「あ”〜〜づ”〜〜い”〜〜ぃぃ〜〜」
「そんなに暑くねえだろ? ほら、窓も開けたんだし、風が入ってくるじゃねえか」
「生ぬるいのよ、風が……ったく、何でエアコン切るのよー?」
「だっておまえ、ずっとエアコンでキンキンにしてたら身体が冷えちまうだろ?」
「そうだけどさぁ……あっついのよ、もう!」
「暴れんなって。余計暑くなるし、お腹に障るだろ?」
「分かったわよ……ホント細かい男なんだから……」
ぶつぶつ文句を言いながらリビングの窓際で寝そべってる私。
エアコンを切った途端に汗が出てきて、濡れ雑巾のようにぐったりしてる……
窓から風が入って来ないわけじゃないけど、エアコンとは比べるまでもない。
「おい、大河。これ掛けておけ」
「えぇ!? イヤよ、何でこんな暑いのに更にタオルケットなんか……」
「だから、冷えないようにだよ。風にずっと当たってると良くないぞ?」
「やっぱりエアコン付けない? MOTTAINAIって言うなら温度上げるから」
「だーめーだ。ほら……」
と言いながら、お腹の上だけタオルケットを掛ける竜児……
「ううぅ……」
「よし、まぁこんなもんだろ。後は慣れてくれば大丈夫だ」
「んあー! あーつーいーっ! やっぱり暑い! あついあついあついいぃ!」
「……おまえ、いい加減自覚しないとダメだぞ? これからもっと大変になるんだからさ」
「分かってるけど……暑いのよ。 それに、ちょっと気持ち悪いんだもん……」
「おう、つわりって奴か? ……そうか、もう始まる時期なのか」
「まだ軽いものだけどね。だから暑いのまで我慢できないっ! エアコン付けてっ!」
「分かった分かった。それなら扇いでやるから、ちっと待ってろ」
「え?」
のんびりした足取りで竜児が隣の部屋から戻ってきた。その手にはうちわ。
「またレトロなものを……」
「は? なに言ってんだよ、どんだけ現代っ子なんだおまえは? まさか使ったこと無いとか?」
「う、うう、うるさいわね……あるわよ、お祭りの時とか、そ、そういう時に……」
「はぁぁ……エアコンが無かったら生きていけねえな、おまえは……」
「…………」
仰向けで寝そべってる私の頭の上に胡坐をかいて竜児が座る。
「あんまり近くに寄らないでよね、暑いんだから……」
「へいへい」
パタ― パタ― パタ―
そんな乾いた音を出しながら風が送られてくる。でも、
「……ぬるい」
「贅沢言うな」
「あんまり変わらない……あつぅ……」
そう言いながら、真上を向いて竜児を睨みつける。
「……んじゃ、少し強くすっから」
パタパタ― パタパタ―
「んーもっと強くっ!」
「……ったく。このくらいか?」
パタパタパタパタ――
「あぁ……いいかも! 汗が引いてくわ。なかなかやるじゃない、竜児……ほら、もっともっとっ!」
「くっ……俺は逆に汗が出てきたぞ……?」
バタバタバタバタバタ!――
「ふあぁー! すーずしーい! んもっとぉ!!!」
「アホか!? これ以上やったらうちわが壊れちまうって」
「ちっ…………」
パタパタパタパタ――
「ま、こんくらいが妥当だろ、涼しくなったか?」
「……うん。 悪くないわね、うちわも……」
「普通は自分で扇ぐんだけどな……」
「うっさい」
ふっと見上げると、竜児が目を細めてこちらを見下ろしている。
「ねぇ、竜児……」
「おう?」
「静かね……」
「そうだな。テレビでも付けるか?」
「ううん、いい……そういうんじゃなくって」
「ん?」
「……明日さ……お買い物いこっ?」
「いいけど、どこ行くんだ? スーパーか?」
「ううん。駅ビル……かな。雑貨屋さん行きたい」
「分かった。何買うんだ?」
パタパタパタパタ――
「…………んっとね、風鈴……」
「おう、これはまたレトロな……」
「前にさ、やっちゃんの実家に行ったじゃない? この子の事を、報告にさ」
「ああ」
「あの時どっかから聞こえてきたんだ。
ああいう、高くて透き通る感じなんだけど、耳当たりが優しいのがいいな……」
「そっか……」
「ね、そしたら、もっと涼しそうじゃない?」
「そりゃそうだろ。そのためのもんだしな」
「それもそうね……」
「でも、あれだぞ? こうやって窓を開けてないとあんまり聞こえないぞ?」
「え? あぁ……うん。 あんたの言う通り、エアコンばっかりじゃ身体に良くないもんね。窓も開けるわよ」
「おお……分かってくれたか、大河」
「その代わりっ!」
「おう?」
「その時は竜児がこうやって扇いでくれなきゃイヤだからね?」
「何だ、そんな事か……お安い御用だ」
「へへ……やったね」
パタパタパタパタ――
顔に当たるうちわの風が気持ちいい。
お腹の上に両手を乗せて、竜児の言う通り冷やさないように。
「あのね、竜児。この子にも聞かせてあげたいんだ……聞こえるかな?」
「ああ、聞こえると思うぞ。これからどんどん大きくなってくるんだろ?」
「そう……ね…………あっ!?」
「ん、どうした?」
目をまん丸にして竜児を見上げる。
「いま、動いた…………」
「おうっ!? マジか!? ちょ、ちょっと俺も触っていいか?」
なんて言いながら、竜児が身を乗り出して来た。
「ぷっ……あっはははは! こんなペッタンコなのに、まだ動くわけないじゃない!」
「えっ? 何だ冗談かよ……ビックリしたぜ、マジで」
「あははっ! ちょー焦ってたわよ、あんた。もう傑作! ぷぷぷっ……」
「おいおい、ひでぇな大河……もう扇いでやんねえぞ?」
ちょっと拗ねたように口をへの字に曲げて、うちわを扇ぐのを止めようとする。
「あっ、だめだめ! そしたらまた暑くなっちゃうじゃない。ちゃんと続けてよ、竜児」
「……………………」
「もう……ごめんってば……」
「……ま、もうすぐだもんな」
「そうよ……もうちょっと待ってね」
「……おう」
パタパタ― パタパタ―
竜児が動かすうちわの音と一緒に、かすかに虫の音も聞こえてくる。
「ね、いいね……こういうの……」
「そうだな」
「チリンチリーンって風鈴が鳴ってたら、もっといいね……」
「ここは風通しもいいからな」
「んーっ 気持ちいいね、竜児」
猫みたいに全身で伸びをしたら、竜児の足にちょっとぶつかった。
そのままの格好で両手を伸ばしたまま、ぶつかったところを撫でてやる。
「……今度は俺も扇いでくれな?」
「うん……」
パタパタ― パタパタ―
「ねぇ……手、握ってて……」
「ん?暑いんじゃなかったのか?」
「もう……平気……」
「…………」
何も言わずに、指先だけを絡めるように握ってくれる。
柔らかな風がそよそよと私の髪の毛を揺らしてて心地よい。
「ふあ…………あっ…………っふ…………」
「あーあ、でっかい口開けてまったく……」
パタ― パタ― パタ―
「……んぅ…………うる……さいって……のよ…………」
パタ― パタ―
「おい、大河?」
「……………ぅ……ん……」
パタ―
「……………………」
「……寝ちまいやがった……か……」
end
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