***

「っ! む、む、むむ むむむ、むむむむむ、むむむむむむむむー…………ん……っ」
「顎に手をあてて目つぶって唸っても、脳みそがなきゃ名案は浮かばねえんだぞ、大河」
「あら……今日はまたずいぶんと生意気につっかかってくるのねえ。
 畳に残った飼い主の私の足の匂いを嗅いでようやく安心ウレションぶっこく駄犬が」
「嗅がねえしウレションもしねえ。てかぶっこくとかも言うなよ、女の子が。
 ……どうした、大河?」
「そうかそれがいけないのねそういうのがいけないのねそうなのねなのねのねのね……」
「た、大河……?」
「ちょっと、聞きなさいよあんた!」
「聞いてるよ!? それ聞いてねえ時に言うセリフだろ!? ふつうは『聞いてよ』からだろ!?」
「っ!? むむ、むむむ、むむむむむ、むむむむむむむ、むむむむむむむむむむむ、
 むむむむむむむむむむむむむ、むむむむむむむむむむむむむむむむむ……」
「……素数、か? 素数をむの回数で表現しているのか? さっきは……フィボナッチか?
 大河、おまえはサヴァン症なのか? CUBEで生き残るクチか?」
「違うのっ!! 悩んでるの! どうしてわかってくれないのよ竜児の意地悪っ!!」
「悩んでんのはわかってるよ!? ……なあ、俺も悪かったよ。だからさ、おまえ何で悩んでんのか、
 俺に教えてくれよ。な? だからさ……泣くなよ、弱えんだよ、おまえのには、俺」
「泣いて、ないもんっ……あのね、竜児。私って、まだ、浮いてる?」
「浮いてる? 浮いてるってあれか、あの、空気読めてねえとか、悪い意味で妙に目立つとか」
「ボケるのはやめてよ!」
「ボケてねえよ!?」
「あれ? あ、う、うん。そう……ばかちーがさ、言ってたじゃんよ」
「……ああ、あれか。文化祭のプロレスショーの、練習の時の、あれか」
「そう……はっ! ひらめいたわ竜児! 私、キャラを変えればいいのね!?
 オッス! オラ悟空!」
「名前まで変えてどうすんだよ。キャラ変えるってそうじゃねえだろだいいち……」
「……じゃあどうすればいいわけ」
「そのままで、いいんじゃねえか?」
「えっ……?」
「キャラとか、べつに変えなくて……気にしなくて、いいんじゃねえかな。おまえは、そのまんまで」
「竜児……でも、それじゃ、浮いたままじゃん……」
「おまえは浮いてなんかねえよ……と、言ったら嘘になるか。まあ、目立ってんのは事実だし。
 でもさ、そう、悪い意味でもねえ。おまえは……好かれてるよ、結構、みんなに」
「ほんとう? ……みんな、って?」
「みんなってのは、みんなだよ。クラスの奴らぜんぶ。櫛枝は当然、能登や春田や男子ども、
 木原や香椎、女子たちだって、みんな……
 川嶋だって、そうだ。ほんとに嫌ってたら、相手になんかしやしねえもんだろ?」
「……それだけ? みんなって、それだけ?」
「あ、いや、もちろんクラスの奴ら以外にも、おまえを好きなのは結構、いやかなりいるはずだぞ?
 なんせほら、なんだかんだ言ってもおまえは、ほら、ミス大橋高校、に、選ばれたんじゃねえか。
 好きってか、まあ、つまり、ファンは大勢いるってことだろ?」
「……それだけ? それで、ぜんぶ?」
「……あ、そうそう! 大事な奴を忘れてたな! 忘れちゃいけねえよな! すまんすまん!
 もちろん……北村、だって……おまえのこと、好きな、はず、さ……」
「……それで、ぜんぶ?」
「えぇっ!? 違うのか!? あ、いや……まさか、今、あげたやつ全員の名前を言えって……
 いうんじゃねえ、よな……」
「うん……違う。ひとり、たんない」
「……」
「大事なの……けっこう……ちょっとだけ……少しだけ……大事なの、抜けてる」
「……俺、か?」
「……うん」
「俺か! ほんとに俺なのか! ……俺は、決まってるだろおまえ。言うまでもねえよ……
 言えっ、てのか……?」
「うん……」
「言って、ほしいのか?」
「うん……」
「す、好きだよ」
「……なに、を?」
「それ言うなら誰を、だろ……それこそ決まってるだろ? 話の流れからして! お、おま、
 おまえ、を、だよ……」
「……私を、なに?」
「あーくっそなんだそれ!? わかった、おまえ俺をからかってんだろ!? 言わせて、
 後で吹き出して! あざ笑うんだ! そうだろ!? ……そうじゃ、ねえ、のか……よ……
 泣くなよ……わかったよ。俺が悪かったよ。言うよ、ちゃんと。……大河」
「……っ!」
「おまえのことが、好きだよ……」
「っ!……」
「……ああいや、だから! 誤解すんなよ!? 大泣きすんな! 誤解だ誤解! 忘れてた、
 『俺も』だ! 主語を忘れてた、『俺も』だぞ? みんなと一緒に『俺も』だぞ? 
 変な意味じゃないぞ? 変な意味じゃ……」
「……嫌」
「……い、や? ……嫌、か? 俺に好かれるのが、嫌……じゃ、ねえ、ん、だよな……」
「うん……ちがう」
「……ひょっとして……いや待てまさか……でももう……えぇ? マジかよ……っ?
 な、なあ、大河、おまえ……ひょっとして、ひょっとしてだ、ひょっとしてだぞ?
 ……も、が、嫌なのか? 『俺も』の『も』、が、嫌なのか……?」
「……う、ん……」
「うん、って、おまえ……や、やめろよ大河。そ、そそ、そんな顔で俺を見るなよ。そんな、真っ赤で、
 そんな、涙目で、そ、そんな、まるで、そんな……」
「……言って? 竜児……も、じゃないので……言って」
「うへぇっ? ももも、も、じゃないので……?」
「うん……へ、変な意味で……言って」
「えぇ? え? えええ? ええええ? えええええええ? ええええええぇぇぇぇぇ……?
 ちょっと、ちょっと待ってくれよ、大河。なんだ? なんだ? ちょっと待て、
 おまえさっき、むむむ、って、素数で、悩んでて、浮いてて、好かれてて、なんだ?
 なんだ? なんだどこだ、ここ? 家か、俺の家だ。だから、どこだ、おまえ、俺を……
 俺を、どこへ……連れて、行く、気だ……?」


***おしまい***





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