嫌な夢を見た。
いや、決して悪い夢じゃあないんだ。

うん、悪い夢じゃない。



「竜児!」
「おう、どうした?やけに機嫌良いじゃねえか」
「私ね!付き合うことになったの!」
「…へ?」
「だーかーら私!北村君と付き合うことになったの!」
「…え?ええぇぇ!?」
「さっきね!もう一度告白したのよ!」
「そしたら北村君も私のこと最近になってまた気になってたんだって!」
「ま、まじかよ…北村のやつ…いつの間に…てか狩野先輩はもういいのか…?」
「二度も告白してくれるなんて嬉しいって!」
「竜児とはただの友達ってこともわかってくれて…」
「それでね、付き合おうって!」
「……………」
「竜児?」
「お、おう、良かったじゃねえか!今夜は告白成功祝いってことで豚カツにでも…」
「それで今日これから北村君とディナー行くことになったのよ!」
「…あ、…そ、そっか!そうだよな!」
「だから今日は私、夜ご飯いらないから!」
「そ、そうか!せっかくの初デートなんだからドジすんなよ?」
「わかってるわよ!いちいちうるさい駄犬ね!」
「…あ、あのさ大河…」
「それじゃあね!あんたもみのりんと上手くいくように頑張りなさいよ?」
「!…あ、大河!待てよ!大河!!」



これが今日の午後に授業中見た夢の内容だ。
ちなみに教科は英語。担当である我がクラスの担任は久々に俺を見て怯えてたな。
そりゃそうだ。あんな夢を見た後じゃ俺の目つきだって悪くもなる。…いや悪い夢じゃなかったんだが。というかそもそも元々目つきは悪いか。



悪い夢じゃない。
大河が北村と付き合えることになったんだ。良かったじゃねえか。

俺と大河はお互いの恋を応援し合ってるんだ。一番に喜ぶべきは俺だろ。


「だから今日は私、夜ご飯いらないから!」
大河が北村と付き合うことになったらきっとうちで飯を食うことは少なくなるんだろうな。

そりゃそうだ。彼氏がいるやつが他の男の家に上がるなんていいわけないだろう。
いや北村なら許すかもな、あいつ変なところで自信あるし。

それでも…やっぱり大河は北村との時間を大切にしたいだろうしな。俺なんかに構ってる時間なんてもったいないだろ。

おれの隣に立つ時間はどんどん少なくなるだろう。

そしていつか。
あいつの頭の中から俺は消えてしまうのだろうか…?

「……」
ふと俺の頬に冷たい何かが伝った。
「…あれ…?」

prrrrr
「おう!?」
突然響いた着信音で我に返った俺は慌てて携帯を取り出す。

『ちょっと竜児!』
『お、おうどうした大河…』
『待ってて!って行ったのに何で先に帰っちゃうのよ!?』
『…あ…す、すまん…忘れてた…』
『はあ!?ほんっとに使えない犬ね!今どこにいるのよ!?』
『……』
『ちょっと竜児!?』
『…なぁ…大河…』
『何よ!?』
『……』
『…ちょっと、竜児…?』
『…いや何でもねぇ、それより今日の晩飯は豚カツにでもしようかと思うんだけどよ』
『ほんとに!?』
『ああ』


なあ、大河。
お前にとっての俺って何なんだろうな。やっぱり、身の回りの世話をしてくれる便利な恋の協力者なのかな。
北村がもし…お前と付き合うことになって、お前の身の回りの世話をしてくれるって言ったら…
俺なんかもうどうでもよくなるのかな。

「…何で俺こんなこと考えてるんだ…?」
『はぁ!?あんた何言ってんの!?まさか豚カツはなしなんて言うつもりじゃないでしょうね!?』
『おう!?す、すまん、こっちの話だ』


頬を伝った冷たい何かは乾いていた。彼の気付かない間に。何かが頬を伝った理由と自分の気持ちはどこかへ乱暴にしまわれ、彼は家路を後にした。

そのしまわれた理由と気持ちが再び取り出されるのは、もう少し後になってから。

冬の足音がする夕暮れ時のお話。



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