出す大河。 
「はいよ、お嬢ちゃん。次はもうちょっとゆっくりやるといいよ」

「もう一回」
「今のはちょっと惜しかったもんな。次はいけるんじゃねえか?」

「もう一回!」
「お前、大物狙いすぎなんじゃねえのか?」

「……もう一回!!」
「大河、あんまり感情的になるな。落ち着いて、落ち着いてやるんだぞ」



 大河の右手にぶら下がっているのは、赤い金魚の入ったビニール袋。
「よかったじゃねえか、大河」
 あまりに失敗続きの大河がかわいそうになったのか、はたまた大河の怒りのオーラに他の客が引き始めたのを察したのか、おじさんが一匹サービスでくれたのだ。
「うん……」
 大河は袋を目の高さに掲げ、もの珍しそうに泳ぐ金魚を見つめている。
「帰ったらとりあえず大きめの空きビンかなんかに入れておいて、明日水槽か金魚鉢を買いに行かねえとな」
 ゆらゆら揺れる小さな袋の中に、小さな小さな赤い金魚が一匹。
「……やっぱりこの金魚、返してくる」
「え? せっかくおじさんがサービスしてくれたんだぞ?」
「うん、でもいいの。私は金魚掬いがしたかったんであって、金魚が欲しかったわけじゃないし」
「大河がそれでいいならいいけどよ……」
「その後は食べ物系行くわよ。目指すは全種類制覇!」
「おいおい大丈夫か?途中で腹一杯になっても知らねえぞ」
「それもそうね……それじゃ、ヤキソバとかたこ焼きとか、そーゆーのは竜児と半分こってことで」
「まあ、それならなんとか行けるかな」
「そうだ竜児、盆踊りの時は踊り方教えてね」
「おう、任せとけ!」





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