【リップサービス・蛇足】

 前回、校内放送で大河謹製・竜児らぶらぶ音声集を流され、恥とかプライドとかズタズタになって反抗する気力も失った竜児。
 そんなズンドコ竜児に、大河は容赦なく甘々らぶらぶトーク・生をせがむのでありました。

「さあ竜児、覚悟きめてドーンときなさい!ドーン!」
「…………おう」

 右耳に手を添え、『ばっちこ〜〜い!』とカモン・カモンな大河に竜児は――ゲンナリとため息をついた。
 鼻血が出るほど濃厚な、どろり激甘ラブラブ恋人トーク。虎はそれを御所望だ。
「なんでっすか〜♪なんですか〜♪世界の〜くにから〜♪」
「みのりん…茶化さないで?」

 相変わらず実年齢にそぐわない鼻歌を呻っている親友に、大河は静かに言う。
 それは、特になんということのない風景。
 けれど、いつも頭のネジ(しかも中枢部分)が抜けてるんじゃないかと囁かれるミス脳ミソ常春日和・櫛枝実乃梨嬢が、何故か大人しく無言で引き下がった。
 ――櫛枝。お前、何を見た?
 その問いかけを、ギリギリ飲み込む竜児であります。

「さ♪竜児」

 にこやかに、さわやかに、空恐ろしい笑顔でせがまれては如何ともしがたいのです。
 竜児は覚悟を決めて、甘い言葉を口にした。

「………さ、砂糖!」

 ぱんっ!
 瞬間、衝撃波の鞭に前髪を叩かれ、竜児は軽くよろめいた。

「あらやだ。蚊」

 人間の動体視力では捉えきれないっぽい速度で、竜児の眼前にピタリと拳を寸止めした大河は、なんでもなさそうにそう言ってくる。

 ――ベタなボケには、突っ込む気にもなれないのよ?二度目は無いからね?

 耳には聞こえない言外の声は、しっかり届いていたが。



「しょうがないニ。このダイエット戦士であるところのみのりんが、手本をみせてやるガニ」

 何故か変な語尾をつけて、実乃梨はう〜んマンダム、と顎を撫でながら囁いた。

「――アスパルティィム?」(巻き舌右上がり)

 …………。
 ……………………。
 …………………………………。

「さ、竜児」
「おう」
「スルーはっ!スルーは勘弁しおくれやす!ああああああっ、せめてあーみんがいてくれたら!」

 ちなみに天性のツッコミ役・あーみんは、高飛びしたきりまだ帰ってません。
 ともかく、期待に少し上気して、薄く目を閉じて自分の囁きを待っているお姫様の耳元に、凶悪ヤクザ顔な王子様は唇を寄せて。

 ………………。

「竜児ぃ?」
「…すまん大河。でも俺、やっぱこういうのは抵抗がある…っていうか、なんか違うと思うんだ」

 高速度撮影のように夢見る乙女から不機嫌猛獣般若に表情を一変させる大河に震えながら、しかし竜児は退こうとはしなかった。
 なぜならこれは、絶対に譲れないものだから。

「大河。そりゃ口先だけで好きだとか愛してるだとか、言うのは簡単なことだ。
 でも、そんなものを、本気でお前は欲しいっていうのか?」
「そ…それは…」
「俺は大河が好きだ」

 真顔で、至近距離で、真正面から、竜児はそう言い切った。



「俺は大河が好きだ。大河を愛してる。この気持ちは、他の誰にも負けたりしない。
 大河が好きで、好きで、好きで、好きで、好きだ。大好きだ。
 お前が好きだ。好き過ぎて、たまらなくなる。
 俺の大河。俺だけの大河。俺の、世界で一番の宝物。
 俺の嫁。
 お前は俺のものだ。
 他の誰にも渡したりなんかしない。
 俺の人生はお前と共にある。お前と一緒に生きていく。そう決めて、そう誓った。
 俺はお前を幸せにする。一緒に幸せになる。絶対にそうなる。そうする。
 お前と結婚する。
 お前を俺の本当の嫁にして、本当の夫婦になって、そして俺達の家庭を2人で作る。
 子供が生まれて、小さくてもいいから暖かい家庭を作っていく。
 俺たちが欲しかったものを、俺たちが作っていく。そうやって、みんなで生きて、幸せになる。
 この先何年も、何十年も、そうやって一緒に生きていく。
 大河。
 大河。大河。たい、が。
 俺の大河。俺の、大河。
 お前は俺の生きる理由。俺の人生そのものだ。
 俺の最高の、たからもの。
 いつだって大河のことばかり考えてる。
 大河のことが心配で、大河のことが大事で、大河がいつも、欲しくなる。
 夜中に目が覚めて、お前が傍にいないことに気づいて、切なくなる。
 早く朝になれ。朝になればお前に会える。大河に早く会いたい。
 大河の顔が見たい。大河の声が聞きたい。お前の頭を撫でて、本当は、抱きしめてキスだっていっぱいしたい。恥ずかしくて、いつも気後れして、うまく言えないけど。
 お前はとてもかわいくて、とてもきれいで、世界で一番すてきな女の子だから。
 ぎゅっとすると、ふわふわで、やわらかくて、ちょっといい匂いがして、いつまでも抱いていたい。
 このちっちゃな女の子を、この世界一やさしい女の子を、一生守りたいって心から思う。
 この子の泣き顔を見たくない。悲しい思いをさせたくない。傷つけたくない。
 いつだって俺の傍にいて欲しい。
 そして、微笑んでいてほしい。
 そのためなら俺は何でもする。何にだってなってやる。
 大河のことを…愛してる。
 だから…だからな?
 この気持ちを、軽んじるようなことを、したくない。
 大河のこと愛してる。その気持ちに嘘なんか、絶対にない。
 だけど、大事だから軽々しく口にしたくない。
 なんだか、…この気持ちを安売りしているみたいな気になって。
 嫌なんだ。なんだか大河を貶めてるような気がして。
 この気持ちを口にする時は、それに相応しい時と場所があるはずだと思う。
 少なくとも、こんな風に言えと強要されて言うようなことじゃないと思う。
 だから大河。俺がいたらないせいで、お前にさみしい思いをさせちまったことは、本当、反省するし改善するよう努力する。
 だから……」

 カチリ、と大河の手の中で何か音がした。
 俯いて、俯いたまま、大河はぽてん、と竜児の胸に額をあてる。
 見下ろす竜児の視界の中で、長いふわふわの髪からわずかに覗く耳は、真赤になっていた。

「大河…?」
「…今日のところは…これで勘弁してあげるわ…」

 手の中のICレコーダーをポケットに忍び込ませながら、ドロドロに溶けてしまいそうになるのを堪えつつ、何とか大河はそう呟いた。

 多分、寝る前に何度も聞き返してそのまま眠り込み、朝はつけっぱなしのイヤホンから流れ続ける囁きで目を覚ますことになるであろう大河さんなのでありました。

 <エエィもういいよ終わっちまえこのバカップルつーことで了>





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