「お帰りなさい、竜児♪」
「お、おう……」
 借家のドアを開けた途端に満面の笑みで迎えられ、竜児は一瞬固まった。
「疲れたでしょ。ごはんにする?お風呂にする?それとも……」
「お、おい、大河?」
「うふふ、冗談よじょーだん」
 大河の機嫌がいいのはいいことだが、その理由がわからないというのが気になる。
 学校で『久しぶりに能登とCD屋に行くんで先に帰っててくれ』と言った時には、むしろ不機嫌だったのに。

「はい竜児、のど乾いたでしょ」
 荷物を置いて居間に戻ると、大河がコーラの缶を手渡してきた。
「おう、サンキュ」
 大河は相変らずニコニコと微笑みながらこちらを見つめている。
 ……原因が気にはなるが、まあ機嫌が悪いよりはずっといい。
 話を切り出す前にどうやって大河を宥めるかを考える必要も無くなったわけだし。
 そんなことを思いながらプルトップを開けると、
 ぶしゅぅぅぅっ!「うぶっ!」
 猛烈な勢いで噴き出した炭酸が顔を直撃する。
 慌てて缶を台所に置き、床と卓袱台を拭く。
「うっきゃきゃきゃきゃ!ひっかかったひっかかった!」
 憮然とした表情で顔を拭く竜児を指差してケタケタと笑う大河。
 ……ずっとニコニコしてたのはこのためか。
 なんか、さっきからの大河の態度がものすごく納得できてしまった。
「婚約者を放っておいたりするから天罰が当たったのよ」
「天罰ってなあ……明らかにお前の仕込みじゃねえか」
「ふふん♪ 負け犬の遠吠えね」
 得意げな笑みを浮かべながら大河は自分の缶を開け、
 ぶしゅぅぅぅっ!「うひゃぅっ!」
 ……さては自分の缶も一緒に振ってたな。ドジめ。
「い、痛っ!目に入ったーっ!」
「ああもう、落ち着け!今拭いてやるから!」



「天罰だな」
 大河の顔に残ったベタベタをウェットティッシュで丁寧に拭いながら竜児。 
「……竜児のせいよ」
 ぷうっと頬を膨らませている大河。
「何でだよ。イタズラ仕掛けたのもそれで自爆したのもお前じゃねえか」
「あんたが先に帰れとか言うからじゃないの」
「用事があったんだから仕方ねえじゃねえか。そりゃ俺だって出来るだけ大河の傍に居たいけどよ、24時間ずっとってわけにはいかねえだろ」
「そのぐらいわかってるわよ。だけど、よりにもよって今日という日に……」
「……大河、お前、ひょっとして……覚えてたのか」
 え?と顔を上げた大河に、竜児はそっと唇を重ねる。
「……キ、キスで誤魔化そうとしたって駄目なんだからね!」
「そうじゃねえよ。その、嬉しくて、つい……さ」
「忘れるわけないじゃない。丁度一年前、あんたが、竜児が……私は虎で、あんたは竜だからって」
「おう、お前の傍らに居続けるって言ったんだ」
「……あんた、覚えてたのに私を放っておいたわけ?それはいっそう罪深いわね」
「違うんだ大河。その……CD屋行くってのは嘘でさ、本当はこいつを買いに行ったんだよ」
 そう言って竜児が取り出したのは小さな箱。
 開けてみればその中には銀色の指輪が二つ。
「……! これって……」
「まあ、安物だけどよ。やっぱり渡すなら今日かなって……」
 言いながら竜児は大河の左手を取り、薬指に指輪を嵌める。
「だけど、よくサイズがわかったわね?」
「お前、泰子の指輪嵌めてみたことあったじゃねえか。指のサイズなんてそうそう変わるもんじゃねえだろ」
「そんな前の事覚えてたわけ? 感心すべきか呆れるべきか悩む所ね」
 今度は大河が竜児の左手薬指に。
「……ねえ竜児、もう一度キスしてくれる?」
「……おう」
 ゆっくりと重なる唇。
「……甘いね」
「おう。まだちょっとコーラが残ってたかな?」
「そういうことじゃないわよ、この鈍犬」
「お、おう、すまねえ」
「駄目。許してほしかったらもう一回」
「おう……」




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