「……こう……かな?
 ……うーん、微妙に違う……かな……
 ぼ、ボタンとか外してみたほうがいいのかしら……」
「……おい大河、何してるんだよ」
「ぅひゃうっ!」
 突然かけられた声に跳び上がって驚く大河。
「りゅりゅりゅ竜児!あんた何勝手に入ってきてるのよ!」
「勝手じゃねえ。ノックもしたし声もかけたぞ、俺は。
 返事がねえから何かと思ったら鏡の前でクネクネと……前衛舞踊かなんかか?」
「違うわよ!北村君を、の、悩殺するためのポーズの練習よ!」
「のうさつ……?」
 『脳殺』などという言葉を思い浮かべつつ見れば、大河の周囲にあるのはグラピアページが開かれた漫画雑誌。
「ああ、なるほど……って大河、お前はアホか」
「……なんですって?」
「そういうのはさ、どっちかというと川嶋の」
 ぶぅんっ!
 いつの間に手にしたのか、大河の振るった木刀の切っ先が竜児の喉元に突き付けられる。
「……今、なんか不穏な名前が聞こえた気がするわねえ……?」
「いや、だからよ、川嶋」
「あくまでその名前を引っ込めないのね……その強情さをあの世で悔いるといいわ!」
 大河が振りかざそうとする木刀の先端を必死で掴む竜児。
「まて大河、話を最後まで聞け!」
「うるさいうるさい!どうせあんたも私の貧相な体じゃ似合わないって言うんでしょ!
 悪かったわね!ばかちーみたいにスタイル良くなくて!」
「そうじゃねえ!俺が言いたいのは、似合う似合わない以前に、お前にそんなものは必要無いってことだ!」
「……どういう意味よ」
 大河の腕の力が少し緩む。
「だから、そういったグラビア的ポーズは川嶋向きっていうかあいつの得意技だけどよ、別に大河がそれを真似る必要なんかねえじゃねえか」
「……やっぱり似合わないっていうんじゃないの」
 ぎり……と、腕に再び力が込められる。
「違うって!そんな妙なポーズをとらなくても、大河は十分に可愛いってことだ!」
「……え?」
 大河の顔がみるみる朱に染まり、木刀から完全に力が抜ける。
「あ、あんた、今何て……」
「だからよ、大河はそのままで十分に、その、か、可愛いし、綺麗なんだよ」
「……嘘」
「嘘じゃねえ。大河と初めて会った時のことだけどよ」
「ラブレターの時?」
「その前だ。始業式の日に廊下でぶつかったじゃねえか」
「……ああ、そんなこともあったわね。すっかり忘れてたわ」
「あの時、俺はお前の気迫だけで倒れちまったわけだけどさ、その時……
 ぶっちゃけ、その、一瞬見蕩れちまったんだよ。大河があんまり綺麗だったから、さ」
「へー、そ、そうなんだ……」
「大体、北村もお前のストレートな所が好きだって言ったんだろ?だったらさ、変に捻るよりそのままの大河でいたほうがいいんじゃねえかと思うぞ」
「うん……そうかな」
「さ、メシにしようぜ。早くしないと冷めちまう」
「ねえ竜児、その前に、さっきのもう一度言ってくれない?」
「ん?ああ、大河はそのままの大河でいたほうが……」
「そうじゃなくて、その前の……」
「あ、えーと……た、大河はそのままで十分可愛いし、綺麗だ……って、これでいいか?」
「うん……えへへ……」



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