夕刻の高須家。慣れた手つきで夕飯の支度を進める竜児。
「竜児ぃ……」
不意に居間から弱々しい呼び声。
「どうした大河。晩飯ならまだだぞ」
じゃがいもを切る手を止めずに答える。
「違う。そうじゃないの」
「じゃあなんだよ?」
「うるさい。ちょっと黙ってな」
自分から呼んでおいて理不尽な……と思ったが、口には出さない竜児。なぜなら、大河が後ろから竜児の腰に両腕を回したから。そのまま額を押しつけるような感触が背中にあるが、大河は何も言わない。
「なんだ?怖い夢でも見たのか?」
振り向かず、今度は人参を切り始める竜児。腰に回された腕に少し力が入るが、大河はやはり何も言わない。
「また昔のヤツか?それとも食糧危機になる夢とかか?」
トントントン……。コトコトコトコト……。
包丁がまな板に落ちる規則的な音が、鍋の奏でる音に包まれて高須家の隅々にまで響く。後ろにしがみつくお姫様は少しだけ、背中に押しつけた額をぐりぐりと動かす。
「……あんたは黙って背中を貸してればいいのよ」
大体図星か……。竜児は軽くため息をついて、次々と食材を切っていく。本来なら後回しにする工程も今終わらせてしまうようだ。
大河に少しでも長く、背中を貸してやるために。




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