「あのね竜児、来週の金曜からママがパパと弟と一緒に里帰りするのよ。一泊二日で」
「おう……って来週ってことは、夏季講習に被ってるじゃねえか」
「そうなの。いろんな都合でどうしてもその日にしか行けなくて。ママは一日ぐらい夏季講習を休んでもいいって言ってくれたんだけど、私が自分で言い出した以上きちんと受けたくて、だから私はお留守番なんだ」
「おう、そいつは大変だな」
「……はぁ」
「な、なんだよ、その妙に冷たい目は?」
「まったくあんたはいつまでたっても鈍犬なんだから。なんでそこで『一人じゃ心細いだろうから泊まりに行ってやるよ』とか気の利いた事が言えないの?」
「お、おう……って、泊まりってのはまずいだろう」
「何がまずいってのよ。二人で居るのなんてしょっちゅうじゃない」
「でもよ、泊まりとなると、その、意味が違ってくるだろ?」
「……このエロ犬」
「いや、ケジメとして少なくとも高校卒業するまではって思ってるけどよ、俺も一応男なわけだし、その、もし我慢できなくなっちまったら……」
「ふふ、冗談よ。そのへんは竜児を信用してるもの」
「大河が信用してくれるのは嬉しいけどよ、親がOK出さねえだろ」
「あら、ママもパパも竜児だったら安心だって言ってくれたわよ」
「お、おう、そうなのか」
「それに、万が一、その、そういうことになっても……りゅ、竜児なら、構わないし」



 そして金曜。
 まあなんだかんだ言っても大河と一緒に居られるのは嬉しいし、二人で食事の準備とか、新婚生活の擬似体験のようで楽しいし。
 ゲームをしたりテレビを見たりとりとめもなく駄弁ったり、気づけばまた六畳間の距離感だったり。
 ただやはり、夜が更けてくるに従って竜児の心中は落ち着かなくなってくるわけで。
「お、おう……」
「竜児、どうかしたの?」
「いや、なんでもねえ」
 風呂上りの大河をまじまじと見つめている自分に気がついたりしたら。
「……こいつを使うしかねえか……」
 『そういう気分』を吹き飛ばすための最終兵器。
 すなわち――櫛枝実乃梨セレクションDVD。

「っひいぃやあぁぁぁ〜っ!」
 大河の絶叫が鼓膜を震わせる。
 竜児はといえば、恐怖のあまり声も出せずに口をぱくぱくと。

 ぜーぜー、はーはー。
「……す、すごかったね」
「ああ、流石は櫛枝だ……」
 と、気がついた。
 いつの間にか大河が左腕にしがみついてることに。
 いや、この程度のスキンシップなら普段から珍しくない。
 珍しくない、はずなのだが……
 大河は怯えの残る表情で、瞳を潤ませて、ぎゅっと身体を押しつけてきて。
 なんだかドキドキが治まらない。いや、さっきまで見てたDVDのせいもあるのだろうけど。
(ああ、だからホラー映画とかお化け屋敷とかがデートの定番になるんだな……)
 頭の片隅にそんな考えが浮かぶ。同時に吹き飛ばしたはずのモヤモヤが蘇る。
「あ……た、大河」
「……な、何?」
「その……ちょっと疲れたし、そろそろ寝ちまおうぜ。もう遅いしさ」


 正直かなり危なかったが、なんとか乗り切ることは出来た。
 まだ臍下あたりのモヤモヤは残っているが、とにかく寝てしまえば朝には落ち着いてるだろう。
 竜児は客間のベッドに潜りこみ、目を閉じる。
 ……
 …………
 ………………
「……眠れねえ……」
 大河にせがまれるままにお休みのキスとかしたのもまずかったかもしれない。
 大河の姿が、声が、匂いが、感触が、脳内で繰り返し再生されて、悶々とした気分はいや増すばかり。
 一度『処理』してしまえば落ち着くのだろうが、人の家で、しかも大河が近くに居る状況でするのも気が引ける。
「……水、飲んでくるか」
 ついでに顔でも洗えば少しはスッキリするかもしれない。そう考えながらベッドを降り、客間のドアを開ける。

 そこには大河が立っていた。

 パジャマ姿で、枕を抱えて、少し涙目で。
「……あ、あのね、竜児……その……怖くて、眠れないの……
 だから、その……傍に居ても、いい?」
「……お、おう」
 高須竜児の永い夜は、まだ終らないようだ。






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