高校3年の春。竜児と大河はとあるバス停でバスを待っていた。
「う〜!遅い!!何やってんのよバスは!!!」
「落ち着け。まだ5分しか待ってないだろ」
今日は大河の鼻炎の治療のためにバスに乗ってここまでやってきたのだ。
治療が終わって帰ろうとしたのはいいが、帰りのバスがなかなかやって来ない。
この状況は竜児にとって2つの意味で深刻であった。
一つ目、スーパー狩野屋のタイムセールの時間が刻一刻と迫ってきているということ。
二つ目、このままでは隣にいる手乗りタイガーが暴れ出しかねないということ。
「ねえ!もうタクシーでいいじゃん!」
「そんなMOTTAINAIこと出来るわけないだろ」
最初のうちはダダをこねていた大河だったが、次第に静かになっていった。
「…ああ…なんか眠くなってきた…」
「お、お前! もう少しでバス来るから、それまで我慢しろ!」
だが、大河は時折目をつぶりながらフラフラと足元がおぼつかなくなる始末。
竜児いわく「ドジの天才」である大河には、立ったまま寝るなどという器用な真似は出来ないのだ。
「ったく仕方ねえなあ。ほら、俺が背負ってやるから」
竜児が少しかがむと、すぐに大河が飛びついてきた。
こうして、竜児は大河をおんぶしながらバスを待つことになったわけだが…
「って!何だよ!この、某ジブリ映画的シチュエーションは!」
これで雨が降り出して傘を差そうものなら、某巨大生物と猫型のバスがやって来たに違いない。
「…りゅうじ…」
「何だ?…寝言か」
「…駄犬…エロ犬…」
「どういう夢を見てるんだこいつは…」
「…うるさい…このお掃除魔人…」
「いや、お前、絶対起きてるだろ! おい、寝たふりはよせ!」
竜児はそう言ってみたが、大河が起きる気配は無く、寝息だけが聞こえていた。


「…好きだよ…竜児…」
「お、お前、何言ってんだよ」
竜児は思った。ああ、デジャビュだ。前回は真冬のスキー場での事だったが。
「どこにもいかないでね…竜児…」
「ああ、俺はどこにも行かん」
そう言いながら竜児は赤面した。ああ、恥ずかしい。何故バス停でこんな事言わなきゃならんのだ。
「…離れちゃやだよー…竜児ー…」
その途端、大河の手足が体を締め付けてきた。
「ぐああ!く、苦しい!大河!起きろ!」
どうやら大河は、竜児を抱き枕か何かと勘違いしてるようだ。このままだと命にかかわる。
「ゲホッ、ゴホッ、とにかく起きろ!首を締め付けるな!」
そう言うとようやく大河の力が抜け、竜児の命の危機は去った。しかし、
「…竜児…」
「ちょー!背中で動くのはやめろ!くすぐったい!」
大河が背中でもぞもぞと動くもんだから、竜児もどうにも落ち着かない。
「やめろ!動くな!さっきからお前のむ、胸が背中にあ、当…」
そこまで言いかけて、竜児はちょっと考え込んでしまった。
「…いや、別に当たってはないな…」
まあそれは仕方ないことだ。今日は例の竜児特製偽乳パッドなど付けてないのだから。
だが、その瞬間、大河がスルッと竜児の背中から降りてゆき、
「りゅ〜う〜じ〜!!!!!」
「な!?ちょ、ちょっと待て、大河!」
「何ですって!?私の胸が何ですって!?私の胸が竜児の背中に何ですって!?
 もう一遍言ってみろ!!!ガァー!!!」
「ぎゃー!落ち着け!落ち着け、大河!」
竜児が逃げ出し、大河が恐ろしい形相でそれを追いかける。
何故俺の声が聞こえた?大河の奴、いつ起きたんだ?もしかして、最初からずっと起きてた?
竜児に頭にそんな疑問が湧いてきたが、今はそんな事どうでもいい。
とにかく竜児はこの虎を静める方法を考えなければならなかった。


(おわり)




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