「……もうすぐね」
「おう。だけど、あんまり無理するんじゃねえぞ」
 大河と竜児、二人の眼差しの先にあるのは決戦の舞台。
「私を誰だと思ってるのよ。安心して見てなさい、軽〜く優勝してみせるから」
「おおっと、そいつは聞捨てならねえな」
 背後からの声に振り向く二人。
「みのりん!」
「櫛枝……どうしてここに?」
「高須くんよ、そいつは言わなくてもわかってるんじゃないかい?」
「……それじゃあ、やっぱりお前も……」
「そう……目的を同じ物とする同士、今日ばっかりはお互いに敵ってわけさ」
「みのりん……私、みのりん相手でも手加減はしないからね」
「ふ……確かに普通なら私では大河には敵わないかもしれないね。
 だけど気づかないかい?この会場に漂う微かな香りを……」
「……これって、まさか!?」
「しまったな、こいつは想定外だ……」
「そう……今回のメニューは辛口ビーフカレーなのさ!」

 毎年十月に行なわれる大橋牛祭り……要は畜産・酪農関係のイベントである。
 牛の品評会に子供向けバター作り体験、牛肉の試食にビアガーデン、物販各種、さらにはなぜかヒーローショー等ステージイベント。
 そして大河的目玉イベントが、大食い大会――優勝賞品として国産和牛肉10Kg也――である。

「……大河、どうする?さっきも言ったが無理はしなくていいぞ?」
「……大丈夫、行けるわ。ここで止めたら何の為に来たのかわからないしね」
「それでこそ大河だぜ。だけどこの櫛枝実乃梨、ソフトボールで鍛えた腹力にかけて負けるわけにはいかないねえ」
「いや、ソフト関係ねえだろ。というか腹力って何だよ」
「ぶっちゃけるとソフト部の三年追い出し焼肉パーティー用の肉の調達でね。
 部員の期待がこの肩……いやさ、胃袋にかかっているってわけだよ」
「お、おう、そうなのか……」


『……屈強な男達が次々と倒れていく中、残ったのはなんと美少女二人!
 その量も!速さも!まったくの互角!次々とカレーが、ごはんが、口に胃袋に消えていくーッ!
 ……そして今!なんということだ、用意されたカレーが底をついてしまったーッ!!』


 帰り道、竜児は大河を背負ったまま歩く。
「大河、どうだ?」
「うー……まだちょっと痛い……」
「辛い物苦手なくせに無理するからだ。半分とはいえせっかくいい肉貰えたのに、その前に腹壊したら意味ねえじゃねえか」
「……竜児とやっちゃんで食べればいいのよ。元々そのために出場しようと思ったんだから」
「おう、そうだったのか。俺はまたてっきり大河が一人で全部食べるつもりなのかと思ってたぜ」
「あんたの中で私はどんだけ食欲魔人なのよ。まあ、確かに自分が食べたかったってのも……あるけど」
「……なあ大河、料理人の一番の幸せって知ってるか?」
「なによ急に」
「料理する人間にとってはさ、自分の作った物食べて、美味しいって喜んでもらえるのが一番嬉しいわけだよ。
 その点大河はさ、いつも俺の料理を美味い美味いって言ってくれるじゃねえか」
「それは、竜児のご飯が本当に美味しいから」
「ほら、な。そういうのが嬉しいんだよ。もちろん泰子も喜んでくれるんだけどさ、
 やっぱり大河も居てくれねえと、料理作ってて張り合いが無いというか、ちょっと寂しいというか……
 だからさ、あんまり無茶しねえでくれよ……って、大河?」
「……すー……」
「……寝ちまったのか。お腹一杯になって寝るって、子供かお前は」
 微笑みながら歩く竜児には見えない。大河が自分の背中で頬を赤らめていることは。



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